竜と人の時代
「くそっ! 面倒なことになった!」
悪態と共に逆立つ赤髪を掻きむしる。
荒れ果てた道を駆けるのは一人の青年。
直後、彼は大きくジャンプした。
足元に空いた大きな亀裂。
それを難なく飛び越えその先へ。
この程度の障害はもはや慣れたものだ
彼が走るのは古い街の廃墟。七十年ほど前は栄えた都だったらしい。
天を摩するほど高い建造物の数々。
過去の栄光。
寂れた摩天楼にその面影を今でも感じることができる。
とはいえそんな哀愁に浸っている余裕は今の彼にはない。
「GYAAAATH!」
すぐそばで響く咆哮。
その主は、一匹のドラゴンだ。
暗緑色の鱗を煌めかせ猛進している。
青年はそんな竜と必死の追いかけっこの真っ最中だった。
追う者と追われる者。
両者では体躯が二倍以上も違う。
明らかな力の差。
徐々に縮む両者の距離。
それでも、彼は物陰に隠れようとはしない。
理由は明解。
「観念しろ! 竜畜生が!」
「GYAAATH! GYAAATH!」
今は青年が〝自分より小さいドラゴン〟を追っているのだから。
「俺から逃げられると思うなよ!」
黒い戦闘服に身を包んだ青年の姿はまるで影。
ドラゴンの後ろにぴったりとくっつき離れない。
やがて、慣れた手つきで左腕を構えると、照準を合わせる。
「名残惜しいが追いかけっこはもう終わりだ」
逃げるドラゴン。
そのサイズは小型犬並。
ちょこまかと動き回り、青年を翻弄する。
だが、その程度の小細工は彼に通用しない。
ほどなく赤い目が獲物をロックオンした。
「おとなしく捕まりやがれ!!」
直後、破裂音。
左手首の武装から高速で射出された物体。
不意にそれが広がる。
捕獲用のカーボン製ワイヤーネットだ。
「GYANN!」
ネットは寸分たがわずドラゴンに命中。
小さな体で竜は必死の抵抗を試みる。
しかし、その牙や爪はワイヤーに傷一つさえつけられない。
「はあ……はあ……さすがに疲れた」
もがくドラゴン。
その横に青年が息を切らしながら座り込んだ。
「一匹取り逃がしただけだぞ。まさか、こんなに走らされるとは……」
そのまま大の字で空を見上げる。
ちょうどはるか上空を飛ぶ一匹のドラゴンが目に入った。
「全く。本当にここは二十二世紀かよ」
ふと愚痴がこぼれる。
彼の言うとおり今は二十二世紀。
現在進行系で高度な科学が発達している時代だ。
だというのに青年を取り囲むのは、見る影もないほど荒れ果てた廃墟群だった。
「車より先に空を飛んだ竜。それを汗水垂らして狩る竜狩人。全く、ファンタジーのロマンすら感じない。時代遅れの肉体労働もいいところだな」
荒廃した都市でドラゴンを狩る。
それが二十二世紀の竜狩人の仕事だった。
呼吸を整えながら遠くを眺める。見えるのはここ一帯のランドマーク。当時はこの都市の名を冠した電波塔だったらしい。
ここはかつての東京二十三区。今は〈封竜域〉と呼ばれ、全域で進入制限がなされている。
二十一世紀末、東京は竜によって滅ぼされた。
全ての始まりは、二十一世紀初頭に確立されたゲノム編集技術。
ほどなくして人類は生物の遺伝子を自由に操作できるようになった。これにより、基礎研究や品種改良の効率が飛躍的に上昇。さらには遺伝性疾患の治療をも可能にした。
そして、二十一世紀半ばからはより野心的な試みに応用され始める。
すなわち、新しい生物種の開発だ。
特に大昔の某SF映画の影響か、恐竜を筆頭とした絶滅種を復活させる研究が世界各地で盛んに行われた。
ティラノサウルスが再び大地を踏む日も近い。
誰もがそう思っていた二十一世紀後半。
〝それ〟は突然現れた。
二〇七五年、アメリカのベンチャー企業が全世界へ向けてある生物を発表した。
鱗に覆われた体。
ワニに似た頭。
二対の角に二対の翼。
やや長めの四足で立つ姿はまさしくファンタジーのドラゴンに他ならなかった。唯一異なるのはそれが小型犬並みのサイズであること。迫力は微塵も感じられない。しかし、その手頃な大きさはペットとして最適だった。
