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ノラゴンスレイヤーズ  〜二十二世紀 竜を狩る〜  作者: 蝌蚪蛙


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似た者同士


「やっぱりテラス席は風が気持ちいいな」


 優雅にコーヒーを須佐野を啜る。

 諸々の荷物から解放されたのもあり、彼はとても上機嫌だ。


「……テラス席というかプレハブの建物の屋上ですけどね」


 対する櫛田は渋い顔で紅茶を啜る。

 二人がいるのは仮設のカフェの二階。

 さらにその屋根の上。

 柵すらない屋上にぽつんとあるテーブル席だ。

 申し訳程度のパラソルが抜群すぎる日当たりをなんとか和らげている。

 彼女が言うようにテラス席とは言い難い状況だった。


「ここって本当に正規の席なんですか? 店員さん、めちゃくちゃ困惑してましたけど」

「でも、こうやって通してくれたし注文したものも運んでくれた。商魂たくましいんだよ」

「まあ、個室がない以上、この形式がプライバシを担保はできますけど……」


 なんとか自分を納得させる少女。

 戸惑いからかおもむろに彼女は呟いた。


「さすがに〝外〟と同じようにはいきませんね」

「……認めるんだな」

「別に隠す気はなかったんですよ。話すタイミングがなかっただけで」


 そう言って少女は居住まいを正す。

 静かに息を吸うと彼女は続けた。


「ご指摘の通り、私は封竜域の外からやってきました」


 手を挙げてあっさり白状する。

 予想通りの答え。

 須佐野は驚きすらしなかった。


「信じられます? ほんの少し前まではセーラー服を着て女子高生をしてたんですよ」

「……そんな普通の女子高生が何で竜狩人なんてやることになったんだよ? いくらドラゴンオタクだってさすがに極端すぎる」


 赤い眼差しでの追及。

 青い視線がわずかに落ちた。


「そうですね……。まあ、隠していても仕方ないですし」


 覚悟を決め、少女は顔を上げた。


「姉を探すためです」


 予想外の答え。

 須佐野は怪訝そうに眉を上げた。


「人探しだと? そもそもお前のお姉さんは封竜域で何を?」

「〝リュウカン〟で働いていました」

「……〈竜資源管理局〉か」


 竜資源管理局、通称〝リュウカン〟。

 封竜域内で捕獲された竜、および回収された死骸を一手に管理し、竜の研究と素材の流通を担う。特に流通に関しては封竜域内にとどまらず封竜域外へも一手に引き受けている。

 ノラゴンは素材としての需要は高い。例えば、血と肉は食用、鱗と皮は革製品、爪と牙はアクセサリー、目玉や角は漢方、といった具合だ。とはいえ、ノラゴンは鳥獣保護法と動物愛護法の庇護下にある。本人の攻撃性も相まってその素材は外界ではなかなか出回らない。一方、封竜域はノラゴンの狩猟特区であり、竜狩人たちの働きで安定した竜素材の供給が可能だ。いまや、国内で流通している竜素材のほとんどは封竜域産となっている。それゆえ、リュウカンは外界でも知名度は高い。


「産官学が共同で運営しているデカい組織だ。俺は行ったことはないがな。E隊の管轄地域にあると聞く」

「姉はそこで研究者として働いていました。けれど音信不通になっちゃって……。不審に思って問い合わせたら狩場で行方不明になっていると言われました」


 行方不明。

 その言葉に赤い目が見開かれた。


「まさか! 竜狩人でもない人間は基本的に狩場には出られない。それがどうして?」

「姉から最後にもらった連絡によると『フィールドワークに行く』とのことでした」

「フィールドワークだと!? もしかして生身でか? 危険すぎる。何のためにE隊が無人探査機で生態調査をしていると思ってるんだ」


 E隊。

 GUILDの一部隊でありながら竜狩人より研究者が多く在籍している部隊。

 もっぱらリュウカンと共同で竜に関する研究ばかりをしている。

 そんな彼らは安全にサンプルを回収するため、生身で狩場に赴くようなことはしない。


「詳しくはわかりません。リュウカンに問い合わせても『返答はしかねる』の一点張りで。それにあちらの話によると、遠征期間は未定で死亡が確定していない以上問題とは思ってないようです。フィールドワークは基本的に自己責任。救難に向かえる竜狩人の人的余裕なんてものもGUILDにはありませんから」

