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29.殺意の化身

3章最終話です

ノアの魂の中で、殺意が大きく膨れ上がる。


それはユキとガロンを滅ぼされた時よりも、更に大きく。


そして、それは一つの強固な力と化した。


「……ノア?」


その様子を近くで見ていたアスティリアは不安げな視線をノアへと向ける。


ノアの怒りの理由は彼女にも解るが、その度合いがあまりにも不自然なのだ。


「───アスティリア」

「……何でしょう」


これまでにない程の悍ましい気配に、アスティリアは数歩引く。


それもまた仕方のないこと。


何故ならノアの身体からは殺意が具現化して空間を傷つけているからだ。


(この力は、一体───?)


界律神を除き、この世界の全てを知る創造神であるアスティリアでさえもこの力は知らない。


───否、前提が違う。


知らない力という観点から見るならそれは虚無の権能もまた同じだ。


だが今回はそれすらも上回る程の───


(この力の形態を……私は知らない……)


虚無の権能は属性が虚無であるが故に知る術がなかった。


つまりは枠組みで言えば創造の権能と同じ枠ではあるのだ。


しかし今目の前で渦巻く力はそのような───概念の権能というわけではなかった。


(これは───新たな形態の力なのですか───?)


今起こったのは全世界において初めてのこと。


あらゆる世界を含め、今ここに新たな力の形態が誕生したのだ。


それは───意志の権能。


これまで、力というのは四種類しか存在していなかった。


ただの属性、概念の属性、世界の根幹には干渉しない権能、そして世界の根幹に干渉できる権能。


この四種類が力と数のバランスを取り合い、生命の存在できる世界という確立された空間の法則が成り立っていた。


この世界は誕生から三億年が経過しているが、原初の世界からすればその程度の時間は一瞬に過ぎない。


世界という空間が初めて確立されたその瞬間から、すでに無限にも等しい年月が経過している。


それなのに力の形態は今までこの四つしか存在していなかった。


では何故、ノアが新たな形態を確立することができたのか───


それは、ノアがノアであるからである。


これはノアにしかできなかったのだ。


それ以外の存在では、初めに設定された力の形態以外を新たに確立することは不可能。


例え、無限に存在する世界の全てを掌握したとしても。


ノアがたった今創り出したものは、『殺意の権能』。


五つ目の形態である意志の権能の中でも、最も自己や他を傷つけることに特化した権能である。


そして、意志の権能というものはその感情によって爆発的な力を得る。


殺意の権能の場合、この世界で穿界の魔手を滅ぼす為に目覚めた直後の段階のノアが使用したとしても、ただの概念と同等の強さ程度だっただろう。


だが、今のノアの感情は殺意に満ち溢れている。


この状態であるならば───場合によっては、世界の根幹に干渉する概念の権能すらも上回るだろう。


その力の上限は感情が爆発する限り、際限はない。


無であるが故に限りがない虚無の権能と、ある意味では同じと言えよう。


(奴は───グリアノスは、エルナを母体として狙っている)


内包する力という観点で見るのなら、アルテマも遜色はない。


ただ、概念を宿す獣の母体となるにはアルテマは些か身体が幼すぎる。


これはあくまでもアスティリアの仮定に過ぎないが、目的がはっきりとしている以上、エルナを狙うことがグリアノスにとって最も効率的なのは事実だ。


故にノアはその現実を受け止め、その上でグリアノスへ向けた殺意で以て世界に傷を与えていた。


(どんな結果になろうとも、お前だけは、必ず俺が……)


