13、歪?
◆歪められた真実
── シルバーは子供の頃、家族から離され、大公に虐待と暗殺未遂を繰り返された。ある時、逃げ出そうとした国境の森で、不思議な黒髪の少年と黒豹の子に出会い、再開時にお互いだけが気が付くようにマーキュリーと名付けた黒豹の子を連れ帰った。あれから今でも黒髪の少年を探し続けていた ──
セレンは、まさかあの日の空色の髪の少年が皇帝のシルバーだったとは夢にも思っていなかった。
「3年後には円満離婚できるわね」
セレンは女官が警告していた裏庭でも、
「この森って裏庭に含まれているのかな?」
「境界が何処までとは言っておりませんでしたよね」
「じゃあ、この森もいいってことだよね」
「ですね」
と、裏庭から続く森の中をさくさくと歩きながらアーサニクと語り合う。
「それまで静かに暮らせばいいんだもの」
《セレン、気をつけて!》
突然、小鳥が警告した。
《見知らぬ男が近づいているよ!》
セレンとアーサニクはすっとそばの木に身を潜めた。
暫くすると木々の間から、桃金色の髪に眼鏡をかけた優雅な男性がやってきた。宰相のリードだ。
「おや、これは」
セレンはベールをしっかりと整えると、姿を現した。
「何かご用でしょうか?」
リードは、セレンの着古したドレス姿の状態を見て、驚いた表情を浮かべたようだ。
「まさか皇妃殿下が、こんな森の中に、どのような理由で?……」
「仕事を何もしなくてもいいとは言われましたが、今日は教師との勉強時間がない日なので、自由に散策などをしているだけですわ。もしや、ここは立ち入り禁止の森だったのでしょうか?」
リードは深々とお辞儀をして挨拶を返す。
「陛下の命により、皇妃殿下のご様子を伺おうと参った次第です。それと、この森は自由区域ですね。警戒されていらっしゃる本宮や後宮とは、かなり離れていますから、どうぞ散策はご自由になされてよいかと」
「それなら安心ね。ご覧の通り、元気に暮らしていますよ」
セレンは声を努めて平静にして答えた。
「陛下のお言葉通り、自由に過ごさせていただいておりますので」
リードは鋭い観察眼でセレンをじっと見つめた。ベールに隠された顔を。
ベールの中に見えるきっちりまとめられているのは何色の髪だろうか? そして……
彼の目はセレンの瞳のわずかな隙間に留まった……
が、だめだ。色は確認できないな……そのための黒いベールなのだろうが……
「失礼ですが……皇妃殿下は、以前国境付近で……」
「宰相様」
アーサニクが前に出て牽制する。
「皇妃殿下は疲れております。これにてお引き取りください」
リードは意味深長な微笑みを浮かべていた。
「では、失礼いたします。しかし1つだけ ── 陛下は、ある『特別な方』を十年間も探し続けていらっしゃるようですよ」
セレンの心臓が一瞬高鳴ったが、表情は変わらない。
リードが去った後、アーサニクが心配そうに尋ねてきた。
「セレン様、まさかあの日の少年が?……」
「さあ……それにしては、偶然じゃないのかな?」
セレンは首を振ったが、内心は動揺を隠せなくなっていた。
「それに、たとえ皇帝があの日の少年だとしても、彼は私を『お飾り』としてしか見ていないのだもの。3年後には離婚する約束なんだし。
それに……もしも(原作通りに、)例えば皇帝陛下が誰かに狙われているみたいだから。暗殺とか、毒殺されるような目に合うかもしれないと忠告したくても、いつまでも会おうとは望んでないみたいだし。
恐らく、こちらから会いたいと嘆願しても、きっと無視されるに決まってるわ。そんな薄情な人間に、暗殺の危機から守る気なんてなくなるに決まっているでしょうが」
「セレン様……」
しかし、夜になって1人になると、セレンはベールすっとを外し、曇りない夜空を見上げる。
マーキュリーは元気にしていたみたいだけど、普段は何処で飼われているのかしら?
あの少年 ── もしも皇帝だとしたら、なぜあのような冷たい言葉を、宰相閣下を通してかけさせたの?
そしてなぜ、彼は「特別な方」を探し続けているのだろうか?
