010:葛藤の告白
どうしても、1回は「父親としての橘と諜報員としての橘と正義感としての橘の葛藤」を描きたくて書きました。
*西暦2万2070年 水星 β世界線 国家公務員宿舎 橘視点
国家公務員宿舎……所謂、公務員の寮に俺は住んでいる。近所付き合いのようなものは、外出時に、お互い顔を見合わせた場合、挨拶するくらいである。皆、仕事に追われているので、他人の家庭の諸事情などに構っていられないのが本音であろう。各個人、干渉の目が無いに等しくとも、肝心な自身の所属の上司たちは、何かしら“異変への対応を施している”はず。それが監視カメラなのか、盗聴器なのか、別部署の監視人なのかは、3年のぺーぺーの俺には知らされていないのが現状だ。
それゆえに、考える。 “白い蛇”との共闘、これは諜報員としては“何を意味するのか”。彼らと同朋となることは“致命的欠陥”と判断されるのか。彼らの監視役として、彼らの集団と接することが諜報員としてのあるべき姿なのではいないか、と。
なぜ、こんなことを考えるのかというと、こんな有名な噂話を知っているからだった。それは、昔の地球での話だ。航空機の操縦士、パイロットは上空で“UAP(未確認空中現象)”を目撃した後、上層部にその事実を報告すると“統合失調症”と判断され、パイロットの職を奪われるというモノである。見たものが本物であろうとも、CIAだかFBIだかが管轄にやってきて、上司に目撃者を辞めさすよう命令するらしい。“機密情報に触れたから辞めさせられた”という説もあれば、脳の性質……上空でUAP(未確認空中現象)を見つけるには、飛行している騒音の中、微量な音響を聞き分ける必要があり、この聞き分けが出来る性質は脳の部位が健常者と違う形をしているため、早々と疾患認定をしたという説もある。
………こんな感じに、俺も諜報員としての“資格を疑われる身分”をあえて、被ろうかと考えていた。確かに、苦労して得たポジションで手放すのは勿体ないが、自分の身分に嘘をついてまで守るのは、一番困るのは、俺ではなく、息子の“ 有 ”であろう。俺が白い蛇との関係を隠し続けて失態を犯せば、“有は犯罪者の子供”というブラックリストに入れられる可能性がある。……しかし、現段階でK本部長に“白い蛇と共闘したい”と言えば、最悪、精神障害で入院からの、生活貧困者で終わるかもしれない。正直、人生の分かれ道だったが、“ 有 をなるべく巻き込まない道を探す”のに、必死こいて考えていた。
(福祉制度の見直しでもするかな……有の人生に俺が邪魔にならないように、なるべく分離した人生を送れるように……)
あれやこれやと最悪のケースを想定している俺は、第三者から見れば滑稽な様にしか見えないだろう。“面倒事は断ればいいのに”と他人からは一言貰ってしまいそうだ。しかし、コミ・テラーから逃げる事は、俺にとって有り得ない選択肢だった。
考え事をしながら朝の支度を整え終わると、俺は部屋から出て鍵を閉めた。
(まず、有に会ってから………次に、K本部長に会って“白い蛇”の報告をして……“結果待ち”か……)
正直、報告の結果の予想がつかず、もしかすると、有に会うのは今回が最後かもしれないとも、俺は悲観していた。諜報員の処罰の重さを俺はまだ知らない。断罪される怖さよりも、有にとって、決して“いい父親ではなかった”事実が、神様が俺を裁いたのだと、解釈した。
俺の無力さに歎いていると、廊下の奥の方から、男性の甲高い声が響いているのに気づいた。声の方向には階段があるので、きっと声の主は階段の上り下りをしているのは分かっていた。しかし、この声、どこかで聞き覚えがある……俺の脳内では、ある人物が浮かんでいて、今の精神的に弱っている俺は思わず、階段の方へ向かっていた。せめて、気がまぎれるまで他愛のない話が出来れば、それでよかった。
俺が、例の声に誘われて階段を下っていくと、声の主に出会った。
「おぉー、橘じゃないか! 休日はゆっくり過ごせたかい?」
俺の目の前で吞気そうに、ノア・シュバリエが段ボールを持ちながら、俺に尋ねた。2階に着いたノアの足取りは軽やかで、どことなく表情も柔らかかった。その様子を見て、俺も同調しようと努めることにする。
