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003:灰場ビクティの再救出!?

灰場ビクティの過去編。

*1975年7月14日 (地球 日本 世界線:α世界線 被害者『灰場 ビクティ』 )

「……ここは?」

青い屋根に黒い壁の“3階建ての館”が目の前にあった。館は洋風でオランダの風車の羽根のようなものがついており、もしかすると、この1975年の時点で電力発電を搭載している館なのかもしれない。すると、館の入り口から“見覚えのある女性”と小学生くらいの男の子が歩いてきた。その女性は、クロエで、なんとメイド服を着ていた。

「クロエ!ドッグランのランディーと遊んできていい!?」

「ええ、坊ちゃま。そこにいる“お客様”は私にお任せください。あとで、ドックランにクロエも行きます。」

「じゃあ!行ってくるね!」

そう言うと、男の子は走って俺の右側の方向へ行った。俺は、それよりもこの目の前にいる“クロエ”と呼ばれていた女性が、俺の知っている“赤羽根 クロエ”なのかが気になって仕方がない。思わず、彼女をジロジロ見てしまう。

「……なぁーに、橘、メイド服のクロエちゃんはお気に入りってこと?残念!私にはコスプレはしない主義なの!これは仕事限定クロエちゃんなのでーす!」

「ファッションでテンション上がっているところを見ると、俺の知っているクロエなんだな。」

「あっ!任務の内容はノアに聞いてね。橘もインカムあるでしょ。私は、灰場ビクティ坊ちゃんの御世話役だから忙しいのよね。」

「灰場ビクティ…?あのチビッ子“灰場ビクティ”なのか!?前回、救出したはずだろ?」

「そこら辺も含めて、ノアに説明受けて!じゃあね、橘!私、行くから!」

そう告げると、クロエはビクティ坊ちゃんの後を追う。俺は近くにある木陰にいき、木の陰に隠れて、左耳のインカムをONにする。

(ぴぴぴっ)

「はい、こちら“ノア”。」

「橘だ。ノア、すまないが“今回の任務について”説明をお願いしたい。」

「あれ、K本部長から任務内容聞いてない…?」

「実は、昔話で感極まって聞きそびれてしまってな。我ながら凡ミスをしてしまった。…だから、スマンが説明を頼む!帰ったらメシおごるから!頼む、ノア!それとも、あれか?酒の方が良いか?」

「僕は飲兵衛じゃないよ。その2択なら、ごはんの方が良いなぁ。」

「分かった、メシな!了解!」

「じゃあ、説明するよ。2025年7月14日に“灰場ビクティ”を殺害しようとした“コミ・テラー”の思惑は僕らの活躍で叶わなかった。そうしたら、コミ・テラーは“もっと前の段階でターゲットを殺害する計画”を練り始めたみたいなんだ。1975年7月14日の6歳の“灰場ビクティ”の周りでやたら事故が多く、“α世界が変更されている形跡”が残っているとK本部長の調べで分かっている。」

ある疑問が俺の頭によぎる。そして、それをそのままノアに投げた。

「…どうして、ビクティを狙うんだろうな?そのことについて、K本部長は言及していたか?」

「いや、まだ“調査中”だとしか報告されてないよ。橘はどう考えているの?」

「…これは、俺の憶測だが、もしかすると“コールドスリープ”が関係しているかもしれない。」

「コールドスリープ?それはどういう理由で?」

「K本部長と話したんだが、今、金星では反政府派が少しずつだが生まれているらしい。そこで、金星人にも“神経チップ”を施す場合もあるんだという話だ。そうなると、水星人が金星人の救出やタッグを組む流れになるだろう。そうなると、金星人の体のメカニズムの情報が“神経チップの除去”で知ることのきっかけになる。それは“金星人の弱点”を水星人に漏らすことになるだろう。」

「つまり、金星人は水星人の犯行が怖い?」

「ああ、今まで、コミ・テラーの犯行で、“水星人に神経チップを施した人数は計り知れない”のは……元警官であった俺は知っている。」

「分かった。情報ありがとう。“コールドスリープ”について調べてみるよ。」

「ああ」

「話が少しずれちゃったね。今回の任務は“幼少時の灰場ビクティの警護”で、灰場家の執事やメイドになって警護するようにとの事だよ。応募要項については…橘のパンツのポケットに、チラシが入っているはず。」

俺はビジネススーツのズボンのポケットに手を突っ込んだ。すると、一枚の紙が折りたたんで入っていた。その紙を広げ、書いてある紙を俺は読んでみる。

「!…“物事を柔軟に考えられる人募集中。常識にとらわれる人には向かない職場です。小学生から高校生までの子供のお世話が任せられる人を探しています。学業に理解のある方は大歓迎。”…この“物事を柔軟に”ってどういうことだ?ノア。」

「…うーん、クロエからの連絡だと“子供の世話の事を言っているんじゃないか”って内容だったけど。僕は、たったそれだけの理由なら“書かない”と思うったんだよね。まだ、クロエは親御さんには接触していないから、何かあるかもしれない。…とりあえず、橘!灰場家の執事の面接を受けてみて!後、くれぐれも、服装はビジネスなスーツにしてね!頼むよ!」

「ああ、説明有難う、ノア。服装変えて、面接行ってくる。」

*灰場家 『執事面接』 α世界線

「“アデム・ペルティエ・橘”、28歳……君はチラシを見て応募してくれたのかね?」

「はい。“執事志望”でお願いします。」

俺は冗談を噛ました。

「なっ!執事は上級使用人の内のナンバー2だぞ!生意気なっ!」

「いえ!冗談です。親しみを持ってもらいたくて思わず、ジョークを飛ばしてしまいました!」

「くっ!!…………では、配属先の志望は?」

「えーっと、そうですね。フットマンかヴァレットか、迷っているところです。しかし、チラシには“小学生から高校生のお世話”との記載があって求人に惹かれたので……“ヴァレット”かな、と。……しかし、“いきなり上級使用人は無理”というなら、下級使用人でも構いません。」

「ヴァレットとな。いきなり中層になろうとする野心は買おう。使用人階級の言葉も少しは勉強しておるようだし、評価の引き算ばかりするのも気が引ける。」

ただ者ではない冗談も噛ましたし、今度は低姿勢で接してみる。ギャップがあるほど、他人は警戒心がゆるモノであるという自論からだった。

「……一つ、聞きたいことが…いいですか?」

「なんだね?」

「求人要項に“物事を柔軟に考えられる人募集中”とありますが…これは、何を意味しているんですか?」

「……ああ、その一文が気になったんだね。まあ、あれさ。灰場夫人の拘りだよ。灰場夫人は“遺伝”に興味があってね。どうしても、自分の子供に“夫の優性遺伝子”と“夫人の優性遺伝子”の両方を受け継いでほしいとお考えでな。」

「優性遺伝子の受け継ぎ……?」

面接官の家令は俺に軽い説明をする。

「“劣性遺伝子と優性遺伝子の組み合わせで『1つの才能』をいかに効率よく伸ばせるか”…これを自分の息子娘で実践しているんだ。夫人は科学者の血筋だからな。好奇心が人生のすべてなのだろうと勝手に解釈している。」

「つまり、“物事を柔軟に考えられる人募集中”とは、“夫人の親族を賭けた『遺伝実践』に文句を言わない”というのが、仕える上で必須条件なんですね。」

「ああ、君は大丈夫かね?そういう変わった家族との共生に嫌悪感は抱くかい?」

家令は不安げに俺の顔を観察する。そりゃそうだ、“自分の子供を実験台にする”のと変わらない。しかし、俺には俺の事情がある。俺はあまり他人の家庭に興味がないそぶりをした。

「……まあ、俺はあんまり他人の事は言える立場ではないんで……」

「うん。では、お試しという事で、君は一旦フットマンに配属してみようか。フットマンの仕事は何か勉強はしてきたかね?」

「主に、雑用ですよね。食事の配膳と給仕、来客の案内、戸口の開閉、荷物の運搬、主人のお供が一般的な仕事だと聞きました。……また、新人フットマンはホール・ボーイと呼ばれ、使用人ホールの雑用や靴磨き、屋敷の掃除・使い走りをするのも耳にしています。」

「まあ、厳しく躾けられながら、後年には執事への昇進を期待されるのだから、ホール・ボーイの経験も無駄でない。……じゃあ、専用の服を渡すから、着替えが終わったら館内に来なさい。君を執事が案内するだろう。ちなみに、私は家令だ。今後ともよろしく。」

「橘と呼んでください。よろしくお願いします。」

「ノンノン。橘君。ここでは、今は“ホール・ボーイ”だ。」

「イエッサー、理解しました。ホール・ボーイ、更衣室に向かいます!」

俺は家令に場所を聞いてから、更衣室に入った。

*灰場家 『更衣室』 α世界線

「…白い蝶ネクタイに、白いベスト、黒い上着に黒いズボン、そして白い手袋……まるで、オーケストラの燕尾服のような見た目だな。」

「……やはり、初心者にはモーニングコートも燕尾服も同じに見えるか。モーニングコートは朝と昼に着る。燕尾服は夜にのみ着る。見た目の違いは、燕尾服は前と後ろの丈の長さの境が直角になっている。しかし、モーニングコートは境が無い。今は昼だから、着るのはモーニングコートだ。ホール・ボーイ。ほれ、こっちを着なされ。」

「も、物音を立てずに…真後ろに立つとは。貴方は、何者ですか?」

「私?私は、この館の執事“レッド・アイビン”。“レッド執事”と呼びなさい。それより、この館での“禁句について”説明しようと思ってな。更衣室なら、音漏れの心配もあるまい。心して聞きなさい、ホール・ボーイ。一度しか言わんが、大事な事項じゃ。」

「!…わ、分かりました。説明お願いします。」

レッド執事がコホンと咳ばらいをして、説明を始めた。俺は心して聞く。

「灰場夫人が遺伝子の実践をしている話を家令が君に告げたと思うが、“館内では、遺伝の科学の話は厳禁”である。特に、主人と夫人の娘息子の前では話すな、絶対だ。お嬢様も御坊ちゃまも気にしているのでな。……“私たち、僕らは本当に愛されているのだろうか”と悩んでおられる。」

「それは……まさか“環境要因のコントロール”を愛情でしている…のですか……?」

「いいや、そうではない。ストレスは学業のみだ。愛情の偏りは、精神疾患の元になってしまって才能を潰す。ただ、外野の噂などへの対応は、“本人が真偽を選別するように家訓で決まっている”のだ。夫人は“嘘を見抜ける能力を育てる為”と、子供達の行動を制御したり、教えを導いたりなどの“親の導きは一切しない”のだ。それが“思春期のお嬢様にとって、大変負担らしい”…。」

「……遺伝の話はタブーなのは分かりましたが、お嬢様や御坊ちゃまの相談に乗るのは、使用人はやってはダメなんですか?」

「……いや、使用人は相談に乗るのはいいらしい。親がダメな理由は、子供は親のいう事に無条件で降伏してしまう可能性が高いからだそうだ。他人はそこまで影響がないから問題ないらしい。」

……なるほど、複雑そうだ。

「レッド執事。説明有難うございます。只今、急いでモーニングコートを着て見せましょう。」

「ホール・ボーイ、説明はまだまだあるぞ。次は、館内で“同僚の紹介”をしようと思っている。それが終われば、主人たちの紹介もせねばならないし、覚えることは沢山ある。精進せよ。ホール・ボーイ。」

*灰場家 1F『館内ホール』 

「…あ、あれ?これで全員ですか?」

俺は思わず聞いてしまった。自分を入れて“5人しかいない”使用人。説明しだすレッド執事。

「久しぶりの面接で、私も緊張してしまってなぁ。つい、“先月の体制”で話しこんでしまった。すまんのう、ホール・ボーイ。先月辞めた使用人を考慮すると、今月から5人で回すことになってしまったのだ。こんな職場で済まんね。家令、執事、従者、侍女、厨房メイドがメインの役職で、残りの役割は“手が空いた人がやる”形式になっている。橘……ホール・ボーイと呼んだが、皆、ある意味“激務でホール・ボーイ状態”なのだよ。君は、家令によると“従者”になりたかったらしいじゃないか。いいぞ、やらせてあげよう。一週間は“研修”にするから…そうだな、クロエ、橘の訓練に付いてやってもらえないか?」