その結果、世界中でドラゴンビジネスが加速。
様々な品種が生まれては消える開発競争。
市場規模は一気に拡大し、安価になったドラゴンは急速に社会に浸透した。
すると、当然の如くある問題が発生する。
無責任な飼い主によって捨てられた野良のドラゴン、通称 〈ノラゴン〉の増加である。
ペットとしての爆発的な普及に対して出遅れた法整備により、ノラゴンは大自然や大都会で着実に繁殖した。数を増やしたノラゴンはスズメのように電線にとまり、ハトのように公園にたむろし、カラスのようにゴミを漁る。それが二十一世紀末期の日常風景となった。
一方で、ノラゴンによる物的または人的被害、通称〈竜害〉が社会問題化。ノラゴンの増加と竜害の対策が盛んに議論され始めた。
そんな矢先、突如凶暴化したノラゴンの群れが東京を襲う。後に〈竜災〉と呼ばれる未曾有の大災害。警察と自衛隊による大規模な避難誘導と迎撃作戦。多くの犠牲者と数百万人単位の避難者を出しながら、災害を二十三区内に封じ込めることに成功した。
竜の脅威を封じた二十三区、〈封竜域〉を奪還するため、政府は撃竜組織〈GUILD〉を設立。
その結果、ファンタジーが現実になる。
竜を狩る専門職〈竜狩人〉の誕生である。
GUILDの使命は封竜域の解放、そして竜災の原因究明。
そのためには、封竜域の最深部まで踏破し調査する必要がある。大いなる使命を胸に竜狩人たちは今日も封竜域内を駆け回るのだった。ちょうど数分前の青年のように――。
「……少し前までは俺もそんな使命に燃えてたっけな」
過去の自分に思いを馳せながら、おもむろに左手を掲げてみる。
そこに生身の手のひらはない。あるのは一回りも大きい無骨な義手。彼の前腕から指先までは冷たい無機質な金属で覆われていた。
左手、そして妹の命を奪った竜を狩る。
静かな復讐心だけが今の彼を突き動かしていた。組織の使命など二の次だ。
広げた義手で空を掴む。こみ上げた悔しさを握りつぶすように。
直後。
『タケヤ先パーイ! どこまで行っちゃったんですかー! 早く戻ってきてくださいよー!』
耳の通信機から響く叫びが現実へと引き戻す。
配属されたばかりの新人の少女。その涙混じりの声だった。
そういえば置いてけぼりにしたままだったと青年は思い出す。
「すまん! 今向かう!」
名前を呼ばれた青年、須佐野武也は立ち上がる。横には暴れ疲れたのかぐったりしたノラゴン。囚えたネットごとそれを背負うと、彼は急いで駆けだした。
「GAATH! GAATH!」
大型ケージの中。
捕獲したノラゴンの群れが騒ぎ立てている。
「へー、みんな兄弟なんですね……。確かに目の色や角の形がみんな同じだ……。なるほど、逃げたのは長男だと……」
それに話しかけるのは金髪に青い目の少女。
身に纏うのは須佐野と同じタイトな黒い戦闘服だ。
一方、腰には年相応の可愛らしいスカートのようなパーツがついているため、その姿はどことなくあどけない。
「……またノラゴンとおしゃべりか? 暢気なもんだな」
ちょうど戻ってきた須佐野がそんな新人をたしなめた。
「違いますよ、先輩。ノラゴンの話を一方的に聞いているだけです。私は竜語がしゃべれないので」
「奇行には違いないだろ、ドラゴンオタクめ!」
そう言って、彼は背負っていたネットをそのままケージの中に放り込む。少女の言葉を鵜呑みにすれば、ノラゴンたちにとっては兄弟たちの感動の再会だ。
「奇行とは失礼な! 私は竜の言葉が分かると何度も言ってるじゃないですか!」
抗議するのは新人の竜狩人、櫛田姫奈。
ドラゴンが好きすぎるあまりこんなところまでやってきた生粋のドラゴンオタクだ。
彼女は膨れながら須佐野を睨みつけると、おもむろに髪をかきあげた。
金色のショートヘアから覗く耳。
その上半分を純白に輝く三角形の奇妙な物体が覆っていた。
「竜の声を集音し、独自アルゴリズムによるリアルタイム翻訳! それを可能にするのがこのデバイス、〈竜訳機〉です!」