ノアにとってエルナは弟子のような、娘のような存在だった。


記憶を取り戻した今のノアも、その想いは変わらない。


「アスティリア……それで話は終わりか?」


戦慄していたアスティリアに、ノアは声をかける。


その殺意を、隠すこともなく。


「え、ええ……重要な話は、この二つだけですが……」


アスティリアが感じたのは怯えとはまた違った感情だ。


邪悪とも取れるその力は、神だろうが人だろうが、生命である限りは自ずと危険を感じるもの。


今のノアの感情には、迂闊に触れてはならない……そう、直感で感じ取っていた。


「……終わりなら、早くしろ。間に合わなくなる」


無で創り出した分身と四王に渡した魂の一部にはまだ異常は感じられない。


だがグリアノスはこの世界の住人からしてみれば圧倒的な強者だ。


ノアの分身に影響を与えないように掻い潜り、四王が反応する間もなく殺しているという可能性は十分に考えられる。


あれらはあくまでも保険。


グリアノスが引っかかれば運が良い程度のものでしかない。


「そうですね……解りました。では最後に」


アスティリアは覚悟を決めたかのようにノアへと歩み寄り、その胸───心臓のある位置に触れる。


「……っ」


当然、ノアから溢れる殺意がその手に裂傷を与え、普通では有り得ない程の激痛がアスティリアを襲う。


その痛みは殺意の痛み。


与えられたのはただの傷ではなく、『殺す』という意志の具現化だ。


それは魂を傷つけられる痛みに匹敵し───否、それすらも凌駕する。


神ですら耐え難い激痛だ。


アスティリアであっても、大きく顔を顰めていた。


「……悪いな。今はこれを抑えることはできない」

「ええ、知っています……ですが貴方が背負ってきた痛みは、この程度ではないのでしょう?」

「それは……」


アスティリアの行使した創造の権能がノアの虚無の魂を優しく包み込む。


その感覚は穿界の魔手を滅ぼす為に蘇った際のあの時によく似ていた。


「ユキとガロンは、貴方にとってかけがえのない存在でした……その二人が世界の為に、命を落とした……あってはならないことです。世界を守るのは、本当は私の役目。それを彼らに押し付けてしまったのは、私なのです」


ノアはその時、喪失の痛みを背負った。


それはきっとアスティリアも同じだっただろう。


「今私にできるのは、この命を以て貴方を支えること」

「……まさか、お前……?」


ノアの魂の内部に生み出されていた殺意の権能の根幹に、アスティリアの権能が───魂が触れる。


その瞬間、アスティリアの魂がボロボロと殺されていった。


「何をしている……?」


信じられないといったノアの顔に向けて、アスティリアは慈愛に満ちた微笑みを向ける。


「私は……創造神です。創ることなら、誰にも劣るつもりはありません。ですから私の権能で、貴方の魂を創り変えます……殺意の権能を、虚無によって制御できるように」


無謀だ。


あまりにも無謀な試みだ。


ノアの虚無はより浅い存在からは触れることも叶わず、殺意は触れればその瞬間に魂諸共殺される。


神であろうと、そんなことは絶対に不可能なはずだ。


それなのに───


「くっ……!」


殺意によって魂を削られながらも、アスティリアは権能を作動させる意志を止めない。


「私達は……私は、ずっと他人に背負わせてきた。界律神の行いを分けられた八神に。世界の存亡を貴方に……!もう、そんな神でいるのは嫌なんです!」


ノアだけに背負わせてたまるかという強固な意志。


それは権能にはなり得ないものの、それと同等の強さを誇っていた。


「ですから、ノア───」


アスティリアの魂は殺意によって九割以上殺されている。


それでも彼女は触れることを辞めず、より強く権能を行使した。


そして───


遂に、アスティリアはやってのけた。


創造の権能という虚無よりも浅い力で虚無に干渉し、殺意を抑制するという神ですら本来不可能であるはずの偉業を。


「これで───」


だが、余波により最後の魂の欠片が殺される。


その瞬間にアスティリアの身体が神域から消滅し、維持する神がいなくなったことでその神域すらも消え去った。


アスティリアの意識は完全に消失し、残った権能だけがノアへと吸収される。


表層に現れたのは地底世界。


そこに、意志が響く。


───私の想いも、共に───


「───当然、背負うさ」


数秒の感傷。


そして次の瞬間には、ノアは光速で走り出していた。


そう、グラエムへ向けてだ。


(八神の想いは全て俺が受け継いだ───生誕を後悔させる程までにグリアノスを滅ぼし尽くした後、その想いを叶えよう)


ノアの意志と神の意志が、真の意味で一つに束ねられる。


アスティリアの話では完全に吸収された瞬間、界律神が干渉してくるということだったが、そうはなっていなかった。


(界律神は出てこないな……アスティリアの予想からは外れたようだが、俺からすれば想定内だ)


ノアは一瞬で地底世界の天井に肉薄すると、白雪を抜き放つ。


無数の剣閃が迸り、それだけでオルテア山脈そのものが完全に崩壊した。


爆発的な速度で地上へと出たノアはグラエムへと急ぐ。


「お前だけは確実に殺す……それが、俺の“ 意志”だ」


新たな権能と爆ぜる殺意───


ここで3章は完結とさせていただきます。

これまでで一番長く、1章、2章の合計の倍近くの長さにはなってしまいました。

4章は狂王グリアノスとの決戦となる『狂王編』となります。これまたかなり時間はかかるでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします。

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