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26.特殊神域

「───これは」


それは、どちらが呟いたものだったか。


ノアとヴェレイドは完全に同時に神域を展開した。


本来なら後に出した方が優先される神域の勝負で、完全に同時というのはこれまでにはなかったケースだ。


だからだろうか。


ノアも、ヴェレイドも想定ができなかった事態が起こっていた。


「これは───どっちだ?」


ノアとヴェレイドの神域は、タイミングだけでなく放たれた力も全く同じだったのだ。


だからこそ、どちらかの神域がもう片方を支配して展開されるという事態にならなかった。


「神域というよりは……彩色に近い状態か……?」


ノアがかつて、整合の試練の時に使った『創造彩色』。


今この空間は虚無と終焉が混ざり合い、互いに空間の支配権をかけてせめぎ合っている状態だ。


だがその勝負は一向に終わる様子がなく、完全に五分だった。


「……いや、違うみてーだな」

「……というと?」

「彩色っつーのはお前のが初見だったが、あれはれっきとした神域の裏に忍ばせる術みてーなもんだ。だが、今この瞬間起こっているのは同格の力を持った神域の完全同時展開……彩色とは違って、それぞれの権能が作用する異次元の空間……流石に、こんなのは見たことねーけどな」


どちらの神域も、確かに完全展開されている。


普通ならこんなこと有り得ない。


そんな事態が、この空間で実際に起こっているのだ。


今、この空間では二つの権能が同等に存在する。


二つの神域の特性を、完全に継承した複合神域のようなものだ。


「……つまりここでは『虚空』の力も『影焉』の力も、普通に神域を展開した時と同じように作用するということなのか」

「ま、そうなるな」


故に、現状は『虚空』と『影焉』が同時に展開されているのと同義なのである。


「ここでなら、終華燈車輪(シュヴェルランデ)がなくても困らねーし、俺にとっては好都合だ」


『影焉』の本来の力は、終華燈車輪(シュヴェルランデ)と同等の攻撃が完全にノーモーションかつ最大威力で放てるというもの。


それもこれも、全てヴェレイドの任意で。


つまりはこの神域は終華燈車輪(シュヴェルランデ)の完全なる上位互換なのである。


(だとすれば……不利なのは俺の方か)


ノアは確かに神域を会得した。


だが、使えるようになったのとそれを使いこなせるのとでは大きな乖離がある。


ヴェレイドは三億年前、神として界律神から分断された。


つまりその頃から神域を使えるということだ。


それだけの期間があったのなら間違いなく神域内での戦闘も熟知しているだろう。


少なくともたった今初めて神域を使うことのできたノアよりは。


それに……


(……俺の神域……どうも不完全のようだ。虚無の権能からなる神域なのだとすれば、この神域はあまりにも()()()())


ノアは現状、実質的に神にまで昇華している。


故に神域も深層羅神も使用できたのだ。


ただ、まだ完全に神と同一の存在にまで成ったわけではなかった。


(虚無の権能こそ八神よりも上だが、俺という存在そのものは神よりも格下だ。それは俺がまだ神に成りきれていない証拠でもある)


使えはする。だが不完全。


今のノアは神と人間の中間だ。


『崩終奈落』の中でより神に近づきはしただろう。


だがそれでも、まだ完全ではない。


(この神域を完全なものにすれば、間違いなく『影焉』を呑み込むことはできる……でも、それを為すためには……)


ノアは直感でそれを察する。


(……ほぼ不可能に近いな。俺の能力を神に昇華させるのには絶対的に必要なものがあるが、それを顕現させるのがまず不可能……それでも、やってみるしかないか)