「動物と話せる力……」
セレンは呟いた。
「もし皇帝がその力だけを求めているのなら、私はそれを隠し通さなければ」
*****
遠くの皇宮では、皇帝シルバーがマーキュリーと共に夜空を見上げていた。
「マーキュリー。今日は戻ってきてくれたんだな。どうした? ああ、そうだ。あの子をまた探しに行きたいのだが、もちろんお前も一緒に探しに行ってくれるよな?」
シルバーの声には、十年経っても消えない熱が宿っていた。
「今度こそ見つける。そして……」
彼の言葉の続きは、夜風に消えていった。
*****
一方、宰相リードは自室で報告書を書いていた。
「元ダームスタチュム王女。セレン・フレロビュム・ダームスタチュム。贈られてきた釣り書きも、黒いベール姿の絵だけか。
で、どれどれ……王国にいる影たちからの情報は ── 容姿だけが不明? 年齢17歳。ダームスタチュム王国より観察結果では謎が多い。離宮での劣悪な環境にも動じず、護衛騎士との関係は深い。そして最も興味深いことに……」
彼はペンを置くと、窓の外を見つめる。
「陛下が十年間探し続けている『特徴』に一致する部分がいくつか見受けられる……のではあるが……確定はできないものか……」
3年後の円満離婚 ── セレンがそう願ったように、物事はそう簡単には進まないかもしれい。
*****
しかし、皇帝も宰相も、1つ重大な事実に気づいていない。
彼らがセレンに本来用意していたのは、きちんとした「月影の館」と呼ばれている離宮なのだ。
しかし側妃の策略によって、セレンはその離宮には案内されず、代わりに掘っ立て小屋に追いやられていた。皇帝と宰相は、セレンがきちんとした住居に住んでいると、ずっと思い込んでいるのだ。
監視役の影たちは
「皇妃は小屋に住んでいる」
ときちんと報告していたのだが、その報告は
「皇妃がわざと粗末な場所を選び、質素な生活を好んでいる」
と誤解されて受け取られていた。悪評の影響で、
「わざとらしい質素ぶりを見せて同情を引こうとしている」
とさえ解釈されたからだ。
一方、セレンはというと ──
「よし、これで3年間、しっかり勉強できる! 離婚後はどこに行こうかな……共和国ってところが実力主義らしいし、そこがいいかも」
彼女は未来の計画を夢見ていた。王国にも帝国にも縛られない、自由な人生を。
黒豹はそんなセレンのそばにきては、時折は皇帝のいる城の方を見上げながら、何かを考えている。金色の瞳には、複雑な感情が浮かんでは消えていく。
アーサニクは相変わらず不満にしていたが、セレンが楽しそうなのを見て、文句を言うのをやめた。
「まあ、セレン様が幸せならいいけどさ……でも、いつかきっと、この不当な扱いをはっきり言ってやるからな」
こうして、セレンの「お飾り皇妃」としての生活は順調だった。誰もが彼女を無視し、冷遇し、ただの政略の道具と見なして。しかし彼女自身は、その状況を逆に利用し、自由への準備を着々と進めていた。
皇帝シルバーは、黒豹マーキュリーが時々不在になることを気にしながらも、政治に追われる日々を送った。
ふと、遠目で見たベールを被った皇妃の姿を思い出すことがある。どこかで見たような気がする? ── しかしその思いは、すぐに忙しさに押し流されていった。
*****
影たちは報告を続ける。
「皇妃は毎日勉強に励んでいる」
「護衛騎士のアーサニクと親密度が高い」
「時折、王国からの外交官ボーラン伯爵が訪れる」
最後の報告を聞いた宰相リードは、疑念を抱き始めた。
「護衛騎士や外交官と不貞の仲なのか……?」
真実は歪められ、誤解は深まり、誰もが自分なりの「真実」を信じて過ごした。
セレンが望む「3年後の円満離婚」は、果たしてそのまま進むのか ── それとも、予想外の展開が待ち受けるのか。
小屋の窓から差し込む月光の下、セレンは帝国の歴史書を読みふけっていた。傍らでは黒豹が安らかに眠り、遠くでは皇帝が政務に忙殺されていた。
3つの人生は、まだ交わることなく、平行線を走り続けていた……
*****
離宮とは名ばかりの掘っ立て小屋の前庭で、セレンは朝露に濡れたハーブを摘んでいた。黒いベールの下からちらりと見える赤い瞳は、手元の薬草に集中している。傍らには、黄金の瞳を輝かせる黒豹のマーキュリーが優雅に横たわり、時折耳を動かして周囲の気配を探る。