「はいっ!新人の橘に、バキバキのメキメキにメイドの基礎を叩き込んで見せますっ!」

「ク、クロエ…たださえ、今“5人しかいない”のだぞ。ここで、橘に辞められたら、使用人の崩壊が起きてしまうぞ。バキバキのメキメキは、程度が不味いんじゃかないか。クロエよ。」

クロエはいたずらっ子の顔つきで、言い放った。

「私、クロエは、橘は根気強い性格と見なしましたっ!おそらく大丈夫でしょう。」

あんまり変な空気にならないように、俺は俺でクロエに乗っかる形にする。

「……実は、僕“元警官”でして、我慢強さには自信があるんです。レッド執事。」

“元警官”と聞いて、レッド執事が目を見開いて感動している様子だった。

「ほおうっ!!なんという、救世主じゃ。橘、お前は使用人の希望じゃ!」

「有難うございます。レッド執事。…それで、自己紹介ですが、家令に、クロエ、レッド執事、それに僕、…あとは……厨房メイド?」

厨房メイドらしき低身長の男性が喋る前に、さっき面接官であった家令が間に入ってしゃべる。

「橘、私は“スチュワード・鮫井”と呼んでもらってかまわない。厨房担当は……ほら、こっちに来なさい。」

「あわわわっ!!“トレイル・賀今“です!!主に厨房で、料理を作るのがメインで働いています!!」

「トレイルは入りたての頃、物凄く“恥ずかしがり屋”でなぁ。今はだいぶマシになったよ。そのことも踏まえて、接してやってくれ、橘。」

「よよっよよ、よろしくお願いします!!」

「ああ、よろしく。トレイル。」

俺はトレイルと握手する。お互いの自己紹介がひと段落して、手のひらをパンパンと叩くレッド執事。

「では、今日の昼は“屋敷内の全体清掃”になる。家令と私も参加はするが、主に、若造3人が中心的に動いてもらう形にどうしてもなってしまうかもしれない。では、“掃除”を開始する!」

……5人で3階の館を掃除か……出来るのだろうか?

*昼 『5人で大掃除』

「私と家令は、1階から3階の美品の乾拭きと備品の整理をやる。床のロールカーペットの掃除は、クロエと橘で分担してもらって、1階から3階の掃除機掛けをしてもらおう。トレイルは、厨房の消毒と食材の倉庫の整理と在庫確認をお願いしたい。」

俺は尊重の意味を込めて、敬礼をした。

「イエッサー、レッド執事。仰せのままに。」

俺に続いて。クロエも敬礼する。

「はい、承知しました。……橘、ちょっといい?」

「うん?……ああ、分担の相談か。」

「そうそう、掃除の話よ。」

クロエがウインクをした。バタフライエフェクト諜報部では、“ウインクは『報告を意味する』アイコンタクト”である。俺に情報共有する事項があるのだろう。

「分担は大事だからなぁ。クロエ、掃除用具室へ案内してくれるか。そこで決めよう。」

俺とクロエは掃除用具を取りに場所移動した。

*昼 『掃除用具前』

「……んー、撒いたな。それで、クロエ。話ってなんだ?」

「実は、この館で“今晩、灰場ビクティに対して仕向けられた『事故が起きる』”らしいの。K本部長が言っていたわ。地球のα世界線に“弄られた形跡が発見された”らしいの。その気遺跡の弄り方がどうも“金星の技術に酷似”しているって。」

「“事故が起きる”……それは、どんな事故かは分かっているのか?」

クロエはK本部長の報告をなるべく短めに纏めながら説明する。

「…それが、“毎回、形式が違うらしい”のよ。交通事故だったり、公園の遊具に依るモノだったり、……そして、ビクティ坊ちゃまは運動神経が良いのか、“ぎりぎりで致命傷を避けているらしくて、毎回緊急入院で命を取り留めている”らしい。同じ世界線で“事故が多発すると、坊ちゃまに警護がつく運命になっている”から、多発している事故は“全部、違う世界線で起きているらしい”の。」

「………あまりにも、各世界線のいじりが多発しているから、コミ・テラーの犯行がすぐ発見できたって事か。なるほど。……なぜ、そんなにも“灰場ビクティの殺害”に固執するんだろうか……」

すると、俺とクロエのインカムが鳴った。

(ぴぴぴっ)

『こちら、ノア。橘、クロエ、今良いかな?』

「こちら、橘。どうした、ノア?」

『……この前の“コールドスリープの話”覚えている?灰場ビクティとコールドスリープの接点、調べてみて分かったんだ。最初に試された“コールドスリープの冷却材”は“カルボα薬品とナーラβ薬品”だったらしい。この実験はネズミで試されたんだけど、失敗に終わった。それで、次の冷却材を決めるときに、どうしようかと研究者たちは考え込んだ。研究者たちの一人が“カルボ”と“ナーラ”の名前から“超ひも理論”を連想して、“カルボαとナーラβの化学式”の超ひもを考えて、分子と原子を置き換える手法を………』

いつものノアの専門用語の説明に、頭がこんがらがる。俺はノアみたいに論文を読み漁るタイプではないのだ。

「こ、細かい詳細は頭がこんがらがるッ…ザッと説明してくれ。頼む。」

『つまりは、灰場ビクティが発見した“カルボαとナーラβの冷却方法”がなければ、コールドスリープの実験は成功しなかった……コールドスリ―プは、灰場ビクティがいて初めて成しえた技術だったんだ。』

俺とノアのやり取りを聞いていたクロエが間にスッと入った。

「つまり、“化学式の型”が必要だったって事?ノア。」

『そう!クロエの言う通り、“化学式の型の応用でコールドスリ―プが完成した”んだよ!』

俺はノアの話を聞いた後、あることを思い出していた。

「……そういえば、灰場ビクティの最初の事件で“壁にアインシュタイン・マクスウェル方程式がスプレーで書かれていた”形跡があったな。おそらく、浅井進が書いたんだろうが、…あれはどういう意味なのだろうか。」

ノアはこれまでの話を纏めながら、彼なりの憶測を話し始めた。

『アインシュタイン・マクスウェル方程式は、重力と電磁波の相互作用を計算するものだよ。……コールドスリープ、化学式の型、電磁波、神経チップ、もしかすると、冷凍状態の神経チップにアクセスする電磁波を誰かに開発してもらいたい…のかな?』

クロエも憶測を俺達に共有する。

「灰場ビクティに結び付けることで、“キーワードを第三者に残す”のをわざとやっているって事?ノア。でも、そうなると、“コールドスリープと神経チップの情報が無いと第三者に伝わらない”わよ?」

ノアはクロエの憶測を肯定して、1つの仮の話をする。

『“地球ではなく、宇宙の惑星からの接触を待つ者”、か……もう少し、僕も資料を調べてみるよ。』

「ああ、頼む。今回の報告、調べてくれてありがとう。ノア。」

俺は、引き続き調べものをするであろうノアに感謝の意を伝えた。

『また、あとでね。橘、クロエ。』

(プツンッ)

インカムの通信が終わった。すると、クロエが話し始める。

「橘。情報量が多いところ申し訳ないけど、私からも共有したいことがあるの。」

「ん?いいぞ。任務だからな、しょうがない。」

「灰場家の子供たちに関してだけど、子供は全員で“3人”。長女、次女、長男の順番の生まれで、長女は、黒いメッシュが入った赤い髪をしているの。長女の名前は“灰場ミユキ”。次女は、白のメッシュが入った青い髪をしている……名前は“灰場マヨイ”。長男の末っ子は、黒髪の小学生。一度、館の外で見たでしょ。あの子よ。」

覚えるのがちょっとややこしいなと思いながら、姉弟の特徴を俺はクロエから聞き出そうとする。

「3人姉弟で、上の2人が女性。末っ子が男性……ほかに特徴はないか?」

「遺伝の話になっちゃうけど、3人共“デザイナーベイビー”という技術で、海外で精子と卵子の組み換えをしている。長女のミユキは“母親の優性遺伝子と父親の劣性遺伝子”の組み合わせ、次女のマヨイは“父親の優性遺伝子と母親の劣性遺伝子”の組み合わせ、そして、末っ子のビクティは“母親の優性遺伝子と父親の優性遺伝子”の組み合わせ。」

……!。ここで俺は“ある象徴的な標識”を思い出した。我ながら、酷い例えであったのは自覚済みである。

「公衆トイレの色分けで覚えればいい。長女は“母親の女性の『赤』”、次女は“父親の男性の『青』”。そして、両優性の末っ子のビクティ坊ちゃん。」

一瞬、クロエがギョッとしていたが、任務で覚え間違いをされるくらいならマシと開き直ったのだろう。クロエの表情は戻り、共有情報の説明に戻った。

「赤髪のミユキは母親と仲良く父親と仲が悪い。青髪のマヨイは父親と仲良く母親と仲が悪い。一方、ビクティ坊ちゃまは父親と母親とも良好よ。…ただ、上の2人のミユキとマヨイがビクティ坊ちゃまに対して“嫉妬”しているの。」

これは灰場家に入ったばっかしの時に、家令かレッド執事にすでに薄っすら聞いていた事項だ。

「……“私たちは片方にしか愛されないのに、お前は両方から愛されやがって”ってか。」

「…多分、そんなところだと思う。そして、心して聞いて、橘。今日は“ビクティ坊ちゃまの誕生日会”があるの。おそらく、上の2人は嫉妬に明け暮れるはずよ。」

「今回の事故の犯人候補は、すでに2人居るって事、か……分かった、クロエ、説明有難う。」

「今日は特に“注意する必要がある”のを忘れないでね。」

*夕方 『晩餐会』

(パァーンッ)

クラッカーを鳴らす音がホールで鳴り響く。

「ほら、使用人の皆さんも続いてクラッカーを鳴らしなさい。」

(パァンッパァーンッ)

俺とクロエも続けて鳴らす。そして、最後に厨房メイドのトレイルがクラッカーを鳴らす。

(パァーンッ)

すると、ビクティは目をキラキラさせ、テーブルに置かれた沢山の料理に感動していた。

「うわぁーーー、すごい料理!ボクの好物ばかりだぁー!ボク感動しちゃったよ!」

「今日はビクティの誕生日だからな!ビクティの好物を用意するように、トレイルに頼んでおいたんだよ。ありがとう。トレイル。…ビクティも満足するまで腹いっぱい食べていいんだぞ。今日は特別だ!」

主人がそう言うと、夫人も続けてビクティに語り掛ける。

「……今日は特別ですよ、ビクティ。明日は、今日の摂取したカロリー分、ちゃんと運動してもらいますからね。まあ、ビクティは運動が得意だから、あまり心配はしてないですが……」

ビクティは元気いっぱいに両親に返事をした。

「分かったよ!ママ!明日いっぱい運動するね!」

「………」

長女のミユキの目線が弟のビクティに向けられているが、何やらいけ好かないと言わんばかりの眼光である。そして、隣にいる次女のマヨイにコソコソ話で話しかけた。

「…私は、ママの特技の勉学を受け継いでるけど……パパのは……。運動神経は、マヨイやビクティのようには行かないわね。」

「ミユキ、いくら運動神経が良くても、雑学がないと社会に搾取されるわ。私なんて、この前、“友達だった子“に投資の知識が無いのを馬鹿にされたわ。いくら堅実に会社経営で稼いでも、株で倍にするつもりなければ、社長にも役員にもなれやしないって。」

