襲雷
「マズいマズいマズい! これはマズい!」
「わわわわわ! 目が回るーーー!!」
炸裂する稲妻。
直後、轟く爆音。
数秒前まで自分がいた場所が吹き飛ぶ。
そこに残されるのは焦げた跡と小さなクレーターだけ。
足を止めれば無事では済まない。
だから須佐野は走り続けた。今はそれで精一杯だった。
「当たったら死んじゃいますよ!」
喚く櫛田。
そんな彼女は彼の背中の上にいた。
「そろそろ自分で走ってくれるか?」
「言ったじゃないですか。私は隠密特化なんです。走らせたらすぐに黒焦げになっちゃいますよ!」
「逃げ足くらい鍛えとけ、ドラゴンオタク!」
閃光。
衝撃と共に背後が消し飛ぶ。
さっきより近い位置。
こちらの速さに雷竜が慣れ始めている証だ。
全身の毛が逆立つ。
電気のせいか、恐怖のせいか。
原因はもはやどうでもいい。
「何が起きてるんですか?」
「分からん。俺も知らない行動だ」
雷竜。
雷を操るという少年の夢を詰め込んだような能力。すでに様々な遺伝子が混ざり合ったキメラ個体であるドラゴン。そこにデンキウナギの遺伝子も組み込むことで誕生した危険種だ。特徴的な柄は一目で危険性を理解させるために意図的にデザインされたもの。ファンタジーを現実にする科学力の高さ、そしてそれをやってしまう人間の浅はかさ。雷竜はその象徴とも言える。
デンキウナギは尾で放電する。雷竜もそれは同じ。特徴的な長い尻尾。そこに膨大な数の発電細胞があり、自分の周囲に雷と見紛うほどの高威力の放電を行う。
「KYASHAAAA!」
強さを誇示するように雷竜が吠える。
長い尻尾を振り回す姿からは異様な迫力が放たれていた。
「なんか怒ってるみたいですよ? おかげで全然言葉が分かりません」
「おそらくだがここは奴の縄張り。もしかしたら餌場だったのかもな」
「つまり私たちは餌泥棒ってことですか?」
「だからこそ熱烈な歓迎ってわけだ。感極まって涙が出ちまうよ」
直後、追い打ちの雷撃。
紙一重で回避する。
放電の強力さは雷竜自身が知っている。その能力で他のドラゴンすら狩る上位捕食者。しかし、放電はコスパが悪く、大量のエネルギーを消費する。そのため雷竜の縄張りは広大で、そこには餌である小型ドラゴンがたくさん棲息している。当然、侵入者に対しては非常に攻撃的だ。
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもの。
縄張りに入らない限り雷竜から攻撃してくることは皆無。そして、気づかずに縄張りを侵し、運悪く遭遇してしまってもまだ焦る必要はない。放電はデンキウナギと同じで射程が短い。放電範囲である雷竜の懐に入らなければ問題なし。実際、人に対する危険度はデンキウナギに毛が生えた程度ともされている。
「だから、本来はこうやって一定の距離を保っていれば問題ないはずなんだ。そのはずなんだが――」
雷撃。それも目の前。
急旋回して方向を変える。
「あっぶねえ! あいつ、畜生のくせに先回りして撃ってきやがった」
相手の知能の高さに須佐野は舌を巻く。
「そもそも何であの竜は雷を飛ばせるんですか! 聞いていた話と違いますよ!」
「俺が聞きたいよ! あと、耳元で大声を出すな! 耳がバカになる」
「バカって言いました? 私は天才ヒメちゃんですよ!」
「うるせえええええ!」
雷竜の予想外の行動にパニックに陥る二人。
目の前の光景は明らかに異常だった。
通常なら放電は雷竜を中心とした精々数メートルのごく狭い範囲が射程だ。
一方、件の雷竜は遠く離れた位置に雷を飛ばしてきている。それも狙ったところににピンポイントで。
そうとしか言いようがない。
そもそも――。
数分前の襲撃直後。
須佐野は標的に向かってすぐさま飛び出した。
すると突如、雷竜が長い尻尾の先端をブンブンと振り回し始めたのだ。
自身の直感と経験が体に警告を発する。
それに従い彼は後ろに飛び退いた。
直後。
カッ。
炸裂する光と音。
そして、押し寄せる衝撃。
地面が弾け、砂煙が立ち上る。
さっきまで自分がいた位置には――焦げたクレーター。
雷が落ちた。
放電ではなく雷撃。
今まで全く報告されていない未知の生態だった。
すぐさま須佐野は〝ガンガンいこうぜ〟から〝いのちだいじに〟に作戦を変更。
対象との距離は安全を意味しない。腰が抜けて座り込む櫛田を背負うと、彼は全速力で駆け出したのだ。
――そうやって、時折大きな瓦礫を遮蔽物にしながらぐるぐると雷竜の周囲を回っているのが現在の状況だ。
周囲を高層の廃墟に囲まれ、彼の気分はさながらコロッセオで猛獣と戦う剣闘士。二十二世紀だというのに労働環境は古代ローマ並み。竜狩人という職業が抱える笑えない現実には苦笑いするしかない。
「そもそも本来はどうやって狩るんです? 放電を避けるなら接近できないじゃないですか」
背中から鋭い質問が飛ぶ。
質問してきたこと自体を訝しながら、須佐野は答えた。
「確実かつ安全な狩猟方法は射撃による遠隔攻撃だ。知らないのか?」
