005:白い蛇(ホワイト スネイク)
*西暦2万2070年 水星 β世界線 黒いワゴン車の中 橘視点
黒いワゴン車は一体どこに向かっているのだろうか?……しかし、それよりも大事なのは、俺を連行した、この不審人物の集団の目的・構成人数・集団の正体の把握だろう。俺は、あえて静かにしていることで、コイツらの情報を聞き逃さない姿勢を取ることにした。横にいる黒いパーカーの男は、トランシーバーで“ボス”と呼んでいる男に頻繁に連絡していた。俺はキーワードが出てくる瞬間をずっと待ち続ける……。
「……………」
黒いパーカーの男は、俺が病院にいた時背後に忍びたった男であり、……確か、あの時“ボス”と言われていた男が、コイツを“ペネル”と呼んでいたのを思い出した。ペネルは、やたら静かにしている俺をまじまじと見て、トランシーバーに話しかける。
「俺達が拉致した諜報員……橘という男がこんなにも大人しくしているのは“ボスがBTの制御をしている”からですか?……」
!!……“BT”というワードがこの男、ペネルの口から出てくるのは2回目だ。俺は、この“BT”という言葉がキーワードである可能性が高いと予測し、ペネルに慎重に尋ねた。
「今言及した単語……“BT”とは何を指すのだ?……病院内では“BT合金”と言っていたな。そして、その後、受付の周囲の人間が皆“気絶状態”になった……。」
ペネルはトランシーバーに呟く。
「………………どうしますか、ボス。説明すべきですか?」
ペネルがトランシーバーの向こうの“ボス”に許可を求めている。しかし、トランシーバーからの返答は時間はあまりかからなかった。
『いや、僕が直々に説明しよう。しかし、どこから説明すればいいかな…橘、君は基礎知識が足りない……そうだな、まずは自己紹介からにするか。』
“ボス”と呼ばれる人物は俺に説明を始めた。
『僕たちは、“反戦団体”だ。その名も“白い蛇”……水星と金星の戦争を止める事を目的としている。戦争に反対する“反政府の金星人”と、……戦争で現地に置いてきぼりになった“水星人の軍人”の集まりだ。直接的な表現をすると“金星にも水星にも見放された人間の集まり”だよ。故に、どちらの政府にも属しないし、両方の政府の裏事情を掘り起こしては対立している。どちらの星も、人権をも軽視しているのが現状である限り、我々は反政府を辞めるつもりはない。』
“どちらの星も人権を軽視している”……ボスはそう言うが、俺の認識との不一致をそのまま尋ねることにした。
「“人権をどちらも軽視している”………金星は神経チップの強制をしている現状があるが、…“水星はそんなことしていない”だろ?」
……トランシーバーの向こう側では、“ハア…”というため息のような音がした。
『やっぱり、諜報部勤務が3年じゃ情報の共有はされないようだね。……金星は水星の真似をして発展した惑星だという事も君はまだ知らないだろう?』
「…………」
実際、俺には沿うような情報は入っていない。俺は何も答える事が出来なかった。すると、ボスは説明を続ける。
『そうだな。例えば、君が関心を持っている“神経チップ”…これは元を辿れば、水星の技術なんだ。水星で生まれた新生児には、神経チップを施術するのが決まりになっている。しかし、この時の神経チップはまだ制御システムの入力がされていない……被験者の行動制御を有効にするには“BT合金”を神経チップに組み込む必要がある。』
“新生児に神経チップを施術する”なんて今まで一度たりとも聞いたことは無かったが、ここを深堀しても、ボスの話はまだ“序章”と言わんばかりの語り口だったので、水は差さないことにした。あえて、横道に反れて“BT合金”について、俺は尋ねたみた。
「……BT合金を組み込む……?具体的には、どんな方法だ?」
ボスは俺の疑問に答える。
『例えば、今回の健康診断では“AT合金”をハンコ注射で打ったみたいに、被験者の神経チップに直接注入する。”BT合金“も神経チップの上から注射器かハンコ注射で打つのが通常だ。』
“ハンコ注射”といい“金属の挿入”といい、信じがたいワードが並ぶので、俺はつい本音を口走ってしまった。
「………信じられないな、陰謀論でも聞いている気分だ……。」
ボスは俺の反応を見て、“やっぱり、そう来るよね…”と向こうでぼやいているのが聞こえた。ボスの中では、これも予定調和なんだろう。すると、ボスは話を違う切り口で語り出した。