「お互い、苦労するわね…マヨイ。……ビクティは、勉学も運動神経もいいから、皆に好かれるし、その愛嬌でパパの会社を継ぐんでしょうね。……私とマヨイは、2人で組んで“会社設立”でもしないと、親から自立できなさそうよね。」

マヨイはミユキの袖を親指と人差し指でつまみ、息をごくんと飲み込む。そして、小さな声でミユキにこう答えた。

「わ、ワタシ、ミユキとならできるかもしれないと思うの!将来、一緒に起業しようね!ずっと、ずーっと一緒に居ようね!ミユキっ!」

「……マヨイ…そうね、マヨイと私の2人なら、出来る事もあるかもしれない。」

ミユキがそう答えると、マヨイの手を握り、こう続けた。

「マヨイは団体スポーツで鍛えた“コミュニケーション能力”で会社の指導をして、私は勉学で鍛えた“論理力と発想力”で、組織ノウハウの構築や商売の方法の模索などを担当する。海外のインターネット企業なんか少人数制で運営している会社もあるし、やり方次第ね。」

「じ、じゃあ!すぐにでも、若いうちに“2人でできそうな準備や計画”を立てようよっ!」

マヨイは喜んだ勢いでミユキを抱擁した。ミユキはマヨイのフレンドシップ力の高さに少しびっくりしたようだったが、ゆっくり目を閉じマヨイを受け入れる。どうやら、3姉弟の上2人はとても仲が良いようだ。遺伝のせいで生き辛い環境に置かれていることで、絆が深いモノになっているのかもしれないと、俺は察した。すると、主人はビクティに話しかけた。

「ビクティ、パパとママからのプレゼントは実はまだ“未定”なんだ!」

「み、未定?つまり、どういう事?パパ。」

主人は得意げに腕を組んでビクティに説明をする。

「……フフフ、実は、パパとママは“ビクティ専門のカタログを作った”んだよ!そのカタログの中から毎年“プレゼントを選ぶ形式”にしようって決めたんだ。」

「じゃあ、お夕食が終わったら、カタログを見てプレゼントを選ぶっていう形になるの?パパ。」

「それでもいいぞ!ビクティ。」

俺は、ミユキとマヨイがびっくりして固まっている様子を見逃さなかった。

「…………せ、“専用のカタログ”……?」

「……灰場家の家訓“親の導きは一切しない”のルールは……?」

ミユキとマヨイは、灰場家の家訓のグレーゾーンを“ビクティの為だけに”両親がおかしているのを信じられないと言わんばかりのリアクションをしている。長女のミユキは赤髪にお似合いの怒り顔で歯ぎしりをし、次女のマヨイは青髪にお似合いの悲哀の表情を浮かべる。先に、異論を申し上げたのは、もちろん怒り心頭のミユキだった。

「パパ!ママ!私とマヨイにも“専用のカタログ”を用意して欲しい!!ねえ!マヨイもそう思うでしょ!」

「パパ……ワタシも“専用のカタログ”作って欲しい。」

主人は少し考えた後、夫人の方に目線をやる。どうやら、カタログとやらは夫人の意向で作ったらしい。夫人は長い間沈黙したのちに、姉妹にこう答えた。

「検討させて。……これは貴方たちの将来設計に関わるから、すぐに“ハイ”とは言えない。」

「…………ッ!!」

長女のミユキが苦虫を噛み潰したような顔で夫人とビクティを見る。

「ママにとって、私たち2人よりビクティが上のようね。パパはいつもママの言うとおりにしか動かないし。」

「も、もう!!やめて、ミユキ!!ワタシ、パパにさえ大事にされてないと思ったら、正気でいられない!!ワタシ、部屋に帰る!!」

ミユキの言動に、マヨイは涙を浮かべながら、館に響くように大声でそう反応した。そして、マヨイはドレスの裾を持って階段を走りながら登って行く。

「……私もマヨイと同じで部屋に戻ろうかしら。ねえ、パパ、ママ。」

フンと顔をそらすとミユキも後を追うように階段を登って行った。

「……………ミユキお姉ちゃん、マヨイお姉ちゃん…………。」

ビクティは俯き気味に囁いた。どうやら、ビクティは上2人の姉妹は嫌いじゃないらしい。

「ビ、ビクティには、パパとママと使用人たちがちゃんといる!私たちはビクティの味方だ!」

主人は落ち込みを隠せないビクティに何とか励ましを送ろうとするが、俺からしてみてると少し論点がズレている感じを受ける。

「………パパ。それ以上は……」

夫人は、旦那の息子への応援をそれ以上はするなと言わんばかりに、遮った。これも家訓“親の導きは一切しない”なのだろうが、カタログの件と言い、何やら中途半端な印象を受ける。何か“特殊な状況下では反例に繋がる”のだろうか。理由は、夫人に直接聞くしかないだろう。すると、俺のインカムが鳴った。

(ぴぴぴっ)

『こちら、ノア。橘、クロエ。君たちに捜査ミッションを伝える。まず、橘。橘は主人に言い分を聞いてもらおう。なぜ、ビクティと扱いが違うのかについてだ。もし犯人が姉妹のどちらかだった場合、両親の言い分が分かれば、犯行に及ばないかもしれないだろう?橘はこの路線を模索して欲しい。……一方、クロエはビクティの護衛の徹底を引き続きお願いしたい。以上、健闘祈る。』

どうやら、俺は灰場家の旦那に問い詰めるミッションを任せられてしまった。

「……ビクティ、パパ。お料理が冷めてしまうわ。……ミユキとマヨイには、あとで部屋に持っていきましょう。食べるかどうかわからないけど、それでいい?トレイル。」

「はい、奥様。もし、ご夕食が合わなければ、サンドイッチなどの軽食ならすぐ作れます。」

ビシッとトレイルは敬礼をして、夫人に自分がどこまで出来るかを答える。

「……そうねえ、あの子たち。ビクティに嫉妬しているなら、晩餐会のお食事より、サンドイッチの方が効率良いかもしれないわね……」

夫人はしばらくテーブルの上に沢山ある晩餐を眺め、あることを決めた。

「そうね、使用人の皆さん。聞いて。今日はビクティのお誕生会で、このまま後味が悪い状態はビクティが可哀想なの。だから、使用人の皆さんにもビクティの誕生日を祝ってもらうって意味で、一緒にご夕食を食べて欲しいんです。いいですか?」

おろおろしていた主人は夫人の言葉でハッとする。

「そ、そうだ!使用人の皆で食べよう!皆でビクティの話を聞いたり、使用人は特技を披露したり、何でもいい!終わりよければ全て良しだ!」

“使用人は特技を披露”……俺は、元警官だったから“合気道”なんてのを身に着けているので、それでも披露するか、と悩んでいたら、クロエがちょんちょんと人差し指で俺の腕をつつっている。

「クロエ、何だ?相談か?」

「私、社交ダンスが出来るんだけど……相手がいないのよね、今の状況……」

「お、俺はダンスなんか出来ないぞ。まず、音楽とかリズム感覚が無い。ダンス相手に俺を選ぶのはやめとけ。恥をかくぞ。」

「ええー、じゃあ、私は何をお披露目したら良いの?」

俺とクロエが雑談していると、俺の横からレッド執事が入ってきた。

「ゴホンっ。お嬢さん、ご老体でも良ければ、このレッド・アイビンが体をはってお相手しても良いぞ。コホンっ…」

レッド執事がもじもじしつつ提案をクロエにした。果たして、クロエの反応はいかに、とレッド執事も考えているのだろうか。

「レッド執事さんがお相手してくれるの!クロエうれしいわ!喜んで!」

心なしか、クロエの両耳がピコピコ動いているように見える。もしかして、クロエはお世辞モードに入ると耳が反応するタイプなのか?まるで、小動物のような機敏である。

「じゃあ、私らはビクティ坊ちゃまを楽しませるのに、今からテーブルの向こうで、社交ダンスを踊ろうではないか。行くぞ、クロエ。」

「はい!レッド執事さん!」

すると、トレイルがレッド執事に問いかける。

「ワルツですか?執事。」

「ワルツとベニーズワルツだ。2つとも、“3拍子”のリズムで頼む!トレイル。」

「えっ!2曲も踊るんですか!」

「ビクティ坊ちゃまの為に、最低でも3分は披露せねば、気分転換にならんじゃろう。お嬢さんはそう思わぬか?」

「……それはそうですね。鋭い指摘です。」

「さあさあ、お披露目じゃ!」

トレイルが3拍子の手拍子をする。トレイルの手拍子が始まると、主人、夫人、俺、と続いて手拍子を始めた。準備が整ったところで、クロエとレッド執事が社交ダンスの形式に腕を組む。そして、穏やかな波打つ浜辺の水面を描くように片足を優雅に滑らす仕草を2人はし始めた。

「僕、音楽かけてくるっ」

ビクティはレコードプレイヤーの方に向かって行った。ダンスに音楽を付けてくれるのだろう。

皆が手拍子をしているうちに、音楽も3拍子に乗り、心地よさそうにダンスが披露されている。芸術に疎い俺だが、身近で披露される“誰かのための芸当”に少し感動してしまった。震災などで歌手などが歌を披露し、被災者を元気づける行事があるが、こんな心境なのかと思った。

俺が社交ダンスに感動していると、ビクティがもじもじと俺に何かを隠しながら喋りかける。

「……た、橘だっけ?今日が初めての配属の日なんでしょ?橘に見せたいものがあるんだ。一般的な人から見てどう思うか、教えてもらいたくて。」

俺は主人の顔を見た。主人はコクコクと軽く頷き、了承を得てからビクティに答える。

「ビクティ坊ちゃま。それはどんな物でしょうか?」

ビクティは背中の後ろに隠していた物を前に出す。それは、“青色のメタリックに染めた『金魚の模型』”だった。

「これ、人工筋肉で動く“金魚の模型”なんだ。つまり、ロボット。確か、ここにスイッチがあって、ONにすると……」

琉金型の金魚の模型がエラ呼吸をしているかのように少し膨らんでは縮みを繰り返す。そして、ゆっくりとヒレが空気を仰ぐように波打っている。

「金魚は元の色の“赤”は長女のミユキお姉ちゃんの色。金魚は金運、子宝、魔除けの意味。青色のメタリックは、聖母マリアの青い衣装を表していて、純潔、誠実さ、平安、知性、信頼の意味。“青”は次女のマヨイお姉ちゃんの色を表している。……つまり、“2人で1人というコンセプト”で、いつも仲が良いねという僕からのメッセージなんだ。……でも、」

「……でも?」

「琉金は和金の突然変異によって中国で誕生して、現在の沖縄を経由して日本にやってきた品種。中国の品種をキリスト教に加工しているのが“邪教”とも意味が取られかねない。また、金魚の品種に“青は存在しない”んだ。その“存在しない”を意識して意味を取られたらって思うと、……どうしても、プレゼントとして渡せなくて……」

もじもじとしているビクティに俺はそのプレゼントの核心を突く一言を放った。

「その“プレゼントを渡したい”という思いの裏に、“僕も参加したい”っていう気持ちが隠れているような気がするが……違うかい?ビクティ坊ちゃま。」

俺がそう言うと、ビクティはハッとして内心を話し続ける。

「!……そうだね、橘の言う通りだ。定期的に2人にプレゼントを渡して、少しずつお近づきになろうとしたんだよ。だって、僕たち“家族”なんだよ?辛い時も嬉しい時も共有していたいじゃないか!それに、2人は独り立ちした後の事を気にしていたけど、僕だったら“彼女たちがどの職種や分野に進めばいいか”の知識がある。何なら、3人で一緒に企業だって出来る。そうすれば、ポジションの維持の問題も無くなる。」

ビクティは凄い聡明だなと圧倒されたが、もしかすると、これは主人や夫人の教育の内容で直接、教えられたものかもしれないと思うと、長女のミユキや次女のマヨイが“家訓を無視して優遇している形跡”に嫉妬するのも頷ける。

