10、街で?
◆街での散策
── 小屋で暮らすセレンとアーサニクは、食糧事情を改善するため、動物たちの助けを得て、再利用できる材料で金策することになった ──
「セレン様、今日は少し外の空気を吸いに行きませんか? 街の様子を見にいくだけでも」
金策のために内職をするようになったある日、護衛騎士のアーサニクが提案してきた。セレンは少し考えてからうなずいた。
「そうね、そろそろ、たまった商品を売りに出しに行ってもいいかもしれないわね」
それに黒豹のマーキュリーには、セレンの前世知識に寄れば、チートみたいな魔法を使えるのがわかったから。
「まーきゅりー……黒豹様。それにしても君って、実は凄い能力を隠し持っていたのね。格好いいじゃないの。でも分かったわ、君の言う通りにこのことは私たちの秘密にするのね」
おかげで金策の為に、アーサニクが出掛ける時はともかく。セレンが市井で商品を売りに行きたいと言うと、監視者たちの目を誤魔化すために、動物たちが警戒してくれている隙を縫って抜け出さないとならないので、マーキュリーに協力してもらうことになったのだ。
「それにしても……黒豹なのにチーター……うふふっ……」
《あっ! ひどいよ~セレン。僕とあいつらを同族に思うなんてっ》
「だ……だってチーターな黒豹なんてっ……あははっ……ごめんごめんっ。あははっ……でも許して」
「セレン様?」
何とか笑いをとめたセレンは、アーサニクに、猫科の種族の種類について説明したのだった。しかし、前世でのチート持ちについては説明できないため、アーサニクは怪訝な顔しかできないのだった。
「セレン様。意味はわかりませんが、黒豹様がそれではお気の毒です」
《そうだよ~セレンったら》
マーキュリーには、セレンの魂が普通ではないと感じているため、前世についても何か感じるものがあるようだが、自分の能力を秘密にしてもらうのと同じように、深くは追求してこない。
そんなことはともかく。
初めて街に出たセレンは、アーサニクと一緒であったが、帝国は国外から入ってくる商人や留学生などが多いらしく、王国以上に、黒髪の人や、紅目の人が多いことに気付き、誰もセレンの素顔を知らないのをいいことに、堂々と素顔を晒したセレンでも、問題なく市井に溶け込むことができると、アーサニクとセレンは話し合った。
それで、セレンが小屋を抜け出す時は、アーサニクが小屋に誰も入らないように留守番をしてくれるという。しかしその間、アーサニクに、
「そうね……じゃあ私が病気で臥せっているのを看病するためにいるんだと思わせるのはどうかな? ついでにアーサは、小屋でゆっくり休めばいいじゃない? でも、動物たちの情報によると、暗殺者や不埒な者も来ることもあるから、自分の身の安全を第一に考えて、危険だと思ったらすぐに逃げてよ」
と言い含めた。
また、マーキュリーがセレンの護衛になるとばかりにセレンと一緒に行動してくれると言うので、アーサニクは安心してマ-キュリーにセレンの身の安全を任せることになった。
「はい、はい、わかっておりますよ。それにしても……いえ、黒豹様が信用できないと言うわけではなくてですね、本当に私もセレン様について行かなくてよいのかと不安で……」
そうそう。それとアーサニクには、マーキュリーの名前は、空色髪の子がセレンに気付くまで、呼ばずにびっくりさせてやりたいとマーキュリーが言うので、黒豹様と呼ぶ事にした。
「アーサは、夜も護衛してくれてるのだから、小屋の横の兵士の待機部屋で寝てくれてるけど、気を張り続けて、ちゃんと睡眠とれてないじゃないの? だから私が出かけてる間位、しっかり仮眠でもいいから、休んでもらいたいのよ。
それにね。黒豹様の話だと、アーサと私が気を使わなくて済むように、小屋に結界を張ってくれているそうなの。だから小屋の中にいる分には、アーサも私も、2人とも誰にも誰からも害されることも傷つけられる心配もないみたいだから、ある程度なら安心していいんだって」
「結界を? それは随分とまあ高度な魔法なのでは? なるほど……伊達に聖獣様と言われていないわけですね。そう言う事なら、お言葉に甘えて。しっかり留守番と仮眠をさせていただきます」
「うん。それじゃあ、行ってくるね」
「はい。セレン様も黒豹様もお気をつけて」
もちろん、セレンが脱け出してはアーサニクが小屋の中で休む間、周辺の動物たちにも、アーサニクがゆっくり身体を癒せるように守ってあげてとお願いをしておいた。
夜間は結界のことが分かったおかげで、小屋の横についている兵士用の小さな休憩所で、それなりに気を張ってはいるが、乳姉も安心して眠ることができるようになったらしい。
それでも、不穏な輩がいつ強硬手段を使って小屋に害を成すかわからないからと、彼らを警戒してくれる夜目の利く動物や梟や蝙蝠達が、セレンとアーサニク達を守ってくれるそうだ。
そんなこんなで、セレンは質素ですっかりくたびれて薄汚れたワンピースに着替えると、マーキュリーに幻影魔法で身代わりを作ってもらうと、マーキュリーと一緒に隠し通路を通って、小屋を後にしたというわけだ。
*****
セレンがアーサニクと一緒に初めて帝国の市井を目にした時には、その活気に少し驚いたものだ。
祖国ダームスタチュム王国の王都とはまた違う、石造りの建物が並び、商人たちの呼び声が飛び交う町並みなど。
出掛けてる間、黒豹は目立ちすぎるので透明になってくれているのだが、セレンは先ず、その透明になっているマーキュリーの案内で、市場へ向かうことにした。
え? 透明なのにわかるのかって?
