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23.終華燈車輪

「何度か通信はしたが、こうして直接会うのは初めてだったな」

「ああ、グラエムの霊域核の件は助かったぜ。お前がいなけりゃどうなってたか……」


話しながらヴェレイドはノアに向かって近づいていく。


「当然、それだけじゃねーけどな。この世界の命運を案じてくれてるのもそうだ。お前のおかげで、俺達は助かってる。感謝してもしきれねーよ」


その言葉には一切の嘘はない。


だが、ノアにはどこか陰りがあるようにも見えた。


「……思うところがないわけではなさそうだな」

「……解るか?」


内心を察したノアに、ヴェレイドは小さく笑ってみせる。


「……本当はお前に頼りたくはなかったんだ。別にお前が信用できなかったとかじゃねーんだがな。この世界のことを、別の世界から来たお前に背負わせたくはなかった。この世界の滅びなんだ。神である俺達だけで解決したいって気持ちも少なからずある」


この世界はヴェレイドをはじめとした八神達のものだ。


大元は界律神アスティリアのものとはいえ、ヴェレイドも神としてこの世界に存在しているのは事実なのだから。


だからこそ───


「───悔しかった」


ヴェレイドは歯を食いしばり、俯く。


「───ああ、そうだ。悔しかったよ。そして同時にどうしようもなく自分が情けなくなった。世界を守れないくせに、何が神だ。神なら自分の世界くらい守りてーよ……」


それは三千年間思い続けてきたヴェレイドの本心。


それを今、初めて吐露する。


「俺は終焉神だ。終わらせることについてはこの世界で俺の右に出る者はいない……でも、だとしたら俺がアレ(穿界の魔手)を終焉に導けなかったら、誰が救えるっていうんだ。ずっと、そう思ってた」


そこでヴェレイドは顔を上げ、ノアを見る。


「そんな時に、お前の存在を知った。正直、複雑だったよ。でも世界の為を考えるなら、頼るしかなかった。だからこそ、お前に言いたい」


そうして右手をノアへと差し伸べる。


それは紛れもなく友好の証。


ヴェレイドからノアへの、信頼の証明だ。


「───悪い。俺達の事情に巻き込んじまって。そして、ありがとう。俺達のことを救おうとしてくれて」


ノアはその手を数秒だけ見つめ、迷いなく手を取った。


「こちらこそ、悪かった。奴らがこの世界に来たのは二万年前に俺がこの世界に来ていたからだろう。その時に世界間のパスが繋がり、行き来がしやすくなったんだと思う」

「いや、気にすんな。それはお前は悪くねーんだから。未来のことなんてハティぐらいにしか見えねーよ。そんなハティですらお前の未来については見えなかったんだから、誰も予測できるものじゃなかったんだ」


二人はおもむろに手を離す。


ヴェレイドはノアに感謝していた。


この世界にアルファルドがやって来た原因はきっとノアにある。


それでも、ヴェレイドはお前のせいではないと言う。


ヴェレイドの気持ちは本物だ。


ノアへの謝罪も、感謝も、何一つ嘘ではない。


(……『念話(レクト)』の印象から軽薄なのかと思っていたが……全くそんなことはなかった。お前は、紛れもなく神だよ)


だからこそ、ノアは言う。


「……お前は世界の為に自分のできる最善手を取ったんだ。だから、情けなくなんて思わなくていい。お前は紛れもなくこの世界の神だ。他の何物でもない、終焉神なんだ」

「……」


その言葉にヴェレイドは一瞬だけ呆ける。


「そうか……そう、だな。ありがとう」


だが、次の瞬間には噛み締めるように目を閉じた。


「さて!んじゃー試練の説明でもするか!」


そこでヴェレイドはまるで照れ隠しでもするかのように声を大きくする。


「俺の試練は単純だ。俺と戦って、勝てばいい。以上!」

「本当に単純だな……解った」


二人は大きく距離を取る。


ノアは白雪を鞘から抜き、構えた。


それに対してヴェレイドは───


「初っ端から飛ばしてくぜ───『終華燈車輪(シュヴェルランデ)』」


それは、魔法とはまた違ったもの。


「……擬似神装、なのか……?」


ヴェレイドの両手の間で浮いている存在が目に入る。


それは、漆黒の歯車でできた人の頭部程の大きさの球体。


様々な大きさの歯車が噛み合い、全体を回転させていた。


「これが俺の持つ擬似神装───とはいっても、攻撃に直接関わるようなものじゃねーけどな」


確かに歯車の集合体は攻撃そのものには使えないだろう。


だが、それが逆に作用するのだ。


(いっそのこと、普通の武器だった方が攻撃方法を想定しやすかったんだがな……)


一体歯車でどうやって攻撃するのか───


次の瞬間には、それが明らかになる。


ガコン───


歯車が一つ、組み替えられた。


(ギアチェンジ……?これは……?)