見せびらかすように耳に装着された端末を彼女が指差す。
横長の三角形という特徴的な形状と相まって、傍から見ればちょうどエルフ耳に見えなくもない。
「竜声を翻訳ね……それが信用ならないんだよな……」
疑いの眼差しを向ける須佐野。
その態度が火に油を注いだ。
「私の発明にケチをつけるんですか! まだ試作品とはいえ精度には自信があるんですよ!」
「バカ言え! 第一、そんなに便利なものなら俺にも使わせろよ!」
「お断りです! 貴重な一点物なんですよ! 万が一壊されでもしたら大変なんですから」
彼女の青い大きな瞳が青年の赤い目を睨み返す。
囚われたノラゴンたちの頭上。
赤と青の視線が交差した。
やがて青年は諦めたように目を逸らす。
「まあ、真偽は上が判断する。お前はその力を示すのに精進してくれ」
「もちろん、そのつもりです。そのために私はここに来たんですから」
やる気に燃える櫛田。
対照的に、須佐野は彼女に冷めた視線を送った。
未だ彼女の竜訳機なる得体の知れない機械について信用はできない。
それでも、一応話を聞かないわけにはいかないのが先輩の務めというやつだ。
ため息を吐くと、彼は少女に問う。
「参考までに聞くが、ノラゴンから有益な話は聞けたのか?」
「もちろん、バッチリですよ!」
ウインクをしながら少女は遠くを指差す。
その先にあるのは緑が生い茂ったビルの廃墟。
「あそこに大規模なコロニーがあるようです!」
自信満々の笑みを浮かべる櫛田。
今捕らえているノラゴンの群れも元を辿れば彼女が別のノラゴンから聞いたおかげで見つけたものだ。
まだ半信半疑ではあるが、須佐野はとりあえず信じてみることにした。
「なるほど。じゃあ、そっちも駆除するか」
彼は通信端末を操作しながら指示を飛ばす。
「回収車を呼んだ。ここのノラゴンたちは放置でいい。俺達はコロニーを潰すぞ。のんびりしてると日が暮れちまう」
意気揚々と足を踏み出す。
直後、後ろに抵抗。
振り返れば上着の裾を新人が掴んでいた。
もじもじしている様子は実にしおらしい。
「なんだ? ションベンか?」
「違いますよ!」
ノンデリ発言に少女が抗議の声を上げる。
とはいえ、おかげで多少余裕ができたのか彼女は遠慮がちに話しだした。
「いや……その……コロニーのノラゴンについて相談なんですが……」
悲しげな視線を送る櫛田。
内心呆れながら須佐野が口を開く。
「……わかってる。全部捕獲するつもりだよ」
ぶっきらぼうな返答。
そんな言葉でも彼女の顔を明るくするには十分だった。
「よかったー。やっぱり目の前で竜が殺されるのはどうしても抵抗があって」
「相変わらず甘い考えだな。それでも竜狩人かよ」
新人の言葉を無慈悲に須佐野が切り捨てる。
彼は幾分か目つきを険しくすると、少女を睨んだ。
「勘違いしないように言っておくぞ」
改まった口調。
冷たい態度で彼は告げる。
「俺が殺意を持って殺すのは仇の竜だけだ。そう決めてはいる」
真剣な面持ちで青年は義手を前に掲げる。
「とはいえ、人命のためなら俺はどんな竜も躊躇なく殺す。そのつもりだ」
そう言って、彼は義手をまた強く握り込んだ。
決意の固さを示すように。
「なるほど、了解しました! じゃあ、竜が大好きな私は自衛を心掛ければいいわけですね。竜が殺されなくて済むように」
威勢のいい返事とともに、少女がシャドウボクシングの動きを繰り出した。
呑気な姿に須佐野は呆れるしかない。
とはいえ、ため息を吐いたおかげか体の熱が適度に冷めた。
「行くぞ、新人。竜狩りの時間だ!」
今度こそ彼は目的地へ足を向ける。
櫛田も足元に置いていたリュックを背負うと、その後ろを追いかけた。
「今度はどんな竜に会えるかなー」
一人は険しい顔つきで。もう一人は楽しそうに笑いながら。
竜を憎む青年と竜を愛する少女。
正反対の二人で挑む初任務は、まだ始まったばかりだ。
初投稿&初連載です!
本日はあと3回更新します。
楽しんでいただければ幸いです。




