004:健康診断
今回から「戦争編」が始まります。
※今回から「神経チップ」やら「クローン技術」やら、SFの設定がややこしくなる予定です。
※※「バタフライエフェクト推理」はフィクション作品であり、現実での話ではありません。それゆえに、倫理性の問題などを度外視した展開もあり得ると想定して読んでもらえると助かります※※
※※「架空の人物で架空の事件が起きて架空の社会問題が起きている事」を認識できる読者が読むことを推奨します※※
*西暦2万2070年 水星 β世界線 総合病院内 ノア・シュバリエ 視点
「胃カメラに、血液検査、体重測定に、血圧検査……ん?」
ノアは『健康診断チェック項目一覧』という見出しの紙を握りしめ、毎年とは“違う項目が最後に書いてある”のに気が付いた。
(…“70年度『疫病対策ハンコ注射 済み・無し ※どちらかに○』”……)
今年は、健康診断の合間に“予防接種を行う”らしい。しかし、事前にお知らせのような報告があったり、詳しい事が書かれた同意書などの同封がないのは、なんだか病院側に無鉄砲さを感じざるをえない。それに、僕はアレルギー持ちであり、このへんの配慮が欠けれている部分は正直癇に障ってしまう。
「ノア・シュバリエさん!こちらへどうぞ。」
茶髪のショートボブの看護婦さんが僕の名前を呼んだ。その看護婦さんは“空室”と書かれた小さな部屋から顔を出して、僕が来るのを待っている。僕はそそくさとその部屋に入った。
「シュバリエさん、おはようございます。……ここでは、ハンコ注射を打ちますので。ちょっと待っててください。」
そう言うと、金髪のウルフカットの医者は、机の隣にある銀色のトレーに並んでいる“注射器”を持とうした。アレルギー持ちの僕は“このままでは不味い!”と医者を止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!!じ、実は僕“アレルギー持ち”で!!」
医者は怪訝そうな顔をして、ハンコ注射をトレーに置きなおした。
「アレルギーとは?具体的に教えてくれますか、シュバリエさん。」
ナッツアレルギーに、卵アレルギー……僕は全部で5つのアレルギーを持っているのを医者に必死に伝える。この病院は同意書も用意しない…怠慢な体質を持った病院だと判断したので、危機感を持って欲しいという願いを込めて、医者に感情に訴えるような素振りで僕は説明した。しかし、こういうのは本当ならクレーマーに認定されるのを覚悟で言うのが筋だとも思う。橘だったら、おそらくハッキリ言うだろう。しかし、僕は、健康診断を途中で断念されるのが嫌だった。だから、遠回しの…京都の作法のような言い回しで取っ掛かりを残すのが精いっぱいだ。
「……なるほど……では、シュバリエさん。“金属アレルギー”は持っていますか?」
「き、金属アレルギー?いえ、食べ物系のアレルギーしか持っていませんが……」
「なら!大丈夫です。では、ハンコ注射をしましょうね。」
金属アレルギー?ハンコ注射?疫病対策と金属アレルギーの関係は?気になることが増えていく……なんか嫌な予感がするので、せめて“同意書か処方の証明”を求めようと僕は口を開けた。
「……あの、お医者さん……ちょっと聞きたい事が…」
「ああ~、君ちょっとしつこいよ~イライラする……夏原さん!“ショット”お願い!」
すると、僕の背中に何か刺さったのを感じた。後ろには、確か“茶髪のショートボブの看護婦”が1人いたはず。そんなことを考えていると、医者が小声で喋り始めた。
「こいつが麻酔で寝たら、次は“AT合金”をチップに直接注入だ。……そうしたら、私たちの仕事は終わりだよ。」
「……この麻酔を打つと、被験者は記憶が一日分飛ぶんでしたっけ……」
「ああ、そのはずだ。この男の口から私たちの情報が漏れることは無い。安心しろ。」
ま、麻酔……?確かに、視界がぐわんぐわんと歪み始めた。本当は逃げなくてはいけないのに、体が言う事を聞かない。
「なんともねっちこい男だったな。言い回しが回りくどい。じゃあな、ノア・シュバリエ。」
目の前の白衣の男がそう言うと……僕は、そのまま暗闇に溶け込んでいった……。
―――次に、僕の目が覚めたのは、病院の近くのベンチだった。
「……お兄さん、いつまで寝ているんじゃ?風邪ひくぞ?」
目の前にいたのは、サンタクロースのような白い髭を蓄えたお爺さんだった。
「…“あの人”の紹介とはいえ、ワシはどう説明すればいいんじゃ……」
白髭のお爺さんは何やら意味深な一言を言った後、僕の頬をペシペシ軽く叩いた。
「早う起きなさい。シュバリエ君。君は、やることがある。先ずは、ワシの居場所に来なさい。」
「…い、居場所?」
「いいから、黙ってワシについて来るのじゃ。君は諜報部の人間なのは知っている。」
(!!…このお爺さんは何者なんだろうか?)