「経営やビジネスの常識は……自分からご主人に聞いたのですか?」

「?……いいや、主にパパから“チェス”と“会社の後継者の指導”を急に教えられたんだ。最近の出来事だよ。」

「“パパから積極的に教えられんだ”んだね?ビクティ。」

「?……うん。」

今日はビクティにとって不運な日だったのを思い出し、ビクティが明日までそれらの思い出を引きずらないで済むように、俺は一言付けたした。

「夫人は生物学に長けている。おそらく、ビクティ坊ちゃまへのご対応、ミユキお姉さまとマヨイお姉さまへのご対応にも、なにやら“理由が存在する”と、この橘、ご夫人の聡明さを知っております。……そして、お坊ちゃまもお姉さま2人も“その理由を知る必要がある”と橘は考えております。人間関係は、家族、恋人、親族関係なしに、“意思の疎通の足りなさゆえに滅びる”のです。つまり、今必要なのは“親と子のすれ違いの解消”なのです。」

「……じゃあ、僕がママやパパに直接聞きに行けばいいの?」

「いえ、まず、“3姉弟みなが聞いていい内容かどうか”をわたくし、橘が確認してまいりましょう。衝撃的事実だった場合、困るのは3姉弟の皆さまです。念には念を入れて、まずは使用人の私が事実確認をします。そして、主人や夫人に承諾を得てから、一番初めにビクティ坊ちゃまにお話ししましょう。……それでいいですか?ビクティ坊ちゃま。」

「うん!分かった。橘、調査お願いするね。」

「お任せください。ビクティ坊ちゃま。」


*夕食後 灰場家2F 主人の部屋

俺は主人の部屋の扉をノックする。

(コンコンコン)

「入っていいぞ。」

主人の許可があったので、俺は部屋の中に入った。

「橘です。ビクティ坊ちゃまの“申し入れ”で参りました。“親子間、姉弟間のすれ違いの解消に、母親や父親が介入する”のをビクティ坊ちゃまは求めています。」

主人はどうしたものかと考えながら話す。

「……家族間のそれ違いに“母と父が介入する”……それはどういう理由で?」

俺は作り話でもいいから、主人と夫人を動かすために話をこねくり回して説明する。

「……ビクティ坊ちゃまは“姉弟間の愛情の不均衡に疑念を持つのは、母や父への疑念が元であるからかもしれない”と。自分の同級生に、家庭がどんなに不均衡になっても平気な方がいるのは、それは彼が“両親への確信がちゃんとある自信”を持っているためと考えたみたいです。」

主人はなるほどと言いながら、しかし、何か引っかかりながら説明する。

「…………“親への疑念”か。しかし、私たちが出て行くのは最終手段になるだろう。姉弟の亀裂はむしろ、母親の計画……いや、遺伝子での生態系上にある“予定調和のモノ”なんだ。人類のDNA上で発生せざる終えない問題なのだよ。嫁が言うには、ね。」

「……つまり、“上2人がビクティ坊ちゃまを妬む“のは、研究の内に入るという事ですか?」

「ああ、そうだよ。そして嫁はこう考えている。“ビクティ自身が上2人と直接向かい合い、問題を解決する必要がある”とね。」

「………………」

……科学知識がある夫人にとっては、仲たがいは計画通りなのか。俺は、この後どうすればいいか必死に考えながら、主人の話を聞く。

「長女、次女は“大きな能力の欠点がある”のが原因で、常日頃“劣等感に襲われているはず”だ。この性質は、ある1つの物事に執着して、それが成功すると物凄く感動するように、脳の神経がセットされている。常時ストレスがかかると“同じ物事を何度もグルグル考える習慣”は脳の神経を太く成長させて、ある特定の脳の分泌物の循環が良くなるのだ。しかし、その反面、躁鬱やPTSDの起因になる場合もある。彼女らが疾患にならない程度に面倒を見つつ、ビクティの方の計画を進める必要がある。」

「………………」

異論を呈したいが、俺にとって任務がさ優先事項だ。余計なことは今はまだ言えないのが現状である。主人の説明は続く。

「後半、話がズレてしまったな。長女、次女は生態系ゆえに“成功にも執着する”が、憧れや欠点にも執着する。そう、愛憎のような気持ちを持つのだ。人生の生き辛さは、あらゆるものに執着するようになっている。上の子2人は成功と愛憎で、将来は爆発的な功績を残すだろう。しかし、強すぎる執着は“自ら他人を許せない性質を持つ”はずだ。彼女らはこれが課題である。……一方、ビクティは両方の優性遺伝子を持っているが故に多才だが、“器用に何でもこなせる”というのは“強い動機を生まない”。そう、例えるなら、彼は“バッターボックスに最後まで残る泥臭さが身に付かない人生を歩む”可能性が高いのだ。また、優等生は褒められ慣れすぎて“打たれ弱い性質を持つ”傾向がある。上2人に八つ当たりされている今が逆に彼にとってチャンスなのだ。……天才や才能というのは強い劣等感が世に反逆心を生み出す時に、開花するものだ。ビクティはそれに該当しない。だから、カタログを作った。“先に才能を開花させてから世に出してやろう”と将来、潰れるであろう運命が見えている。あとは、上2人にもまれて“仲介者のスキルを育む”のみだ。」

「……つまり、主人と夫人が出る幕は最終手段というのは、ビクティ坊ちゃまのスキルを上げるためであるという事ですね……。」

「……不服かい?」

……不服と言えば、正直、不服だ。

「……ええ、正直なところ、わたくしがビクティ坊ちゃまと同じ年齢の頃を思い出しました。当時のわたくしには、同級生の仲介など出来る器量もなかったのが現実です。しかし、今、大人となったわたくしには、高校生の頃に習った“合気道”のおかげで相手が逃げます。」

「……つまり、話し合いだけが説得の要因ではない、とな?」

「……そういう場合もありますね……わたくし、前職が警官だったので、“人類は最後、チンパンジーやゴリラとそう変わらない”という偏見を持っています。悲しい考え方ですが。美談だけでは物事が通らないという現実では、小手先の会話など役に立たないのを何度も見ました。」

「…………ビクティと君の考えは把握した。そうだなぁ……嫁……夫人を説得したいなら“書庫”に教育関連の本がたくさんある。反論はソースが無いと、夫人は動かないはずだ。」

「“書庫”ですか?」

「私の部屋の隣にある部屋だよ。ビクティと一緒に読み漁ってみてはどうだ?……私が言えるのはここまでだなぁ……」

「……分かりました。ご指導ありがとうございます。それでは、失礼します。」

俺は主人の部屋を出た。主人の隣の部屋、間取りから言うと“1つしかない”ので、書庫がどこにあるか明白だった。

「そうだな、まずは鍵が掛かっているかチックしないと。」

俺が書庫のドアノブを触ろうとしていると、1Fからビクティの泣き声が館全体に響きだした。

「マ……!!!ママァーーーー!!!!!」

(バタァーン!!)

勢いよく開いた戸が壁にぶち当たり、すごい音がした。俺は2Fの渡り廊下の手すりを掴み、1Fで起きたことを把握する為、2Fから“吹き抜け”をのぞき込み、1Fの様子を見た。

「クマが!!!!!クマがぁ―――――――!!!!!」

1Fにいるビクティはおそらく夫人の部屋に行きたいのだろう。泣きじゃくりながら、大広間の端から端へ斜めに、“中央を横切ろう”とした。……すると、元警官の俺が“聞き慣れた音”がした。

(パアァンッ!!)

火薬の破裂音を聞き、俺は焦ってビクティの名を呼んだ。

「ビクティ!!!!無事か!!!!!!?」

ビクティは破裂音に吃驚したのか、1Fの大広間の中央のところで蹲っている。大広間の中央は、直線状に天井に“シャンデリア”が付いている。そう、ビクティのいる場所は“シャンデリアの真下”だ。物事の流れで、俺はシャンデリアを見た。シャンデリアは大きく揺れている。火薬の破裂音……シャンデリア……俺はあることに気づき、とっさに叫んだ。

「ビクティ!!!!シャンデリアから離れろ!!!!」

(ガチャッ!!)

シャンデリアの鎖が少しずれた音が館内に響く。

「うわあぁ!!!?」

ビクティは腰を抜かして、その場で動けなくなってしまった。

「……“アックセラレイド”!!」

クロエの声が響いた。クロエの声に呼応するように、足首の外側が緑色に発光し、瞬く間に1秒で3m進む勢いで走る。

(ガタァン!!!!)

シャンデリアの鎖が完全に外れて、シャンデリアはビクティの真上に落下し始めた。

「クロエ!!!!」

「分かっている!!!!!」

(ガシャアアアアァアァァン!!!!)

状況とは裏腹に、シャンデリアのガラスの粉塵がキラキラと空中に舞い、幻想的な砂埃が演出されてしまっている。果たして、ビクティは無事なのか、クロエは間に合ったのか。俺は2Fから急いで階段を降り、1Fに向かう。俺が階段を下りていると、シャンデリアの落下の衝撃音でぞろぞろと皆1Fに集まり出していた。

「ビクティ!!!!クロエ!!!!無事か!!!?」

1Fに着くと、俺はシャンデリアが落下した所まで走って駆け寄った。

「……た、橘!ぼく、ぼく………うわあぁぁあぁーーー―っ」

ビクティはその場で座り込んで大泣きしてしまった。

「……大丈夫よ、ビクティ坊ちゃま。大丈夫。」

クロエの容態を見ると、両足に小さな切り傷が所々に見受けられた。

「シャンデリアの破片で足の表面が少し傷ついたみたい。」

「……念のため、俺が手当てする。肩貸すぞ。」

「足を捻ったり、骨折したりした訳ではないわ。これぐらい、大丈夫よ。」

「怪我人に負荷を与えるのは、俺のポリシーに反する。」

俺はクロエの背中を右腕で支え、左腕を両膝の裏に回し、ひょいっとクロエを持ち上げた。

「!!?……な、これって!!!?」

クロエが顔を真っ赤にした。

「何だ。俺が持ちやすいように持っただけだろう?」

俺は内心、この持ち上げ方が“お姫様抱っこ”なのは分かっていたが、もし仮にクロエをおんぶするとしても、彼女の態勢がが許してくれなければ持ち上げられないので、半ば強制的に持ち上げるにはお姫様抱っこしかなかったのだ。

「た、橘のバカ!!!!バカバカバカバカ!!!!」

「ビクティ、見てみろ。クロエはこんな両足をしているが、こんなにも元気だ。ビクティも笑っていいんだぞ?皆無事なんだから。」

「……う、うぅ……」

ビクティは徐々に泣き止んだが、ほっと息を整えたのちに、今度は静かにうれし泣きをし始めた。

「……よかった……僕も……クロエも……無事で……」

うれし泣きをしているビクティにレッド執事が近づき、両手でビクティの頬を包んだ。そして、両手の人差し指でビクティの涙の粒を拭う。

「……坊ちゃま。怖かったでしょう。」

「……うん。」

「でも、坊ちゃまは使用人の心配をする器量を持ち合わせている。坊ちゃまは器の大きいお方だ。私は、それが誇らしいです。」

思わぬアクシデントに館全体が緊張に走ったが、今は平穏のムードが出来上がっている。……しかし、俺は忘れてはいない。ビクティが部屋を出た瞬時に“タイミングよく発砲音が鳴った”事。そして、俺達“バタフライエフェクト諜報部”は『ビクティを狙う事故を止めに来た』事。……また、今、館にいる皆が安堵の表情をしている中、無表情を浮かべている人物がいるのを見つけた事。