ノアが神に完全昇華するために必要なもの。


それはノアが、前世に使用していた、あの武具だ。


静滅銀刀(ゼグル)───


それは、ノアの魂からなる擬似神装───否。


「───根源神装、『静滅銀刀(ゼグル)』───顕現」


ノアの左手に灰色の魔力ではない別の何かが集う。


「何だ……?それは……」


ヴェレイドの知識にこのようなものはない。


彼の持つ終華燈車輪(シュヴェルランデ)はあくまでも擬似的な神装に過ぎない。


故に擬似神装と呼ばれているのだ。


追憶の試練内で記憶を失った状態だったノアの見た、かつてのこの力。


あの時でも、少なくとも白雪よりもなお強大な力を秘めているという事実は解った。


だがその時に理解できたのはそれだけ。


今のノア……前世の記憶と技術を取り戻したノアなら、あるいは───


「───来い、『静滅銀刀(ゼグル)』」


そうして、灰色の力が次第に形を成していく。


そこに現れたのは───


「……まあ、そうなるよな」


刀身の9割以上を失った静滅銀刀(ゼグル)だった。


柄の部分は完全に当時のものだが、一番重要な刀身の殆どが存在していない。


刃としてものを斬れるのは柄から数センチ分のところだけ。


普通ならなまくら以下だ。


そう、あくまでも普通ならば。


(何だ……何なんだ……あれは……!?)


ヴェレイドの顔が驚愕と畏怖に歪む。


(アレに込められた力は魔力なんてもんじゃねーだろ!?あれは、より高次元の……!)


その力に名前はない。


何故なら、誰も見たことがなく、神も観測できなかったものだから。


故に、これを知っているのはこの世界内ではノアだけだ。


(そういえば、俺もアグネスもこの力の名付けはしなかったな。魔力の上位存在とでも言うべき力だが……まあ、より“ 理”に作用するってことで───)


一瞬考えた後、ノアは口を開く。


「『理力』……とでも言おうか。世界を超えた、その先に存在する魔力の上位存在……まあ、この理力から使用されるのも魔法なんだけどな」


あくまでも今考えたものであるが故に名称があやふやだが、そもそもこの力を使える存在がありとあらゆる世界でどれだけいるだろう。


(最低限だが、これで準備は整った。だから今、ここで俺は───神になるッ!)


ノアがゆっくりと左手を横に振る。


その速度は戦闘経験のない人間でも簡単に目で追える程度しかない。


これまでのノアの戦闘の中でも、この振りは最も遅かった。


ピキッ───


だが、たったそれだけで空間に亀裂が奔る。


「は……?」


それを見た瞬間、ヴェレイドが呆然とした。


「今、何が起こった……?俺の、神域が……『影焉』が……?」


ノアが静滅銀刀(ゼグル)を振った位置から空間が崩壊していく。


それは二つの神域を巻き込み、完全に神域が瓦解した。


「何だよ……それ……」


根源神装───


擬似神装よりも遥かに上位の、それこそ界律神装と()()()()同等以上の力を誇る圧倒的な武具。


概念の権能を持つ存在が理に縛られず、その能力を明確に具現化させたもの。


それこそが、この静滅銀刀(ゼグル)をはじめとする根源神装なのである。


「……ここはやはり……神域が崩壊したからか」


『虚空』と『影焉』が同時に消滅した結果、二人は地底世界へと飛ばされていた。


正確には試練を始めたアスティリアの神域ごと静滅銀刀(ゼグル)で滅ぼしてしまったのだが……


静滅銀刀(ゼグル)もまだ不完全だが……これなら最低限のことはできそうだ」


ノアの魂は虚無。


その力の根源そのものを具現化させたのだから、いくら不完全であろうともその力は今の二人には計り知れない。


そして、静滅銀刀(ゼグル)を持つことで一時的にノアは理力そのものを操作できるようになっている。


(あくまでも手に持っている時限定のようだが、理力に作用できるのなら話は早い)


