25.神域解放
目が覚め、起き上がって第一にノアは頭を下げた。
「済まなかった、余計な苦労をかけさせて……俺が無理やり自分の力を解放しようとしたせいで、あんなことになったんだ」
もうノアの魂に傷はない。
ノアがあの時初めて使った深層羅神、『灰零無尽』によって全てが消滅したのだ。
『崩終奈落』も、荒れ狂っていたノアの虚無も含め、全てを巻き込んで。
「いや、それは別にお前だけのせいじゃねーよ。俺がその状況まで追い込んだのも事実だしな」
ヴェレイドはそう言うが、この件に関してヴェレイドには一切の非はなかった。
ヴェレイドは深層羅神を使ってノアを追い詰めたが、それは他の神もやっていたことだ。
それに、最も悪いのは───
「なあ、俺は最初、お前の剣閃で『崩終奈落』が破られたと思ったんだが……なんでそうならなかったんだ?あの剣技はは奈落の空間から抜け出すには適してたはずだろ?」
ヴェレイドのその発言に、ノアは唖然とする。
「は……?」
『刻赫羅閃』を弾いたのはヴェレイドではなかったのだ。
「……待て。お前じゃないのか?お前なら……終華燈車輪なら、あの斬撃を弾くのも不可能ではないはずだ……!」
ノアの目の前にある、認めたくない現実。
だがそれは容赦なく突き刺さる。
「いや……俺が『崩終奈落』を展開した後に終華燈車輪を使ったのはお前の虚無を消したのが最初だぜ……?」
「そん、な……」
あの時のノアの考えが現実味を帯びる。
(まさか、本当に奴が干渉して……?だが、あの状況下では奴以外に干渉できる存在などいないはずだ……)
空間と位階の支配者。
前世のノアですらどう足掻いても勝機はないと断定した存在。
それがノアを終焉の中へと閉じ込めようとしたのだ。
(確かに、奴の力なら俺の斬撃を弾くのも片手間でできる範囲だろう。『光の剣戟』だろうが何だろうが、俺の実力では奴のいる土俵には立てない……)
何故ならその存在は位階そのものを支配しているから。
その存在がノアのことを自分より下の存在と認識している限り、ノアから干渉することはできないのだ。
(奴はきっと、俺のことを監視している……)
ノアの記憶が正しければその存在に目をつけられているのはノアを含めて二人。
かつてノアが自身と対等以上に戦える存在だと思った、とある世界の神。
この二人は間違いなくあの存在に監視されている。
(……いや、あいつは……アグネスは、もう干渉を受けている可能性もある)
───呪神アグネス。
呪いの世界の神であり、ノアが直接接触した存在の中で最も強いと思った存在。
その力は前世のノアと対等か、あるいはそれ以上。
そんなアグネスでさえ位階の支配者には干渉できず、逆に干渉を受けるレベルだ。
そして、間違いなくこの世界もその存在の影響を受けている。
(……ずっと疑問に思っていた。何故、界律神が自分の世界を滅ぼそうとしたのか、創造神が権能を分断したのか、そして───)
───そして、何故白雪にユキという意思が宿ったのか。
(これで一つの答えを得た。この世界は奴の干渉を受けている。そこに入り込んだ監視対象が俺なんだ)
ノアの推測が正しければ、この世界に起こっている事象、その全ての辻褄が合う。
恐らく穿界の魔手だけは別だろうが……
「おいノア、大丈夫かよ?」
「……あ、ああ」
ヴェレイドの声で我に返ったノアは一呼吸置いてから立ち上がる。
そして、静かにヴェレイドに告げた。
「この世界の状況、そして俺の前世の世界の状況……その全ての元凶が、今解った」
ノアは白雪の落ちていた方向へと歩き、そのまま白雪を拾う。
「界律神のこと、白雪のこと、俺の世界のこと……全て、奴の仕組んだ実験だ」
その存在は世界を、人を、神を使って実験を繰り返している。
悪逆非道かつ、人心を欠片も持たない史上最悪の神───
「───空王レノン。奴が、全ての元凶だ」
ノアは覚悟を決める。
「前世の俺は奴から逃げた。俺の世界が奴に干渉されていると知っていながら、絶対に勝てないと解っていたから……だから逃げた」
勝てないと解りきっている勝負に挑むのは愚者の選択だ。
それを、ノアはしっかりと理解していた。
「だが、次は逃げない」
愚者でもいいと、ノアは己の心に刻む。
