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ノラゴンスレイヤーズ  〜二十二世紀 竜を狩る〜  作者: 蝌蚪蛙


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竜の救い方


「冥蘭君!」


 白井が指示を飛ばす。


「分かってますって!」


 応じる鬼灯。

 連なる炎の帯が空を滑る。

 瞬く間に先頭で地面を駆けるノラゴンに肉薄した。


「お客様一名、地獄にご案内でーす。〈炎獄(インフェルノ)〉!」


 まやかしの炎が大きく渦を巻く。

 目論見通りノラゴンを首尾よく囲い込んだ。


「これでこっちはいっちょ上がり!」

「っ!? ダメです!」

「はい?」


 櫛田の叫びに困惑する鬼灯。

 次の瞬間。


「BARURURAA!」


 炎の壁を顎(あぎと)が切り裂く。

 擬似炎ドローンは容易く蹴散らされた。

 炎を恐れるはずのノラゴンがあろうことか正面突破を強行したのだ。

 そのまま狂ったように竜は猛進。

 少女たちに牙が迫る。


「させるかよ!」


 同時に破裂音。

 粘着弾が竜の足元に着弾する。

 足をとられた竜は大きく失速。

 そのわずかな隙を狙って須佐野が動く。

 迫る竜には目もくれず、二人の少女を両肩に抱え上げながら後ろに下がる。

 顎(あぎと)は虚しく空を噛んだ。

 まさに間一髪。


「さすがです、先輩!」

「ああ……、うちの〈炎獄(インフェルノ)〉が……」


 入り乱れる歓喜と悲哀。

 直後。


「「「うっ!」」」


 腐ったような臭いが三人を襲う。

 一瞬だけ顔を顰めるも、激臭はすぐに霧散した。

 すぐに須佐野が叫ぶ。


「どうにかしろ、聖騎士!」 

「止むを得ん。〈第七の災い(メテオレイン)〉!」


 白井の一声。

 全てのドローンからキューブが離脱。

 ブースターが一斉に火を噴く。

 猛スピードで射出されたキューブは無慈悲な礫の雨となって三匹のノラゴンを襲う。

 空を飛ぶ二匹は立て続けに急旋回を繰り出す。

 まるで曲芸のようにキューブを紙一重で回避した。

 一方、足を取られた紫のノラゴン。

 迫るキューブのうち一つを辛くも躱す。

 だが、直後に到達した二つのキューブが直撃。

 後方に大きく吹き飛ばされた。


「うわぁ……」

「さすがはうちの聖騎士っすね」


 須佐野に下ろされながら声を上げる少女たち。


「もっと早く使えよ!」

「そうもいかん。〈第七の災い(メテオレイン)〉は全てのキューブを打ち出す。制圧力がある分、再装填まで〈聖なる加護(プロテクション)〉が使えない。いわば諸刃の剣なのだ」