「んー、どうだろうなぁ。昨日は健康診断で午前中潰れて、その後は急に知り合いに呼び出されて午後もゆっくりとはいかなかったからなぁ。2連休で、今日も休みだから、息子の有に会って来ようと思ってなぁ。まあ、今日は昨日に比べて、ゆったりはしている感じだ。」
俺はうまく誤魔化し切れているだろうか。すると、ノアが俺の顔をじっと見て、何やら考えているみたいだった。
「………うーん、橘って、普段“なぁ”って語尾伸ばしていたっけ……?」
ノアは微量な変化を感じ取っていたみたいで頭に疑問符が浮かんでいたようだった。そして、次に、ノアは何やら切り出した。
「……橘が怪しい! ……“エコシステム・対象を分析して”…!」
え、エコシステム? 急にノアが堂々と独り言を言いきったので、俺は困惑していると、ノアの段ボールの影から、“ラグビーボール型の球体”が飛び出してきて、その球体は宙に浮きながら変形した。
《 エコシステム発動。ターゲットの人物の解析に移ります。 》
変形したラグビーボールの機械は、赤い光を俺の全身に当て、ピロピロピロと小さな機械音を奏でていた。全くもって、現状を把握できない。なんで、ノアはこんな機械と一緒に行動しているんだろうか。また、俺を解析した意図は何だろう。俺がノアに直接聞こうとすると、ラグビーボールが先に話を遮ってしまった。
《 ターゲット“橘の脳”を解析したところ、DMN過活動、SN過剰反応、CEN機能不全、などの反応が昨日から蓄積されている形跡が見られます。ノア・シュバリエ、いかがなさいますか? 》
ラグビーボールがそう答えると、ノアはこう呟いた。
「橘は、昨日から“反芻思考で悩んでいる”んだね……なるほど。」
ノアは数分考えこむと、“ふーっ……よしっ! ”と呼吸を整えると、俺にこう告げた。
「……ならば、このノア。橘の悩みを言い当てようではないか。」
「 ? 」
「橘はどちらかというと“心に他人を深く入れようとしないタイプ”だと僕は知っている。おそらく、昨日からの悩みは“親族関係である”可能性が高い。そして、さっき“息子に会う”と言っていたから、とりあえず、悩みの1つの正体は“息子の 有くん に関して”だろう。………違うかい?」
「………まあ、1つはそうだな……息子の事だよ。」
俺はノアに信頼を置いている。息子の有が孤立することを話せば、その原因も同時に話さなくてはいけない。俺の口はゆっくりと重たく動き、昨日の病院の事から順を追って、俺の身に起きたことを話した。そして、アマネさんの事となると情緒が乱れる事、コミ・テラーへの執着で突っ走ることも洗い浚い話す。数分間の俺の説明が終わると、ノアはハッキリ言った。
「昨日の橘の状況を第三者目線で、僕なりに言わせてもらうと、なんというか“ 不可抗力 ”に近いと思うんだよね。だって、病院で拉致られて銃口を押し付けられてさ。それで、車には相手方に少なくとも囲われているし……“BT合金”の件もある。この状態で、もし橘が反抗しても勝ち目が無いよ。少し頭の回る人だったら“味方の振りをする”と思うんだよね。…………K本部長の報告に洗い浚い本音を言う必要あるのかなぁと僕なら思うな。実際、“そうならざるをえなくて、味方の振りをした”で良いと思うよ。」
俺はノアからそう忠告を受けると、あることに気づいた。それをノアに伝えた。
「………俺は、もしかすると“BT合金”が怖いのかもしれない。親族や恋人に弱いなどと脳内を覗かれて、振り回されて、俺の心のよりどころを無くされるのが怖い。“ 有 と最後の面会”と俺自身が覚悟しているのは、この恐怖心を誤魔化しているに過ぎないんだろう………。」
ノアは俺の心境を真剣なまなざしで聞いた後、目をつぶり、右手の人差し指を顎に添えた。数秒考えたノアは、俺に言う。
「………ちょっと話が飛躍するけど……“僕なら、どうするか”を橘に言うね。……有くんが水星にとっての“最優秀人物のポジションに就けば、身の危険からは遠ざかる”はずだよね。皆から“重宝させる人物に成ればいい”という話さ。」
「提案の意図は分かるが………しかし、具体的にはどうやってそれを実行すればいいかが………。」
すると、ノアは得意げに微笑みながら、俺に説明し始めた。