ノアがそこまで考えた時、それは起こった。


「ッ!?」


ノアの左腕が───吹き飛んだのだ。


鮮血が飛び散り、神域内を赤で染める。


(今のは……!?)


攻撃した素振りはなかった。


今のはただ、歯車を組み替えただけ。


たったそれだけで、ノアの左腕が無条件に吹き飛んだのだ。


神に匹敵する力を持つこともあり、ノアの身体は神にも等しい……否、それを上回る程の強靭さを持つ。


権能を使ったとしてもそう簡単に吹き飛ばせるものではないはずだ。


(……とはいえ、最低限のことは理解した)


攻撃した素振りはなくても、権能が動いたのは解った。


それさえ見えたのなら後は推測できる。


「……『条件指定の終焉』ってところか?俺の左腕のみを対象にし、ギアチェンジをすることで対象を終焉に導く……大方、対象によって難易度はあるんだろ。命まで奪わなかったのは、時間が足りなかったからか?」

「……へぇ?聞いてた通り、観察眼はかなりのもんだな」


ノアの予想は半分正解だった。


少なくとも、左腕を対象にして終焉に導いた、という部分は。


「でも、全部は正解じゃねーな」

「……間違っている、と?」


話している間にも、ノアは再生の権能で左腕を再生させようとする。


だが───


(再生……しない……?)


できなかった。


試練を突破したこともあり、ノアは再生の権能の全てを所持している。


そんな再生の権能が効力を発揮していないのだ。


(……いや、効力を発揮できていないというよりは、何かに阻害されている感覚だ……)


阻害することにおいて、この状況で考えられる力は───


「……終焉の権能による再生阻害……いや、俺の左腕を『終わらせた』ことによる、状態の完全化か?」

「ハッ!ご名答ッ!流石だな!」


終焉は文字通りその力に触れた全てを『終わらせる』。


破壊のように壊すだけでは、壊れた後のことに干渉できない。


だが、終焉は能力そのものがその時点で完結している。


つまり、左腕を『終わらせた』場合、その部位はすでになかったことにされているのだ。


(……なるほどな。左腕を終焉に導き、俺の身体が初めからこの状態だったと世界に錯覚させているようなものか。恐らくそれは創造とは違い、上辺だけのもの……とはいえ、これを創造の権能で上書きすることは、今の俺にはできない。それに───)


それに、ヴェレイドはノアの言葉に『全部は正解じゃない』と言った。


ノアの言葉のどれかが間違いだとするのなら、それは一体どれなのか───


(どこかにあの擬似神装のヒントがあるはずだ。ギアチェンジによる終焉とはいっても、歯車の数には限りがあるはず。組み替えた歯車を元に戻せば何が起こる?組み替えのパターンによって現象も違うかもしれない。クールダウンのようなものはあるのか?歯車の回転速度による違いは?どんな条件が揃えば命や魂にまで届く───?)


血壊鎌(ヴェヌグス)整正剣(エヴェルド)のように能力が単純かつ一つなら考えることも少なくて良かった。


だが、この終華燈車輪(シュヴェルランデ)は───


(───考えなければならないことが多すぎる)


