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18、屋台の兄妹?

 ◆「アイアン商会」屋台の兄妹



 ── 街で飼い主に虐待されている暴れている黒馬と出会い、黒馬ビスマスの傷の手当をして、小屋で飼い始めたセレンだったが ──







 その夜。


 セレンは今日手に入れたわずかな収入 ── 内職で作った商品などを売って得た小銭 ── を数えた。充分ではない。冬を越すには、もっと多くの資金が必要だ。


「明日からは、もっと多くの作品を作らないとね」


 彼女は独り言のように呟く。


「そして、町のことをもっと知る。あの閉まった出店のことも……」


 窓の外では、月が雲の間から顔を出し、粗末な小屋にわずかな光を注ぐ。遠くで狼の遠吠えが聞こえてくる。動物たちが、セレンを見守っているのだろう。


 彼女は黄金の腕輪を手放したことを少し後悔した。しかし、ビスマスという新しい家族を得たことには、それ以上の価値があるのだと自分自身を納得させた。


「大丈夫」


 セレンは自分自身に言い聞かせた。


「私は生き延びる。前世でも、今世でも、ずっとそうしてきた。これからもきっと──」


 彼女の目には、消えることのない希望の光が灯っていた。どんなに冷遇されようと、どんなに嘘の噂を流されようと、セレンは決して屈しないと心に刻んだ。


 彼女には、守るべきものがある。アーサニクがいる。マーキュリーがいる。そして今、ビスマスも加わった。


 彼女には、生きる理由があるのだと。


 そして何より ── 彼女には、名ばかりの夫である皇帝シルバーへの、複雑な感情があった。


 あの日、頬を叩いた時の彼の目には、後悔の色が一瞬だけ浮かんだような気がした。あるいは、それは単なる彼女の願望だろうか。


「いつか……」


 セレンは囁いた。


「いつか、本当のことを知ってもらえる日が、来るのだろうか」


 答えはまだない。


 しかし、少なくとも今日、彼女は1歩前進した。


 町に出て馬を救い、そして ── ほんの少しだけ ── 軟禁中での自由を味わった。それだけでも、今は充分だ。


 セレンはベッドに横になると、目を閉じた。


 明日はまた新しい1日。新しい挑戦が待っている。


 彼女は微笑んだ。苦難の中にも、小さな幸せを見つけ出す ── それが、彼女の生き方なのだから。






 *****






 そして、遠く離れた本宮では、皇帝シルバーが同じ月を見上げていた。


 なぜか、あの黒いベールに覆われた皇妃のことが気にかかってならない。


 彼女は今、何をしているのだろうか。あの離宮で、寒さに震えながら眠りについているのだろうか ──


 彼は知らない。


 その皇妃が、今日という日、町へ抜け出し、暴れ馬を乗りこなし、そして黄金の腕輪を手放すまでに至ったことを。


 すべては、まだ始まったばかりなのだから。






 *****






 黄金の腕輪と交換で暴れ馬ビスマスを買い取り、掘っ立て小屋に連れ帰ったセレンは、それから数日後、再び街へと足を運ぶことにした。


 黒いベールを外し、質素な平民の服を身にまとった彼女は、誰にも素顔を知られていないことを逆手に取り、「リン」と名乗ってマーキュリーやビスマスと一緒に街を歩き回ることにしたのだ。


(あ……でも、もしもビスマスが、皇妃セレンが飼ってる馬だと気付く人がいたらどうしよう? 特に、この黒馬を手放した商人の男なんかは、手放したのは間違いだったと悔しがってたりしたら……)


 《セレン。人と言う者は、容れ物が変われば、中身も違う物だと思い込むものだ。ましてや本気で可愛がっていた家族同然のペットならともかく、あの商人はビスマスをぞんざいに扱い、道具としか見ていなかったんだ。


 リンの正体が、実はセレンだと気付かれなければ、僕が聖獣じゃなく、ただの黒豹だと思い込む。


 だからビスマスの事も、ただの庶民が連れているだけの黒馬だと思い込んでくれるはずだ。それに、出会った頃より、傷もすっかりなくなり、手入れされて灰色がかって見えた毛並みも色艶も、全然違う様に見えるじゃない》


(う~ん、言われてみれば……確かに人の認識って、意外といい加減だと言うし。そういうものなのかな?)