僕は、謎の倦怠感に襲われながら、このお爺さんについていった。
*西暦2万2070年 水星 β世界線 尋問室 ネクロ補佐官 視点
時刻は“AM5:13”。私はある男と尋問室にいた。その男は、60代後半で金髪のオールバックにし、顔は厳つい髭面だった。オールバックの男は両腕を拘束され、パイプ椅子に震えながら座っている。その男の様子を見て、私は皮肉交じりに軽蔑の意を表した。
「……何を震えているんだ?お前のしてきたことの方が、余程、私にとっては恐ろしいがね……」
拘束されている男は、目をギョロギョロと左右に動かしている。顔全体に脂汗のようなものを垂らしながら、男は恐々ひきつった表情で呟いた。
「お、おれは“死刑”なのか?死んじまうのか?」
数多の犠牲者の数字を知っている私は、この男が自分の命しか興味が湧かないその感性に、怒涛の憤りを覚えた。
「………貴方は死ぬのが怖いんですね……」
この男は、3年前の“社民党党首『ウォンツ・P・島江』暗殺未遂事件”で大人数の人間に“金星の指示による神経チップの施し”を犯した。神経チップを施された水星人は、自分の意思が無くなる…そう、暗殺未遂人権の首謀者の『アマネ・フランクリン』のように。
「……で、俺の刑罰の内容は何なんだ?死刑か?死刑なのか?」
「……“正式な”貴方の刑罰は、裁判所で決められます。私には断定できません。」
私は表向きは淡々としていたが、この男にはそれ相応の報いを上層部が用意していたので、それをあえて告げることにした。
「だが、貴方が表向きの扱いを受けるかどうかは確証がありません。これは可能性ですが……貴方は“ネズミ捕り”に適した存在だ。しかし、貴方の“自由意志は邪魔すぎる”……」
拘束されている男は、私の話の続きを聞きたくしょうがないかのように、貧乏ゆすりをし始めた。私は、そのまま話し続ける。
「金星人が出来る事は、すでに水星人でも出来る事。そう、金星は水星の模倣で生きている国のようなモノだ。貴方もそれはよく知っているはず、太客の貴方なら。」
男は、私の回りくどい言い回しにブチ切れた。
「俺の刑罰は何か!!!さっさと答えろ!!!待たせるんじゃねえ!!!!」
男のあまりの罪悪感のなさに呆れ、これ以上は舐められると厄介だと判断した為、私は右手をグーにして握り、そのまま男の目の前にある机に右腕を勢いよく振り落とした。
(ドゴォォォーーーーーン!!!!)
