新風
「……おい、聖騎士。これはどういうことだと思うよ?」
「うーむ……。妙だな」
一夜明けて共同作戦二日目。
早速、謎の電子ロックされた部屋があるという件の廃墟に潜入した四人。
何かの研究施設だった建物内は迷路のように入り組んでおり薄暗い。
窓のない廊下の片側にはガラス張りの部屋が続いている。とはいえそのガラスはすっかり割れて無惨な状態だ。廊下を進むたびに足元に散乱している破片がじゃりじゃりと音を立てた。
部屋の方は見たところ実験室のようだが、プラッテの上は埃や竜の糞にまみれている。
そんなダンジョンのような廃墟内を鬼灯の疑似炎ドローンが仄かに照らす。
炎に見せるために光る機能も付いているところはさすがのこだわりだった。
そうして進んでいるところで一同は異常に気づいたのだ。
「なんか濁竜多くないっすか?」
「おかげで臭いも酷いですよー」
首を傾げる鬼灯に鼻をつまむ櫛田。
廊下の先やガラス張りの部屋に至るまで。薄闇の中では小型の濁竜たちが蠢いていた。その影響であたりには腐臭が充満している。
事前調査で建物内に確認されたのは特性を持たない非飛行型の小型ノラゴンのコロニーだったはず。しかし、それがいつの間にか濁竜に置き換わっていたのだ。先行したD隊の二人のドローンのカメラ映像によるとこの先もそんな調子らしい。かなり大規模なコロニーのようだった。
「そもそもお前たちまで廃墟に入らなくてもよかったんじゃないか? ドローンは遠隔操作できるんだろう?」
「我々はどちらも前衛向きだからな。何よりカメラ映像で遠隔操作するより実際に目で見た方がいろいろ楽なのだよ」
「あれ酔いますもんね。……まあ隊長はそれを全機で平然とこなしてますが」
鬼灯が苦笑する。
相変わらず日空のスペックは異常らしい。
「そっちは何かわかったか、天才?」
赤い瞳が隣の櫛田に向けられる。
彼女はすでに〈竜語翻訳〉を開始していた。
しばらく耳を澄ました後、その口が動く。
「みんな一様に楽しそうです。『暖かい場所だ』とか『ここは広いね』とか」
「なるほど。では、昨日の姫奈君の解読結果と符合するな」
「えぇ……。じゃあ、やっぱりマジなんすか、あの話」
「決まりだな」
昨日の櫛田の竜訳機により分かったことがある。
まず、死んだ濁竜が〝暗い場所〟にいたこと。そこは〝冷たく〟、竜は〝痛い〟思いをしていたこと。
死体の検分結果も有益な情報をもたらした。
体中にあった夥しい傷。基本的は自然にできたと思しき外傷だったが、それらに紛れて注射痕や手術痕があったのだ。
二種類の情報から導かれることは一つ。
「誰だか知らねえが濁竜でコソコソ実験してやがったってわけだ」
「我らの調べでは周囲でそのような設備があるのはこの建物だけだ。数十年前のものになるがな」
出された結論は〝ノラゴンへの悪意ある人為的介入〟。
奥にあるとされる電子ロック付きの部屋がその疑いをさらに強くしている。
「何よりここにきて濁竜の異常発生です。もしかして同じように奥から脱走してきた個体でしょうか?」
「こうも大量だとあえて逃がされたのかも……は考えすぎっすかね」
櫛田の疑問に鬼灯は大胆な仮説で答える。
彼女の言うように単なる脱走にしては数が多い。
濁竜は毒で周囲を汚染する。その性質上、駆除にはそれなりの時間を食う。足止めにはまさにもってこいだ。
何より厄介なのは――。
ピィー! ピィー!