 白井は口だけで応じる。

 彼が睨む先には未だ健在なノラゴンたち。

 二匹の翼竜は滞空しながらこちらを威嚇する。

 吹き飛ばされた紫の竜も体勢を整えながら吠えた。


「どうやらこちらの様子を窺っているみたいですね」

「賢い連中でよかった。予想外の反撃で警戒しているようだな」

「とにかく今のうちに立て直すぞ」


 正面に注意を向けながら作戦会議が始まった。


「小型ノラゴンの時みたいにドローンの爪で捕まえられないんですか?」

「先輩のドローンに対して中型は大きすぎるんだよね。体重差もあるし同じようにはいかないってわけ」

「そもそも翼竜の飛行能力は恐ろしく高い。簡単には捕まってくれんさ」


 櫛田の提案に難色を示す二人。

 今度は須佐野が案を出す。


「さっきみたいにキューブを猛スピードでぶつければいいんじゃねえか? 方向転換もできるんだろう? 追い回せばいつかは当たるだろ」

「キューブのブースターはあくまでサブなんだ。長時間稼働すればすぐにガス欠になってしまう。それは避けたい」

「やるなら隙を見て確実に、って感じっすね」

「そう簡単にはいかねえか。ところで――」


 須佐野が隣の少女に水を向ける。

 彼女は目を瞑り、耳を澄ましていた。

 〈竜語翻訳(ドランスレーション)〉の真っ最中だ。


「どうだ、天才。竜たちは何か言ってるか?」

「そうですね……。奥に吹き飛ばされた竜について、確かめたいことがあります」

「よし。じゃあ、話はまとまったな」


 須佐野が手を叩く。

 そして、白井に問うた。


「翼竜はそっちに任せていいか?」

「もちろんだ。さっきはああ言ったが空中戦は我らの十八番だからな」

「先輩はすでに準備万端ですもんね」


 いつの間にか上空には銀色に輝く一団の勇姿が。

 すでにキューブの再装填は済んでいた。


「ということは……」

「お前の望み通り、俺たちは紫の方を狩る」

「ありがとうございます!」


 少女が笑う。

 ふと、今度は白井が須佐野に問うた。


「援護は必要か?」

「そうだな……。投石攻撃だけなんとかしてくれ」

「お安い御用だ」

「頼りにしてるぜ。聖騎士様」


 須佐野が白井の背中を叩く。

 得意げな聖騎士。

 今度は自身の後輩に目を向けた。


「冥蘭君。君のドローンの方はどうだ?」

「何とか全機無事っすね。いつでも動けます」

「では、手始めに目眩ましといこう」

「了解でーす!」


 炎の帯が直ちに再形成される。

 それは二手に分かれるとそれぞれ翼竜にまとわりついた。


「「PIKYASYAAAA!」」


 鬱陶しそうに喚く翼竜。

 直後、ドローンから黒い煙幕が噴き出す。

 ものの数秒で翼竜の視線を遮断した。


「これですぐには地上に手出しできまい」

「そっちは頼みましたよ」


 鬼灯の言葉と同時。

 黒煙を反撃の狼煙代わりに二人は駆け出す。


「行くぞ、櫛田!」

「竜狩りの時間ですね!」


 目標まで一直線。

 走って一気に距離を詰める。


「タケヤ先輩。あの竜って……」

「ああ。紫色の体。異様に曲がった角。何よりさっきの激臭。間違いない。〈濁竜〉だ」


 濁竜。

 竜災後に確認された変異種。

 廃墟化した化学工場を中心に生息し、口に入るものは何でも食べる悪食。

 その過程で取り込んだ毒物を体内に貯蔵し、それらを体表や口から粘液の形で分泌する。

 さらにその一部が気化することで大地と空気を同時に汚す。それに伴い、腐臭に似た独特の臭気を放つことでも有名だ。


「接近戦は毒を食らうリスクがある。だから、短期決戦が定石だ」

「合理的ですね。それで、どうするつもりですか?」

「ガスは大抵引火性だ。荒業だがこいつをぶち当てるのが有効策になる」


 左腕を掲げる須佐野。

 拳の先端にある二本の突起。

 その間をバチバチと電流が走った。


「先輩まで巻き添えになっちゃいますよ!」

「俺には便利な遺才が二つもある。それにこれは最終手段だ」

「へっ?」

「もっといい方法をお前が考えてくれるんだろう、天才?」


 ニヤリと笑う。

 少女の顔がパッと明るくなった。


「仕方がないですね。天才ヒメちゃんにお任せください!」


 櫛田が胸を叩いて応じる。

 そんな彼女に須佐野が問うた。


「それよりさっき言ってた確かめたいことってのは?」

「あの竜の声が気になってます。聞き間違いでなければ――」


 櫛田が言葉を切る。

 同時に二人は足を止めた。

 微かな腐臭の先。

 紫色の竜が牙を剝いて睨んでいた。


「BARURURURRR……」


 唸り声をあげて威嚇する。

 その体には夥しい数の傷があった。

 古いものに新しいもの、大きさも様々。

 それでも赤い瞳は力強く輝いている。

 逆にそれが精一杯の虚勢に見えた。


「……やっぱり」

「やっぱり?」


 少女の呟きに須佐野は首を傾げる。


「そういえば〈炎獄(インフェルノ)〉が突破される直前、お前は叫んでいたよな? それも関係あるのか?」

「……静かに」


 櫛田が口元に人差し指を立てる。

 すでに竜訳機は起動済みだ。

 須佐野は渋々黙った。

 直後。

 櫛田が一歩踏み出す。

 また一歩、また一歩。

 ゆっくりと、確実に、ノラゴンへと迫る。


