27.終焉神ヴェレイド
「……ヴェレイド」
ノアはその姿を確認し、少しだけ安堵する。
(良かった……もし静滅銀刀が自壊しなければ、きっとヴェレイドはその終焉の概念ごと滅んでいたかもしれない)
そうなればこの世界が危うい。
ノアもあの時は必死だったが故に考えていなかったが、改めて己を振り返るととんでもないことをしていたように思えてくる。
「───まあ、いいか。終わったことだ」
ノアは虚無により失った部分を覆い、その付近にあった終焉の概念を消滅させる。
その上で再生の権能によって右腕と下半身を再生させた。
(……身体的にも、精神的にも大きく疲弊しているな。特に魂はもうボロボロだ)
いくらノアが虚無であろうとも、何故まだ生きているのかが不思議になるレベルだった。
「……それで、試練はこれで終わりということで良いのか?」
ノアは当然のこと、ヴェレイドももう戦う力は殆ど残っていまい。
「そうだな……流石に俺ももう疲れたぜ……」
地底世界の地面に寝転がってヴェレイドが言う。
「疲弊してるのはお互い様、か……」
結局、この勝負はつかなかった。
ノアはこれまでにないレベルの捨て身の特攻をしてヴェレイドの持つ力のほぼ全てを叩き落とし、ヴェレイドはノアをもう戦えない程にまで追い込んだ。
ノアは神域や深層羅神によって魂が疲弊することはないが、直接受けた攻撃に関してはその限りではない。
終華燈車輪や『終焉彩色』による攻撃は確実にノアの魂を削っている。
逆にヴェレイドは直接攻撃を受けた回数は少ないが、神域、深層羅神、そして彩色まで使いつつ己の持つ擬似神装を破壊されてしまった。
擬似神装というのは根源神装程ではないとはいえ、使用する神の魂の一部と言っても過言ではない。
故にそれを破壊されるということは実質的に魂を削ることに等しいのだ。
そのような様々な要素が重なり、二人の状況は似たり寄ったりであった。
「これで俺の課す終焉の試練は終わりだ。次に待つのは創造神アスティリアの試練なんだが……」
「……?」
ヴェレイドは若干歯切れが悪そうにしている。
これまでも試練が終わった時に次の場所について教えられていたが、その時は普通に場所を言っただけ。
このように言い淀むことはなかった。
「どうかしたのか?」
「あーいや、これまでとは随分と形式が違うってだけの話だ。簡単に言うなら、俺の持つ概念がお前に吸収され終えた瞬間に自動的に次の試練が開始される」
「……つまり、お前が消えてすぐにこの場に創造神の神域が展開されるってことか?」
「ま、そうなるな」
創造神アスティリアの使用できる神域は二つある。
一つ目は他の神と同様の、権能の真髄となる神域だ。
これは整合の試練の際にノアが使おうとした創造神域『創白』である。
あの時は結果的に『想像彩色』になったわけだが、権能に目覚め、その魂の一欠片でも神になった瞬間にノアはその名を知ったのだ。
そしてもう一つの神域、それは創造の権能に付随する神域である。
簡潔に言うと『創白』と違ってただの空間を展開するだけの力だ。
これまでの試練を開始する時にノアが誘われたあの空間である。
どうやらヴェレイドの所持している残りの終焉の権能がノアに吸収されたすぐ後、この地底世界にそちらの神域が展開されるらしい。
「……なるほどな。同じ神域ではあるものの、性質は一切違うわけだ」
「それはそうだな。ちなみにその空間は創造の権能による魔法らしいぜ。どうも『空創世界』っつー魔法なんだとか」
権能による力は大きく分けて四つ。
神域、深層羅神、魔法、権能である。
神域と深層羅神はもう良いとして、残るのは後の二つだ。
魔法は所持している権能……ノアなら虚無の権能からなる力を魔法として具現化させたものだ。
『混沌災禍』などがそれに当たる。
そして最後の権能というものだが、正確にはこれに名称はない。
あくまでも他に言いようがないので権能としているだけだ。
これは所持している権能そのものの力を使うだけのもの。
ノアが己の虚無を空間に放出するのはこれだ。
魔法はこの力を術として変化させたものである為、権能本来の力よりも応用が利いたり、その能力を底上げすることができる。
とはいえ、虚無の権能のように魔法の素となる力の根幹が圧倒的に強い場合はどちらの方がより強いかというのはほぼないに等しい。
故にノアの場合、より強い順から並べたとしても神域と深層羅神が同等、その下に魔法と権能本来の力が来るのである。
ちなみに擬似神装などの武具は、この魔法と権能の複合的な力の産物だ。
故に神域や深層羅神よりは内包する力が劣っている。
ノアの持つ根源神装は原理が根本から違う為神域などと同等の可能性もあるが……
「……とりあえずあの空間は魔法による産物なんだな」
「まー界律神の力を一番引き継いでんのは誰かって話をするならそうだしな」
