青天の霹靂
「こちら須佐野。そちらの状況は?」
目的地の廃墟、その入り口付近。
物陰に身を潜める須佐野は通信機で新米の少女に問う。
『こちら姫奈! コロニーに潜入成功です!』
声を潜めながらも興奮を隠しきれない櫛田。
彼女がいるのは廃墟の中。
それもノラゴンの巣のど真ん中だ。
『先輩も人遣いが荒いですね。新人にこんな無茶をさせるなんて』
「全部捕獲したいんだろう。自分の望みなんだからつべこべ言わずしっかり働け」
『ぐぬぬ……。それはそうですけど……』
「で、コロニーの構成は?」
『えーっと、三階と四階で営巣してますね。それより上は竜影なし。メスが十一匹。子供がその倍。卵はさらにその倍くらいですね』
彼女の声の後ろからはキーキーと幼竜の鳴き声が聞こえる。
「思ったより控え目だな。オスはどうだ?」
『一階と二階で計五匹が守りを固めてます。竜たちの世間話を聞く限り他のオスは餌探しで出払ってるようですね』
早速、竜訳機により有益な情報がもたらされる。当然、真偽はまだ不明。
「他に何か言ってないか?」
『大抵はぐずる幼竜を母竜がなだめる内容です。他にはご近所事情ですかね。あっちのコロニーよりこっちのほうが日当たりがいいとかなんとか』
半信半疑で報告を聞く須佐野。ノラゴンたちが住宅事情を話しているとはとても思えない。
とはいえ、新人の働きには目を見張るものがあるのは事実だ。
「とりあえずお前の潜入技術には素直に感心するよ」
『えっへん! なんたってこれが私の〈遺才〉なので』
竜狩人は基本的に白兵戦で竜を狩る。本来なら人間が生身で獣に挑むのはあまりに無謀すぎる。それが可能なのは竜狩人が普通の人間ではないからだ。
ノラゴンを生んだゲノム編集技術。目には目を、歯には歯を。人類はノラゴンを駆逐するため自身にもその技術を適用した。
竜狩人を特別たらしめる、挿入された外来遺伝子由来の才能。それが遺才だ。
ファンタジーならスキル、コミックなら異能と呼ばれる特殊能力に当たるだろう。しかし、ここは現実。手から火が出たり、瞬間移動できたりとかいうそんな便利で万能な能力ではない。
共通の遺才は〈身体機能強化〉と〈免疫力強化〉、そして〈治癒力強化〉。ノラゴンを仕留めるまで何度でも立ち上がり戦うための基本能力。なんとも地味だがこれがないと始まらない。
それ以外の遺才は様々。そもそも遺才は複数の遺伝的要因が複合的に作用して発現する。狙った強化が発現する保証すらない闇鍋状態。挿入後、本人による体感に加えAIによるゲノム情報解析による総合的判断の下で、初めて遺才の内容は明らかになる。
『どうですか、先輩? 私の遺才、〈隠密強化〉の力は?』
「……正直侮ってたよ。ここまで強力だとは思っていなかった」
『ふんふんふん! いい反応ですね』
通信機越しでもはっきり分かるほど櫛田は得意げだ。
『まあ、そもそもノラゴンはベースとなった鳥類と同じで嗅覚が鈍いですから。なので、潜入難度は元々低い部類ではありますよ』
「簡単に言ってくれるな。遠隔操作のロボットならまだしも、単身で飛び込んでいく奴は初めて見たぞ。そんな報告すら聞いたこともない」
『そもそも戦闘向きじゃない遺才自体が珍しいんでしたよね」
竜狩人はノラゴンと戦うのが当たり前。櫛田のような非戦闘用の遺才は狙って生まれたものではなく偶然の産物ばかり。ゆえに、そんな遺才を持つ者自体が希少だった。
「おかげで初動は上々だ。それじゃ、あとは手筈通りに」
『合点承知!』
櫛田の仕事は営巣拠点である三階と四階の開口部を全て塞ぐこと。開口部といっても空気が籠ればある程度の穴は見過ごしていい。
ここは立体駐車場の廃墟。その大部分は蔦でびっしりと覆われ、大きな隙間は比較的少ない。それも専用のガジェットでスプレーするだけで簡単に塞がる。
十分後。
『あらかた塞がりました』
「よし。じゃあ五階から〈竜宴香〉を焚け」