「もしかして退役した竜狩人でも同行していたのか、もしくは竜狩人の家系出身者でもいたか? だからって一般人が狩場に出るのは理解しかねるが……」


 竜狩人誕生からすでに半世紀以上。すでに竜狩人の間で何代も世代交代が起こっている。その中には竜狩人の子供として生を受けたものの竜狩人にならなかった人間も多い。そんな人間でも遺才はしっかり遺伝しており、竜狩人の素質は備えている。


「決定打は遺言書でした。お姉ちゃんったら妙に準備が良くて。一ヵ月以上連絡がなかったら私に届けるよう同僚の方に頼んでいたそうです」

「……なんで覚悟だけはしっかりしてるんだよ」


 思わず悲痛な声を上げる。

 少女から漏れた〝お姉ちゃん〟呼び。

 それだけでどれだけ親密な間柄だったかが彼には理解できた。


「それを読んだら私、居ても立ってもいられなくなって。だったら自分で探そうって。そう思って竜狩人になりました」

「……嘘だろ。そんなことで竜狩人になったのか?」


 言葉を失う須佐野。

 血筋に逆らって竜狩人にならなかった者もいればその逆もしかり。

 封竜域にある拠点には、正式な手続きを踏めば一般人も入場可能だ。その中には竜狩人を志願する物好きもいる。

 GUILDもそんな志願者をいつでも受け入れる体制だ。手続きも検査を受け資格試験をパスするだけ。適合手術により遺才を与えられれば、晴れて竜狩人の仲間入りだ。


「両親はすでに亡くなっているので、私にとって家族は姉しかいない。この可愛いリュックだって姉から贈られた大事な誕生日プレゼントです」


 青い瞳が抱きかかえた竜のリュックへ向かう。彼女はそれを愛おしそうに優しく撫でた。


「血は繋がっていないのに、お姉ちゃんは私をこんなに愛してくれた。だから、私はそれに報いたい。私の手でお姉ちゃんを見つけたい。迷いはありませんでした」


「飛躍しすぎだ! お前が竜狩人にならなくてもお姉さんを見つける方法はあるだろ。竜狩人になることがどういう意味かわかっているのか!」


 須佐野は立ち上がりながら大声で糾弾する。

 叫んだ後も息を荒らげ、静かに怒りを滲ませた。

 やがて、落ち着いた声で諭すように言葉を続ける。



「竜狩人とその血を引く者は封竜域から一生出られない。俺たちはずっとここで竜と戦わされるんだ。封竜域が解放されるその日まで、ずっと」


 

 絞り出される声。それはどことなく哀愁を帯びていた。

 竜狩人になること自体はそこまで難しくない。ただし、それには大きな代償が伴う。

 すなわち、封竜域への幽閉。

 二〇〇〇年代初頭に成立した俗にいうカルタヘナ法。

 当時台頭し始めた遺伝子組み換え技術。それにより生まれた遺伝子組み換え生物の使用規制に関する国際的な取り決めを元に定められた法律だ。つまり、遺伝子組み換え生物は厳重に管理する必要がある。すでに遺伝子組み換え生物といって差し支えないドラゴンが世界中で野生化してしまった状況ではあるが、それでも人類は遺伝子組換え生物の管理自体を完全に諦めてはいなかった。

 遺才を持った人間は間違いなく遺伝子組み換え生物に該当する。遺伝子組み換え生物は特定の施設などに封じ込め、生態系への拡散を防止しなければならない。すなわち、封竜域とは竜災の原因に関わる大量の凶暴なノラゴンだけでなく、それを狩る竜狩人をも閉じ込めるためのいわば〝檻〟なのだ。