ノアはまだ分類上神ではない。


そんなノアが完全な神域を展開するために必要なのは、理力の操作だ。


「普通、神域は一度使用すればしばらくの間は使用できない……強い神域であればある程、再使用までのクールタイムは長くなる」


深層羅神と同様、無理をすれば使えないこともない。


とはいえ、深層羅神と違って神域には自分も入らなければならないのだ。


神域の連続使用は魂に負担がかかりすぎる。


敵も神域内で動ける以上、神域の効果が必中必殺でもない限りは連続使用など自殺行為でしかないのだ。


だが───ノアの力は虚無、すなわち、『無』だ。


「俺が持っているのは虚無の権能───無を司るということは、神域の再展開だろうが何だろうが、俺には可能ということ」


無は無である以上、他から干渉されることはなく、同時にノアという存在は有であるので現界へ干渉できる。


神域を再展開することによる魂の負担はあくまでも世界がそうしているに過ぎない。


つまり、ノアはこれに縛られない。


「まさか───ッ!?」


それに気づいたヴェレイドが有り得ないと言わんばかりに目を見開く。


だが、ノアは止まらない。


「もう一度だ───無广神域、『虚空』」


ヴェレイドの再展開は間に合わない。


終焉は空間に放出されることなく、全ては虚無に呑まれていった。


「これこそが───俺の本来の神域───」


そうして、二人は灰色の世界へと誘われる。


ノアの神域の能力は単純でありながら複雑だ。


無广神域、『虚空』。


ここでは文字通り、その全てが虚空へと飲み込まれる。


それこそノアが望んだ存在、非存在を含めた全てが。


人間だろうが神だろうが、概念だろうがこの場では無意味と化す。


そして、最も恐ろしいのは───


「ここで起きた事象は、あらゆる次元を貫通する」

「それは……どういう、ことだ……?」

「簡潔に言うなら、どれだけ高次元の存在だろうがこの虚空には抗えないということだ」


つまり、この神域内に封じ込めることさえできるのなら、ノアが絶対に勝てないと悟ってしまったあのレノンにすら勝機を見出だせるということだ。


当然レノンも神であるが故に神域は持ち合わせているだろう。


『虚空』は展開さえできればいくら格上であろうとも必ず勝てると言っていい程の能力をしているが、神域の絶対条件として、展開前は他の神域と変わりない。


つまり、絶対的に格上であるレノンが相手なら同時展開された時点でノアは負けるし、圧倒的に力が離れているため先に展開されてしまえばもう『虚空』を展開することは不可能となる。


故にこれがあるからといって必ず勝てるとは言えないのだ。


それに───


(長くは持ちそうにないな……)


今のノアでは静滅銀刀(ゼグル)を顕現させる時間にすら限界がある。


この力は本来現時点での力では制御できるはずのないもの。


つまりは前世の力の根幹だ。


故にこれを無にするということは現状ではできない。


今ノアができるのは短期決戦のみ。


ならば躊躇うことはない。


「さて……そろそろ終わりにしようか」


ノアは灰色に染まった世界を見渡す。


この神域は色こそ灰色をしているが、それはあくまでも形式的なもの。


ノアが己の魔力や理力にそのように色付けをしているだけで、ノアの虚無にはそもそも色などついていない。


それどころか、この神域内には本来色という概念すらない。


あくまでもノアが知覚しやすいようにしているだけなのだ。


「……ははは、やっぱりお前はすげーよ。神に昇華しただけじゃない。ここから更に苛烈になる戦いにおいて、お前のこの力は全ての存在への特効になり得るんだから……」


この神域の能力を知った上で、ヴェレイドは天を仰ぐ。


「でもな、だからこそ俺も引けねぇ……」


ヴェレイドから軽薄な雰囲気が消える。


「っ……」


そこにあったのは───獰猛な気配。


「俺だって終焉神なんだ……この世界の神として、世界を救う義務がある。それを託す以上、お前のことは信頼してるさ……」


今度は前屈みになり、灰色の地を両足で力の限り踏みしめた。


「でもなァ……」


漆黒に染まり、光を宿していなかったヴェレイドの瞳に黒い力が宿る。


「それとこれとは話が違ぇんだよ。俺は───()()()、ただ純粋に、テメェに負けたくねェんだよォッ!」


灰色の虚無に染まったこの『虚空』の中に終焉の権能が分散する。


だがそれはノアにとっては脅威にはならない。


───普通ならば。


(この神域の力なら分散した終焉も……いや待て、これはまさか……!?)