もしこの状態でガルヴェイムの時のように光速の戦闘が行われたら、とてもではないがノアの頭は回らない。


故にノアの最優先事項は神装の破壊、もしくは無力化だ。


必然的にそうなってしまう。


そして……そのことをヴェレイドが解らないはずがない。


「壊させねーよ───『終なき運命(シュレイデア)』」


ヴェレイドが終華燈車輪(シュヴェルランデ)を高く掲げる。


終華燈車輪(シュヴェルランデ)はそのまま宙を浮き、神域の地面から数十メートル付近で停止した。


そのまま黒い光を纏い、中心部のみが淡く輝く。


その光はまるで灯火のようで、それでいてどこか幽光のよう。


どちらにしても、不気味さがあった。


「俺は終焉を司る神だ。だからこそ、逆に『終わりを迎えさせない』という選択肢もある───『終なき運命(シュレイデア)』、これがまさしくそうだな」

「……まさか」


ノアは弾かれたように上空にまで行ったそれを見上げ、目を見開く。


ノアの身体能力や魔法、権能の数々……考えるまでもなく簡単に届く距離だ。


だが、それでも───


「『終なき運命(シュレイデア)』……その存在の、終焉を完全になくす魔法……」

「そうだ。まー対象に限りはあるけどな。少なくとも、この魔法に関しては俺自身にかけられるものじゃない。だからそれは安心していいぜ」


ヴェレイドはそう言うが、ノアからすれば安心できる要素は皆無だ。


(……まず間違いなく、手元から離れていても歯車の組み替えは可能だろう。それでいて破壊不可能となれば……ヴェレイド本人からの攻撃はともかく、終華燈車輪(シュヴェルランデ)の攻撃はどうあっても必中だ。敵の手が届かない場所から一方的に攻撃をする……まさか、()()()()に近しい力をこのような場所で見るとは)


かつて、ノアが唯一絶対に勝てないと悟ってしまった存在……結果的にとはいえ、それに似た力だった。


「……とはいえ、そのものじゃない。なら勝機はある」


ノアは虚無の権能を発動。


左腕周辺を虚無により一気に吹き飛ばす。


「……マジかよ」


それは一見自爆のようにも思えるが、ノアにとってはむしろこれこそが再生の鍵だ。


「終焉の権能も含め、概念による権能というものは自分以外のものに影響を与える為にその周辺を権能で満たす必要がある」


ノアがこれまで見てきた神域……それは各々の神が、自分にとって有利なフィールドを展開するのと同義。


何故ならその神域内にはその神の権能が空間そのものを支配しているから。


つまり、その神の神域外でその力を再現するには効果を及ぼしたい対象の周囲を己の権能で満たすのが必須なのだ。


そしてノアの権能である虚無は、全てを飲み込んで無へと帰させる力がある。


ノアの左腕周辺を覆っていた、終華燈車輪(シュヴェルランデ)から放たれた終焉の権能を、虚無によって自身の左半身ごとなかったことにしたのである。


そうなれば再生の権能も阻害されることなく、その効力を存分に発揮できる。


ものの数秒で左腕は完治し、ノアは自身を守るために魔法を発動させた。


「『混沌災禍(ラグナヴィア)』───最近はこの魔法に頼ってばかりだが……まあ仕方ないか」


ノアの周囲に展開された灰色の渦は終華燈車輪(シュヴェルランデ)の発する力を完全に相殺し、ノア自身のことも強化する。


(今は力を相殺できているといっても、また歯車を組み替えられたらその瞬間だけは間違いなくこちらの力が負ける。多少はましになるだろうが……)


ギアチェンジが起こってしまえば間違いなくその影響は受ける。


「下準備は済んだか?そんじゃまーそろそろ本当の意味で戦おうぜ」


まるで子供のように笑いながら、ヴェレイドは終焉の権能を両手に纏った。


それを見て、ノアもまた白雪を再度構える。


(ヴェレイド自身の強さに加え、終華燈車輪(シュヴェルランデ)の力もある。かなりの長期戦になりそうだが、長引けばそれだけ多く必中の攻撃に被弾する……)


まるで部の悪い賭けのようなものだ。


短期決戦はまず望めない。


それなのに長引けば長引く程不利になる。


(───だが、それがどうした)


ノアは前世の、とある戦闘を思い起こした。


(これはあの時と同じ。自分と同等の力を持った存在との完全なる一騎打ちだ。状況は間違いなく不利、それどころか勝ち筋がまるで見えない。それでも、俺はあの時足掻いただろう!)


自身を鼓舞するように。


「『終滅殴殺(シュナイディア)』」


ヴェレイドは纏った終焉を、更に魔法で強化する。


「───『光の剣戟』」


対するノアは『光の剣戟』にて権能すら断ち切る刃を得た。


その二つはまるで対比しているかのように白と黒に輝く。


内包する力は終焉神の魔力と剣の技術、全くの別物だ。


それでも、その強さは互角と言える程同等。


虚無の権能を持ち、この世界の全ての神に想いを託された異世界の元皇帝───ノア。


対するは、八神最強───終焉神ヴェレイド。


「征くぞ───」

「征くぜ───」


二人は同時に地面を蹴る。


『勝つのは───俺だッ!』


そして───二人の攻撃が、交錯した。


ノアは八神最強の力を思い知る───

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