机をたたいた音は部屋中に響き渡り、男は咄嗟に黙り込む姿勢を取る。私は平静に戻り、話の続きをした。
「結論を言いますと、貴方が被害者の方々にしていたように、私たちも貴方を同じ目に遭わせることにしました。感情が残るのかどうかは知りませんが、精々“水星のマリオネット”としての人生を送ってください。“金星人のネズミ捕り”としてね。」
さっきの机をたたいた音で部下たちがいそいそと部屋に入ってきた。私は部下たちにGOサインを出す。
「合金の種類は“BT合金”だ。早くとりかかれ。」
「ハッ!!承知しました!!!」
部下たちが男を取り押さえ、特性の注射器を持っている専属が脊髄の辺りに針を刺そうとする。
「!!!…い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!」
私は、男の最後の光景が“後悔と恐怖と絶望”になるのを祈って、ある一言を言い放った。
「死ぬわけじゃないのに怖いなんて、面白いこともあるんですね。いってらっしゃい。」
厳つい叫び声が響く尋問室を出て、次の仕事に向かった。
*西暦2万2070年 水星 β世界線 総合病院 橘視点
(…ぐ、ぐぅぅぅー……)
健康診断で病院内のあちこちの部屋を行き来しているうちに、空腹で腹が何度も鳴る。
「あら!やだ、橘ったら。まるで運動部の大食いの学生みたい!彼らって燃費が早いからすぐお腹すかせるのよね。学生の頃を思い出しちゃった!懐かしい!」
クロエがぴょんぴょんと頭の上のアホ毛を揺らしている。まるで、オカメインコのような小動物のような動き方をしているが、そのことは指摘しないでいることにした。腹が減って元気が出ない時の他人への弄りなど投げやりなモノになるのは明白だったからだ。弄りは相手の反応への返しや受容の姿勢など作法が体力がモノを言う。イライラしたら、それは弄りではなく、内容がガサツな嫌味にしかならない。弄りは弄られた本人も少し笑えるようなブラックユーモアでいるのが発言する側の良心であろう。ああ、俺って、なんて律儀で良い奴なんだろうか。空腹で思考がややおかしくなっている俺にクロエが話しかける。
「……橘って、この紙に書いてある“ハンコ注射”は、打ったの?」
そう言われて、俺は手元の紙を見ながら答える。
「…ああ、病院に着いた時点で“項目の下から順にこなしていった”から、“ハンコ注射”は一番始めに打ったぞ。……確か、打った部屋はあそこだな。なんか、部屋の名前が“空室”だった記憶が……。」
俺はクロエの後ろの方に指をさした。クロエは後ろを向き、目を凝らして廊下の両端に“空室”という部屋を探す。すると、クロエのアホ毛がピタッと止まった。
「あっ!あそこね!じゃあ、私も打ってくるわ。お先に失礼~!」
クロエはそそくさと例の部屋に向かって行った。クロエの“お先に”発言で分かる通り、本人は俺よりも早く終わるつもりでいるが、クロエと同行する10分前に、実は俺は紙の項目を“全てこなしていた”のだった。血液検査や胃カメラなどのせいで、飯が食えないのは明白であった。俺は、空腹だと頭が回らない体質をしている。そのため、混まないように動くには何がベストか考えた結果“一番下の項目からこなす層は少ないはず”と行動に移したのだった。
(……早く終わったのに、クロエに絡まれて、帰るタイミング伸ばしていたな。)
「……馴染んでいた実感はなかったが、……ノアも此処にいれば、面白かったかもしれない。」
今日は“西暦2万2070年8月6日”……前回の任務は“7月14日”で、まだ“一カ月も組んでいない”のに、彼らを身近に感じている。案外、俺にとって、3人の相性は良いのかもしれないな、とトリオを組ませてくれたK本部長に感謝を覚えた。
(……ガッシャアァーーーン……)