* ?????? 視点

「……嘘。信じらんない……。」

落胆した少女は部屋に籠り、頭を抱える。脳裏に浮かぶのは“失敗”の文字。そして、次に浮かぶのは“私はアイツの劣化品”であった。

『…また思い出しているのか。過去の思い出を。』

少女の脳内で“声がした”。すると、少女の影から大人1人分の大きさの黒い塊がぬるりと出て、黒い塊は語り続けた。

『お前は、あの殺し方に固執しすぎだ。何なら、皆が留守の間に刺殺でもしちまえばいい。違うか。』

黒い塊は見る見るうちに人型に変形し、黒い表面は煙のように消えていった。そこに現れたのは、少女と同じ髪色の青い眼をした、肌が焦げ茶色の長身の男だった。影から現れた男の頭には、黒色の牛の角のようなモノが生えており、黒い煙を吸収していたようだった。

「あの殺し方じゃないとダメなの。アレは元々ビクティ自身が考えたモノだから。」

少女は自分がどうしてもこんなにも弟に固執し、殺意に飲まれているのか分からなかった。すると、角の男は、少女の両肩に手を添えて話す。

『…お前の殺意と俺の遺伝子強化は、直接は関係が無い。あくまで、お前のDNAの能力を強化しているだけだ。』

角の男は続ける。

『DNAと記憶の強化は、俺の力に依るモノだ。おそらく、お前の拘りは、記憶の強化によるものだろう。』

男の黒い角は段々と青い光を帯びる。

『お前は、お前自身の本能が赴くがままに動けばいい。あとは、俺がこの力で強化に徹底する。俺はお前の味方だ。』

角の男は、そう最後に告げるとニヤリと静かに笑った。少女は、男の不可思議な力で意識が遠のいていく。そして、意識がなくなると、男は少女をベッドに寝かせ、また、少女の影に飲まれていった。


「ママ!ママ!見て、私まだ9歳なのに、連立二次方程式の応用問題が解けるようになったの!」

「すごいわね!まだ、小学4年生なのに、中学の問題が解けるなんて!私にそっくりだわ!ねえ、パパ。」

「ミユキは本当に勉強が好きだなぁ。うらやましい。パパは運動しか能が無いからなぁ。」

遠くの方で花畑のタンポポを摘んで、花束にしているマヨイがこちらに走ってきた。

「運動しか能がないパパには、マヨイからの慰めの花束を贈呈しまーす!」

マヨイの花束を受け取ると、パパはこう呟いた。

「プレゼントかぁ。そうだなぁ、ミユキもマヨイも頑張っている。ママ、何かあげてもいいんじゃないか?」

「うーん、モノに依存できないとがんばれなくなると、ミユキもマヨイも困ると思うよねえ……そうねえ、食べ物なんてどうかしら?」

「キッシュ!私、キッシュが良い!」

「マヨイはクリームシチューが良い!」


『……皮肉なものだ。』

男は少女の記憶から手探りで何かを知ろうとする。

『手塩に掛けた“贈呈品の多さ”じゃ、子供には“愛情にカウントされない”。慣れというのは、家族をも引き裂くのか。』

…今度は、夢の場面が変わる。男はまた少女の脳内を観察する準備をした。


(……ビクティが生まれてから、ママは変わってしまった……3度目のデザイナーベビーの研究貢献で、研究者の人達がママに“子育ての資料を渡す”のを度々、見たのを覚えている……)

「このカタログに載っている項目全てを3歳までに出来ていれば、貴方の息子は我が社の教育機関のメンバー会員に入会できますよ。奥様。どうですか?」

「……息子の教育の仕方は……なにか決まりでもありますか?」

「奥様がご希望なら、こちらからもサポートはできますよ。…私たちが提供するサポートをご希望しますか?」


(あの日から、ママは何かに火が付いたようにビクティに首ったけになった。)


『この方面に記憶を強化するのはマズイ。研究関連の記憶は薄める方針で行こう。……あくまでも、“ターゲットに矛先が行く形”にしなくては……』

男は任務が完了する事しか興味が無い。少女、少年の行く末など、どうでもよかった。

『……そういえば、あの殺し方はターゲットが考案したモノ、と言っていたな。……その記憶周辺を探るか。』

男は少女の記憶を弄る。すると、少女の夢がまた場面が変わった。


「お姉ちゃん!これで答えが合っている?」

「ビクティ……もう連立二次方程式が出来るようになったの……まだ、3歳よね……」

ママは誇らしげにビクティを抱き上げた。

「フフフ、教育の成果ね。内容に追い付いているビクティも偉いわ。……今日の夕食はキッシュにしましょう。ビクティはキッシュが好きだったわよね?」

「うん!僕キッシュ大好き!」

少女はなんとなく“自分だけの思い出の料理”を取られそうな気持を抱えた。ママは続ける。

「……じゃあ、ビクティが何か成し遂げた時は、キッシュとクリームシチューを今度から出すようにしましょうね。」

姉弟である以上“好物が一致する”のはしょうがない。しかし、なんだかママの様子を見ていると、元々の私たちの思い出がママをそう行動させているのをママ自身が忘れてしまっているように思われて、少女は胸が締め付けられる思いを感じている。ビクティはそんなことも知らず、悲哀の念に染まった少女に話しかけた。

「お姉ちゃんに見せたいものがあるんだ!」

ビクティは英語のノートを取り出し、ノートに書かれた“ある落書き”を少女に見せる。

「お姉ちゃん、推理小説が好きでしょ?だから、僕もトリックを考えてみたんだ!もしよかったら、お姉ちゃんと一緒にお話を作ろうよ!」

ノートの落書きをよく見ると、日本語で文章がデカく書かれている箇所があった。

“SVOCとSVOOの応用をすると、推理トリックが作れる。実は、英語は物理と同じ構図をしていたのに気づいた。”

正直、この弟の才能には敵わないと思っている自分がいた。それと同時に、もう母からの尊重を弟以上に受けられる未来もないのではないか?焦燥でもなく、絶望でもなく、どす黒い名の無い不快感だけが少女を襲う。ただただ襲うのだった。


『此処だ。この記憶を強化しよう。女の悲哀と嫉妬が入り交じり、脳が興奮でパニックになる寸前の場面だ。俺にとって、とても都合がいい。』

男は己の角の不可思議な力を発動させ、少女の記憶を、脳の神経を強化させる。全ては“ターゲットの死亡を少女に擦り付ける”為。男は、故郷の星の任務のためにマリオネットを操るのだ。


*夜 1F 『メイドの部屋(クロエの部屋)』

「…橘。大げさよ……」

「いいや。念のため、クロエは諜報部に戻るべきだ。ちゃんとした怪我の処置をしてもらうべきだろう。あとで何かあったら困るからな。」

俺がクロエの足の切り傷を見ながら心配していると、椅子に座っているクロエがこう言った。

「……ガラスの破片が傷口に入った場合、すぐ痛みが走るらしいわ。そんなのはないわよ。」

「俺は、そう思わない。……ノアはどう判断する?」

俺はノアにも意見を聞くことにした。

『……僕も、念のため、専門医の処置を受けた方が良いと思うかな。クロエ、根性で人生を棒に振ったらダメだよ。体は1つしかないんだからさ。大事にしようよ。』

「橘、一人で調査大丈夫なの?ちゃんとできる?」

クロエはまるで新米を心配するかのように、俺に確認する。こう見えても3年のベテランなんだがなぁ……とぼんやり考えながら答えた。

「俺の心配をするよりも自分の心配をしろ。俺は大丈夫だ。なんてたって元警官だからな。」

『クロエ、聞いて。橘には僕もいるし、1人じゃなくて2人でこの事件を解決するんだ。大丈夫。クロエは傷の処置をちゃんと受けて。』

ノアもクロエの説得に参加する。……すると、クロエが折れた。

「……分かったわ、一旦、水星に戻るわよ。」

クロエは首に手を当て、手を当てたところが緑色に光り、その光は全身に広がる。その直後、衣服が風で靡き、クロエの形をした光は消えていった。

『クロエがα世界線から離脱したことで“シャンデリアでけがをした女性メイドの存在が無くなった”のを忘れないでね。シャンデリアで危険になったのはビクティのみになっているよ。』

「異星人がα世界からβ世界に戻ると、地球人の記憶が書き換えられるんだっけか?」

『うん、バタフライエフェクト諜報部の“記憶修正部門の係”がそれらしきいい訳を考えて、地球人の関係者の記憶の穴埋めをするよ。もしかして、記憶の内容の変更のリクエストがあるかい?』

「いいや、あえてリクエストはやめておこう。あまり予定調和に慣れてしまうと、頭の柔軟性が乏しくなるからな。辻褄合わせも脳トレになるだろ?」

『なんだか、君らしいね。』

「そうだろう?」

『雑談もそろそろ切り上げようか。次の段取りを説明するね、橘。』

「ああ、頼む。ノア。」

『これから、そちら側で次に行うのはおそらく“シャンデリアの後片付け”だろう。橘は“シャンデリアに残っている痕跡”を確認する作業をして欲しい。痕跡を見つけたら、とりあえずすぐ僕に連絡して。橘が鑑定できる範囲で補助を出すから。まずは、“シャンデリアの確認”だよ。』

「ああ、了解した。」

俺はメイドの部屋から出て、1Fの大広間に向かった。


*1F 大広間 シャンデリア落下周辺

俺が1Fのメイド室から出ると、俺とクロエ以外の人間がビクティを囲っていた。

「あんなことがあったけど、僕大丈夫だよ!それにしても、橘は凄い!2Fの渡り廊下の手すりから1Fに着地して、そのまま片足で地面を踏ん張って蹴って、シャンデリアの真下にいた僕を助けたんだ!橘には感謝しかないよ!」

……どうやら、ビクティを助けたのは、俺になっているらしい。クロエが水星に帰還したことで、シャンデリアの危機に瀕したビクティを助けた人間が記憶から消えたので、代わりが俺になったみたいだが、……理屈的に飛躍した穴埋めに俺はツッコミを入れたかったが、任務のために飲み込む。そうして、俺はビクティの周りの輪に入った。

「…私にシャンデリアの片づけをやらせてもらえませんか?主人様、夫人様。」

俺の提案に主人と夫人はお互い顔を見合わせ、申し訳なさそうに主人が口を開いた。

「橘君、君には感謝している。しかし、ビクティを庇った時に足を怪我してはいないかい?1Fに着地したり、シャンデリアの破片で足に切り傷が出来てしまったり、私は君の体が心配だ。……今日はもう休みたまえ。君は十分やっているよ。これ以上は、過剰だ。しっかり、休んだらまた活躍してもらうよ。」

「…………うっ」

こんな言い方をされてしまっては、今日はもう皆の前ではもう動けまい。

「……分かりました。自室で今日はもう休んで過ごします。ご配慮、有難うございます……」

俺は2Fの自室で、次の作戦のために仮眠をとることにした。


*深夜 AM 1:25

“皆が見ている状況じゃ動けない”……なら、皆が寝ている状況で調査をすればいいのだ。

「……ノア。“灰場家はPM10:00に全員が寝る”という情報は、確かか?俺、今からシャンデリアの廃棄場所に向かって行っちまうぞ?」

『橘よりクロエの方が灰場家に着いたのは覚えている?クロエの下見によると、廃棄場所は館の外で東側にあるらしい。おそらく、シャンデリアの残骸はそこの廃棄物保管庫にある。まずは、シャンデリアの調査から始めよう。』

俺はゆっくり静かに自室の扉を開け、音が鳴らないように慎重に扉を閉める。館の室内は皆寝ているため、真っ暗だった。これは想定済みで、自前のペンライトで足元を照らしながら進む。なんとか、階段を降り1Fにたどり着いた。そこで俺は考える。

「正面突破はやめた方が良さそうだ。扉がデカすぎて音が出る……そうなると、裏口か。」

……裏口。どこにあるかノアに聞こうと思ったが、試行錯誤しながら館を進むうちに頭がさえてしまい、自分で答えを導き出してしまった。

「……厨房にいけば、外のゴミ捨て場との行き来するための出入り口があるだろう。」

俺は忍び足で厨房の裏口に向かった。


*深夜 廃棄物保管庫(ゴミ捨て場)