「お前は普通に生きられただろ! 普通の学校に通って、放課後は部活とかいうのに興じて、将来は好きな場所で好きな仕事をして……。自由に生きられたんだ。俺みたいに竜狩人の家系でもないのに……。なんでわざわざこの道に進んだ? お前はもう普通に生きられないんだぞ?」

「でも、竜を狩るのがここでの普通なんでしょ? じゃあ、それも普通の生き方です」

「屁理屈はよせ! 手続きは面倒だが一般人として入場するだけでもよかったじゃないか。時間はかかるだろうがリュウカンに就職する手もあった」

「どっちもお断りです!」


 少女はきっぱりと言い放つ。

 その声には強い意志が滲んでいた。


「姉がフィールドワークに向かった以上、その痕跡は狩場にある。それが消えないうちに私は直接辿りたいんです」

「X隊に入隊したのもそのためか?」

「この部隊なら各地を転々としますからね。情報収集にはもってこいです」

「……お姉さんが生きてる保証はないんだぞ?」

「だとしてもです。姉の最期を知れるなら悔いはありません」


 澄み切った空のように曇りのない青い瞳。 それが真っ直ぐに赤い目を捉えた。

 決して軽い気持ちではない。

 全て覚悟のうえの強い決意。

 須佐野はただ言葉を失う。

 やがて呆れたようにため息を吐く。


「似た者姉妹って奴か。お前のお姉さんには会ったこともないはずなんだけどな」

「よく言われます。異母姉妹ですけど」


 少女がにっと笑いかける。

 幾分か悲しさを滲ませて。


「……まあ、俺も他人のことは言えないしな。妹が死んだあの日からずっと仇の竜の痕跡を探しているわけだし」

「どれくらいそれを続けてるんですか?」

「かれこれ一年以上だ。未だに進展はない」


 カップを掲げながら呟く。

 コーヒーに映る情けない自分の顔。

 一気に口に含んで、悔しさを全て胸の内にしまいこんだ。

 静かにカップを置きながら、彼は語る。


「あくまで俺たちは竜狩人。竜を狩るのが仕事だ」

「はい」

「その上で、俺たちは探し物をしている」

「そうですね」

「全く……これも何かの縁だ。お互い助け合っていこうぜ。探し物が見つかるよう祈ってな」

「はい! これからもよろしくお願いします」


 少女から手が差し出される。

 青年はその手をしっかりと握った。


「運命共同体って奴ですね!」

「っ!? ……そんな大したもんじゃねえよ」


 櫛田の何気ない一言。

 一瞬動揺しながらも須佐野は何とか平静を装う。

 姉を探す少女と仇を探す青年。

 似た者同士の二人に確かに絆が芽生えた瞬間だった。

 それを遠くから盗み見る不届きな黒い影が一つ。


『はっはっはっ! 盗み聞きするつもりはなかったのだが……。なるほど。いいコンビのようじゃないか』


 先ほどの黒いドローンがアームで腕組みをしながらそれを見守っていた。

『おかげですっかり出ていきそびれたな』


『……先輩。何してるんすか?』

『うおっ!?』


 不意に背後から女性の声。

 振り返れば別のドローンがいた。

 同じ機種だが赤色に塗装されている。


『……なんだ、君か。驚かすなよ』

『何を見てたんです? あそこにいる人たちが何か?』

『明日の合同任務の相手さ』

『へー、そうなんすか。紹介してくださいよ』


 赤いドローンが黒いドローンにアームを使ってせっつく。


『やめなさい。それにどうせ明日会うんだ。今日はもういいじゃないか』

『……先輩のケチ』

『ケチで結構。さあ、行くぞ』


 黒いドローンのアームが赤いドローンのアームを掴む。


『何するんすか。セクハラですよ!』

『ドローン同士にセクハラなんて概念はない!』


 そのままわちゃわちゃしながら二機が飛び去る。


『明日、顔を合わせるのが楽しみだよ。似た者同士のお二人さん』


 小さな呟きだけを残して。

本日はあと1回更新します。

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