『了解です!』
竜宴香。
独特の甘い香りがする麻酔ガスを発生させる装置。竜を酒で泥酔させて退治した逸話をもとに命名された。周囲より重いガスは下に沈み、小型竜を効率的に眠らせる。開口部を塞いだのはこのためだ。ガスは人間にも有効だが分解薬を飲んでおけば問題ない。特徴的な匂いのおかげで事故などで漏れ出ても察知できる安心設計。当然、嗅覚の鈍いノラゴンたちは気づけない。まとめて夢の中の宴会行きだ。
「さてと……そろそろかな」
竜宴香の起動から五分経過。
入り口近くの物陰で須佐野は分解薬を噛み砕く。
素早く嚥下すると、吠えた。
「竜狩りの時間だ!」
それを合図とばかりに物陰から飛び出す。
勢いそのままに廃墟に突入した。
早速、ノラゴンを一匹発見。
こちらに気づく前にすぐさまロックオンする。
「見張りがぼやぼやするんじゃねえ!」
義手を構える。
破裂音と共に射出されたのは特殊な粘着弾。
それが向かう先は当然ノラゴンだ。
威嚇しようと開けた大口に見事着弾した。
直後、その口内で炸裂。
餅のような内容物が水を吸って膨張。
咆哮はあえなく無効化された。
例え小さくても相手は獣。
数を相手にするのは避けるのが定石だ。
これで増援の心配はない。
もがく竜の脇を通り抜け奥へ。
進んだ先には階段。
その前に陣取るのはもう一匹のノラゴン。
こちらには背を向けている。
好都合だ。
すぐさまネットを射出。
即時無力化した。
「Gaath……」
ノラゴンが小さく咆える。
その声は弱々しく覇気がない。
「もういいぞ。精々存分に喚け」
奇襲はすでに成功している。
もう仲間を呼ばれても何の問題もない。
階段は使わず、勢いを利用しながら壁を蹴って二階へ。
着地すると同時、早速一匹が警戒の声を上げる。
しかし、その声はどことなく弱々しい。
上階から流れてきた竜宴香がここまで効いているのだろう。薬を服用したこちらには関係のない話だ。
足に力を込めて一気に解放。
強化された身体能力で一息に距離を詰める。
勢いそのままで竜っ面に左拳のアッパーをお見舞いした。
直後。
ノラゴンとの接触面に走る紫電。
人工の拳から突き出た二本の小さな金属突起。
その間を電流が走りスタンガンの役割を果たす。
ノックアウト。
気絶したまま吹っ飛んだ仲間に残りの二匹が駆け寄る。
そして、すぐさま吠えて威嚇行動。
勝手に集まってくれるとは好都合。
竜たちの美しい仲間意識。
今回はそれが命取りになった――。
「終わったぞ」
『さすが先輩。五分とかかりませんでしたね』
「非飛行型の小型竜。それに特性もない通常種だ。手こずる要素がない」
群れは確かに脅威だが、狩るだけなら力技でいくらでも対処できる部類だ。今回のターゲットはそういうものだった。
諸事情で捕獲を優先したため、やや面倒な立ち回りにはなったが、それを加味しても大して難しい案件ではない。
「そっちの状況は?」
『全員仲良くおねんねしてますね。これにて天才ヒメちゃん、ミッションコンプリートです!』
躊躇なく天才と自称する櫛田。
能天気さに頭が痛くなりながらも須佐野が指示を飛ばす。
「……よし。直に回収車がやってくる。今のうちに全部一階に集めるぞ」
『わっかりましたー!』
しばらくして、全ての運搬作業が終了した。
「お前、本当に〈身体機能強化〉の遺才持ってんのか? ほとんど俺が運ぶ羽目になった
ぞ」
「あはははは……。私はか弱い女の子なので……」
「か弱い女の子は単騎で竜の巣に飛び込まねぇよ!」
収獲は成体のドラゴンが十六匹(オスが五匹、メスが十一匹)。幼体が二十一匹。卵が四十三個。それなりの数だが、話に聞いていたほど大規模とは言い難い。
「さて天才さんよ、何か弁明はあるか?」
須佐野が冷めた眼差しを新人に向ける。
対する少女は徹底抗戦の構えだ。
「まさか私が作った竜訳機の性能を疑っているんですか? 失礼ですね。きっと話を聞いたノラゴンが内容を盛っていたんですよ」