 透明になったマーキュリーが常に彼女の周りを護衛しているだけでなく、動物たちの目も街の様子を見守ってくれていた。






 *****





 そんなある日。


 セレンがビスマスを連れて市井を散策していると、小さな屋台の前で騒ぎが起きているのに気づいた。看板には「アイアン商会」と書かれている。


 屋台の中では、茶髪の兄妹が3人の大人たちに囲まれ、怯えているようだ。


 兄は十歳くらい、妹は8歳くらいに見える。2人は必死に何かを説明しようとしているが、大人たちは聞く耳を持たない様子だ。


「お前らの親はどこだ?  親も保護者もいない子供だけで商売するなんて法に触れるんだぞ!」


「この店はさっさと閉めることだな!  さもないと役人を呼ぶ!」


「でも……父さんは仕事で……」


「言い訳は聞かん。商品は全て没収だ!」


 セレンは思わず足を止めた。


 マーキュリーが低く唸る。


 彼女は深呼吸をすると兄妹と大人たちの中へ割って入った。


「何かお困りですか?」


 大人たちが振り返る。


 セレンの年齢は17歳だが、平民の服を着ているとはいえ、立派な馬を連れている上に、どこか気品も漂う。大人たちは一瞬たじろいだ。


「こ……この子供たちには、親も保護者もいないんだ。商売する資格がないんだ!」


「そうだ、法に違反しているんだぞ!」


 セレンは冷静に兄妹を見た。2人は彼女に助けを求めるように目を向けてきた。


「彼らにはちゃんと保護者はいます。私です。私がこの子たちの親戚です」


 セレンは落ち着いた口調で嘘がすらっと口をついた。前世の記憶から、こういう場面では権威のある立場を名乗るのが効果的だと知っていたから。


「証拠は?」


「今、ここに来たばかりですが。母方の従姉です」


 大人たちは疑わしそうな目を向けたが、彼女の自信に満ちた態度と、傍にいる立派な黒馬のぶるると鼻息荒い牽制に押されたのか、しぶしぶ面倒そうに舌打ちをして去った。


 怖そうな大人たちが去ったので、兄妹はほっと息をついて安心したようだ。


 彼らの姿が完全に見えなくなったのを確信すると、兄らしき少年が深々と頭を下げてきた。


「ありがとうございます、お姉さん……でも、本当にお姉さんは私たちの親戚なんですか?」


 セレンは少し間を置いてから答えた。


「今日からはそういうことにしましょう。あなたたちを助けたいのよ」






 *****






「僕はニッケル、妹はクロムです」


 セレンは微笑んだ。


「私はリンと言います。本当に親も保護者もいないの?」


 ニッケルはうなずくと、悲しい目をする。


「母さんは去年の流行り病で亡くなりました。その後、父さんと3人でこのアイアン商会の屋台で商売をして暮らしていました」


 クロムが続ける。


「でもさいきん、たいこうさまだか、こうしゃくさまのいえで、ちからしごとが、ひつようになったって。はたらきてがほしいから、といわれて。


 きゅうりょうも、すごくいいみたいだからって。とうさんは、いくことになったんです」


「……でも、街の代書屋さんに頼んで、手紙を書いて送っても、返事が全然こなくて……」


 クロムが小さな声で言った。


「それから、おんしんふつうになったの……」


 ニッケルが俯いた。


「もう1ヶ月も連絡がありません」


 セレンは心の中でため息をついた。


 帝国の闇の部分が、このようなところにも影を落としているのかと。セレンの胸が痛んだ。自分と同じように、親を失った子供たちだ。


 いや、彼女にはウランやアーサニクがいたが、この子たちには誰もいない。


「私が保護者になってもいいかな?」


 セレンは2人に尋ねてみる。


「17歳だから、成人として認められるはずだけど」


 兄妹の目が輝いた。


「本当ですか?」


「ええ。でも条件があるの。私にも売り子を手伝わせて。食べていくためにお金が必要だから」






 *****






 それからというもの、セレンは、「アイアン商会」の屋台の「親戚のリン」として売り子を手伝うことになった。


 ニッケルは野菜や果物の仕入れを覚え、クロムは算術に強い才能があるようだ。