「おい! 無闇に近づくな!」


 声を押し殺しながら須佐野が警告する。


「大丈夫です」


 振り返りながら櫛田は答えた。

 まっすぐで悲しげな目。

 口は真一文字に結ばれている。

 その気迫に思わず須佐野は気圧された。


「信じてください、私を」


 口元が緩み彼女は小さく微笑む。

 前に向き直ると再び歩き始めた。


「BARURRR……」


 牙を剥き唸り続けるノラゴン。

 誰が見ても明らかに気が立っている。


「……大丈夫。大丈夫だから」


 腕を横に広げながら少女が呼びかける。

 そのままゆっくりと近づき、ついに竜の目と鼻の先へ。


「BARURA!」

「安心して。君はもう自由だよ」


 咆える竜を無視して櫛田は手を伸ばす。

 腐臭などまるで気にしていない。

 須佐野は気が気ではなかった。

 彼女はいつ襲われてもおかしくない状況だ。

 だから、そっと義手を構えた。

 今すぐ止めに入るために。

 しかし、理性が体を引き止める。

 彼女を信じたかったから。

 何より、あんな表情は初めて見たから。


「……痛かったよね。苦しかったよね」


 言葉をかけ続ける少女。

 その手が竜の鼻に触れる。

 鼻先の大きな傷跡。

 それをそっと労わるように。

 その瞬間、ノラゴンの目が見開かれる。

 響いていた唸り声が、止んだ。


「よーしよし。いい子いい子。ゆっくりおやすみ」


 優しい手つきで櫛田が鼻をなでる。

 それに合わせて紫の竜は目を細めていく。

 やがて――。

 ドサッ。

 竜は静かにその場で倒れ伏した。

 急いで須佐野が駆け寄る。


「なんだか分からんがよくやった。全く、ヒヤヒヤさせるなよ」


 その手を少女の肩にのせる。

 そして、気づいた。

 その肩が小さく震えていることに。

 彼女は泣いていた。


「おいおいどうした? 今更怖くなったのか? 安心しろ。竜は眠ったんだ。もう危険はない」

「うっ……うぅ……眠ってるんじゃ……ないんです」

「何だって?」

「だって……その子は……もう……」


 涙声での悲痛な宣告。

 その言葉に須佐野は目を見張る。

 すぐさま竜に駆け寄って確認した。

 腐臭がきつい。

 だが、臭いなどに構っている余裕はない。

 そして、思わず息を飲んだ。

 直後、近くに何かが落ちてくる。

 キューブにより二匹の翼竜が叩き落されていた。


「PIIII……」

「PIKYAA……」

「はっはっはっ! 勝負あったな、邪竜ども!」

「お二人もナイスです!」


 一仕事を終えたD隊の二人が駆け寄ってくる。

 そして、すぐに異常を察知した。


「どうしたんすか、ヒメちゃん?」

「何か問題でもあったのか?」

「俺にもさっぱりだ。確実なのは――」


 言葉を切りながら須佐野は目の前の倒れた竜を指差す。

 そして、静かに告げた。



「竜が死んだ。彼女の手の中で」



 彼の言葉に目を見張る二人。

 少し間を置いて白井の口が動く。


「なるほど。つまり……君たちが狩ったのか?」

「いや、違う……と思う。そうだよな?」


 少女に問いかける。

 一方の彼女は相変わらずすすり泣いていた。

 須佐野は近寄ると跪き、目線を合わせながら諭す。


「泣いているだけじゃ分からない。お前が聞いたこと。竜に起きたこと。分かっていることを全部説明してくれ」


 青い瞳を赤い目が真っすぐに見つめる。

 涙を拭いながら少女は口を開いた。


「あの子は翼竜に追われていたんです。手負いのところを襲われて、そこから命からがら逃げて……。そして、私たちに出会った」

「なるほど。切羽詰まっていたわけか。だから冥蘭君の〈炎獄(インフェルノ)〉を恐れなかったのだな」

「手負いの獣は厄介ですもんね。もっと完成度を上げないと」

「じゃあ、こいつが死んだのは怪我のせいか?」


 問いかけに少女は小さく頷く。

 須佐野の頭に別の疑問が浮かんだ。


「最期の問答は何だ? そもそも人間の言葉で語りかけてもしょうがないだろ?」


 櫛田は竜訳機により竜語を理解できる。

 一方で、彼女は竜語を喋れない。

 だから意思疎通は常に一方通行のはずだ。


「この子は叫んでました。ずっと怯えてました。ずっと暗い場所にいて、冷たさと痛みしか感じてこなかったから。傷を負いながら何とかそこから逃れたのに、結局怖い目にあって……。とても怯えていたんです」


 ふと、竜の亡骸に少女が駆け寄る。

 微笑みながら愛おしそうにその頭を優しく撫でた。


「自然と言葉が出ました。愛を与えたかったから。温もりを教えたかったから。だから、手も差し出したんです。言葉で愛を、手で熱を、この子に伝えるために。そうしたら、安心したのかこの子は力尽きました」


 未だ腐臭を纏う竜。

 気にすることなく櫛田は抱きつく。

 陽光に照らされる竜と少女。

 まるで宗教画のような美しさと荘厳さ。

 居合わせた誰もが言葉を失い、目を奪われた。

 やがて、独り言が漏れる。


「これが彼女なりの救い方か」


 聖騎士の小さな呟き。

 後味の悪さを新たな学びで補いながら竜狩りの時間は終わりを告げた。

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