「そうか、それもあったな……一応聞いておきたいんだが、俺が八神の権能を全て継承した場合、界律神はどうなるんだ?」
これまでもずっと疑問に思っていたことだ。
完全継承はしていないが故に未だに界律神の気配はノアの中にはない。
だが全ての権能が完全な形で揃った時、どうなるのかは未知数であった。
「悪い、それは俺には解らねーわ。次の試練で聞きな」
どうやらこれに関してはヴェレイドも知らないようだった。
権能を分散させることで一時的に界律神の人格を抑えているのだとすれば、ノアに集約させた瞬間にその意思が顕現するはずだが……
「……まあいい。大した問題でもない」
ノアには一つの確信があった。
界律神が復活するとしても、この世界の創世時代のように世界が界律神によって滅びの危機に瀕することはまずないだろうという確信が。
「聞いてもいいか?ノア」
「何だ?」
「根源神装についてだ」
「ああ、あれか」
どうやら単純に疑問に思ったようだ。
「あの圧倒的な力……理力についてもそうだ。あれは一体何なんだよ?」
その質問にノアは僅かに考え、返答する。
「俺も全て知っているというわけではない。あくまでも、俺の持つ力として利用できる分を利用しているだけに過ぎないからな……その上で言うことがあるとすれば、あの力……理力というのは、世界の外側に出て初めて獲得できるもの、ということぐらいだ」
八神はこの世界内だけで全ての行動をしている。
つまり、世界の外側に出たことがないのだ。
故に理力を扱うことも、知覚することもできなかった。
では世界間を移動した穿界軍はどうかと言われれば───
「穿界軍の連中も世界を移動しているが……少なくともヴァディアまでは理力を扱えないと見ていいだろう。問題となるのはアルファルドただ一人だ」
穿界の魔手に内部構造があるというのは確定している。
恐らくは穿界軍の全員が穿界の魔手の内部にいる状態でそれごと移動したのだろう。
穿界の魔手はその殆どがアルファルドの力であるのはまず間違いないので、少なくともアルファルド以外は理力に作用することは不可能のはずだ。
そして問題となるアルファルドも、正確には己の力のみで世界を脱出したかと言われればそうではなかった。
「お前がこの世界に移動したことによってできた世界間のパスを辿ったんだとすれば……敵の首領、アルファルドも理力には干渉できねーのか」
「あくまでもその可能性があるってだけの話だ。あいつは俺の記憶よりもはるかに強くなっている……未知数であるということに変わりはない」
力の系統と壊滅の属性の基本的な魔法はノアも知っている。
だがあれだけ時間があったのだ。
それの扱い方や新たな戦法なども編み出していても不思議ではない。
(単に力が強くなっただけではなさそうなのが厄介だな。俺の方は弱化しているのに)
やはり今のままでは勝ち目がない。
静滅銀刀も神域や深層羅神と同様、特殊な条件が揃わなくては顕現させるのも不可能なのだから。
「……静滅銀刀……根源神装に関してだが、前世でこれを使えるようになったのはやはり理力に作用できるようになってからだったな」
「やっぱそうなのか」
今ある情報からだと理力に作用できなければ根源神装には辿り着けないという結論にしかならない。
今のところほぼそれで確定で良いだろうが、そうだった場合八神は根源神装に辿り着くことはないだろう。
可能性があるとすれば界律神ぐらいだ。
(中途半端なものとはいえ、神格を得ていればきっと擬似神装までは形成できる。アルファルドの使っていた黒死銃は擬似神装だった。それは間違いない)
理力を扱えるようになっていれば、アルファルドも根源神装に覚醒する可能性が高い。
そうだとすれば、まだ静滅銀刀を完全顕現できないノアが圧倒的に不利になってしまう。
「……奴との戦いが始まる前に、どうにかしなくては」
ヴァディアはまだいい。
少なくともヴァディアが使うのは魔法によって生成された太刀であって擬似神装ですらなかった。
当然何かしらの理由で擬似神装クラスまでなら使えるようになっていてもおかしくはないが、それが相手なら白雪でも事足りる。
そして、問題となるのがもう一つ。
「……なぁ、ヴェレイド……お前はガロンがどうなったか知ってるか?」
ガロンのことであった。
「……いや、敵の将と戦って敗れたってことぐらいしか知らねーな。全力のあいつは俺ですら間違いなく勝てねーレベルの強さだった。そんなガロンが負けたとなれば、その将はとんでもねー強さだ」
「そうか……」
ヴェレイドはガロンが負けた以上の情報を知らないらしい。
世界の全てを見通せる創造神アスティリアなら知っている可能性は高いが……
(あの時のガロンからは他の屍と同様の気配が感じられた……ならば何故、俺を逃がすような真似をしたんだ……?)