「フフフ、実はね。僕も病院のベンチで昨日、あるお爺さんと知り合いになったんだ。このレモン型の浮遊ロボットも、そのお爺さんが貸してくれてね。実は、そのお爺さんは“水星一番の最高峰の大学教授”で“ 動物の生態学 に精通している学者”の一人なんだ。そのお爺さんに、有くんを会わせてみるのはどうかな?僕の方からも、教授にお願いしてみるからさ!一緒にこの危機を乗り越えようよ、橘!」
「 !! 」
やみくもに1人で考え込まなくて、本当に良かった。まだ、有の救済措置は確定ではないが、どん詰まりの中に見えた“1本の希望の光”を俺は決して離したくはなかった。
俺はノアと“今後の計画や日程の調節”をしようと意気込んでいると、俺のジャージのポケットに入っているスマホが鳴った。鳴っている音の種類で“着信音”であるのがすぐ分かった。
俺は右手でスマホを取り、着信相手の名前を確認する。
“ 着信 ネクロ補佐官 TEL(×××―××××―××××) ”
ネクロ補佐官………カサキ警視総監の助手である。俺は思わず、昨日の夕方にペネルと一緒に見た“アマネさんとアマネさんの母親の神経チップの映像”を思い出していた。
………あの時のカサキの言動を振り返り、ネクロに“橘は 神経チップの内容を見た”事と“白い蛇との連携した”と悟られない必要がある。俺は慎重に、着信に応答した。
「………もしもし、こちら。橘だ。」
『 ……応答有難う、橘君。………実は、君にお願いしたいことがあるんだ。正確には、君達、3人組に解決して欲しい事件がある。カサキ殿が優秀な君達に是非とも“任せたい”とおっしゃるんだ。 』
「………“解決して欲しい事件”?」
『 水星で“一般市民 3人の殺人事件”が発生したんだ。……カサキ殿は“なるべく早急に、かつ正確に 犯人の確保に移りたい”のが本心で……君達3人組はバタフライエフェクト装置で複雑な事件を一番“数をこなしている現役”だろう? 』
「………腕前はそうかもしれないが………K本部長の許可がないと、不味いのではないか?」
『もちろん、許可は取るさ。……でも、最大の難関は“君”だと思ってね…………。』
「……何が言いたい、ネクロ補佐官。」
『 “野木、田川、栗林”………君、聞いたことは無いかい? 依頼したい事件の被害者の3人の苗字だよ。』
「 …… ! 」
昨日見た“神経チップの映像で、カサキが3つの苗字を述べていた”場面を思い出す。…………俺の記憶が確かなら“野木、田川、栗林”で合っているはずだ。……ネクロの質問は、どう見ても、疑いの目で“俺を試している”のは明白だった。おそらく、ネクロは昨日の俺と白い蛇の動向をチェックしている。しかし、カサキのBT合金に対する“方針や姿勢”が分からないと、俺の立場も危うい。俺はネクロの問いに答えた。
「……どこにでもいそうな苗字だな。まあ、鈴木や佐藤に比べたら珍しいが。」
俺はネクロの誘導に沿わない返答をすると、ネクロは数秒の間、沈黙しそれ以上は追及しなかった。
『………私は、今からK本部長に連絡しなきゃいけない。その後、K本部長が残りの2人にも説明して、事件捜査の流れになるだろうから……その時は、よろしく頼むね。』
「………ああ、俺もカサキ警視総監の期待に応えるよう尽力する。」
( プツンッ……ツーッ……ツーッ…… )
通話が切れたのを横で確認しているノアが俺に言った。
「……電話、終わった?」
「ああ。……でも、仕事の電話だったな。また、前回の任務みたいに諜報部と警察が連携して、事件に挑むらしい。」
「そうなんだ。でも、有くんの進路の話も早い方が絶対良いから、同時進行で進めようよ。」
「……そうだな、ノアの言うとおりだ。悩みに乗ってくれて有難う。本当に感謝している。」
「まだ、計画は途中だよ。橘。感謝は走り切ってから、するもんだよ。」
少しの希望と、組み始めた将来のパズルが、カサキへの不信感を希薄化し、水星の社会の闇への不安感を拭う装置として、俺の心を頑なに守っていた。利害関係がこんなにも、ヒトを二分化する事実を身をもって知り、現実は人の性格や肩書、立場などもひっくり返すのを学ばなければいけないと反省した。
次の話は、橘たちが殺人現場に行きます。