「今度こそ、俺はレノンを始末する。それがこの世界を……そして、俺やアルファルドの世界を救う最適解だ」
きっとアルファルドはレノンの存在に気づいていない。
自身の世界の神を滅ぼせば救うことができると信じている。
だがその神を滅ぼしても、レノンがいる限りは何も変わらない。
何故ならその神すらもレノンの干渉を受け、傀儡となっているのだから。
「……そんな奴がいるんだな」
ヴェレイドはノアの話を静かに聞き、口を開く。
「だったら、ここで立ち止まってるわけにはいかねーよな?戦闘再開だ。今度こそ、俺とお前の決着をつけようぜ!」
そう、試練はまだ終わってはいない。
『崩終奈落』はもうしばらくは……それこそ、試練の中ではもう使えないだろう。
だが、まだ終華燈車輪は動くし、何よりも神域はまだ使用していない。
「そうだな……この際だ、使えるものは何でも使おう」
ノアの持つ白雪の刀身に『空虚斬滅』が纏われ、斬撃には虚無の力が宿った。
「さあ征くぜ、終華燈車輪!」
今この瞬間を以て、二人の再戦の火蓋が切って落とされた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はッ!」
先手を取ったのはノアだった。
殆ど光速と同等の速度でヴェレイドの前にまで迫り、『空虚斬滅』を纏った刃で斬りつけようとする。
ガコン───
「チィッ!」
その瞬間に鳴り響く歯車を組み替える音。
終華燈車輪の攻撃が実行され、『空虚斬滅』がその効力を消失した。
「やはりそうなるかッ!」
ノアはその瞬間に『光の剣戟』による斬撃に攻撃をシフトチェンジする。
だが剣技にすらなっていない『光の剣戟』如きでヴェレイドを傷つけようとするのは無謀だ。
「『終滅殴殺』!」
ヴェレイドは終焉の魔法を左手に行使し、白雪を弾いた。
ノアは弾かれた力を利用し身体を回転。
そのままの流れで斬撃を放つ。
その時、白雪の放つ光が増大し、その斬撃は『黄昏之刃』と化した。
だが───
ガコン───
「なッ!?」
攻撃を放つ直前、ノアが大きく弾かれて後退する。
(『空虚斬滅』の効力を失わせたのもそうだが、やはり終華燈車輪は……いや、ヴェレイドは、俺の虚無に適応していっている)
『崩終奈落』の中で終華燈車輪の攻撃自体にクールタイムは存在しないことは確認済み。
おおよそ仕組みも解ってきている。
(深層羅神使用前と比べて、明らかに俺の虚無に対してのダメージが違う。対象の属性によって組み替え方が変わるというのは確定したな)
概念の属性なら組み替え方によるダメージの通りが根本的に異なることは今の瞬間にノアも理解した。
(要するに、あの三分弱の短時間である程度虚無に対して有効な歯車の組み方を見つけたと考えていい。組み方さえ有効なら、数秒単位の短時間でも俺の身体を内面の虚無ごと吹き飛ばす程度ならできるわけだ)
ノアの情報解析能力は高い。
『崩終奈落』を出て以降、たった二回のギアチェンジでここまで終華燈車輪の性質を見抜くのは普通ならできないだろう。
それ以前に、普通の存在だったなら有効な組み方をされた終華燈車輪のギアチェンジで滅んでいる。
(とはいえ、歯車の数は目測で50以上。組み替え方は60桁を超える程あるはずだ。ならばまだ最適解は見つけられていないだろう)
組み方の数が有限である以上、現状ヴェレイドが見つけている虚無への有効な組み方が最適解である可能性も当然ある。
だが全ての組み方の可能性を試したわけではないはずだ。
となれば、ヴェレイドの方もこれ以上の組み方を模索しつつ戦闘しなければならないということに変わりはない。
(ある程度の意識はそちらに割かれるはずだ。少なくともヴェレイドからしても俺本人を無視して探ることはできない。ならば意識が割かれている隙をつくのがこの戦闘における鍵となる)
ノアはもう一度攻撃するために、今度は刀身に『崩壊神撃』を纏わせた。
(完全ではないだろうが、虚無はある程度適応されている。少なくとも『空虚斬滅』は無効化されている現状、これまで使ってこなかった別属性の権能を使うのが最適だ)
そして、ノアは一歩を踏み込み───
「ッ!?」
その瞬間、右脚が消し飛んだ。
(今、何が……!?)
