一閃
「KYSHAAAAA!」
咆哮する雷竜。
その先には巨大なコンクリートの破片があった。
先ほどからちょろちょろと逃げ回っていた侵入者。
それがその陰に飛び込んだのを雷竜は見逃していなかったのだ。
尻尾の先端を振り回す。
直後、雷撃。
巨大なコンクリートは木っ端みじんに弾け飛んだ。
濛々と上がる砂煙。
その向こうから人影が顔を出す。
出てきたのは頭から黒い服を被った人間だった。
顔は見えない。
だが、見た目は変わっても二人分の匂いは誤魔化せない。
目障りな侵入者だと看破した雷竜は再び尻尾を振り回し始めた。
同時に人影が動く。
手元の通信端末を操作しスピーカーをオンに。
直後、目を見開く雷竜。
尻尾を振るのを止め、竜は聞き耳を立てた。
その耳に別の竜の声が聞こえてきたのだから。
「匂いが欲しいってそういうことかよ。紛らわしいな」
廃墟の中を走る須佐野。
上はシャツ一枚だ。
上着は櫛田が被っている。
思い出されるのは数分前の会話。
「まずは二手に分かれます」
「雷竜は上位捕食者だ。目も鼻も利く。姿も匂いも一つだけだと……そうか。だから、服が欲しいのかよ」
「そういうことです。先輩の上着を被って匂いだけでも二人分を演じます」
「だからって、お前一人だけが雷竜の前に出ていってもすぐに黒焦げだぞ」
「それについては考えがあります」
廃墟の残骸の裏で二人は段取りを素早く示し合う。
「よし! それじゃあ任せたぞ、天才!」
「お任せください!」
直後、雷撃。
安全地帯が消し飛ぶのと同時。
上着を新人に預けながら衝撃を利用して須佐野は飛び出す。
発生した砂煙に紛れながら、義手からワイヤーロープを射出。
手近な廃墟に飛びこんだのだ。
――そして、現在に至る。
「それにしてもあいつ、意外と度胸あるな」
雷竜の影響で通信機は使えない。
耳を澄ませば、聞こえてくるのは二匹の竜の鳴き声。
当然、一つは雷竜。
もう一方は櫛田から。
正確には彼女が持っている竜の音声サンプルだ。
竜訳機のおかげで竜語は理解できるが、彼女自身は竜語を話せない。しかし、竜語が理解できるということは、有用な鳴き声を把握できるということを意味する。
彼女は竜との意思疎通を可能とするため地道に鳴き声のサンプルを収集していたのだ。
『サンプルをうまくツギハギして何とか会話を続けます。私がそれで注意を惹くので先輩は先輩の仕事をしてください』
彼女の作戦に従い、須佐野は現在廃墟内を転々と移動中だ。
ようやく、目的地に着き足を止めた。
今いるのはちょうど雷竜の後ろの建物にあたる。
「ここらでいいだろう」
静かに壁側に駆け寄り、割れた窓から外を確認する。
見下ろすと予想通り雷竜の後姿が見えた。
「意外と高さがあるな……。まあ、俺なら何とかなるか。ゲン担ぎでラッキーセブンを選んだし」
彼の遺才の一つは〈耐久力強化〉。骨やその関節に至るまであらゆる部位が頑健だ。今いる場所は廃墟内の七階に相当する。常人なら即死もありえる高さ。一方、彼なら落ちたところで酷くて軽い打撲くらいで済むだろう。
「さあて……そろそろ行きますか」
開口部から後退り。
可能な限り離れると、一気に駆け出す。
助走の勢いそのままに窓からダイブ。
広げた手足で軌道を微調整しながら、左腕を構える。
とはいえ、雷竜に電撃は効かない。
先ほどのスタンガンは無意味。
故に――。
「裂爪、展開」
義手に囁くと同時。
音声起動により鋼鉄の三本爪が展開する。
その研ぎ澄まされた刃に加わるのは風を裂くほどの重力加速。
雷竜、そして地面が迫る。
足を下にして着地姿勢へ。
「やっちゃえぇぇぇ! 先パァァァイ!」
思わず櫛田が叫ぶ。
ようやく気配に気づいたのか後ろを向く雷竜。
対して、空から高速で迫る須佐野。
一瞬だけ両者の視線が交わる。
だが、時すでに遅し。
「空からやってくるのは雷だけじゃないぜ」
轟音と共に着地。
落下の勢いのまま義手から生えた爪が振り下ろされた。
裂爪一閃。
根元から一刀両断された尾が宙を舞う。
直後、木霊する金属音。
振り抜かれた裂爪が地面に叩きつけられたのだ。
あまりの衝撃に鋼鉄の爪も無事では済まない。
「やべ! 折れちまった」
慌てふためく須佐野。
「KYASHAAAAAAAA!!!」
一方、絶叫する雷竜。
尻尾の断面からは赤い血が噴き出している。
悶え暴れながら、無秩序にその鉤爪を振り回し始めた。
「おいおい、怒るなよ。そっちは尻尾、俺は爪。痛み分けじゃねえか。聞き分けのない畜生には――」
鉤爪の乱舞を躱しながら後ろへジャンプ。
同時に須佐野は義手を構える。
「お仕置きだ」
直後、破裂音。
中型竜用のワイヤーネットが射出される。
瞬く間に雷竜にまとわりつくと、完全に無力化した。
「よし! 捕獲完了!」
「やりましたね!」
喜びからハイタッチする二人。
なおも雷竜は暴れ続ける。
しかし、もう雷撃は起こらない。
「仮説が正しかったようですね」
「それにしてもよくわかったな。放電のカラクリ」
放電は尻尾で起きる。すなわち、雷撃にも尻尾が関わっているのは明白だ。
ではなぜ尻尾から遠く離れた位置を雷撃できるのか?