遠くの方でモノが崩れながら壊れる音が薄っすら聞こえた気がした。音が秘かに響いた後、警報器が病院で鳴り響く。元警官の習性もあってか、何が起きたのか、この異常事態に俺が出来ることは無いか、思考が巡る。俺は、丁度、病院の1Fにいたので、このまま受付まで走っていくことにした。
*西暦2万2070年 水星 β世界線 受付前/総合病院 橘視点
俺が病院の総合受付に着くと、急に警報器が鳴り止む。誤作動の可能性もあったが、警報器が鳴る直前に“ガシャアァーーーン”という音も聞こえていたので、俺は受付の看護婦に声を掛けた。
「……さきほど、警報器が鳴っていましたが、何かありましたか?」
俺の質問に看護婦は答える。
「いえ!あの警報はメンテナンスでのテストで鳴らしたものです!ご心配おかけしました。」
よくよく看護婦の様子を観察すると、口が笑ってはいるが…目つきが堅く、瞳孔が縮小している。これは、“緊張のサイン”だ。俺が観察していると看護婦は催促してきた。
「わ、私たちも忙しいので、すみませんがお引き取り下さい……」
そう言うと、看護婦の瞳が一瞬“真後ろの白衣の男性”を見て、降ろしている両腕の掌をぎゅっと握り潰したのを俺は確認した。そう、これも緊張のサインで、後ろの人物を確認した後で握りこぶしを作ったので、おそらく、“緊張の原因はこの医者にある”と俺は踏んだ。
「ちょ、ちょっとそこのお兄さん!もしかして、俺の姉貴の同級生だった!?」
苦し紛れに“例の医者を俺の前に来させる作戦”に出る。あとは、クロエにスマホで連絡して、俺の姉貴の振りでもしてもらおう。クロエは察しが良くアドリブが効くので、俺の要求に応えてくれるはずだ。自然な演技になるように気を付けながら、パンツのポケットに入っているスマホに手をやると、俺の真後ろから声がした。
「……妙な動きしやがって。お前が“アデム・ペルティエ・橘”か?」
現在、俺の背中には“金属の何かが当てられている”……もしかすると、拳銃かもしれない。俺は、ゆっくりと両手を上げて、何をどうすべきかを頭の中で計算し始めた。
『ペネル、その男の特徴は合っているか?』
「ああ、白髪に小麦色の肌……身長も体型も該当している……」
『元警官なら、すでに過去に“BT合金”も打っているだろう。そして、今回は“AT合金”だ。』
「……駒にするならコイツしかいないんですか?ボス。」
『ああ、慎重に連れ帰ってきてくれ。……念のために言うが、総合病院の連中は、“BT合金”をすでに打っている。警戒すべきなのは、健康診断を受けに来た“防衛関係者”だけだ。…接触するなよ。』
俺の背後からは2通りの声がする。おそらく、背後の男はインカムか何かの携帯スピーカーで“ボス”と呼ばれる男の指示で動いているのだろう。2人は会話を続ける。
「……しかし、ボス。連れ帰るのは良いが、このままでは現場を見た人間たちの記憶に残るのではないか?」
『……そうだなぁ、受付周辺の人間は全員意識を飛ばして置いておくか。』
(………バチッ……バチッ……)
空中から小さな音がする。すると、俺の目の前の看護婦が膝から崩れ落ちた。看護婦は地面に着くと全く動かない。それどころか、受付の人間たちも次々、倒れて、地面に顔面をぶつけようが構うかといかんばかりに、その後、意識をうしなっている。俺は咄嗟の出来事にたじろぎそうになったが、俺は勇気を奮い立たせ、背後の男に質問した。
「………お前らは、“今”何をしたんだ?」
背後の男は、ほうと鼻で笑い、俺の腕を引っ張った。
「……他人の心配をするなんて、随分余裕だな。時間はない。お前を連れて行く。」
「………くっ…!」
「悔しいか?………俺は、この世の仕組みの方がよっぽど悔しいぜ。」
背後の男は憂いの言葉を吐き捨てるように俺に呟き、俺は車に連行された。
次から3つ目のうちに、推理の為の事件が起きる予定です。無駄に間が長くなってしまったら、どうしようという気持ちで書いていきますので、よろしくお願いします。