終華燈車輪は動いていなかった。
つまり、今のは別の何かによる攻撃……
ノアは自身の足元を見る。
「これは、まさか」
「やっと気づいたかよ」
そこにあったのはこの神域内に無数に存在している黒い斑点。
ノアは、それを踏んだのだ。
(……まさかこれに物理的に干渉する力があったとは……ただ終焉の力を増長させる空間にする為のものではなかったのか)
これまでの神域の特徴はそうだった。
破壊神の時は破壊の力が強化される空間だったが、要はそれだけだったのだ。
「……『混沌災禍』」
ノアは虚無の渦を自身に纏いながら右脚付近にその力を集中させ、そこに残っていた終焉の力を無に帰させる。
その上で再生させることで以前の左腕と同じく完全に元通りになった。
ヴェレイドや終華燈車輪を警戒しつつも、ノアは周囲に視線を向ける。
(……黒い斑点はこの神域内を自由自在に動く。『混沌災禍』によって先程よりはましになっただろうが、やはりあれに触れるのはリスクがある。そして何より、ヴェレイドは触れても影響を受けない)
先程から黒い斑点はずっと動いており、ヴェレイドの足元にも行っている。
だがヴェレイドはその影響を一切受けていないことから、この攻撃はノアのみに有効なのだろう。
(警戒すべき点が増えたのは痛いな……とはいえ、これはまだ見て避けることができる部類のもの。終華燈車輪よりは警戒が薄くても問題はないはずだ)
要は斑点を踏まなければいい話。
それさえ注意していれば、後の意識は終華燈車輪とヴェレイド本人に割ける。
それに───
(踏むのがいけないなら、飛べばいい)
ノアは少しだけ浮遊する。
踏むことが駄目なのだとすれば飛んでしまえば問題はない。
「ッ!」
そしてそのまま、『崩壊神撃』を使用した白雪で斬撃を放った。
ノアがその場から動かずに放った『崩壊神撃』の斬撃は紅い尾を引きながらヴェレイドへと到達する。
「───『終の相剋』」
それに対し、ヴェレイドが行使するのはガロンとヴァディアが衝突した際にグラエムを守った魔法。
ヴェレイドの周囲が影ったように暗くなり、それは波となって『崩壊神撃』を食い止めた。
「『無の混沌』」
一秒にも満たないその隙にノアはヴェレイドの背後にまで斑点に触れないよう回り込み、灰色の球体を撃ち込む。
ガコン───
だがそれは終華燈車輪が組み替えられることによって消滅する。
「チッ!」
今の『無の混沌』の出力はこれまでに二度使っていた『空虚斬滅』よりも上だった。
それなのに消滅したということは条件のどれかが先程よりも上回ったということ。
(見たところ込められた力の総量に変化はなかったし、歯車の回転速度もほぼ同じ。数十秒で組み替え方を探るのも難しい。ならば時間か……?)
だが、だとすればヴェレイドはたった数十秒で『無の混沌』を封殺できるレベルにまで終華燈車輪の攻撃を強化できるということ。
『無の混沌』に耐えるどころか完全封殺できるとなれば、これまでの神とは一線を画す。
これでまだ自身に絶対的に有利となるフィールドにいるわけではないというのだから、ヴェレイドの八神の中での規格外さが伺えるだろう。
神域を使用してしまったら、この強さは一体どこまでいくのだろうか……
(……懸念点はもう一つある)
先程から……それこそ、ノアの右脚が吹き飛んだその瞬間から、空間に蠢く黒い斑点の数が増えていっていた。
(終焉の権能の形は漆黒と影だろう。あの黒い斑点には、影すらも触れてはならない……そんな予感がする)
まるで夕闇の遺跡でガロンと戦った時の『夕滅朱糸』のように、ノアの動ける範囲を着実に潰していっている。
(対処法がないわけではない。ただ、それをするには俺の使える権能の総量があまりにも不完全すぎる)
ノアの虚無はその殆どが今なお封印されている状態。
成功すれば周囲の環境を気にせずに戦えるようにはなるが、その状況を作り出すこと自体が困難であった。
今すぐノアにできることといえば、虚無以外の様々な権能を使用し、対応前に終華燈車輪を破壊すること。
「それができなければ……終わるな」
戦況は未だにヴェレイドに傾いている。
その天秤を覆すには、新たなピースが必要だ。
(必要なのは虚無とは別種の権能でありながら、簡単には防御不可能な一撃。先程のように中途半端な『崩壊神撃』なら容易く防がれ、破壊に適切な組み方を組まれて終わりだ。他に攻撃に使えそうな権能は何がある?)
