偶然の出会い
二人の新キャラが登場です!
時刻は午後十一時過ぎ。
かつての区役所を改造したD隊の拠点。
その別館の廊下に響くのは二人分の足音――須佐野と櫛田だ。
「報告書作成に装備の手入れ。すっかり遅くなってしまいましたね」
「想定外の戦闘があったからな。しかたないさ」
「……そうですよね。私も切り替えないと」
自分に言い聞かせるように少女が呟く。
殺すつもりなどなかったのに目の前で竜が死んでしまったのだ。
気分が落ち込むのも無理はない。
彼女を元気づけようと須佐野は努めて明るく声をかけた。
「せっかくの機会だ。全部水で流そうぜ」
「……そうですね! なんたって久しぶりのお風呂ですもん」
現在二人はD隊拠点内の大浴場に向かっている。
X隊は移動拠点のためシャワーしかない。
しかし、今回は共同作戦。
D隊隊長の計らいで作戦期間中に限り浴場を利用できるようにしてくれたのだ。
「一般の利用時間外限定とはいえ、さすがは隊長。器の大きさが違いますね」
「あいつは昔から気が利くからな」
「……ずっと気になってたんですけど、先輩はD隊隊長と知り合いなんですか?」
「いや、知り合いというより――」
言葉を切る。
視線の先。
廊下の奥に人影があった。
「おかしいですね。今の時間帯は他の利用者はいないはずですが……」
青い目が細められる。
こちらと同様、相手の歩みも止まる気配がない。
互いの距離は縮まっていき、とうとうかち合った。
ちょうど大浴場の入り口前で。
先に口を開いたのは相手の方だ。
「奇遇ですね。こんな時間にこんなところで会うなんて」
「おう。元気そうだな。お前も今から風呂か」
「そんなところです」
相手と和やかに会話する須佐野。
そこに少女が割って入る。
「あのー……もしかして先輩の知り合いの方ですか?」
「おっと失礼。初めまして。僕は日空直輝。須佐野先輩の後輩です」
挨拶をするのは電動車椅子に乗った少年。
朱色の瞳で少女をじっと見つめる。
櫛田と同じくらいの幼い見た目だ。
それでいて顔立ちは目を惹くほど整っている。
「君は櫛田隊員だよね。雷竜捕獲おめでとうございます」
日空少年が会釈する。
頭頂部にだけ残った白い髪が揺れた。
オセレーデツィと呼ばれる特徴的な髪型だ。
そんな頭の上にはオレンジ色の猫耳を載せている。
オレンジ色の上着と合わせてD隊の隊員であるようだった。
ただ、何より特徴的なのは――。
「えーっと……。その体は怪我とかですか?」
「いや、生まれつきさ」
彼の四肢は左腕を残して全て欠損していた。
何も入っていない右袖にズボンの両足。
なのに悲壮感を全く滲ませていない。
不思議と堂々たる雰囲気を彼は纏っていた。
「見苦しいものを見せて申し訳ないね」
「いえ。むしろなんかかっこいいです。何がと言われると……生き様?」
その言葉に朱色の目が見張られる。
そして、微笑んだ。
「君はなかなか見る目があるね」
「そうなんです。何たって私は天才ヒメちゃんですから」
「おい! 調子に乗るな」
少女を赤い視線がたしなめる。
一方の日空は彼女の言動を楽しそうに笑った。
「ははははは。奇遇だね。僕も天才と呼ばれているんだ」
「そうなんですか! とはいえ私は初陣で雷竜捕獲ですよ。そんな偉業の前では霞むでしょう?」
「うーん……。そうかもね」
「ふっふーん! まあ、お互い頑張りまっ!?」
言葉を噛む少女。
彼女の後頭部を須佐野が強くはたいたのだ。
頭をさすりながら櫛田は抗議する。
「何するんですか、先輩!」
「それはこっちの台詞だ!」
続いて、赤い目で日空を責める。
「お前もうちの新人に意地悪をするんじゃない」
「いやー、すみません。面白そうだったので、つい」
少年がけらけらと笑う。
櫛田は未だに状況が飲み込めない。
「タケヤ先輩、早く説明を!」
「そうだな……いいか? 心して聞け」
わざとらしく咳払い。
そして、落ち着いた口調で少女に告げた。
「目の前にいるのが件のD隊隊長だ」
しばしの沈黙。
やがて彼女の口から出たのは、間抜けな声。
「へっ?」
「では、改めて……。歴代最年少で隊長を拝命したD隊隊長の日空です。年齢は君より下になるかな。以後、お見知りおきを」
「D隊……隊長……?」
少女は青い目を白黒させる。
理解がまだ追いついていない様子だ。
ようやく目の焦点があってきた。