厨房の裏口から出て、少し歩くとプレハブ倉庫があった。俺は恐る恐る倉庫の扉に手を掛ける。

「……頼むから、鍵が掛かっているなんてオチはやめてくれよ……」

(……ガラッ)

「おお、開いた。」

倉庫の目立つところに、大きな布のふくろに入っている何かとゴミ袋くらいの大きさの布のふくろに入っている何かが置いてある。……おそらく、デカさの規模的に大きな布のふくろに、シャンデリアが入っているのではないか、と俺は想像した。

「中をのぞくしかないな。……布にシミが出来てない以上、生ごみで腐敗集が凄いなんてことは無かろう。」

俺は勢いで袋を何かから脱がす。すると、案の定、シャンデリアの残骸だった。

「……ノア。シャンデリアを見つけたぞ。」

『OK、橘。……事故発生時、確か“発砲音の後にシャンデリアが落下した”んだよね?シャンデリアを天井から支える鎖は何本か分かる?』

「…………“1本”だ。鎖の様子を観察するに、“千切れた箇所は『金属が削がれた形跡』がある。」

『鎖は1本で、削ぎ切られた形跡、そして、発砲音は1回……橘、そのシャンデリアを僕も解析してみようと思う。ちょっと待ってて。』

ノアがそう言うと、シャンデリアの周りの空中に緑色の解析コードの画面が4つほど出てきた。

解析コードの内容は俺の専門外なので何を表しているかは俺には読めなかったが、ノアの独り言で大体の事を察した。

『そのシャンデリアの製品の鎖の長さとその倉庫にあるシャンデリアの鎖の長さから“天井から何メートルのところで 千切れたか ”計算して………あと、千切れ方から……上から発砲してちぎったか、下から発砲してちぎったか、の判別………』

ノアがカタカタとキーボードを操作して、数分経った時に、シャンデリアの周りの解析コードが順々に消えていき、ノアがカタカタァーンとリズムよくエンターキーを押した音がした。

『分かったよ!橘。そのシャンデリアは“3Fから撃たれた”んだ。そして、千切れ方から弾は地面に並行に貫通したみたいで“3Fのどこかに弾丸がめり込んでいるはず”だよ。そう、つまり逆算して“弾がめり込んだ場所から 高さを並行して シャンデリアの中心点を通る場所が、銃の発砲場所になる”んだ!』

「……なるほど。解析有難う、ノア。俺は今から3Fで調査したいが……こう暗闇の中だと、いくら発砲場所の候補が2つに絞られていると言っても、弾の形跡を探すのはペンライトじゃ……」

困ってしまった2人の間にちょっとの間沈黙が漂う。そこで、切り出したのはノアの方だった。

『……橘ってコンタクトレンズしているかい?諜報部の支給品の奴。』

「?……ああ、任務中には必ずつけるのが規則になっているからなぁ。今も着けてるぞ。」

ノアがしめたと言わんばかりに俺の後に話を続けた。

『……確か、諜報部支給のコンタクトレンズには“暗視ゴーグル”の機能も付いているはず……あと、AIの機能で、僕が解析した“弾丸の軌道の空間再現”も映像化できる……はずだなぁ。僕の記憶力が正しければ、この2つは可能だよ。』

「……じゃあ、今この倉庫の電気を消して、先ず“暗視ゴーグル”の機能を確かめてから、その次に、“弾丸の軌道の再現映像”をこの場所でやってみるか。」

『分かったよ、橘。じゃあ、倉庫の電気を消してくれるかな。』

「……消したぞ。次に俺はどう操作すればいい?」

『“スキンの変え方”と手順は同じだよ。首の横あたりを右の人差し指で触って、その後、“暗視ゴーグル機能ON”と頭の中で念じてみて。そうすれば、出来るはず。』

俺はノアの説明の通り、首の横に右の人差し指を当てて“暗視ゴーグル機能ON”と脳内で言った。すると、人差し指の触れているところが薄っすら緑色に光った後、視界が黒と白と緑色の3色で景色が映った。周囲のモノも真っ暗ではなく、淡い白色と緑で映っている。

「ノア、暗視ゴーグルの切り替えが出来たぞ。……じゃあ、次はこのまま目の前で“弾丸の軌道の3Dの映像を映す”作業だな。」

『3D映像のON/OFFはオペレーターが操作するのが決まっているから、今から僕が準備する。ちょっと待ってて。』

(カタカタカタカタ…カタカタカタァーン)

ノアのキーボードを打つ音が止んだ5秒後くらい経った頃に、棒状の地面と平行になっている赤い線が出てきた。赤い線は倉庫の中では物足りないらしく、壁にぶつかっている状態でそこから先は外に出ないと長さが判明しない状態であった。

「ノア、倉庫内じゃ3D映像が映し切れない程デカいみたいだ。一旦、外に出てみる。」

俺は3D映像の赤い線を見るのに外に出た。すると、この赤い線は16mから18mほどある。確か、館の壁から壁は“直角であれば9mほどある”と資料では読んだ。

『三平方の定理で、辺aが9m、辺bが15m、で斜辺の長さを求めると“長さが17.493m”になる。つまり、……』

「そうなると、部屋の角から角……ちょうど、罰点を作って壁に当たるところに、弾丸の跡が存在するって事か。」

「……橘、3Fの地図は今見れるかい?スマホに送った方が良いかな?」

(ピコンッ)

俺のパンツに入れてあるスマホが鳴ったので、スマホのメールフォルダを覗いた。そこには、あて先不明の受信メールという不可思議なモノが入っていた。このメールには3つの画像データが付いていた。その中の3番目の画像をタップする。

挿絵(By みてみん)

「地図を見る限り、ミユキとマヨイの部屋が館の端っこにあるみたいだな。この2人のどちらかが発砲をしたのかもしれない。」

『……そうすると、階段側の空室の2つの壁をチェックすればいいんだろうね。』

「……暗視ゴーグルもあるし、今のうちに調査するか。」

時刻はAM2:00を指していた。あまり褒められた話ではないが、まあ、仮眠は3時間ほど取ってあるしAM3:00までは活動しようと思う。俺の記憶があっていれば、レッド執事は毎日AM6:15に使用人は活動開始らしいので、最低でもトータルで6時間寝れるはず。

「じゃあ、次は館の3Fだな。」

『……橘、一応くぎを刺しておくと“徹夜は2日続けては禁止”っていうルールが諜報部にはあるからね。あと、一応、“今日はトータルで6時間寝る”ようにはしないとK本部長に始末書を書かないといけないよ。』

「分かっている。つまり、AM3:00にはベッドに入ってろという事だろ?承知した。」

俺は暗視ゴーグルの機能をONにした状態で館に戻った。


*深夜 AM2:05 3F 階段

「……さて、ミユキとマヨイの部屋はお互い“渡り廊下の奥に位置しているから、この反対側は階段側になる”……そうなると、階段側の両端の壁をチェックしてみるか。」

まずは、目立つ方を見ようと、ミユキの部屋と同じ側にある“空室の壁の絵画がある壁”から眺めた。すると、暗視ゴーグルでも分かるくらいに、額縁の左下側に“黒い丸い穴らしきモノ”が存在する。

「ノア、“銃痕”らしきモノを発見した。」

挿絵(By みてみん)

『OK。橘。……額縁の左下の穴からシャンデリアの中心を通って……そのまま、線を引けばいいから…………』

俺もノアのように、スマホに入っている3Fの地図の画像で、直線を書いてみた。すると、ある事実が2人の中で判明する。

「…………2点を通る直線は、どうやら“マヨイの部屋”の前…もっと正確に言うと、マヨイの部屋の扉に直線がぶつかるな。直線の長さを計算してない雑な見方だが……」

『……うーん、少し気になることがある。地図で直線を繋ぐとぶつかる“マヨイの部屋の扉”の周辺で撃ったとしたら、銃の発砲者は相当、“扉にくっ付いて銃を構えないと直線が16m以上にならない”んだ。まず、体の大きな人や普通体系の人は無理な話なんだよ。』

「“小柄な体系ではないと斜辺が16mにならない”……そうなると、夫人、厨房メイドのトレイル、ミユキ、マヨイの4人が該当者か。」

そう呟いた後、何気なくスマホの画面の時刻を見た。なんと、時刻はAM2:45を表示している。ルールを破って、K本部長に怒鳴られ、始末書を書く羽目になるのは御免だ。

「…ノア、時間が2:45になってしまった。無事に“銃痕”も見つけたし……今日の調査は、ここまでにする。」


*(事件の謎)夫人の証言 

次の日の朝、俺は夫人の元に足を運んだ。そして、ある憶測を言う事にした。相手の動揺で真偽を確かめるためである。

「私の娘が意図的に、あの事故を起こした……ですって?」

「ええ、だってシャンデリアが落ちる寸前、私は発砲音を聞きました。また、シャンデリアの鎖の千切れている部分が焦げている……これは、」

「貴方のお名前、橘と言ったかしら。もし仮に、貴方しか発砲音を聞いていなくて、館の使用人がシャンデリアを処分してしまい、警察にも連絡しなかったら、それは実質、無かった事になると思わない?」

なんと夫人は昨日の夜の事故はなかったことにしようとしている。俺は正義感から声がデカくなってしまった。

「!………本当にそれでいいと思っているんですか!?自分の子供が人の道を外している可能性があるんですよ!!」

「…人の道に反してる?そうね、貴方の言っていることが本当なら、殺人未遂や傷害罪を起こすのに躊躇ない人間って事になるわ。仮に、それが事実であっても、私たちにどうしろと言うの。それとも、自分の子供を精神科の閉鎖病棟に入れたり、警察に事情を話して少年院送りにしろってこと?……冗談じゃない。」

俺は夫人の気の迷いを正そうと諭す。

「今なら、まだ……他人を殺める前に間に合うんです……このままでは、また同じようなことが、」

夫人から向けられた眼光は鋭いモノだった。

「…そんなに娘を精神科送りにしたいなら、証拠を出しなさい…!!娘たちには、立派なアリバイがあるのよ!!」

新しい情報か、と俺は追究した。

「…“アリバイの証拠”ですか?」

「……夕食後にシャンデリアが落ちた時刻は“午後7:35”……この時刻が判明したのは、ある映像のテープを保管していたからなの。灰場家の館の1Fから3Fの部屋で人が住居として使っている部屋には、防犯用に“監視カメラが設置してある”の。でも、何でもかんでも映像で映ってしまっては個人のプライバシーが無いでしょう?だから、この監視カメラは全部“サーモグラフィで映っている”のよ。貴方、サーモグラフィって知っているかしら。」

「ええ、表面温度で温度データを色分けして表示して、温度の分布を可視化したものですよね。高温部分は赤や黄で、低温部分は青や黒などで表現されると聞きます。」

「ミユキとマヨイの当時のサーモグラフィでは、彼女たち2人は部屋から出た形跡は観察されなかったわ。……シャンデリアが落ちたのは、サーモグラフィカメラの映像に依れば、午後7:35…大目に見て、7:32から7:38の間のミユキやマヨイの動きを見てみなさい。貴方には、カメラの映像をコピーしたテープを渡しましょう。映像テープの再生機は、2Fの3Dプリンターの部屋にあるわ。」

「2Fの物置の部屋の隣が、確か“3Dプリンターの部屋”ですよね。分かりました。」

俺がそう言うと、さっきの鋭い眼光が消え去った夫人がそこにいて、今度は哀愁の表情をしている。

「……あと、さっき貴方に感情的になってしまったけれど、もし仮に、私の子供たちが抑えられない加害性があると……犯罪人になる可能性があると判断したら、親としての責任を取るわ…警察でも精神科でも好きな方に電話しても構わないわ。その代わり、ちゃんと“娘たちが加害行為をした証拠を私に証明”してからにして。お願い、私は娘たちを信じたいの……」

俺は夫人から2枚の映像テープを手渡しで貰った。

挿絵(By みてみん)

