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ノラゴンスレイヤーズ  〜二十二世紀 竜を狩る〜  作者: 蝌蚪蛙


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6/15

運命共同体

 薄暗い視界。

 その中心には黒い影が一つ。

 こちらに背を向ける先輩だった。

 手を伸ばす。

 でも、届かない。

 口を開く。

 でも、声が出ない。

 竜の声が聞こえる。

 それも四方八方から。

 先輩がこちらを見る。

 いくらか憂いを含んだ赤い目で。

 そして、左腕を軽く掲げた。

 直後、その姿は黒く塗りつぶされる。

 無骨だったはずの義手。

 そのシルエットが溶け、禍々しい形へと変貌していく。

 現れたのは鋭く、長く、悍ましい爪。

 よく見ればそれから血が滴っていて――。




「はっ!」


 櫛田は目を覚ます。

 始めに飛び込んできたのは白い天井。

 少女は先ほどの光景が夢だったことに気づいた。


「ようやくお目覚めのようだねー」


 隣から陽気な声が響く。

 彼女の目の端に映ったのは――もじゃもじゃ。


「ヒメちゃん、調子はどうだい?」


 顔を出したのはドクターの天矢(あまや)磐仁(いわひと)。

 目元まで隠れるほど伸びたドス紫色の天然パーマ。

 医者とは思えない軽薄な口調。

 いつもよれよれの白衣を肩にかけた格好はいかにも胡散臭い。

 そんななりでも腕は良く、何かと頼りになる存在だ。


「……ここはもしかして」

「そう。医務室だよん」

「そうだ。私、穴に落ちて……」


 ふと、血まみれの須佐野の姿がよぎった。


「そう言えば先輩は?」


 勢いよくベッドから起き上がる。


「ステイステーイ! 君、頭を怪我したんだよ。激しい動きはノンノン!」


 天矢が手で制する。

 ひとまず指示に従い、少女はまた横になった。


「そ、れ、に! タケやんなら――」

「俺がどうかしたか?」

「タケヤ先輩!」


 声の方に顔を向ける。

 ちょうど医務室にやって来た須佐野が立っていた。顔や腕には絆創膏が貼られている。


「おー。元気そうで何よりだ」


 櫛田はさりげなく彼の左腕に視線を移す。

 そこにはいつもの義手があるだけだった。


「先輩こそ怪我はないんですか?」

「お前よりは軽傷だよ。なんたって俺の遺才は」

「〈耐久力強化〉。それに〈超再生〉。医者要らずすぎて僕ちゃんは悲しいよー」 

「……相変わらず癪に障る言動だな。これだから毒マリモは」

「えーん。タケやんがいつも僕にだけきついよー」


 言葉も性格もペラペラな天矢。須佐野より十歳以上も年上なのにそんな調子だ。だからこそ、彼は天矢にいつも苛立ちを募らせている。それこそ、配属されたばかりの櫛田にもその関係性が一目で理解できるくらいに。


「あっ! そういえば!」


 そんな天矢がわざとらしく大声をあげる。


「タケやんにちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

「……何だよ?」

「医者としてヒメちゃんの怪我に響かせたくないし……。廊下に行こっか?」

「……わかったよ」


 その返事を聞いて満足したのか、ニコニコしながら天矢が廊下へ向かう。

 須佐野もその後に続いた。


「タケヤ先輩!」


 その背中に櫛田が声をかける。


「何だ?」

「えーっと……一つだけ教えてください!」


 深く息を吸い、言葉とともに吐き出す。


「私の記憶が確かなら、私たちが落ちた先はノラゴンのコロニーだったはずです。先輩はあの局面をどうやって切り抜けたんですか?」


 青い瞳がまっすぐに赤い目を見つめる。

 どんな小さな嘘も見逃すまいとするように。


「この際、ノラゴンの生死は気にしません。ただ、先輩の義手の爪は折れていたはずです。ワイヤーネットとかも有限だし……。そもそもそれだけでどうにかできる数じゃなかったと思うんです」