「雷竜がどことなくトカゲに似ていたのがヒントになりました。トカゲで尻尾とくれば自切です」
危険を感じるとトカゲは尻尾を自ら切り、外敵の注意がそちらに向いている間に逃げる。いわゆる〝自切〟と呼ばれるもので尻尾をつかまれたときなどに有効だ。
この自切を雷竜も行っている。
それが彼女の仮説だった。
厳密には尻尾の先端の棘を自切するという説だ。
「観察して気づいたんです。尻尾の先端に密集した長い棘。その数が遭遇した時より心なしか減っていることに」
仮説の概要はこうだ。
まず雷竜は尻尾を振りながら目標を定める。そして、尻尾の先端の速度が十分上がったところで尻尾の棘の一本を自切。ちぎれた棘は高速で目標に接近。棘の中にいる発電細胞が時間差で放電。それにより目標を雷撃していたのだ。その圧倒的威力により放電した棘本体が消し飛ぶため、物的証拠は何も残らない。かすかに肉が焼ける匂いだけが唯一の証拠という何とも厄介な特性だ。おかげで原因究明に時間がかかってしまった。
「竜畜生のくせに器用な真似しやがって」
口元を曲げながら愚痴る須佐野。
「封竜域内で独自進化をしたようですね。それにしてもかなり突飛ですが……」
櫛田が口に手をあてながら考え込む。
「そういえばよ」
「なんですか、先輩?」
「雷竜とのおしゃべりは何を話してたんだ?」
ぶつけられる素朴な疑問。
少女は一瞬言葉を詰まらせる。
眉を歪めながら困ったように苦笑いを浮かべた。
「いやー、何と言えばいいのか……」
その時。
ビターン。
何かがコンクリートの地面に叩きつけられる音がした。
二人が目を向ければ――。
「先輩! 尻尾が!」
「動いてる! でも、そうか。結局はトカゲの尻尾だもんな」
目の前で蛇のようにのたうち回る尻尾。それがまるで意思を持つかのように逃げていくところだった。
驚くことはない。
自切したトカゲの尻尾は注意を引くためしばらく動く。本体である雷竜から離れても動くのは当たり前。第三者に断ち切られたとはいえ状況は同じだ。
「貴重な雷竜の試料だ。あれも捕まえるぞ」
「それなら私のワイヤーネットを使いましょう」
遠ざかっていく尻尾に向かって櫛田が駆けだす。手にはリュックから取り出したハンドガン型の射出機があった。
「放電には気をつけろよ」
須佐野は逸る新人に注意を促す。
なんなら見かねて後を追った。
とはいえ、もう急場は乗り切っている。
さすがに気が緩むというものだ。
「わかってますって!」
後ろを振り向きながら笑う少女。
つられて彼も思わず笑みをこぼす。
直後、青年は目を見張る
視線はその奥の尻尾に向けられていた。
相変わらずビクビクと動く尻尾。
先程までのアグレッシブさを失い、捻れたり縮んだりし始めて――。
単に尻尾内のエネルギーが底を尽きただけにも見える。
だが、彼は最悪の事態を想定した。
脳裏に浮かぶのは少女の言葉。
『棘の中の発電細胞が時間差で放電』
発電細胞は棘だけでなく尻尾全体に存在する。それこそ棘の比じゃないくらい膨大な数が。
目の前の尻尾は確かに須佐野が切った。
自切ではない。
でも、時間差放電が自切以外でも作動するとしたら?
そもそも裂爪は尻尾にかすっただけで、雷竜自身が土壇場で自切していたとしたら?
同時に足が動く。
彼は知っていた。
悪い予感というものはよく当たることを。
「櫛田!」
「へっ? 何ですか?」
「今すぐ離れろ!」
声を振り絞り、手を伸ばす。
直後。
捻じれ曲がった尻尾が急速に縮み――。
雷電一閃。
轟く爆音。
舞い上がる粉塵。
衝撃と爆風で二人は吹き飛ばされた。
咄嗟に須佐野は新人へと手を伸ばす。
しかし、それは虚しく空を切った。
宙に舞う二人。
受け身を取ろうとした彼は地面を見て驚愕する。
地響きとともに広がるひび。
やがてそれは決定的な破局をもたらし――。
轟音と共にコンクリートの地面が崩落した。
ぽっかり空いた巨大な穴。
ワイヤーネットに囚われた雷竜はその淵にいた。尻尾が動き回ったおかげでギリギリ巻き添えを免れたようだ。
そんな雷竜と空中の青年。
一瞬だけ両者の視線が交差する。
ほんの数分前。
それと同じ状況。
位置関係さえも同じであるのに立場は完全に逆転した。
まさに紫電一閃と呼ぶべき目まぐるしい状況変化。
「っ!」
須佐野は息を呑む。
気のせいだろうか?
雷竜が邪悪な笑みを浮かべているように見えたのは。
「……竜畜生め」
小さな呟き。
直後、憎しみを込めて叫ぶ。
「器用な真似をしやがって!」
穴の奥に広がる闇。
吸い込まれるように、二人は真っ逆さまに落ちていった。
本日の更新はこれでおしまいです。
明日も複数話更新予定です。
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