僕の月
連続で恐縮ですが……お風呂回です(男編)!
ガールズトークに花が咲く頃。
男性浴場にて。
「さすが先輩の後輩ですね」
湯船に浸かる須佐野に日空が声をかける。
専用のスロープを滑りながら湯船に進水したかと思えば、猫耳が隣に並んだ。
「なんだよ、藪から棒に」
「櫛田隊員はこんな姿の僕を『かっこいい』と言ってくれました。きっと先輩のおかげだと思いまして」
「俺は何もしてないぞ」
「ああいう見方をしてくれるのも先輩の左腕の件を知っているからでは?」
須佐野の右側に陣取っている日空が湯につかった彼の左腕を指差す。
そこにいつもの無骨な義手はない。
分類としては武装ということもあり入浴中の今は義手を外している。
「……いや、腕のことはまだ何も話していない。あれはあいつの素の反応だ」
「おや、そうでしたか。じゃあ、なおさら素晴らしい人だ」
「直に褒めるなよ。すぐ調子に乗るからな」
「心得ておきます」
ふと、赤い目が何かに思い至る。
すぐさま隣の少年に確認した。
「俺の腕のことはもしかして如月補佐も?」
「把握してますよ。業務上必要なので僕から伝えました。ご安心ください。口外しないよう厳命していますので」
「なるほど。それならひとまず安心だ」
ほっと息を吐く。
その顔が思わずほころんだ。
緩くなった口でついでに別のことを確認する。
「ところで、普段は如月補佐と風呂に入ってるのか?」
「なっ!?」
言葉を詰まらせて慌てる日空。
唯一ある左手を懸命に振って否定する。
「誤解ですよ。彼女がどうしてもというので背中を流してもらっているだけです。もちろんその時の彼女は服を着ていますし、僕だってタオルでちゃんと隠してます」
「でも、相手はバニースーツなんだろ?」
「彼女は水に強い素材だからと言ってましたが……今となっては真実か怪しいですね。どうしたものか……」
オセレデーツィの頭を抱え、唸る。
呆れた須佐野は話題を変えた。
「それにしても補佐を雇うなんてどういう心境の変化だ? 上から言われたって聞いたがそれだけじゃお前は動かないだろ。昔から自分でできることは全部やろうとする質なんだから」
的確な指摘に朱色の目が丸くなる。
察しの良さには敵わないとでもばかりに。
やれやれといった様子で口を開いた。
「さすが先輩。僕のことをよくご存知で。まあ、上からの提言もきっかけではありましたがね。決め手は彼女に運命を感じたからですけど」
さらりと理由が述べられる。
何とも含みのある言い方。
何と言えばいいかと困惑しながらも須佐野は確認する。
「それはつまり……一目惚れしたってことか?」
「ん?」
発言の意図が読めない日空。
思い出される直前のやりとり。
そして、自分の失言に気づいた。
「いやいやいや! 違いますよ! 言葉の綾です!」
大袈裟にも見えるほど大きく手を振っての否定。
須佐野になだめられて落ち着くと改めて訂正する。
「言い方を変えましょう。如月隊員を補佐にしたのは彼女を救うためです」
「救う? また大層な理由だな」
「彼女は本来D隊に来るような人材ではないんです。恵まれた身長とそれを活かせる高い身体能力。ここじゃ宝の持ち腐れですよ」
「確かに……。言われてみれば前衛向きのスペックだな」
「実際、戦闘センスは極めて優秀です。特に長い足を使った蹴りは小型竜を一撃でノックアウトできるとか。それも手伝って僕と同じで飛び級卒業者。加えて珍しい遺才も持っている」
「どんなのだ? 俺も知ってるやつか?」
「……僕と同じ遺才です」
「となると〈高速演算〉か」
高速演算。
端的に言えば〝頭の回転が超人的に速い〟ということ。
突発的な状況変化に対しても常に素早く最適解を導き、臨機応変に対応できる。
発現率はかなり低く、この遺才を持っているだけで周囲から一目置かれるくらいだ。
日空の常軌を逸したドローン操縦能力もこの遺才に支えられている面が大きい。
「それもあります。けれど重要なのはそれよりレアな方ですよ」
レアな方。
その言葉に赤い目が見開かれる。
「まさか……〈半球睡眠〉もか!」
半球睡眠。
右脳と左脳のうち一方のみが眠り、残りの一方が覚醒状態を維持する特殊な睡眠形態。
常に呼吸行動をとる必要があるイルカなどの鯨類や周囲を警戒しながら飛び続ける渡り鳥の一部に見られる。なお、普通の人間は脳の構造上このような睡眠形態をとるのは不可能だ。
「この遺才は発現に関わる遺伝子の組み合わせが複雑すぎて未だに謎も多い。狙って発現させることなどまず不可能。故に現在確認されているのは僕と彼女の二例のみ。非常に希少な遺才です」
「つまりお前と同様、如月補佐は睡眠中でも常に半分覚醒状態を維持できるってことか。つまり眠ることなく夜間も行動が可能だと?」
「そういうことです。不眠不休で封竜域の深部へと進攻し続ける存在。それが彼女です。飛び級させてでも早期に前線に投入したくなるのも無理はありません」
「なるほど……いやいや待て待て」
納得しかけた須佐野が話を遮る。
「お前はドローンを操縦できればいいから脳の半分しか使えなくても問題ないだろ? 実際、二十四時間二〇〇機のドローンを操っている。ただ、生身で作戦行動をとるなら話は別だ」
彼の言うように半球睡眠には限界がある。
なぜなら――。