「ただの畜生がそんなことするかよ。人間じゃあるまいし」
チラッと櫛田を見る須佐野。
それを彼女は見逃さなかった。
「……もしかして私が話を盛ったとでも? 私は竜訳機に絶対の信頼を持っています。その翻訳内容を自分で曲げるなどありえません!」
金髪を揺らしながら自信満々に胸を張る。
当然の如くその言葉には怒りが滲んでいた。
あまりの剣幕に須佐野はたじろぐ。
「……はいはい、悪かったよ。きっと竜と人との感性の違いだろうさ」
両手を上げて平謝り。
その時。
「GAAATH!」
「GYANN! GYANN!」
外でノラゴンの声がした。
それも複数。
目を向ければ廃墟の外に竜影が六つ。
ちょうど出払っていたオスの数と一致する。
「どうやらお戻りのようだぜ」
「そのようですね。それじゃあ……」
そう言いながら櫛田は素早く須佐野の背中に隠れる。
「先輩! いっちょ、よろしくお願いします!」
「運搬も戦闘も俺任せかよ!」
「残念ながら、天才ヒメちゃんは潜入専門なので」
「全く……。調子のいい奴め」
とはいえ十分な働きだったのは事実だ。
おかげで体を動かし足りないと思っていた。
肩を回して須佐野が軽く体をほぐす。
そのまま踏み出そうと足を構えた。
次の瞬間。
ズンッ。
六つの竜影の後ろ。
突如として大きな砂煙が上がった。
何かが、落ちた?
「何だ?」
頭に浮かんだ疑問符が思わず漏れる。
竜たちも足を止め、そちらを注視していた。
直後。
カッ。
眩い閃光が走る。
「うおっ!」
目を覆う須佐野。
遅れて轟音。
激しく砂塵が舞う。
「きゃあああ!」
悲鳴を上げる櫛田。
衝撃を利用して青年はその隣まで後ずさる。
凄まじい光と音。
落雷。
二人にはそう見えた。
須佐野は念のため空を見上げる。
広がるのは雲一つない青。
つまり、文字通り〝青天の霹靂〟だ。
だが、彼には心当たりがあった。
「一体何が起きてるんですか?」
「……気をつけろ。襲撃だ」
声を落としながら、新人に警告する。
彼の纏う空気が変わったことに少女は困惑した。
「へっ?」
「見ろ」
須佐野が指差す先。
砂煙が晴れて現れたのは、一匹の黄色い竜だった。
ほっそりとしたワニに見える大きさと姿。特に目立つのは長い尻尾。その先端には長い棘が密集している。
体長の割には小さく細い翼は飛翔ではなく滑空に最適な形。
体中に浮かぶのは黒いギザギザの縞模様。デザイン性の高さは人為的な介入の裏返しでもある。
須佐野は思わず息を呑む。
全ての特徴が最悪の予想と合致していた。
「新手のドラゴンだ。それもかなり厄介な部類のな」
「ええっ! 嘘でしょ!? あの姿はまさか……」
櫛田も言葉を失う。
ドラゴンオタクの彼女もようやく全てを察した。
「ああ。そのまさかだ」
黄色い竜の周囲には黒焦げの塊が六つ。先ほどの雷に打たれたのだろう。さっきまで生きていた竜の哀れな最期。その光景は目の前にいる新手の竜の危険性を十分物語っていた。
ファンタジーから飛び出してきたような莫大な発電能力。
その危険性の高さと遭遇率の低さから未だに捕獲実績のない希少個体。
額に汗を浮かべながら須佐野がその名を告げる。
「〈雷竜〉のお出ましだ」
唐突な襲撃はまさに青天の霹靂。
どれだけ急展開であっても目の前の危険な竜は狩らねばならない。
それが竜狩人の責務だ。
「KYASHAAAA!」
雄たけびを上げる雷竜。
あちらも殺る気は十分のようだ。
一方、背に隠れた少女は少し震えていた。
「どうした新人? 怖気づいたか?」
「まさか! むしろわくわくしてますよ!」
「そうこなくっちゃな!」
ウォーミングアップは終わり。
須佐野と櫛田。
正反対の二人による大捕り物の幕が上がった。
「さあ! 竜狩りの時間だ!」
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