*2F 3Dプリンター置き場の部屋

俺は夫人から貰った2枚の映像テープを再生する為、2Fの3Dプリンター置き場の部屋を訪れた。部屋は薄暗かった。気を抜いていると転んでしまいそうである。部屋の蛍光灯の電気をつけると、2台の機械があった。手前の機械はプロジェクターで、このプロジェクターの前方の壁には、スクリーンが掛けてある。俺は、2つある映像テープのうち、“マヨイ”と書いてある映像テープをセットした。そして、部屋の電気を消し、プロジェクターに映像を映す準備をする。

「……確か、シャンデリアが落ちたのが7:35で、このテープは7:32から7:38までの映像なんだよな。そして、マヨイは髪が青い次女。」

俺がボソボソと確認をしていると、プロジェクターに映像が浮かんだ。7:32の始めから、マヨイは部屋の扉を閉め、扉の前で“右手でノックをする準備の姿勢で立っている”状態を7:38まで保っているのだ。

「……32分から38分まで“6分間”。普通、生活で6分間、扉の前で同じ姿勢をするなんて、不自然ではないか?」

俺が疑問を言うと、ノアが通信で助言をし始めた。

『橘。僕が思うに、マヨイ氏が6分間も扉の前にいた理由は、扉越しに誰かと話しているか、扉越しに外の音を聞いているか、の2つのうちどちらかじゃない?』

「ノアの言う通り、“扉越しに何かを聞いている可能性が高い”な。しかし、“ドア越し”か……」

『……そうだね。橘は証拠の数々から“ドアの内部にいても、発砲ができる方法”を証明しなくちゃいけない。』

「……憶測でしかないが、シャンデリアの落下を演出したのは、勉学が得意な長女のミユキだと目星をつけている。逆に、次女のマヨイは勉学が苦手だ。トリックを作ったのはミユキで、発砲の実行犯はマヨイなんて展開もあり得る……」

『そうなると、1つの可能性として、“館の3F全体の調査が必要になる”ね。』

ノアと雑談をしつつ、2つ目の“ミユキ”と書かれた映像テープをプロジェクターにセットする。再生ボタンを押して、5秒後ゆっくりと映像がスクリーンに映った。

「……さっきのマヨイの映像とは、違うアングルだな。何処からの映像だ?ノア、解析頼む。」

『……ちょっと待ってね。……………この映像のカメラはおそらく、部屋の扉の“横にある本棚の棚に設置してある”から……橘が見ている映像は、ベランダを大きく捉えた映像だね。』

「…ベランダ…?」

すると、映像の左端からミユキらしき人影が出てきた。両手には、何か“毛むくじゃらの塊”を持っていて、ミユキはその塊をベランダに持っていく。

「……え?コイツ、何やっているんだ?」

塊を持っていたミユキは、ベランダからその塊をぶん投げたのだ。俺は、その行動が起きた時刻を映像テープの右端の時刻表示で確認する。

「……ミユキが塊を投げた時刻は、“PM7:34”…そうなると、じゃあ、この後、シャンデリアが落下するから……」

『橘。シャンデリアが落ちる前、確かビクティは『クマがー!!』って騒いで、部屋を出た記憶があるんだけど、…もしかして、その事と関係があるんじゃない?』

「つまり、ミユキが投げた毛むくじゃらの塊は“熊を模した物”ってことか。そうなると、どうやって“窓に熊の模型がぶつかったか”を考えなくちゃいけない。おそらく、ひも状の長いワイヤーか何かに熊の模型を付けて、ミユキの部屋のベランダの手すりに引っ掛けると、遠心力で模型が窓に行きおいよくぶつかるはずだ。図にすると、こんな感じだろう。」

俺はポケットに入っているスマホで図を描き、ノアに送信する。

「確かに、橘の図なら、3Fから1Fの窓に、熊の人形をぶつけるのは可能だね。しかし、問題は、証拠を見つけることかもしれないよ。事件当時に使った人形を見つけるか、人形を作った形跡を見つけるか、それとも、計画のメモ自体を見つけるか……この3つのうち、どれか達成できればいいはず。」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

「推理には証拠を集める必要がある、か……。」

俺は頭をフル回転させていると、あることに気が付いた。この部屋は、元々プロジェクターの部屋でなく、“3Dプリンターの部屋”であることに。

「なあ、ノア。本物の熊と同じ大きさの鼻、歯茎などのパーツは市販じゃ売ってないし、仮に売っていても購入したら家族にバレちまうよな。……そう、自作するしか“秘密裏に出来ない”。3Dプリンターで毛以外のパーツを作るのは可能か?」

『ああ、多分作れると思うよ。早い話、3Dプリンターで作ったパーツに毛が長い布を組み合わせて、歯茎や目は塗装すればいいからね。』

「……ビクティが部屋を出たのは、ミユキの仕業なのは確定だな。それに、ビクティがシャンデリアの真下を通るのも、1Fの地図によれば、ある程度想定内…。」

『問題は、マヨイ氏が、“室内にいるのに部屋の外でシャンデリアが落下した”謎の現象だね。…橘はどう考えている?』

「……次女のマヨイは7:32から7:38の間、ずっと扉の前で立った姿勢でいる。これは、もしかすると、“ビクティを待っていた”のかもしれないぞ。そうなると、ある条件が出る。それは“扉の前で立っている状態でしか出来ない仕掛けである”という事だ。」

『……その仮定でいくと、どのような光景が想像できる?橘なら。』

「……おそらく…“発砲する機械は固定されている”はずだ。………そして、その固定している装置はこの3Dプリンターで作られたかもしれない……ノア、この3Dプリンターが過去に作った品を確認するには、どうしたらいいんだ?」

『3DプリンターはPCのソフトで3Dモデリングを作る必要がある。…その部屋にPCのような機械はないかな?』

俺は辺りを見渡すと、それらしきデスクトップのPCが見つかった。

「………3Dプリンターの横に四角形のデスク用のPCがあるぞ。これか?」

『うん、それでいいよ。じゃあ、今から僕は水星から遠隔操作で、PCのデータを解析してみる。僕は一応ハッカーのような技術も持っているから、過去のデータの閲覧も出来るよ。PCの近くにフロッピーディスクのようなものは置いてあるかい?橘。』

「……いいや、データディスクのようなものはこの部屋には置いていないようだ。」

『……OK。とりあえず、そこの部屋のPCの中身を全部調べてみるよ。解析は…そうだなぁ。2時間から3時間はかかるかもしれない。まあ、灰場家でどれだけ使うかによるね。』

「分かった。その間に俺は、マヨイとミユキの部屋がある3Fを探索する。」


*館 3F 渡り廊下

俺が館の3Fにたどり着くと、ミユキとマヨイの2人が渡り廊下で“何か破片を拾っている”ではないか。しかも、その場所は“マヨイの部屋の扉の前の床”である。もしや、この2人、証拠隠滅を今はかっているのではいか?俺は2人の前に行き、2人の集めている証拠の回収をはかる。

「御二方、館の床の掃除は現在、フットマンの私が担当であります。私、橘に掃除をさせてください。お嬢様方。」

「!!……あわ、あわわわわッ」

「こら!マヨイ、傍若無人に振舞いなさい!!情けないわよ!」

「だって、気が気でいられないよ!ミユキ……あんなことがあって平気でいられるのは、ミユキぐらいだよ!私、私…………ねえ、橘!聞いてほしいことがあるの!」

……これは、チャンスだ。今悩んでいるマヨイの懐に上手く入れば、ミユキ、マヨイの実行したトリックの自白が捕れるかもしれない。俺の憶測が正しければ、“発砲の実行犯はマヨイ”である。マヨイの懐に入れば、芋ずる式にミユキの計画の全貌や事故に使った小道具も手に入る可能性が高い。そんなことを考えていると、マヨイが取り乱した。

「ここ一週間のミユキはおかしい!!私だって、ビクティには嫉妬していたわ……でも、私に無理強いしたり、言う事聞かなかったら恫喝したり、ミユキおかしいよ!!最近なんか、姉弟間の思い出を曲解したり、パパとママとの思い出の記憶がすっぽり全部抜けていたり………」

マヨイは橘の黒のスーツの袖をつまんで涙目で俺に訴えかけている。このまま、自白まで持っていければ……などと考えていると、ミユキの右手が青い光を微量に発しているように見えた。あまりに一瞬の事で俺の見間違いかと思ったが、ミユキはそのまま右手を勢いよく振り払う素振りをした。

「マヨイ、喋り過ぎよ。ゆっくり休むと良いわ。」

マヨイはミユキの言葉に従うかのように、急に意識が無くなってその場でゆっくりと倒れた。俺は何が起きたか理解できなかった。

「今の私なら、何でもできる気がするの。例え、誰が邪魔をしてもきっとできる……」

ミユキの表情は恍惚としていた。俺はこの表情を警察官時代に何度も見たことがある。この恍惚とした常識から外れてしまった表情を俺は何度も取り締まった。……そうか、ミユキはもう手遅れなのかもしれない。彼女をこれ以上、放置しているとビクティや周囲の人たちが危ないのを覚悟し、俺は彼女を罠にかける“呪いの言葉”を吐いた。きっとこれをスルーする程、余裕はなかろう。

「ミユキ様。潜りの警察というモノをご存知でしょうか?」

「身分秘匿捜査のこと?それが何よ。」

「…まあ、精々自分の背中には気を付けてくださいね……彼らは嘘つきの表情に敏感ですから……貴女は自分の過ちのせいで人生を台無しにするのでしょう。」

「!?……アンタ、生意気!!パパに言って解雇してもらう!!」

「無駄ですよ。“事故の立証”は私と夫人との約束ですから。加害者には適切な処置をするとも約束してもらいました。私はビクティ坊ちゃまの為に、立証をします。」

ミユキの表情は沸々と顔が真っ赤になり、両手で拳を握っている状態でドレスの裾を握りつぶしている。

「……今日の午前10:30………2Fの3Dプリンターの部屋で待っています…ミユキお嬢様。ぜひ、夫人と共に来てください。」


*ミユキ視点 3F ミユキの部屋 AM10:00~

(橘は……おそらく、事故について全部推理済みだわ……一体、どうしたら……)

ミユキが自室のベッドに座って、頭を抱えていると、ミユキの影の中にいる男がミユキに話しかけて来た。

『その例の男……“橘”は、今……何処にいる?』

「知らない……2Fの3Dプリンターの部屋に籠っているんじゃないの……?」

『……じゃあ、ミユキ。こうすればいいんだ……午前10:30になる前に、他の館の住民らを全員眠らせて、その間に“橘を殺せばいい”……』

一瞬“殺す”という言葉にミユキは取っ掛かりを覚えたが、こちらは、警察に傷害未遂か、精神科に入院の2択しか、結末が無いので、贅沢は言っていられない。ミユキは堕ちる所まで堕ちる。

「……アンタ、冴えて居るわね。……いや、私が緊急事態で頭が回ってないせいか……」

『そうと決まれば、使用人と両親の部屋を回るぞ。後は、俺がこの力で、意識を飛ばす。』

ミユキと影の男は、覚悟を決め、館内を歩き始めた。


*橘視点 2F 3Dプリンターの部屋 AM10:00~

ピピピッと俺のインカムが鳴る。

『橘!3Dプリンターの過去データの解析が終わったよ!』

「有難う、ノア。気になるデータは見つかったか?」

『……それがね、今年の5月上旬から6月上旬に作られた“№5688~№5700の各パーツ”を組み立てると、“ハンドガン”になるんだ。……橘は前にこの部屋に訪れた時『拳銃は“固定されている”と発言した』よね?……実は、』

「実は……?」

『“ある シリコンの型 のデータ”があって、それがピッタリなんだ。ハンドガンの背に“ぴったりとコの字型の内側に嵌まる”んだよね。』

「言葉だけじゃ分かりづらいな。すまないが、画像を送ってくれ。」

すると、スマホが鳴り、シリコンの型の画像が届いた。その画像を眺めていると、俺は閃いてしまった。

「!……分かったぞ!ノア。マヨイがどうやって発砲したのか、その方法が。今、ちょっと準備する。」

俺は、スマホのペイントツールで図解を描き始めた。こういうのは慣れているので、数分ほどあれば描き切れる自信がある。そして、俺は図を描き終えた。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