屍として活動できていた以上、あれはもうガロンであってガロンではない。
その意思ももう消えてしまったものと見て問題ないだろう。
だが、だとすればあの時の行動に説明がつかないのだ。
(……もう一度、相対するしかないか)
恐らくガロンは敵に屍を操られているような状態だろう。
力としては狂王を名乗ったグリアノスに近いが、グリアノスは穿界軍を裏切っている可能性が高いため、あの場にいたとは考えにくい。
であればそれに近い力をアルファルドは使うことができるのかもしれない。
(もしアルファルドに力の模倣ができるのだとすればかなり危険だ。理論上、存在しないと定義される俺の虚無以外の権能は全て使えると言っても過言ではないのだから)
アルファルドの根幹は壊滅。
故にそこまで応用の利く模倣能力ではないと考えたいが……
「……これ以上考えていても結論が出ることはないな」
「そうか。まー何はともあれ、終焉の試練はこれで終わりだ。創造の試練で聞きたいことを聞いて、その後に世界を救ってくれ」
それは八神の悲願だ。
世界を護り、救うこと。
それができないのなら神である必要などないと、この八人は本気で考えている。
あくまでも世界優先であり、次にその世界に住む住人。
神々の優先度など、当人達にとっては最後なのだ。
(それは、生物として随分と悲しいことだ)
八神も一応は神というだけで生きてはいる。
つまり生物なのだ。
生物は種の存続以外に己の我を優先するもの。
それなのに、この神々は───
「───なあ、お前達の望みは、世界の救済以外にないのか?」
「……というと?」
「お前達が最優先するのはこの世界を救うこと。それは解っている。それ以外には何かないのか?お前達はあまりにも自分達のことを考えてなさすぎるようにも思える」
これ程までの自己犠牲。
故にノアはせめてそのくらいは叶えてやりたいと考えていた。
だが、それは───
「それに関してはお前が言えた口じゃねーな」
「どういうことだ?」
自己犠牲という観点で見るならば、それはノアもそう大差はない。
「俺達はあくまでも力を与えて、救って欲しいと頼んだだけ。それを受けるかはお前の善意次第だった。何の見返りも提示できないからこそ、“ お願い”としてな」
権能を貰ったのは事実だ。
だが世界を救うと決めたのはあくまでもノア自身だった。
自分のことを犠牲にしてまでも、自分とは関係のないはずの世界を救おうとしている。
そしてその意志は記憶の戻った今でも変わらない。
「……だが、それは俺が原因で───」
「お前は悪くない」
ノアの言おうとしたことを読んでいたのか、ヴェレイドはその言葉に被せてその発言を否定する。
「確かに、お前が世界間を移動したことで世界同士に繋がりが出来たんだろうな。でもそれは直接的な原因じゃねーし、お前が移動したのと穿界の魔手が現れたのは一万七千年も時代が違う。予測なんて不可能だ」
いくらノアがかつての世界にいた時の人間がまだ生きているとしても、それだけの時間があれば考え方もやり方も変化する。
アルファルドが当時よりも爆発的に強くなっていることも予測なんてできるはずがない。
「もう一度言う。お前は悪くない。この世界の問題は俺達八神が背負うべきものだ。それをお前に押し付けてしまっているだけに過ぎない。お前は自分の過ちなんて考えず、救いたいと思ったものを救えばいい。その対象がこの世界であるのなら、俺達はどんな状況であってもお前に手を貸すと確約する」
「……」
それは宣誓のようなものだ。
八神からノアへと向けた、何があっても味方であり続けるという内容の。
「───そう、か」
そこでノアは笑みを零す。
「やっぱり、お前達は紛れもなく神だな。自分達のことは優先しないという生命としての矛盾に近いものはあるが……それが世界を背負う神としての覚悟の表れということか」
その覚悟に当てられたのか、ノアは再度己の中で覚悟を決める。
「───お前達の願いはよく解った。他の神にも言ったことではあるが、後の問題は全部任せてくれ。俺がこの世界ごと、全てを救ってみせる。元凶であるレノンのこともな」
「ああ……本当に、ありがとな」
ヴェレイドの身体が光の粒子となって消え始める。
それは徐々にノアへと吸収され始め、ノアは終焉の力が増幅しつつあることを感じていた。
「さて、最後に待つのは創造神アスティリアの試練だ───といっても、戦うことはないらしいが」
「界律神のこともあるんだろうな」
「ただ権能を与えて、界律神が復活してもまずいだろうしなー……どうするのやら」
難しい問題だ。
とはいっても、ノアはそこまで心配はしていなかった。
「───なるようになるさ。今回ばかりはな」
「そうか。お前がそう言うなら、きっとそうなんだろ」
ヴェレイドからノアへと向ける無条件の信頼。
それはノアの善意を知っているからこそのものだ。
「んじゃ、後は頼むぜ」
「任せろ」
二人は最後に短い会話を交わす。
その後にヴェレイドは完全に粒子となり、ノアへと吸収された。
「───次が最後の試練か」
その瞬間、ノアの目の前の空間が純白に輝く。
その光はこれまでの試練開始の光よりもなお強く、ノアでさえ一瞬目を閉じそうになった程だ。
やがて視界の全てが白に染まり、浮遊感が訪れる。
「───」
ノアは静かにその時を待っていた。
「───さあ、創造神。話を聞かせてもらおうか」
こうしてノアは最後の神の元へと向かう───
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これ以降はいずれ必ず投稿します……