そして、開口一番。
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
絶叫。
思わず須佐野は耳を押さえた。
「隊長って、あの! 二〇〇機のドローンを操るというあの!? うぇ! 本当に?」
目の前の少年を見つめる青い瞳。
それに向かって彼は微笑みながら頷いた。
少女はさらに慌てふためく。
「そんな!? 私、あの、とんだご無礼を! えーっと、こういう時はどうするんだっけ? ああ、そうだ。靴でも舐め……ああ! 足がないから靴もない!」
「落ち着け! こいつは優しい奴だ。気にしちゃいない」
パニックに陥った後輩を全力で須佐野がなだめる。
そんな二人の様子を日空は楽しそうに眺めていた。
その時。
「日空様!」
彼の後方から駆けてくる人影。
「車椅子くらい押しますから先に行かないでください。それよりも今しがた叫び声が聞こえたのですが何事ですか?」
「何もないよ。ただおしゃべりをしていただけでさ」
「それならいいのですが」
やってきたのは女性。
腰まで届く黒髪に金色の大きな瞳。
色白の肌がそれらを際立たせる。
しかし、何より目を引くのは――。
「でっっっか!」
思わず櫛田が声を漏らす。
無理もない。
やってきた女性は目測でニメートルといったところ。
引き締まった体。それでいて出るところはしっかり出ている女性らしい体つき。抜群のプロポーションはモデルを思わせる。
「いや、それよりその格好は……」
一方、須佐野は絶句する。
それだけ彼女の服装は目を引いた。
オレンジのラインが入った黒光りするハイレグのボディスーツ。そこから大胆に肩や胸元、太ももをさらけ出している。
その太ももには黒の網タイツ。
黒髪の上に乗るのは漆黒のウサ耳。
紛うことなくバニーガールの格好だ。
オレンジ色の上着を羽織っていなければとても隊員とは思えない出で立ちだった。
明らかに浮いた格好であるのに、当の本人は何食わぬ顔で日空に目を向ける。
「日空様。こちらの方々は?」
「直に会うのは初めてだったね。共同作戦でうちの隊員がお世話になってるX隊の須佐野先輩と櫛田隊員だ」
日空が唯一残っている左手で二人を紹介する。
それを聞き遂げるとウサ耳の女性が姿勢を正す。
「初めまして。如月千夜と申します。隊長補佐として陰ながら日空様をサポートしております。今後ともどうぞよろしくお願いします」
自己紹介をしながら会釈する。
その動きさえも高い身長により迫力があった。
「噂の補佐の方でしたか。確かに美人さんですね」
「恐縮です」
「……それにしても、こんな格好をさせるのはどうかと思うぞ」
気まずそうに逸らした赤い目で小さな隊長を睨む。
「誤解ですよ、先輩! この格好は彼女が自分でしているんです。それにご存知ないんですか? 巷ではこの格好が流行っているそうですよ」
慌てながら日空が弁明する。
X隊の二人は顔を見合わせた。
「初耳なんだが……。お前は聞いたことあるか?」
「知らないですね。もちろん〝外〟でも」
同時に首を傾げる二人。
少年は言葉を失った。
「何かの勘違いじゃないか? お前、隊長室にこもってばっかだし」
「日空隊長はその話をいつどこで聞いたんですか?」
「僕はただ彼女から……あっ!」
言いかけた直後、隣のウサ耳を睨む。
「如月補佐。これはどういう……」
一瞬だけ如月が金色の目を背ける。
すぐに向き直ると顔色一つ変えず淡々と弁明した。
「申し訳ございません。始めは冗談だったんです。出不精の日空様を少しからかうだけのつもりでした。ただ、存外すんなりと信じてしまわれたので……。訂正するタイミングがなく今日を迎えてしまいました」
「……まさかわざとではないよね?」
問い詰める視線。
長身の少女は眉一つ動かさない。
「もちろん。そのような無礼など働けるはずがございません」
「……なら今回は不問にするよ」
渋々といった様子で日空が受け入れる。
「恐れ入ります」
「君のファッションに口を出すつもりはないんだけど……。できればもうちょっと落ち着いた服装をしてもらえると助かる」
「と言いますと?」
わざとらしくウサ耳が首を傾げる。
少年は言い淀みながらも静かに答えた。
「いや……その……。正直に言うと、今のような格好は目のやり場に困ってしまうんだ」
恥ずかしそうに顔がやや紅潮する。