 少女が問い詰める。

 須佐野は一瞬目を伏せた。

 そのまま右手で腰あたりをまさぐると、何かを前に突き出した。


「これだよ」


 彼の手には年季を感じさせる中型のナイフ。

 手入れしているのだろうが所々に固まった血がこびりついていた。


「さすがに得物くらいは持ってるさ。これで向かってきた何匹か切りつけたら連中はおとなしくなったよ」


 流れるように紡がれる言葉。

 まるでそれが真実であるかのように。


「これで満足か?」


 目配せしながら須佐野が確認する。

 それに櫛田は笑顔で応じた。


「ありがとうございます。なんか怖い夢を見ちゃったせいで変なことを聞いちゃいました」

「……そうか。まあ、ゆっくり休めよ」


 手をひらひらさせながら彼は天矢に続いて廊下へと出ていった。





「……で、どういうつもりだい、タケヤ君?」


 先ほどとは打って変わり威圧するような口調で天矢が問い詰める。

 決して笑みは崩さずに。


「……何のことだ?」

「とぼけるんじゃないよ。君、また〝解除〟しただろ?」

「……それが必要な状況だった。追及される謂れはない」

「いいや、違うね。君ほどの実力ならさっきヒメちゃんに説明したように動けたはずさ」

「まさか。買い被りすぎだ。俺だってまだ未熟なガキさ」


 自嘲気味に須佐野が笑う。

 二人とも笑顔だが空気は張り詰めていた。


「よく言うよ。ただのガキがここに引き抜かれるわけないだろう?」

「どうだろうな。案外厄介払いされただけかもしれないぜ」

「はいはい。あくまでもそういうスタンスね。じゃあ、それでいいよ。確かに君の言う通りだ。精神的にも未熟なガキなら軽い気持ちで解除しても不思議はないもの」

「違う!」


 大きな声で須佐野が否定する。

 そこには幾分か怒りが滲んでいた。


「俺はただ……櫛田を助けようと……必死で」


 始めの勢いはどこへやら。

 その声はどんどん小さくなる。


「確かにヒメちゃんは助かった。君の選択は間違っていない。でも、正しくもない。それに解除の動機はヒメちゃんの怪我じゃないかい? それでトラウマでも思い出したのかと思ったんだけど……僕の邪推かな?」

「っ!」


 青年が言葉を詰まらせる。

 天矢にとってはそれだけで十分だった。


「やれやれ。図星のようだね。その様子だと〝あのこと〟はヒメちゃんにまだ教えてないようだし。全くもう……。君は軽率なんだから」


 天矢が呆れ顔を浮かべる。

 かと思えば、ぐっと顔を寄せて青年を責めた。


「何のために鎮静剤を持たせていると思ってるんだい? こういう場面で使わなくていつ使う?」

「現場には現場の事情がある。今回はそんな余裕はなかった」

「あー、もう! はいはい、分かった、分かりましたよ。今回はそう言うことにしておくよ。ただこれだけは覚えておいてね」


 軽薄さは鳴りを潜め、熱い口調で天矢は告げる。天然パーマの前髪の奥から真剣な眼差しで須佐野を射抜いた。


「あまり目立った動きはしてくれるなよ。今回みたいにイレギュラーな大量討伐とかね。僕でも誤魔化しきれなくなる」

「どの口が言ってんだか。結局は自分のためだろ。なんたって、あの日から俺とあんたは運命共同体なんだからな!」


 売り言葉に買い言葉。

 天矢の言葉に須佐野が噛みつく。


「それを言うなら、君が今も生きていられるのは誰のおかげだと思ってるんだい? あの日、僕が何もしなければ君は死んでいた。確実に、だ」

「……俺は別にそれでもよかったよ。そうなっていれば妹の後を追えた」


 青年が赤い目を背ける。

 その声にいくらか悲哀が混じっていた。


「ガキのくせにふざけたことを抜かすなよ!」


 天矢は語気を荒らげる。

 須佐野の胸ぐらを掴むと、叫んだ。


「君は竜狩人だ。竜狩人の使命は封竜域の解放。そのために君たちは生まれたんだ。どう足掻こうがその運命はずっと変わらない。だからこそ――」


 胸ぐらから肩に。

 今度は優しく手をのせ、彼は静かに語りかける。


「それに抗いたいなら一日でも早く使命を果たんだ。そうすれば君たちは自由なんだから。そうやって自由な世界を生きるんだよ。その土産話を持っていった方が妹さんも喜ぶんじゃないのかい?」


 思いがけない言葉に須佐野は息を呑む。

 しばしの沈黙。

 ようやく青年の口が動いた。


「……ごめん。言い過ぎた」

「いいんだよ。所詮はガキの戯言。僕は気にしない。それに言ったじゃないか。僕と君は運命共同体だろ?」


 先ほどの凄みはどこ吹く風。

 天矢は元の調子に戻ると、いつものように軽薄な笑みを浮かべた。


「頭、冷やしてくる」


 気まずさからか須佐野は背を向けて歩き出す。


「隊長が戻るのは明日。報告事項はその時でいいさ。だから、今日はそのままゆっくり休んでよ」


 去っていく寂しげな背中。

 そこに天矢が労いの言葉を投げかける。

 青年の背中が見えなくなったのを見計らうと、独りごちた。


「全く。手のかかるガキだね。お守りするために僕はここに来たんじゃないんだけど」


 ぼそりと愚痴がこぼれる。


「まあ、お守りはごめんだけど君の秘密は守ってあげるよ。これでも医者の端くれ。患者について守秘義務は徹底するさ」


 口元に人差し指を立てる。


「誰だって話したくない秘密はあるもんね。僕にも。そして、彼女にも」


 そう言いながら医務室への扉を見る。

 楽しそうな笑みを浮かべながら。


「さてと、仕事を再開しますかね。なんたって医者に安息の日はないんだし」

 天矢が肩を回す。

 飄々としたいつもの出で立ちで彼は聖域たる医務室へと戻っていった。

本日はあと1回更新します。

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