その瞬間に、ノアは気がついた。


「ヴェレイド、お前まさか、あれを……!?」


ヴェレイドは確かに己の権能を分散させた。


だが、それは『虚空』の中ではない。


「ハッ!気づくのが遅ェんだよッ!」


終焉の権能の具現化された状態とは一体何だったか。


それをノアはこれまでの戦闘で嫌という程見てきたはずだ。


「終焉を影として、世界の裏側に忍ばせる……」


たった今、ノアはそれに気がつく。


だが、もう遅い。


「真似させてもらうぜ……!『終焉彩色』ッ!」


それはノアがかつて整合の試練で使っていた術。


それを終焉の権能で使えるように、ヴェレイドが即席でアレンジしたものだった。


「まさかそれを……ぐっ、がぁッ!?」


その瞬間、ノアの両足がまるで磨り潰されたかのように血に染まりながら消える。


突然のことに反応できず、ノアは地に伏した。


(これはまさか……『影焉』の能力……!?いや、だとしても何故彩色でこれが使える……!?)


ヴェレイドが行ったのは……改悪。


ノアが行ったのは『創造彩色』による神域の攻撃対象の変化でしかない。


だがヴェレイドはその能力を神域の力が作用するように変更。


『虚空』の能力の緩和も一切せずに、ただただ自分が攻撃できる環境を作ったのだ。


ヴェレイドからしてもこれは一か八かだった。


そもそもノアの見よう見まねで初めて使った彩色だ。


ここまで上手くいく方が珍しい。


だが、逆に言えば『虚空』の能力を一切縛れていないのだ。


つまり……


「……どうやったのかはこの際どうでもいいが、この程度ではまだ勝利は俺のものだ」


『虚空』は神域内にあるもの全てにノアの意思が働き、望んだ対象は抵抗することもできずに遥かな虚無へと呑まれる。


概念であろうとも関係なく滅ぼせるのなら、以前リオエスタがやったような『傷を破壊して身体を癒す』ということも擬似的にできるのだ。


そして何よりも厄介なのは……


「この場では過程などなく、俺の望んだ一切が滅びる……過程ではなく、結果のみが残るんだ。お前は逃れることなどできない」


この神域では滅びるということに過程など必要ない。


ノアがそう望めばその通りになる……それだけなのだ。


故に両足が潰されたという結果を無に帰させ、まるで初めから攻撃されていなかったかのように再生する。


この神域が展開されている以上、ノアの勝利が揺るぐことはない。


ヴェレイドにとっての勝ち筋は如何にして『影焉』の力を無効化されずにノアへとぶつけるかになる。


(『影焉』の効果は必中ッ!ノアの『虚空』と同じように、オレが望めばその結果が起こる!だから問題なのは攻撃を当てることじゃねェ……如何に攻撃を消滅させられないように立ち回るかだなァ……)


一瞬の思考。


今まで通り論理的に、そして効率的に攻めようとして……その考えを放棄した。


「違ェだろッ!オレはただアイツに、正面から勝ちてェんだよッ!だったら姑息な手なんて使ってられるかってんだッ!」


今のヴェレイドは勝つためならどんな手段も使う性格ではない。


ノアに……自分よりも遥かに格上にまでなった存在に、ただ真正面から勝ちたいだけ。


だからこそ、『影焉』と同等の力を持つ『終焉彩色』にて照準をロックオンする。


対象となったのはノアの魂。


虚無であるが故に干渉されないという特性があるというのを承知でヴェレイドはそこに向かって攻撃をする。


その瞬間にノアも異変に気づいた。


(俺の魂を……?)