『僕の話が信じられない君のために、君の神経チップを“BT合金”経由でハックしてあげよう。ちなみに、ハックという意味は、君の行動の制御を僕が行う、という事だ。』
すると、ペネルが背負っているバックパックから小さな拳銃を取り出す。その反応を見た俺の目はペネルを捕らえたまま、何故か“知りもしない場所“から……現在座っている後部座席のクッションの切込みから鉄板を”見もしないで“取り出し、ペネルの拳銃に鉄板を押し付ける姿勢を取った。……そう”事前情報も何も知らないのに、体が勝手に動いたのである“。
『……次、橘は僕の指示に逆らってみてくれ。』
「…………分かった……」
『瞳を右に向ける。その状態でさっき出した鉄板をクッションの切込みに戻して、その後、見ざる聞かざる言わざるのジェスチャーをやって……終わり。』
俺が指示に歯向かおうと左を見て大人しくしていると、丁度2秒後くらいに、俺の意思とは関係なく“目線は右に向き、座席の切込みを見なくても自然と鉄板をスムーズに差し込んでしまう”………そして、どうしてもやりたくないのに、“三猿のポーズ”を取ってしまった。これは、もう信じざるを得ない。俺の体には“BT合金と神経チップが内蔵されている”可能性がある。すると、トランシーバーの“ボス”が言う。
『BT合金の制御の時間は限界がある。最大で3分。3分のハックが限界だ。』
「……しかし、何で水星はこんな施術を………」
『BT合金は、昔の名残で存在している……水星人がまだ数人しかいなかった時代、“1人亡くなるだけでも、生存のリスクが大まかに左右される、この命の危機を予定調和にしたいがために生まれた行動制御システム”なんだ。……今では、福祉・防衛・諜報などの“星の存続や人の命に係わる職種の人間のみ、BT合金は施される”。橘は元警察だし諜報部だから“BTの対象”なんだろう。まあ、諜報部だと“BTの解除の層も存在はする”が、上層部の判断や信頼に基づくだろう。』
「BTの解除が成されてないってことは、俺は信用できないってか?……上層部め……」
上層部が“BT合金の解除”をしないのは、俺の行動傾向が予測しづらい事が関係しているのが薄々自覚しているものの、こんな重大な情報を隠しているのが気に食わなかった。そんなことを考えていると、ボスは俺にあることを尋ねてきた。
『橘、君は“水星のBT施術に反対”かい?』
「………? 何が言いたい?」
ボスは憂いの感情を持っているのか、少し間を取りながら話を続ける。
『実は、水星は金星との戦争に“クローン軍人”を使うのが今のやり方なんだ。そして、このクローン軍人は現在、人権が認められていない。そのため、BT施術をすると、そのクローンが死ぬまで“ずっと行動のコントロール下に置かれる”……自由意志を持つ事を許されていない。』
ボスが説明を続けようとすると、俺の横にいるペネルが話に割って入った。
「ボス……後は、俺から話す。」
“…分かったよ、ペネル…”とボスが話の説明をペネルに引き渡した。
「俺の名は“ペネル”だ。ボスに金星で拾われた“元 クローン軍人”だ。BTの解除はボスの組織“白い蛇”の専属がやってくれた……自由意志を持った俺は、ボスと同じ志を持った……“水星と金星の戦争を辞めさせ、神経チップの廃止を目指す”……橘、お前にも協力して欲しい。……それに、」
ペネルの顔つきには、嘘をついているという素振りはない。元は、水星の“クローン軍人”というのも本当であろう。ボスの憂いの感情は、ペネルに向けていたモノであるのを予測し、ペネルの説明を追究する。
「…………“それに”?」
ペネルは、俺の予想外の事実を突きつけた。
「アマネ・フランクリンの両親の事件………知っておきたくはないか? フランクリン家族は“神経チップ”が元で家族ごと狂っちまった。」
………正直、俺は動揺した。動揺したせいで、頭の中がフリーズしてしまう。
「俺は……諜報員としてのお前じゃなく……元警察官としての、個人としてのお前に言っている。」
“……本当の事が知りたい”俺の頭には、知人としての個人の俺がいた。
「…………………………それもそうだな……」
俺は、情に勝てず、ペネルの誘い言葉に乗ってしまった。ペネルは俺の同意を得て、車の運転手に一声かけた。
「そのまま、“例の墓地”へ向かって行ってくれ。中川。」
俺達一行は、墓石のない民間人が埋葬される場所……“ヒタチ永代供養墓”に向かった。
墓地の話が終わったら事件が発生しますが、墓地の話がどれだけの文章量になるか未定です……
これからもお付き合いのほどよろしくお願いします……




