009:供養
*西暦2万2070年 水星 β世界線 黒いワゴン車の中 橘視点*
「ボスから説明は受けていたが……神経チップの中身が、こんな映像だったなんて……」
ペネルは映像の異端さに、思わず本音が漏れているようだった。……一方、俺は……………。
「………………………」
“コミ・テラー”が、2人……“観測者”が “研究者”を放牧する形で、水星で事件が起きていた事実にもショックを覚えていたが……それよりも、カサキ警視総監がアマネさんの母親を……いや、アマネさんの家族を殺してしまう“引き金を引いていたこと”に衝撃を受けていた。……カサキ警視……いや、カサキは俺とアマネさんが交流を持っていたことなどをBTを通して観察していた可能性すらある………そうなると、ネクロ補佐官が俺に最初に絡んできたのも“偶然とは言えない”………俺は“一種の人間不信”に陥りそうだった……。
『……ペネル、あの映像は、橘にはショックだったみたいだよ……』
「そうか、橘にとって、交流が在る人間ばかり絡んでいる事件だからな……気が利かなくて済まない………」
ペネルが俺に詫びを入れると、しばらく俺の方を見ていた。普段、強気の俺に何か思うところがあるのかもしれない。すると、ペネルが口を開いた。
「橘。お前さん、今何歳だ?」
「………28だ。この年で、不甲斐ないだろう?」
「そんなこと自分から言うんじゃない。……まあ、警察にしろ、防衛関係者が精神的に成熟し切ってしまうと、いざという時“上のコントロール下に置けなくなる”から、個人個人の“弱みを残すのが、セオリー”なんだぞ。………自分で探すしかないんだ。」
そう言うと、ペネルは両腕を組み、俺に微笑みをかけ、啖呵を切った。
「俺は元軍人だ。俺には、防衛の為の“身の守り方・精神の守り方”を知っている。……橘、お前さんは“精神の守り方が成熟しきっていない”。……だから、このペネルがお前さんに“精神の守り方”を教えてやる。」
「 ! 」
「 中川! ここら辺で“眺めのいい浜辺”はどこだ?」
「……えーっと、ナビで調べてみます。……“万羽ノ浜 ”……“万羽ノ浜 公園”なんて、いかがでしょう?」
「いいな! 今からそこに向かってくれ! 」
俺は思わずペネルに言った。
「………任務中に、いいのか? 寄り道なんてして。」
ガハハハッとペネルは笑った後、俺の質問に答える。
「 俺達は“生き物”は予測不可能な行動をしてるくらいがちょうどいいんだよ。まあ、追っ手もその方が撒けるしな。 」
*西暦2万2070年 水星 β世界線 万羽ノ浜 公園 橘視点*
「 風の香り……良い匂いだ。これだから、浜辺は最高なんだ。……そう思うだろ、橘。」
「…………………俺ってダメだな。ペネルの話に集中できない。すまない。」
「 橘、お前は“何事もうまくこなせる人間が強い人間”だと勘違いしている。そんな奴、存在しないぞ。そんなのは、フィクションにしかいない。じゃあ、生きている俺達はどうするか? それが大事なんだ。」
「…………俺はどうしたらいいのだろう。教えて欲しい。」
「まずは、“自分の弱さを自覚する事”だ。“今、俺は弱っている”という認知を基準に、次の行動をとる。」
「……“次の行動”?」
「 “反抗する事”だ。反抗期の時のように “その物事を拒否しろ ”……自分の気持ちが落ち着くまで、脳の混乱が鎮まるまで、“自分の内面で、その物事をボコボコにしろ ”……自分たちの内面にまで“我慢を強いちゃ誰だって病んじまう”。脳が非常事態になっているのに、その上にさらに感情を抑えちゃ、悪化しかしないぞ。表の行動に出さなきゃ、“一時的な拒否で緊急処置する自由”はあるはずだ。……お前は、理性的な人間だから、無理に無理を重ねちまう性質がある。本当は苦しいのに、規律的に長期間動こうとするのは、脳が死ぬぞ。……時には、馬鹿になって動くことも大事だ。」
ペネルは胸ポケットから煙草を1本出し、口にくわえ、俺に尋ねる。
「お前さんも1本吸うか?」
「いや、俺はタバコは苦手なんだ。すまない。」
” そうか ”とペネルが小さな独り言を言うと、タバコの先端を思い切り吸い、大きい煙雲を口から吐く。そして、話の続きは始めた。
「 本当は、瞑想やら、グルグル思考の対策やら、具体策をお前に教えてやろうと思ったが、恥ずかしながら、俺の親父臭い経験論を話しちまったな。なんとなく、お前には、抑うつ対策の方が合っている気がしたんだ。“理性的であることは人間のマナーである”という固定概念で、行動が先鋭化していく気がしたんだ。偏見だが……橘は、俺みたいな頑固おやじ気質のバカは苦手だろう? でもな、案外、自分を守る術は“嫌いな人間の行動の型”だったりする。……それを忘れないで欲しい。」
「……………有難う、ペネル。俺は俺の気持ちを大事にしようと思うよ。感じたことをなかったことにしない。」
「ああ、その意気だ。」
「………話は変わるが、俺達が奪った2つの神経チップはどうするつもりなんだ?」
「もしかすると、GPSみたいに位置情報が洩れる可能性もあるからな。どっかに捨てるか、高温加熱炉で溶かすかの2択だな。この2つの神経チップの位置情報はONになってないから、安心していいぞ。」
「……ペネル達が良ければ、あることを俺はしたいんだ。」
*西暦2万2070年 水星 β世界線 万羽ノ浜 浜辺 橘視点*
時刻は17:35。夕方の浜辺には、ひと気がほとんどなかった。水平線に太陽は半分くらい埋まり、空と海は赤橙に染まっている。ただ聴こえるのは、砂を引きずる、さざ波の音だけだった。
俺達は、2つの骨壺の中身を海に流し込んだ。遺灰はきっと透明な海水を白濁しながら、浜辺の砂と混じり合っているのだろうけど、夕焼けに染まった海水では、遺灰は海水をよりオレンジに反射させていた。
“ せめてもの遺骨は、自由にさせてあげたい ”
両親の事件で世間から雁字搦めにあった、成人後も憎しみの感情で徘徊していただろう彼女の無念を思いながら、俺はアマネさんの遺灰を水の流れに合わせて泳がす。自然に帰ることが、死後の彼女への尊重であるというのは、俺の勝手な想像で行われているけれど、もし仮に、死後の世界があったなら、貴方のおかげで助けられた存在が居るという事、伝わって欲しかった。
散骨が終わると、俺達は別々の帰路につくことにした。
ペネル達は彼らのアジトに、俺は俺の帰るべき場所に。
明日からまた、俺達の日常が始まる。
次に、水星の殺人事件が始まる予定です。
変な思い付きが無ければ、その予定です。