一瞬だけ怪訝に思うノアだったが、その僅かな時間こそが最大のミスだった。


───ぐしゃり


「がっ───」


まるで魂そのものが握り潰されるかのような感覚。


これまでにない程の量の吐血をし、ノアは何が起こったのかを思考した。


(今のは『影焉』……いや、『終焉彩色』か……?)


これは紛れもなく『影焉』の能力だ。


その力を『終焉彩色』によって強引に『虚空』の中でも使えるようにしているだけに過ぎない。


そちらの方はいい。


今ある情報からでも少し考えれば出る結論だ。


問題となるのはもう一つの方。


何故、ノアの虚無の魂に干渉することができたのか───


(虚無に干渉できるのはより高次元な存在だけ……少なくともヴェレイドは世界の外に行く術を持っていない。俺の力が落ちていることを考慮したとしても俺よりも下、高くても同等でしかないはずだ……)


同じ次元の存在ならノアの虚無は全てに優先される。


虚無に触れることができないのなら、いくらヴェレイドの終焉が強かろうとノアの魂には絶対的に届くはずがない。


「何故……ッ!」


ノアの想定できる限りではそれは有り得ないはず。


(俺は一体、何を見落とした……?)


何かしらの理由があることは間違いない。


そしてそれはきっとヴェレイドだけが知っている。


「オレと今のお前は同格ッ!だったらなァ……簡単なんだよッ!」


ノアが魂に絶大な損傷を負ったことにより、『虚空』の力の大部分が弱化する。


それを見越し、ヴェレイドは己の彩色を広げることを最優先としていた。


(不味い……!空間の主導権が……!)


この空間は『虚空』として確立されているが、現状ノアはその二割程度しか制御できない。


前世と比べて力を大幅に失っているというのも大きいが、ノア自身がまだ個としての神に成りきれていないのが原因だった。


今のノアは少なくとも神に連なる者ではある為、条件次第では神域や深層羅神を使用することができる。


だがその力を十全に扱えるかというのはまた別の話だ。


では、今この『虚空』でノアの手の届かない残り八割の力は何処へ向かうのか。


答えは簡単だ。


「貰うぜェ、ノアァ……ッ!」


この空間に存在する、もう一つの力である。


ノアの使えない力の一部は、エネルギーとしてヴェレイドが使用できてしまうのだ。


本来神域を使えるのは神だけであり、その神が不完全で力を十全に使えないということ自体がまず有り得ない。


故にこれは同程度の力を持つ神域の完全同時展開と同様、誰も見たことがない現象とも言えるだろう。


神域を上書きされることなく、その主導権と属性そのものを乗っ取られるというのは。


「彩色……ハハッ、凄ェなコレ。神域の再展開じゃねェから魂に負担もかからねェのに実質的に神域使ってるようなもんだろ」


あくまでも力を失っているノアを相手にした時という限定的な条件ではあるが、ヴェレイドの認識は間違っていない。


ノアと違い、ヴェレイドは神域を再展開すると多大なる負担が魂へとかかってしまう。


だが彩色を経てノアの『虚空』へと干渉し、その力を奪いながら『影焉』と同様の能力を行使するという手段を取れば魂への負担など無視できる程度にしかならないのだ。


「ぐっ……」


魂の損傷、そして神域の主導権の簒奪……


これらによってノアは大いに焦っていた。


(……この際神域の簒奪については後回しだ。どうやって俺の魂に直接攻撃できたかを探るのが先決……それさえ解決できれば他のこともし易くなる)


この空間はノアの魂を直接投影したかのように虚無に満ちている。


故に、何もない。


だがノアの魂は最早その次元を軽く超えているのだ。


より無としての力が深いのに、どうしてそこに触れられたのか───


(この神域の無と俺の魂の無は深さが違う。俺の魂は、俺ですら底が見えない……そんなものに干渉するなど、虚無よりも浅い力である終焉にはできないはず)


『終焉彩色』の能力が発動する。


「ッ……!」


再度、魂への衝撃。


初撃程ではないとはいえ、その攻撃には確実にノアを追い詰める威力があった。


(神域はあとどの程度持つ……?)