「セレン様、ハッシュム伯爵がお見えです」
アーサニクが近づくと、低い声で教えてくれた。焦茶色の髪を短く切りそろえた彼女の橙色の瞳には、いつものように警戒の色が浮かぶ。
「外交官が? 何の用なのかしら?」
セレンは手にしたハーブの束を籠に入れ、ゆっくりと立ち上がった。粗末な木綿のドレスの裾が土を撫でる。彼女の声には驚きよりも困惑がにじんだ。
「先日、王宮へ同盟書類を送付して戻った伯爵閣下に、数か月ぶりだと図書室でご挨拶した際、ダームスタチュム王国の税制について質問されていたでしょう? その回答を持ってきてくださったそうですよ」
アーサニクの説明に、セレンはほのかに頬を緩めた。
先週、皇宮図書室で確かに数か月ぶりに偶然出会った王国からの外交官は、セレンが閲覧していた経済学の書物に興味を示し、軽い会話を交わした。その際、セレンが故国の税制について鋭い質問をしたことを覚えていてくれたらしい。
「そうなのね。ありがとう、アーサ。今日は気候もいいから、テラスにお招きしましょうか」
小屋はあまりにも粗末なため、ダイニングも狭くて、さすがに外交官ほどの人を招き入れるのは心苦しい。そこで、庭先に、多少がたつく木製の丸テーブルと、簡易な木製の丸椅子を並べているのだが、これがなかなかどうして、丁度いい木陰の下のガーデンテラス風になっている。
セレンはアーサニクに紅茶を淹れるよう頼み、自らは伯爵をテラスで出迎えた。
ここ最近のハッシュム伯爵は、王国人でありながらも郷に入っては郷に従えとばかりに、帝国流の宮廷服を端正に着こなしていた。若いながらも外交官としての働きは優秀で、王国や帝国迄の道中では、堅苦しくて不愛想だと思い込んだが。自分の得意分野の話を振ると、実は饒舌で、本当に生真面目な人柄だとわかる。それが証拠に、紺色の瞳には知性の光が宿っている。
「皇妃殿下。突然の訪問をお許しください」
伯爵は丁寧にお辞儀をすると、革の書類鞄から数巻の羊皮紙を取り出した。
「先日お尋ねになった税制に関する資料です。ダームスタチュム王国の旧制度と、近年導入された新税制の比較表を作成してみました」
「まあ……わざわざこの資料のために、こちらまで訪ねてきてくださったのですか?」
セレンは心から感動した。故国で誰も彼女の知的好奇心に応えてくれることはないから。黒いベールの下で、彼女の目がきらりと輝く。
2人はテーブルを挟んで向かい合い、資料を広げて議論を始めた。
セレンは前世の記憶と今世で得た知識を駆使し、鋭い質問を次々と投げかける。ボーラン伯爵は最初こそ形式的な対応をしたが、次第に彼女の洞察力の深さに驚き、熱心に説明した。
「ここが面白いですわね」
セレンは羊皮紙の一角を指さした。
「農作物の収穫高に応じた累進課税を導入したことで、小作農の負担が軽減された反面、大貴族たちの不満が積もった。その結果、3年後に部分的な修正が加えられたのですね」
「お見事です」
ハッシュム伯爵は感嘆した。
「皇妃殿下はこの資料を一目見ただけで、その背景まで読み解かれたのでしょうか?」
「いえ、ただの推測も入っておりますわ」
セレンは控えめに言ったが、その推測のほとんどは正確なのである。
マーキュリーはセレンの足元に近づいては座り、時折伯爵を観察するように金色の瞳を向けた。
アーサニクはセレンの近くに立ち、警戒しながらも、セレンが生き生きと議論する様子をほほえましく思った。
彼らが気づいてないのは、庭の茂みに潜む影たちのこと……いや、マーキュリーや周囲の動物たちは気付いていたが、影たちは見張るだけで、何の害意も悪意もないのが判ったので、放置していた。
皇帝の命でセレンを監視する「影」の1人が、この光景をすべて見ていた。しかし、彼はただ
「皇妃がボーラン伯爵と会話した」
という事実だけを記録し、その内容の重要性を理解することも、詳細を報告する義務を果たすこともなかった。皇帝のセレンへの偏見が、監視者たちにも浸透していたせいだ。
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orz あれ?不貞疑惑回収エピソードが中途半端に…終わらんかった
マーキュリー《詰めが甘いな、勉強し直せ》