ノアの持つ権能の種類で攻撃に適したものは虚無、破壊、終焉の三つ。
この中でも終焉は今回の場合においては論外と言っていいだろう。
この権能の本来の所持者なのだ。どれ程強く使えたとしても全てに対応されて無意味となる。
虚無は最低限有効な組み方を見つけられている状態。
破壊についても『崩壊神撃』から探られている可能性も否定できない。
(ならば、どうする───?)
思考を巡らせ、終焉を潜り抜ける方法を探る。
だが───
「『照光』」
「ッ!?」
ヴェレイドが使ったのはただの光源を発生させるだけの低級の光属性の魔法。
しかしそれは今のノアにとっては致命的だった。
「ぐッ!?」
唐突に現れた光源からの影が、斑点と重なる。
その瞬間にノアの右半身が大きく弾かれた。
(そうか……その可能性を失念していた……!)
神が持てる概念としての力は己の司るもののみ。
これはどの世界においても共通の、絶対的な理だ。
だが、ただの属性魔法程度ならその理には含まれず、縛られることはない。
そして一切縛られないのなら……神としての技量は相応の牙を剥く。
「チィッ……!」
背後、正面、上、下、左、右……
ノアから見てあらゆる方向に大量の光源が現れ、ノアを照らす。
問題なのはスポットライトのようにノアの方向のみを照らしているということ。
つまり、別の光源が影に干渉することはないのだ。
そうなれば、何が起きるか……
「がっ……」
そう、全方向からの衝撃だ。
幸いと言うべきか、影が斑点に重なった時の衝撃は直接触れた時のものよりもかなり小さい。
『混沌災禍』の渦によって全身を強化していることもあり、欠損するレベルではなかった。
とはいえ───
(衝撃そのものはかなり重い……これが続けば、近づくことすら難しくなる……!)
このままではジリ貧だ。
「……『壊撃』!」
ノアは破壊の斬撃を飛ばし、一つずつ、的確に『照光』を打ち抜く。
可能な限り光源を潰せば、衝撃の数も少なくなると踏んでの行動だが───
ガコン───
「がぁッ!」
光と斑点だけに気を取られていればこうなる。
終華燈車輪による攻撃は如何なる時も有効。
これに関してはノアに逃げ道は存在しない。
(こうも追い詰められては……)
ノアには一つ、秘策とも取れる魔法があった。
だが、その魔法はある意味危険極まりないものだ。
全盛期ならともかく、今のノアが使えば最悪魂から滅びる。
(……使いたくなかったが、仕方ない)
それを決意した瞬間、『混沌災禍』を解除。
それと同時に斑点の衝撃がノアを襲うが───
「───『存在無形』」
その一瞬早く、ノアが新たな魔法を行使した。
光がノアを照らす。
だがその対極にある斑点には、ノアの影はなかった。
「あれは……?」
ヴェレイドがその状況に訝しむ。
(影がなくなった……?そういう類の魔法か?だが、まず間違いなく属性は虚無だ。虚無の権能による魔法で影をなくすっていうピンポイントな魔法があるか……?)
今、ノアはほぼ全方位から光を受けている状態だ。
しかし影がなくなった為、斑点による衝撃は完全になくなった。
ヴェレイドの考えた通り、この魔法はただ影を消すような魔法ではない。
(『存在無形』は文字通り、存在そのもの、魔法行使者の形を曖昧にし、無と同化させる魔法だ。全てとは言いきれないが、ある程度は外界からの干渉をシャットアウトできる)
これだけ聞くと敵の攻撃を無効化する、防御に優れた途轍もなく強い魔法にも思える。
だが、この魔法には大きすぎるデメリットがあった。
(この魔法の制御に失敗すれば、『崩終奈落』の時とは違う意味で帰ってこれなくなる……俺という存在が、所持している力ごと完全消滅するんだ。先程のようにミスすれば、今度は俺だけが消える……)
このデメリットだけならまだいい。
本来のノアの実力なら己の虚無の全てを律することなど容易い。
問題となるのはノアの制御の効く力の上限がまだ著しく低いことにある。
「次はもう……失敗するわけにはいかない」
その覚悟を胸に刻みつけ、ノアはヴェレイドへ向かって光速で動いた。
(やっぱり、もう斑点は効かなくなったのか!)