現状のノアは『虚空』の能力でヴェレイドを攻撃する余裕がなかった。


それどころか、己の魂を元に戻すことすらもしていない。


それは全て、静滅銀刀(ゼグル)を一秒でも長く顕現し続ける為である。


これがなければ今のノアでは神域を使うことができないのだ。


(より深い無に触れるには、最低でも今の俺と同じように理力を扱えるようにならなければ不可能のはずだ)


何度考えても結論は同じ。


だからこそ、ノアは一度発想を根本から変える。


(……もう一度、攻撃を受ける。そこから考えた方が早いかもしれない)


これまで通りなら、『終焉彩色』ではノアの魂を完全に滅ぼすというのはできない。


そういう希望的観測も含めて、ノアは次の攻撃を待つ。


そして、その時はすぐにやってきた。


「ぐッ!」


二度目の攻撃で効力が薄いと考えたのか、ヴェレイドは更に威力を底上げしてきた。


これもまた一度目よりは弱い。


だがこの威力ならずっと受け続けるわけにはいかない。


とはいえ、気づいたこともあった。


(……今の攻撃対象……本当に俺だったか……?)


どこか違和感を感じたのだ。


ノアに向かって攻撃したというより、まるで攻撃した場所にたまたまノアがいたというような───


(───そうか)


その瞬間、ノアはヴェレイドがどうやってノアに攻撃しているのかを閃く。


(終華燈車輪(シュヴェルランデ)は攻撃対象をヴェレイド自身が選択して、その対象に攻撃するといったシステムだった。だが『影焉』は……そして『終焉彩色』は、()()()()()()()()()()()())


それは───


「───空間そのものを終焉に至らせる。そして、()()()()()()()()()()()


正確には偶然ではなく、ノアのいる空間そのものを狙ったのだろう。


「ハッ、やっと気づいたかよ」


攻撃方法に気づいたノアに、ヴェレイドは挑発するように言葉を発する。


「テメェは無だ。当然その深さじゃオレにだって捉えきれねェ」


それは誰もが解りきっていること。


「……でもな、この『虚空』程度の深さの無ならオレにだって解る。だったら簡単な話だよなァ……知覚できる無と、知覚できない無……その部分だけ捉えられねェなら、もうそれは捉えられるのと同義だぜ」

「……!」


依然としてヴェレイドはノアの魂を捉えることは不可能だ。


だがそれ以外の無はどうにか捉えられる程度の深さでしかなかった。


───であれば。


「……捉えられずとも、それ以外の全てが解るのなら、実質的に捉えることができる……」

「そういうこった!ようやく理解したな、ノア!」


ヴェレイドは空間に攻撃しているのではなかった。


同時にノアの魂に直接攻撃しているわけでもない。


あくまでも自身の捉えられない『無』に対して攻撃しているだけ。


そして───その存在はこの『虚空』において、ノアの魂しかないのだ。


(そうか……理屈は完全に理解した。だがこれをどうやって対策する……?)


ノアの魂そのものである無をあえて浅くし、誤魔化すことは可能だろう。


だがそうすると今度はヴェレイドがノアの魂を知覚できるようになってしまう。


そうなれば魂を直接攻撃することも容易になるはずだ。


故にこの手段は取れない。


であれば、逆に『虚空』そのものをノアの魂と同等の深さにすることができるか否か───


(───いや、それは今の技量では絶対的に不可能だ)


ノアはそれができないことを知っていた。


静滅銀刀(ゼグル)でさえ完全顕現できないのに、完全なる神域を展開するなどできるはずもない。


一方の手段は取れば逆に的確に攻撃され、もう一方の手段はそもそも不可能───


であるならばどうするか。


(それなら、一か八か……!)