「脳の半分が眠っていたら半身は睡眠状態。眠ってる側の体はまともに動かせない。片方の足が動かないんだから歩くことすら不可能なはずだ」
的を射た指摘。
しかし、目の前の少年は涼しい顔で反論する。
「お忘れですか? 彼女には〈高速演算〉があり、人類にはドローンの遠隔操縦技術があります」
「……まさか!」
頭に浮かぶ常識外れの打開策。
察した須佐野を横目に日空は言葉を続ける。
「ご想像の通りです。両腕と両足に特殊なデバイスを装着。〈高速演算〉に物を言わせて、頭に付けた操縦デバイスで眠っている側の半身の手足を起きている方の脳で強引に動かすんです。ちょうどドローンを動かすようにね。養成所時代に行われた実証テストで、それが可能であることを彼女自身が証明しています」
言うは易く、行うは難し。
理論的には可能だが実際にやろうとしてできるものではない。にも関わらず、如月はそれを可能とした。
「……狂ってる」
「なりふりなんて気にしてたら竜狩人なんて生まれてませんよ。大いなる使命を達成するためなら使えるものは全部使う。GUILDはそれがモットーの組織ですから」
自嘲気味に笑う日空。
常時ドローンを動かし続けている彼もある意味正気ではない。
そんなことは彼自身も痛感している。
「それで、結局そんな素晴らしい人材がどうしてここにいるんだ?」
「……彼女が優しすぎたからです」
「優しすぎた?」
「最終試験の狩猟実演。その場で彼女は一匹もノラゴンを狩れなかった」
養成所の狩猟実習では竜の模型や飼いならされた竜で演習を行う。
しかし、最終試験では実際の狩場でノラゴンを自分で探し狩猟しなければならない。
そのため、この試験が学生たちにとって野生の竜を狩猟する初めての場になる。
直に浴びる野生動物特有の殺気。それを乗り越えるのもこの試験で求められる課題の一つだ。
「誰よりも早くノラゴンの存在に気づけた。どんな状況に陥っても臨機応変に対応できた。夜間も休むことなく狩りを行えた。それでも彼女は狩れなかった。あと一歩でいつも止まる刃。彼女はノラゴンを殺すどころか傷つけることすらできなかった。もちろん捕獲すら……。無垢な動物に危害を加えられるほど彼女は非情になれなかったんです」
「それは……竜狩人として致命的だな」
「当然周囲からは厄介者扱い。〈高速演算〉を持っていたため最終的にはD隊が彼女を引き入れました」
「そういう経緯か。それで、彼女を補佐にすることがどう彼女を救うんだ?」
その問いに対して、悲しげに朱色の瞳が伏せられる。
トーンを落としながら、ぼそりと呟いた。
「……たった一機なんです。彼女が操れるドローンは」
「……マジかよ」
「彼女は〈過重処理〉未所持。そもそも遺才に関係なくマルチタスク自体が苦手なようです。D隊入隊から二年以上。欠かさず訓練をしてようやく一機。これでは哨戒任務にすら出れません」
ふと須佐野の頭に昔のことがフラッシュバックする。左腕が義手になった頃、勝手が変わって何もかもうまくいかなくなり、ただ自分を呪うことしかできなかった苦い記憶だ。
「……運命は残酷だな」
「以前から思っていたんです。遺才だけじゃない。彼女は昔の自分と同じだって」
一本の腕しか動かせない日空。
一機のドローンしか動かせない如月。
違う点といえば、如月の遺才は彼女自身を救わなかったこと。むしろ苦しめた。有用な遺才の組み合わせ。それを持て余すことしかできない自分。彼女が自身を呪うには十分だった。
「彼女はここに居場所を見つけられずにいました。それでもずっと訓練を怠らなかった。涙を堪えて、歯を食いしばって。その姿が昔の僕と重なったんです。一本の腕で必死に運命に抗っていた自分と」
湯船から出した左手を広げ、しげしげと見つめる日空。
それを力強く握り、呟く。
「だから、助けたかった。彼女の居場所を作りたかったから。役割を与えたかったから。何より――」
俯きながらその手を湯に映る自分に伸ばす。
そして、寂しげに笑った。
「僕は寂しかったんだと思います。二十四時間のほとんどは隊長室に籠ってのドローン操縦。半球睡眠で寝る必要すらない。心のどこかで道連れを求めていたのかも。だから――」
顔を上げると小さな手を胸の前に。
「運命だと思いました。彼女は僕と同じ〈半球睡眠〉を持っている。僕の補佐には彼女こそふさわしいと。だから補佐の件を打診しました。すんなり承諾してくれたのは意外でしたが」
そりゃ惚れてたからだろうと心の中で須佐野は呟く。
そんな彼をよそに日空は窓の向こうに浮かぶ月を眺めた。
「僕にとって彼女は月です。一人ぼっちの夜を優しく照らしてくれる存在。だからこそ、彼女を救いたい。ドローンのおかげで自分が救われたように。彼女を補佐にしたのはきっと僕の自己満足ですね」
照れくさそうに日空は微笑む。
その様子を見ながら須佐野は思った。
この二人に自分が余計なことをする必要はなさそうだと。
「それでは引き続き僕の仲間をよろしくお願いします。あと〝解除〟はほどほどに」
日空が左拳を突きだしてくる。
〝解除〟の件は隊長格には通達されているらしい。
苦笑いを浮かべながら右拳を差し出す須佐野。
それを日空の拳に軽くぶつけて応じた。
「ああ! 分かってるよ」
軽口とは裏腹に心の中で決意を固める。
自戒するように一際強く握りしめた。
失ったはずの左手を。
最後の一行の意味が分かるのはもう少し後です。