そこはセレンの足下に、体や頭をすりすりとこすりつけながら存在をアピールしてくれるので大丈夫! 何処に移動してもその存在を常に感じられて安心して外出できるというものだ。
さてと。いつもはほとんどの買い物をアーサニクに任せてしまっているから、今回は私が食材を調達しないとね。
セレンは店をのぞいてみた。アーサニクが苦労して手に入れてくる食材だけでは、毎日を過ごすのは難しいだろうから。自分でも何か買い足さなければと思ったのだ。
しかし、彼女の期待はすぐに打ち砕かれる結果となった。
「皇妃殿下の分? そんなもの売れやしませんね」
肉屋の主人は冷たく言い放つ。
「あの悪女に食べさせるくらいなら、犬にでもやった方が、まだましでさあ」
野菜売りの老婆も同じだ。
「王国から来たって言うあの女は、皇帝様を騙して結婚したって聞いてますよ。そんな女に新鮮な野菜を売るなんて、神に誓ったってできやしませんさね」
果物屋、パン屋、魚屋 ── どこでも反応は同じ。セレンの評判は、町の人々の間にまで広まり、歪められ、増幅されているのか。
マーキュリーが唸ってくれるが、彼らが悪いわけではないのだと、宥めた。
「そう……ですか」
セレンは小さく呟き、市場を後にした。
胸が締め付けられるような痛みを感じた。アーサニクは、こんな偏見の渦巻く中で、毎日食材を調達してきてくれていたのだと。どれほどの苦労を重ねさせてきたことか。
初めてアーサニクと街に出た時は、浮かれて気付かなかっただけでなく、アーサニクが気を使って、セレンの悪評が民にまで浸透していることを知られないように気をつけてくれていたのか。
マーキュリーが慰めてくれたのはありがたい。
しかし、セレンの悪評など些細なこと。活気に溢れた街だが、同時に貧困の跡も随所に見られたからだ。よくよく気をつけて観察してみれば、路上で物乞いをする子どもたちの姿に、ぼろをまとった老人たちの姿も見えるのだから。
「帝国にも、こんなに困っている人たちが、まだいるのにね……」
セレンは街を眺めながら呟いた。前世の記憶が、彼女に比較の基準を与えてくれたから。この世界の技術は、電気はないが、水や下水道、お風呂関連はそこそこ発達してきていた。しかし医療や衛生、社会制度は、まだまだ発展途上の物も多くあるのだろう。
突然、怒鳴り声が聞こえる。
「どうしたのですか?」
「あっ!……いや、こいつが道端で邪魔だからよ……」
怒鳴りつけていたのは、出店の店主の男らしい。
セレンは、倒れている十歳くらいの少年を見つけた。顔色が悪く、呼吸も浅かった。周囲の人々は遠巻きに見ているだけ。
「この症状は……いけない、水を飲ませてあげないと」
セレンは店主に指示を出すと、少年のそばにしゃがみ込む。彼女は少年の脈をとり、瞳孔を確認。前世の応急処置の知識が蘇る。
「栄養失調に、脱水症状だわ。すぐに水と、それに食べ物も必要ね」
セレンは、自前の補水液、塩を一つまみと、果物からとれた甘味を入れた水筒の中の水を、そっと少年の口から、ゆっくりと飲ませた。しばらくして、少年は目を開けた。
「あ、あなたは……」
「大丈夫、もう心配ないわよ」
セレンは微笑みかけた。彼女は、怒鳴りつけても少年を心配していた店主に話すと、彼は少年を近くの診療所まで、一緒に連れて行ってくれた。セレンはそこで働く看護師のような人に、少しばかりの金貨を渡した。最初は怒鳴ってはいたけど、実は倒れた子供の事を気にかけていた店主にも、少年を運んでくれたことと、診療所への案内賃の代わりに幾ばくかの貨幣を渡した。
少年の安全を確認すると、再び街に戻った。店主が言った。
「お嬢ちゃん、随分と優しいんだな」
この程度のことで施しをするなんて人が良すぎる、騙されても知らないぞとの警告の意味もあったらしい。
しかも、今回の少年のような境遇の子供は、実は他にもいるという話だからだ。ただ一人を救うだけの行為が、馬鹿な偽善者か単なる自己満足にすぎないのだ、とも呆れたように男は諭す。確かに、似た境遇の子供達全員を救うことなどできないのは、セレンは今回の出来事で知ってしまったのだから。
「いえ……私はただ、自分のできることをしただけですから」
セレンは本当に何でもない、当たり前のことの様に答えた。しかし彼女の心の中では、ある考えが芽生え始めていた。
この世界には、助けを必要とする人がたくさんいるのに。私はただ離宮に閉じこもって、3年後の離婚を待っているだけでいいのだろうか? 何かできることがあるのではないのかと。
しかし同時に、危惧もよぎった。
でも、目立つのは危険だよね。小説のセレンのように、静かに消えていく運命を変えようとすれば、逆に早く消されるかもしれないし……
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