その姿を見て如月は笑みをこぼした。
「なるほど。つまり、この格好を見るとドキドキしてしまうと?」
「……その通りだよ」
「そうでしたか」
直後、彼女が彼の死角で小さくガッツポーズ。
一部始終を見ていた須佐野と櫛田は思わず面食らう。
当の本人は素早く笑みを消し、再び無表情に戻った。
「承知しました。それでは今度はチャイナドレスにします」
「……君、僕をからかってるでしょ?」
「そんな。滅相もございません」
目の前で繰り広げられる痴話喧嘩のようなやりとり。
それを眺めながら蚊帳の外の二人は小声で話し合う。
「冥蘭ちゃんから聞いたとおりですね」
「どうやら本当のようだな」
本日の共同作戦終了後。
回収車に揺られる帰り道で鬼灯がこっそり耳打ちしてきたのだ。
それによれば――。
「『補佐は隊長に片思いしている』。確かにそのようです」
「そして唐変木の日空はそれに気づいていない、と」
「……先輩、余計なお世話はダメですよ」
「分かってるよ。如月補佐の恋模様は今じゃD隊内の覇権コンテンツなんだろう。全く、どうなってんだ、ここの部隊は」
外の世界から隔絶された封竜域。
当然、娯楽の数も種類も限られる。
そんな環境では部隊内の色恋沙汰など極上のエンタメだった。
鋭い女性隊員たちにより如月の日空への恋慕は早い段階で発覚。D隊内で急速に広まり今や知らないのは日空本人くらいである。
そして、そんな恋模様をD隊は全員で静かに見守ることに決めた。ちょうど日空がドローンで自分たちを見守ってくれているように。
「せっかくの機会なので千夜さんに好きになった理由をそれとなく聞いてみますね」
「おい! 余計な事はするなよ」
「何言ってるんですか! 千夜さんから恋愛相談を受けている隊員はすでに何人もいるんですよ。問題ない範囲です」
「……結局、お前も楽しみたいだけだろ」
「あはは……バレました?」
須佐野の指摘に櫛田が舌を出す。
その時。
「どうしたんですか、先輩方? 何やら話し込んで」
「いやいや、大したことじゃない。そうだよな?」
「ええ。ちょっとした確認です」
二人は慌てて取り繕う。
「それならいいんですけど……」
釈然としないながらも納得を示す日空。
その顔を今度は隣の補佐に向ける。
「というわけで今日は須佐野先輩がいる。だからいつものように背中は流してもらわなくて結構だよ」
衝撃の発言。
補佐はそんなことまでするのか。
丸くなる赤と青の瞳。
それ以上に動揺したのは如月だった。
「そんな! せっかくの日課が……」
項垂れるウサ耳。
ふと、その眉が上がる。
「……待ってください。そもそもX隊に浴場の使用許可を出したのは日空様ですよね?」
「……そうだけど」
「もしかして、仕事をわざと長引かせて入浴時間をここまでずらしたのですか?」
怒ったような目つきで少年を見下ろすウサ耳。
圧倒的な身長差に迫力も増す。
「ははは……まさか。たまたまだよ」
口でははぐらかすも朱色の目は泳いでいた。
やがて、不貞腐れようにウサ耳がそっぽを向いた。
「分かりました。本日のところはそう言うことにしておきます」
「すまないね」
バツが悪そうにオセレーデツィの頭を掻く。
穏やかな声色に戻るとさらに続けた。
「でも、いつも僕につき合わせてしまっているのも事実だしね。せっかくの機会だから同い年の同性同士で親睦を深めてよ」
「……承知しました。日空様のご用命とあれば」
少しは納得したのか如月が態度を軟化させる。
そこに素っ頓狂な声が割り込んだ。
「えええぇぇぇ! 千夜さんと私が同い年!?」
「そうだよ。如月補佐も君も今年で十七でしょ?」
「よろしくお願いします。櫛田様」
「いえいえこちらこそ。えーっと……〝千夜ちゃん〟って呼んでもいい?」
「ご自由にお呼びください」
如月が了承したことで櫛田がはしゃぐ。
その隣で須佐野は顔を顰めた。
「俺より年下かよ。後輩にはるか上から見下ろされるとはな……」
「常に見下ろされてる僕の気持ちが分かりましたか?」
楽しそうに日空が笑う。
自虐ネタもお手の物だ。
「とにかく早くお風呂に入りましょう。お互い明日も忙しいんですし」
車椅子を感じさせない身軽さで少年は男性浴場に入っていく。
それを合図に各々も浴場へと向かった。
いいですよね……
ちっちゃい男子とでっかい女子のペア……