突如鳴り響くアラーム音。
櫛田が手に持つ小鳥の形をした端末からだ。
「有毒ガスの濃度が高いみたいですね」
濁竜の中には有毒ガスを発生させる個体がいる。
このような室内で密集されるとその濃度は容易に危険なレベルに到達し、駆除活動の大きな妨げとなる。濁竜自身は耐性があるのも厄介さに拍車をかけた。そのせいで〈竜宴香〉の麻酔ガスも効きが悪い。さらに悪いことにこのガスは高い引火性を有する。すなわち――。
「俺のスタンガンを無闇にぶっ放すのは危険ってわけだな」
「我のキューブのブースターも封じられたというわけか」
前線二人の戦力が大きく削がれてしまったのだ。有毒ガスの対処と相まって進行速度に著しい影響が心配される。
幸いなのは濁竜の警戒心の薄さ。
けたたましいアラーム音に対して目立った反応が見られない。自分たちの性質にあぐらをかいているのだろう。とはいえ縄張りにずけずけと踏み込むことはさすがに許してくれそうもない。
「ドローンのプロペラで風を起こせないのか?」
「ふむ、ダウンウォッシュか。しかし、開口部がなければ毒ガスを混ぜるだけだぞ。それに我のドローンは馬力を高めるため燃料で動いている。閉鎖空間で動かしすぎると排ガスの影響を無視できない」
現に白井はドローン二組以外は後方の床の上で待機させている。
頭を悩ませる男性陣。
一方、女子二人は――。
「ふっふっふっ。仕方がないですね」
「先輩方、もっとクールにいきましょうよ」
何やら得意げに笑みを浮かべていた。
「何か考えでもあるのか、ドラゴンオタク?」
「先輩、私の遺才をお忘れですか?」
「お前……まさかとは思うが」
「そのまさかです! えーっと……あった!」
リュックの中を探っていた櫛田。
取り出したのはガスマスク。
準備の良さに須佐野が舌を巻いた。
「さっきのガス検知器といいそのリュックには何でも入ってるな」
「備えあれば憂いなしです。というわけで――」
言葉を切って櫛田は口元にガスマスクを装着する。
腕まくりをして気合は十分だ。
シュコー!
「いや、何て言ってるかわからん」
ガスマスクのせいで空気が漏れる音しか聞こえない。
それでも、青い瞳がやる気に満ちているのは分かった。
すでに須佐野は彼女がこれからすることを察している。
だから――。
「無茶はするなよ」
ただ背中を押す。
シュコー!
漏れる空気とウインクで少女は答えた。
彼女は意気揚々と懐中電灯片手に廊下の先を突き進む。アラーム音は鳴りっぱなしにしながら、するするとノラゴンのそばをすり抜けていった。竜たちは彼女を奇異の目で見つつも騒ぐ様子はない。全く脅威と認識されていないようだ。
「はえー。やっぱヒメちゃんパねえ」
「いざ目の当たりにすると……なるほど、これは凄まじい」
「だろ?」
驚愕するD隊の二人に対して須佐野が得意げに答える。
仲間を褒められて悪い気はしない。
いつも櫛田がやっていることをいつの間にか彼自身がしていた。当然、そんなことに彼が気づくことはない。
そうこうしているうちに奥へち進んだ櫛田は右側の扉を開けて、ガラス張りだった部屋へ侵入。
けたたましさを増すアラーム音。
気にすることなく部屋の中を進み、カーテンの前へ。
無造作に開け放つと陽光が差し込む。
そのまま今度は窓のクレセント錠に手をかけると、濁竜に見守られながら窓を開放した。
室内に吹き込む爽やかな風。
安全を確信した櫛田はガスマスクを外すと気持ちよさそうに息を吸う。
金髪をなびかせながら振り返ると、懐中電灯を振った。
「こっちは準備完了です!」
「じゃあ、こっからはうちの番っすね」
気合十分に鬼灯が腕を回す。
その手を前へ。
櫛田が窓を解放した部屋の方に疑似炎ドローンを殺到させた。
室内にいたノラゴンたちは怯えながら部屋の隅へと逃げ惑う。
集まった疑似炎ドローンの一団はぐるぐると規則的に旋回する。それは徐々に速度を上げ、一つの渦を成す。
そして、風が起こった。
舞い上がる埃と床に散乱したガラスの破片が陽光に照らされ、煌めく。
幻想的な輝きの中、大きな炎の渦が妖しく光った。
その場にいた全員が感嘆の声を漏らす。
ふと、白井の長い髪が揺れる。