「知るわけないじゃないですか! だって、私は――」
直後、真横に雷撃。
轟音と悲鳴で少女の言葉が途切れる。
一方、須佐野の頭には疑問符が浮かんだ。
雷竜への対処法は竜狩人なら全員が知っているはずの基本知識。
新人は何故そんなことも知らないのか。
思考を巡らせようとするも、さらなる問いかけがそれを遮った。
「それじゃあ銃がない場合はお手上げなんですか?」
「そんなわけあるか。接近戦でもちゃんとやり方はある。ちょっと泥臭い戦法だがな」
GUILDの主戦力は近接武器だ。当然、白兵戦での対応も確立している。
まず、放電範囲のギリギリに位置取りしてひたすら雷竜を煽る。そうやって雷竜に放電を乱発させ疲弊を誘うのだ。
前述の通り、放電はコスパが悪い。やがて、雷竜側のリソースが切れ、放電能力が大幅に弱体化する。そこをあとは袋叩きにするだけという原始的な方法だ。
須佐野自身も過去に雷竜との交戦経験はある。今回のように荒事担当が一人しかいなくても定石の対応は可能だ。目の前にいるのが普通の雷竜ならば――。
「相手は雷を使い分けて近距離でも遠距離でも攻撃してくる。これじゃあ手が出せん」
「それなら応援を呼びましょうよ!」
「俺たちが黒焦げになるのが先だろうな。そもそも雷竜の付近は電波が乱れる。まともに通信はできなくなったと思っとけ」
「そんなあ……」
放電能力の真の脅威は機器トラブルの誘発にある。通信が乱れ、無人運転している回収車も緊急停止してしまう。放電を直接食らえば電子機器の故障は避けられない。臨時拠点に設置する大型の機器は勿論、竜狩人の一部の装備も使い物にならなくなるだろう。櫛田お手製の竜訳機などひとたまりもない。まず先に人体の方がもたないだろうが……。
とにかく雷竜の存在は、封竜域内に拠点を作って制圧していくGUILDの活動にとって大きな障害となりうる。そのため、雷竜は発見次第即時討伐が基本だ。捕獲にはコストと時間を要する。それで逃げられてしまっては元も子もない。捕獲された前例がないのはこれが大きな要因だった。
「先輩! もう逃げましょうよ!」
「バカ野郎! 背を向けた方が危険に決まってるだろ?」
「えーっと……それじゃあ、一旦屋内に避難するのは?」
「ここにあるのは経年劣化した廃墟だぞ? 雷撃を何発も食らえば崩壊する可能性もある。そうなったら俺たちは下敷きだ。それだけはごめんだね」
「だからって、これじゃあ私たちも消し炭になっちゃいますよー」
泣き言を吐く新人。
とはいえこのままではジリ貧なのも事実だ。
放電のコスパがいくら悪いとはいえ、動き回ってるこちらのスタミナが切れるのが先なのは明白。
だからこそ焦らず落ち着いて状況整理に努める。
尻尾を振れば任意の場所に落ちる雷。
それこそ、まるで魔法みたいだ。
でも、ここはファンタジーじゃない。
どれだけ不可思議な現象にも必ず科学的な説明がつく。
「おい、天才!」
「はいはい! 天才ヒメちゃんとは私のことです!」
「こんな時だけ調子のいい新人だな」
とはいえ、おかげで緊張が適度に解ける。
少女のお気楽さはこの瞬間だけは清涼剤だ。
「俺は走って避けるのに専念する。お前は大きな目とご自慢の耳で雷撃のカラクリを解明しろ!」
「ずいぶんざっくりした指示ですね。でも、承りました」
「こっちは長くもたない。頼んだぞ」
「天才ヒメちゃんにお任せください! それでは……〈竜語翻訳〉!」
櫛田が目と耳に全神経を集中させる。
ブツブツと呟きながら情報を整理し始めた。
同時に、雷竜も再び尻尾を回し始める。
「尻尾の回転はかなりの高速。電気エネルギーを溜めてる? いや、それはちょっと非科学的……」
再び背後が吹き飛ぶ。
弾け飛んだ礫が二人を掠める。
それでも少女は思考を巡らし、青年は足を回した。
大きな破片に当たれば転倒は必至。
必死に速度を上げ、逃げに徹する他に道はない。
「おっと? 雷竜が何か呟いてる。小さくて聞こえにくいけど……。『痛い』? 聞き間違い? いや、合ってそう」
新人が呟いている間にも飛んでくる雷撃の雨。
その合間を必死に掻い潜る。
速度はもう限界。
追いつかれるのも時間の問題だ。
「風切音? 何かを飛ばしてる? これは……わずかに肉と脂が焼ける匂い。雷撃の前後で何か変化は……なるほど。それなら――」
独り言が収まる。
どうやら考えがまとまったようだ。
「先輩!」
「何だ?」
「突破口を見つけました」
「待ちかねたぜ! それで、何をすればいい?」
「そうですね……」
少し考え込む少女。
おもむろにその口が開く。
「先輩!」
「おう!」
「とりあえず服を脱いでください!」
「……おう?」
「先輩の匂いが欲しいんです!」
「……おう!?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
それをなけなしの狼煙にして――。
デコボココンビ、反撃開始。
本日はあと1回更新します。