そう、ノアの取れる唯一の手段。


それは賭けだ。


ノアは己の防御や回復に回している『虚空』と静滅銀刀(ゼグル)のリソースを完全に捨て、ヴェレイドに向かって突撃する。


「ッ!?」


このような事態をヴェレイドは予測していない。


ノアがこのような賭けに出ることなど、考えられないと思っていたからだ。


つまり、ノアはヴェレイドの虚を突いたのだ。


ノアとヴェレイドの間には距離がある。


故にヴェレイドはノアが肉薄するよりも先に『終焉彩色』による攻撃を行った。


これまでのノアならその衝撃で数秒間は動けなくなっていただろう。


それどころか防御を捨てている為、四肢が吹き飛んでいてもおかしくはない。


だが───


「あぁ───ッ!」


それでも、ノアは突き進むことを止めなかった。


───計三回。


ノアがヴェレイドの懐に入るまでに攻撃を受けた回数だ。


一撃目で右腕が消し飛び、白雪が空中に投げ出された。


二撃目で下半身が消し飛び、脚による推進力を失う。


ノアはその瞬間に空間魔法を展開し、己の残った身体を強制的に前進させた。


三撃目は残りの全身への衝撃。


ノアは『虚空』や静滅銀刀(ゼグル)による防御ではなく、()()()()()()()()()()()()という選択を取る。


これこそが、この突撃の最大の賭け。


ここで攻撃を食らった場合、ノアは全身が吹き飛んでいただろう。


ノアがしたこと……それはそう難しくない。


ノアがかつて反転の試練でやったことと同じだ。


あの時は『裏反の幻至(ラネル・エフェス)』を特定のタイミングて解除することにより『穿裏の戒眼(ライレデニア)』を躱した。


原理としてはそれと変わらないのだ。


そう───ノアは三撃目が放たれるその瞬間に、己の虚無をあえて浅くしたのである。


これまでヴェレイドは自身の知覚できない無に対して攻撃してきた。


それは連続で放たれた三撃も同様だ。


だからこそノアは一撃目と二撃目をあえてその身で、防御も一切せずに受けた。


全ては最後の攻撃へのブラフの為に。


当然、その全てが賭けだった。


四撃目がある可能性も十分考えられたし、ヴェレイドが警戒していて浅い方の無にも同時に攻撃していたならば結局攻撃を受けていただろう。


同時に行われる、複数種の賭け……


その全てに、自身という存在をベットしたのだ。


「テメェッ!?」

「これで───ッ!」


ノアは残った左腕に持っていた静滅銀刀(ゼグル)を振りかざす。


刃は殆どないが、込められた力は───理力は圧倒的。


一世界の神如きでは防御することすらも不可能な最強無比の一撃。


そこに、ノアの持つ全てをぶつけた。


「───終わりだッ!」


空間を衝撃が襲う。


『虚空』ですら耐えられない程の、暴力的なまでの衝撃が。


神域そのものが悲鳴を上げるように爆ぜ散り、それと同時に静滅銀刀(ゼグル)が力に耐えきれずに自壊する。


神域の消失と、静滅銀刀(ゼグル)の自壊───


それが、この戦闘が終結した合図だった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


再度表層に現れたのは地底世界。


静滅銀刀(ゼグル)の自壊により力が霧散した影響か、その力はどうやら神域内で完結したようだった。


そして何より、ノアの想定していなかった事態が起きていた。


(俺は確かに静滅銀刀(ゼグル)をヴェレイドに向けて振るった……でも、手応えはなかったどころか、そもそもヴェレイドに触れる前に静滅銀刀(ゼグル)そのものが自壊したような……)


右腕と下半身を失った状態のまま、地底世界で仰向けに倒れているノアがその状況について思考していた。


そんなノアの顔を覗き込む存在が一つ。


「───ははは、やっぱりお前はすげーよ、ノア」


そこには───


「……ヴェレイド」


獰猛な気配がなくなり、軽薄な印象に戻ったヴェレイドが立っていた。


全ての力を凌駕する根源神装───

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