ノアに有効だと考えられていた為か、この空間の殆どは今や影で覆われようとしていた。
だがノアが『存在無形』を行使している限り、その影は無意味と化す。
(『黄昏之刃』───ッ!)
『空虚斬滅』や『崩壊神撃』ではもう無意味だと悟ったのか、ノアは攻撃を『光の剣戟』に変える。
それに対し、ヴェレイドは───
ガコン───
「───ッ!」
これまでと同じく、終華燈車輪による攻撃を仕掛けてきた。
だがそんなものはノアも予測済み。
どの位置に、どの程度の攻撃が来るのかが解っていれば対処のしようはある。
「『混沌災禍』!」
ノアはその攻撃が来るタイミングを完全に予測しており、その瞬間だけこの魔法を展開した。
更に、その使い方もこれまでとは違う。
「な───」
『混沌災禍』は虚無によって生成された混沌を渦のように展開させる魔法だ。
そして渦の中心とする地点や対象は、自由。
そう、ノアは終華燈車輪を中心に『混沌災禍』の渦を展開したのだ。
それも、力の全てが内側を向くように。
ガ、ガガガガガ───
荒れ狂う力に当てられ、歯車が軋む。
そして、ノアに攻撃を与えるよりも先に───
ガガガガ───ガキン───!
先に、歯車の方が限界を迎えた。
(嘘……だろ……?『終なき運命』がかけられた状態の終華燈車輪が、壊された……?)
その事実にヴェレイドが一瞬だけ呆ける。
故に反応が遅れた。
「ッ!?『終滅殴殺』!」
どうにか右手に魔法を纏わせるが……
「はぁッ!」
「がッ!?」
その強度は、圧倒的に足りなかった。
ヴェレイドは『黄昏之刃』によって斬り裂かれ、すでに影が覆い尽くしている神域の地面を何度も転がる。
左肩から右脇腹にかけての大きすぎる傷。
それも全ての物質を切断する完全なる『黄昏之刃』の斬撃だ。
リオエスタの時と違い、今のノアの技量は最早規格外の域にまで達している。
神であろうとも、再生の権能を持っていないのならそう簡単に戻せるものではない。
「───ははっ」
だが、終焉を司る神であるヴェレイドが、その程度で終わるはずもなかった。
「流石だな……まさか、終華燈車輪が潰されるとは思ってなかったぜ。権能で再構築できるとはいえ、深層羅神と同じく、試練中にやるのはまー無理だな」
ヴェレイドは今、手札の過半数を失った。
残るは、神域のみ───
だからこそ、ヴェレイドは最後の戦いとして神域を展開しようとして───目の前の出来事に絶句した。
「お前……まさか……」
ノアが、神特有の力を放っていたのだ。
「───悪いな、ヴェレイド」
ノアは自身の持つ虚無を、この影で覆われた空間に解放する。
渦巻く力の中心にあるのはノアの魂。
虚無によって実質的に支配されたこの空間は、まるで何もないかのように空っぽとなった。
そんな世界の中、ノアの口が開かれる。
「無广神域───」
それは、現状のノアでは使えるはずのないもの。
「───マジかよ」
「ああ……今なら、やれる」
だが、今のノアにはそれすらも成功するという確信があった。
「だったら───」
ヴェレイドはそれに対し、冷や汗をかきながら笑みを浮かべる。
そして、ヴェレイドもまたノアと同じように自身の権能を空間に広げた。
「───終焉神域」
その力を、ノアの虚無に合わせるように。
「神域同士は、後に展開された方が優先される……でも、今回ばかりは───」
「───完全なる同時展開。一切のズレなく神域が展開された場合、優先されるのはより強度の高い神域」
つまり、この勝負はヴェレイドに分がある。
だが、それでも今のノアは負ける気がしていなかった。
「ここからが───最後の勝負だ」
そうして───
「───『虚空』」
「───『影焉』」
───空間の虚無と終焉が、完全に重なった。
神へと至る、虚無の魂───