ドローンのダウンウォッシュ。
それらが渦の中で連鎖して気流を生み出したのだ。
暗い部屋に新しい風が吹き込んでいく。
代わりに籠った空気が窓の外へと流れていった。
徐々に廊下の空気が澄んでいく。
いつの間にか危険を示すアラーム音も消えていた。
「それじゃあ、あとはよろしくお願いします!」
威勢よく櫛田が叫ぶ。
「いい働きだ、ガールズコンビ!」
「感謝するぞ、少女たち。あとは聖騎士に任せ給え!」
駆け出す須佐野。白井のドローンが後に続く。
ようやく事態を察したのか騒ぎ始めるノラゴンの群れ。
当然、後の祭りだった。
「ひとまず片付いたか」
あれだけ犇めいていたノラゴンたちはあっという間に一掃された。
「姫奈君に冥蘭君。二人の働きあってだな」
「えっへん! 天才ヒメちゃん大活躍です!」
「これからもほどほどに頼りにしてくれていいんすよ」
褒められて得意げな二人。
一方、須佐野は浮かない顔で廊下の奥を睨んだ。
「それで、例の部屋まではどれくらいなんだ?」
「今いる建物のさらに奥の建物にあるからまだ先だ」
「何だと? ここじゃないのかよ!」
「まあ、まずはこっちの濁竜の駆除が先っすね」
「増えたりしたら厄介ですもんね」
濁竜は有害な特徴が多いため、発見次第駆除することが要求される。
建物内にコロニーを形成している可能性が否めない以上、まずはその掃討が最優先事項だ。
「そうは言っても、今は直接その棟に行きべきじゃねえのか?」
「奥の建物には入れそうな窓や扉がないんすよ。唯一通じているのが奥の渡り廊下っす」
竜狩人は職業上の特権により不法侵入には問われない。しかし、住居や設備の破壊は極力避けることが課されている。あくまで多くの建物は未だ誰かの財産だ。
そのため、建物へは割れた窓といった自然にできた開口部から侵入することが多い。とはいえ、それは努力義務の範囲。堂々と玄関ドアを破壊して侵入する者も一定数いるのはご愛嬌だ。
「当然渡り廊下にも開口部はないっすよ」
「ずいぶん面倒な構造ですね」
「過去の資料によると動物実験施設のようだ。おそらく脱走防止だろう」
「なるほど。じゃあ、電子ロックも本来はそのための設備ってことか。それをわざわざ再起動して使ってるってのは……やっぱりキナ臭いな」
眉を顰める。
白井もまた渋い顔をした。
「とはいえ、この調子だと件の部屋を調査するまでにかなり時間がかかりそうだな」
「でも、あまり悠長にしてられない感じだし……」
「もし第三者が介入しているなら、早く捕まえないとですからね!」
櫛田はやる気十分とばかりに息巻く。
ドラゴンオタクとして、竜への虐待行為に憤慨しているのだ。
そんな彼女を須佐野は手でなだめた。
「一応見張りはしてるんだろう?」
「ああ。今は複数のドローンが例の部屋のある建物の周囲を監視している」
「それもうちらの隊長直々の監視っす」
「あははは……さすが隊長さんですね」
少女が苦笑いする。
素性が知れたのもあり、昨日より幾分かマイルドな反応だ。
「今のところ目立った動きは見られていない。それに監視自体は例の部屋の発見時から行っている。仮に何者が潜んでいるとしたらまだ中にいるはずだ」
「とはいえ発見から一週間くらいだろ? 本当に人間なんているのか?」
「電子ロックが働いているということは非常用電源が生きていたのだろう。どれくらい持つのかは知らないが食糧さえ調達できるなら生活はできそうだ」
冷静に議論を進める。
やることは山積みだ。
ふと、鬼灯が愚痴をこぼす。
「とにかく人手が全然足りないっすよー」
「できれば応援がほしいところですね」
「我らがD隊から応援を呼んでも前衛は増えんしな……。他部隊に応援を頼めるだろうか?」
「上には要請しておくが……どこも忙しいからな。まともな奴が来てくれるかどうか……」
難色を示しながらもひとまず応援を求めることで意見は一致した。
本日の仕事を終え、一同は引き上げる。
帰路につきながら須佐野は頭の中で情報を反芻した。
調べれば調べるほど妙な不気味さが明らかになっていく。
黒ずみながらも元の白さを残した巨大で無機質な廃墟。
それがパンドラの箱でないことを祈るばかりだった。