「こらビスマス。それはお前の餌じゃないから、食べては駄目よ」


「あはは。ビスマス。お前が食べてもいい野菜の切れ端と、虫食いの果物を上げるから、嫌な客が来たら教えろよ」


「リンおねえさん。ビスマス、わたしたちのことばがわかるみたいだね」


「うふふ。そうかもね」


 セレンはニッケルに商売に必要な契約書の読み方や文字を教え、クロムに数字と四則演算を教えた。他にも知識を活かして、薬草の効能を説明し、簡単な調理法も教えた。


 代わりに手作りの小物を売らせてもらった。


 不思議なことに、セレンが屋台に立つようになってから客の対応が良くなり、客足が増えた。最初は好奇の目で見に来るだけの人々も、彼女の丁寧な対応と商品の質の良さに惹かれ、常連になっていった。


「リンおねえさん、きょうは、いつもの、3ばいうれたよ!」


 ある日、クロムが嬉しそうに報告した。


 売り上げも少しずつ上がっていき、何より、セレンにとっては食費の足しになる収入が増え、セレンたちの食卓も少しずつ豊かになっていった。


 動物たちが持ってくる木の実や果物だけでは、冬を越すのは難しいと感じ始めていたので、アイアン商会での手伝いは本当に助かった。


 アーサニクも時折手伝いのために栗色の長髪のかつらをかぶり、長髪を首の左側で一本にまとめて縛り、男装の麗人として女性客の注目を集めた。


「セレン様、本当なら、あなたがこんなことをする必要は……」


「必要なのよ、アーサ。これでやっと満足な食事ができるんだもん」


 セレンは笑った。






 *****






 ある日。


 セレンが屋台を手伝っていると、スズメが肩にとまり、猫は彼女の足元に近づいてきた。


 街のネズミや猫、鳥たちは、彼女が動物と心を通わせられることを知り、様々な情報をもたらしてくれた。動物たちとの会話は、彼女にとっては自然なことだから。


 《セレン様、あの兄妹、夜は孤児院に帰っている》


 《西の外れにある場所、子供たちがたくさんいるけど、みんな痩せているよ》


 《でもその孤児院、ひどいところなんだ》


 セレンは眉をひそめた。


(どういうこと?)


 《経営しているのは公爵家らしいが、院長が援助金を搾取しているんだぜ》


 《子供たちはみんな痩せ細り、服も汚れているよ》


 《狭い部屋に5人も押し込められているんだ》


 《変な草を育てている、あの匂い、危険だ》


 《麻薬か毒草に似ている》


 セレンの背筋が寒くなった。彼女は知識で毒草と薬草の見分けがつく。もし本当に危険な植物を育てているなら、それは大問題だ。


「ニッケル、クロム」


 セレンは兄妹に声をかける。


「あなたたちが泊まっている孤児院って、どんなところなの?」


 途端に2人の顔が曇る。


「……あまり良くないところだよ」


 ニッケルが小声で教えてくる。


「ご飯は少ないし、お風呂も週に1度しか入れないんだよ」


「ほかのこたち、みんな、やせてるの」


 クロムが付け加えた。


「院長さんは、何だかちょっと怖い人だしな…」


 セレンは心を決めた。


「私が1度見に行くわ。馬を預かってもらえるかもしれないから」


 実はこれが本来の目的だ。


 ビスマスを飼うには小屋が狭すぎたのと、小屋周辺の雑草だけでは餌の心配があるからだ。安全に預けられる場所が必要になると思い始めていた。鳥たちから、孤児院には広い庭があると聞いたのもある。






 *****






 夜。


 アーサニクと相談し、翌日に、2人で孤児院の調査に向かうことになった。


 それに謹慎を言い渡されてから数か月経った最近、リードから


『陛下がさすがに、ずっと外出も、散策も出来ないのでは、歩くのに不便になるだろうからと、短時間での外出ならよいと、許可が下りましたよ』


 と、やっと外出できるようになったからだ。


 皇妃セレンとしても、


「皇族たる者は、慈善事業を行う権利と義務を有する」


 ことがあるために、そろそろ慈善事業の一環として、孤児院のことなどを知り、関わることはいい機会だとも思ったのである。






 *****


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