「まず、3つ用意するものがある。1つ目は、コの字型の氷。この氷は、ノアが言っていた“シリコンの型でできるモノ”だ。2つ目は、拳銃。これは掌サイズのモノを用意する。3Dプリンターでできた各パーツを組み合わせたら出来上がる“1発撃ったら壊れてしまうモノ”だ。ちなみに、マヨイの部屋の前に落ちていた欠片と素材は同じものだ。3つ目は、ピアノ線。これは、仕掛けを組み合せる時に、拳銃とコの字型の氷を支えるようにするので、長めのを用意する。あとで、ピアノ線の束にするためだ。仕掛けの内容はこうだ。」

『うん、続けて。橘。』

「まず、この字型の氷の内側に、拳銃を背中合わせで固定する。そして、この氷と拳銃の組み合わせをマヨイの部屋のドアの外側、つまり、シャンデリアの方に扉を挟んで設置する。もちろん、銃口はシャンデリアの鎖に向けて、高さと向きを合わせる。固定には、ピアノ線の束を使う。真ん中に扉を置いて、扉の外側をピアノ線の束の輪っかで囲んでしまう。輪っかの間に、氷と拳銃を挟んで扉の外側に設置する。そして、このピアノ線は拳銃の引き金に引っ掛ける状態にしておく。あとは、ドアを閉めて、ピアノ線の束を引っ張れば、ドアを隔てて発砲だ。」

『……この前の橘の話だと、“ビクティが部屋を出るタイミングはミユキが振り子のように人形をベランダのガラスに当てた”って話だよね。僕が3Dプリンターの解析をしたところ、熊の人形の製作にシリコンでパーツを作った形跡が見つかったよ。№5701~№5705のシリコン素材のパーツがそれに該当する。』

「……あとは、AM10:30に夫人とミユキを呼ぶ予定だから、このスマホの画像をプロジェクターに移しながら、3Dプリンターの各パーツの画像もプロジェクターに移して……って、俺が現場で30分で作るのは無理だろう。ノアなら、イケるか?」

『その部屋のプロジェクターで流せる“映像テープを制作すればいい”んだね?OK。多分、1分ほどで出来ると思う。』

ノアがそう言うと、俺の周りが緑色に光っている解析画面の数々で囲まれた。そして、その解析画面は俺の掌に集まっていき凝縮されていく。凝縮された塊は徐々にプロジェクターの映像テープに変化していき、モノが出来上がるのに1分もかからなかった。

(ガタァンッ)

「!」

不味い、見られたか、と俺は咄嗟に思うと、部屋の出入り口にいたのは“ミユキ”だった。血相を変えたミユキは俺を睨んだが、恐々と声を出した。

「……橘、アンタも私と同じように特殊な力を持っているようね!!でも、アンタ一人しかいないのなら、私の方が優勢よ!!」

そうミユキが告げると、ミユキの影から青い光の塊が橘に向かって突進してきた。青い光は大人一人分の大きさで頭に2本の角らしきモノがある。この2本の角を橘の首に目掛けて突っ込みそうであった。

「ほう、闘牛タイプか。角が頑丈で何でも“突き刺さる”のが特徴の金星人か。」

俺はそう言うと、手当たり次第に自分の周りの機材や木材を“この金星人の角に突き刺していく”。そう、角の長さしか物はさせないはずだ。そのうち、闘牛の金星人は動きが取れなくなってしまった。すると、負けん気と言わんばかりに、ミユキが金星人に助言をしてしまった。

「そんなまどろっこしい事しないで、“橘を眠らせればいい”でしょ!!この馬鹿!!」

!……非常にマズイ、今俺一人しかいない状況で意識が無くなれば殺されてしまうのは確実だ。

「ノア!プランDだ!俺を今すぐ離脱させろ!」

『分かった!!』

緊急離脱のスイッチがONになる。俺の残像は0.00001秒で消えてしまった。この間、俺の存在は記憶から消える。

「………あれ?どうして、私はここにいるの?」

『……クソ、逃がした。水星人め……』

そして、ここからが“プランD”だ。橘もクロエもいないα世界では“2人のいた記憶がすっぽり抜ける”。そんな状況のミユキは頭がボーっとしているのだった。すると、ミユキの耳元で小さな小さな声が聞こえた気がした。

「……シーーーーッ静かに。動いてもダメよ。」

緊急投入をONにされたクロエが0.00001秒でα世界線に現れた。しかも、ミユキを拘束する羽交い絞めの姿勢で姿を現した。首元を占められているミユキは口からよだれが少し零れている。ミユキの意識もあと数十秒というところであろう。

『ミユキ!? おのれ、水星の女。覚悟しろ!!』

金星人の闘牛男が何やら、青い光をためようとしている時だった。クロエは大声で呼ぶ。

「橘ぁ!! はやく来なさいよ!!」

「はいはーい、と言いたいところだけど、」

この橘の言葉の0.00001秒後、投入されたのは、なんと“閃光手榴弾”のみだった。

(パァーーーーーーン!!)

3Dプリンターの部屋にいる3人は閃光と180デシベル以上の大音量により、眩暈やショック状態になってしまった。静まり返った部屋にのうのうと、俺は普通にやってくる。すると、ノアがあきれてこう言った。

『いくら“効率が良い”とはいえ、復帰したばかりの同僚と敵を纏めて気絶させるなんて…………君は人の気持ちがあるのかい?』


*ノア視点 時間  場所:水星  バタフライエフェクト記憶改ざん室

「まったく…えらい目に遭ったわ。橘はホントに無神経!!」

イライラしているクロエを僕はどう慰めていいかよく分からず、とりあえず、目の前の作業に集中するように促す。

「あの捕まえた金星人の能力は“意識を弄る能力”があったみたいだよ。あの時、クロエも橘も気絶させられて、その後、2人とも殺されたかもしれない。……より確実な安全牌を取るのに、橘は必死だったんじゃないかな。」

2人は、黙々と、意識がない灰場ミユキを記憶改ざん装置の上に乗せ、ミユキの頭にジェルを協力して塗りながら話す。

「もう、ノアは仲たがいを気にして、橘の擁護しかしないんだから!」

まあ、クロエの気持ちも少しは分からなくもない。せっかく、足の処置が終わって職場復帰だというのに、閃光手榴弾の爆音で耳と目を攻撃されるのだから、胸糞だろう。この任務が終わったら、気晴らしに何かサプライズでもしようかと思った。も、勿論、同僚としての立場でやるのである。

「よし、全部セットし終わったわ!ノア、次は記憶改ざんの電源!」

2人で準備するとこんなにも、セットアップが早く終わるのか、と思いつつ、装置の電源をつける。すると、室内のスピーカーからK本部長の声がした。

『クロエ、君には“灰場ミユキの夢に潜入してもらう”。夢の中で、灰場ミユキに『国も親子も会社も組織も“意思の疎通の足りなさで滅ぶ”と教え込み、しつこく“親と子のすれ違いの解消に努める”のを覚えるように誘導』して来なさい。…ノア、クロエにもヘルメットの準備を。』

「はい、K本部長。」

「え?」

クロエはいきなり“夢への侵入任務”を任せられて、ドン引きしている。まあ、要は容赦のない“精神弄り”を任せられたのだから、プレッシャーにもなるだろう。しかし、僕も僕で仕事なので、クロエの頭に容赦なくジェルを塗りたくる。

「クロエ、僕も君も仕事だから。ね。」

「………うん……頭、べとべとになっちゃった……」

少し的外れなクロエの反応に、笑ってしまいそうだったが、さすがにこれから任務に挑む挑戦者を笑うのは不味い。

「橘は?」

「橘は、尋問室にいるよ。捕まえた金星人の尋問を警察と協力してやるんだって。」

「なんで、そんなに大規模なの?ノア。」

「……実は、あの金星人。“神経チップの施し”がしてあったんだ。クロエに分かりやすく端折って説明すると、水星側としては、あの水星人は“神経チップの除去の被検体にしたい”のが本音ではあるみたいで……」

クロエはこの僕の説明で、ある事に気が付いたようだった。

「……じゃあ、いつものようにα世界の書き換えをしてしまうと、その金星人は金星に帰っちゃうのよね?」

「そう、今回は“過去に帰ってα世界を弄ってはいけない”んだ。……つまり、灰場ミユキの精神弄りのミッションは“失敗が許されない”のが条件。灰場ミユキの夢の潜入に失敗したら、金星人の件も全部更地になる。」

うげぇーという顔を隠さないクロエ。まあ、プレッシャーと言えば、そうだ。

「じゃあ、クロエのヘルメットの電源をONにするよ。ONになったら、即時に灰場ミユキの夢の中に行く。……準備はいい?クロエ。」

「……はーーい。どうぞー。」

僕はクロエのヘルメットの電源をONにした。

*橘視点 時間 場所:水星 バタフライエフェクト尋問室

「……ヴヴヴヴヴぅー……ヴヴヴぅー…………」

闘牛の金星人は、尋問室の柱にグルグル巻きに拘束され、舌を噛み切らないように口内には、マウスピースが嵌められている。尋問室に連れてきたが、尋問するには口が聞ける状態じゃない。俺は、横にいるネクロ補佐官に尋ねた。

「……この状態じゃ、尋問が出来ませんよ。ネクロ補佐官。」

「“神経チップが付いている状態では、被験者は嘘しか吐かない”んだ。だから、角にパッチを張って、純粋な電気信号を読み取る機械を使う。まずは、被験者の“脳の周波数”を調べて……」

俺には説明の詳細が難しかったので、分かりやすい説明をネクロ補佐官にお願いした。

「つまりはね。この金星人の思考を読み取るテレパシー技術を搭載した機械で、この金星人の脳内の声をこの尋問室で聞くんだよ。今から。分かるかい?テレパシーで相手の脳内の声を聞こえるようにする機械があるんだ。橘君。」

小バカにした言い方は少し気に障ったが、仕方がない。まあ、テレパシーで相手の本音を聞けるという趣旨なのは分かったので良しとしよう。ネクロ補佐官は6つのパッチケーブルがある機械を1台持ってきた。そして、6つのパッチの先を例の金星人の角に張り付ける。すると、ジジジジジジジッ…と機械のスピーカーから、男の声がした。

『……殺すなら、殺せ。俺はもう夢を見飽きた。早く俺を解放してくれ。』

男の供述は続く。

『…コミ・テラーは実現不可能な理想を掲げ、俺達を誘導し夢を見させ、有りもしない虚像を視認すれば、神経チップが反応し、思想の自由も奪う。……こんな生活はもう終わりにしてくれ。俺は神経チップに自死を止められているに過ぎない……』

すると、金星人の首の後ろの“四角いタトゥー”が赤く光り始めた。

『……!!……ぐ、ぐわああああぁぁぁぁーーーー……』

金星人の体はガタガタガタガタと揺れ始め、マウスピースを嵌めた口元から泡が垂れてきている。あまりの異様な光景に俺は言った。

「この赤い光が“神経チップ”なんでは!?」

すかさず、ネクロ補佐官も会話に入る。

「……そうなると、このタトゥーを無効化するしかない。しかし、今どうしたら………」

俺達がたじろいでいると、金星人の体の揺れは無くなり、そのまま首がぐらんと垂れた。おそらく、金星人は気を失ったのだろう。それと同時に、首の後ろにあるタトゥーも白いままで、さっきまでの赤く光っていた形跡が少しもなかった。

「……コイツはコイツで…苦しんでいるんだな……」

俺は思わず口走ってしまった。以前の俺なら、アマネさんの敵を取るために躊躇なかったが、なんだか想像していた現実と意味が違い、もっと広い視野で金星という星の住民や環境を考えなくてはいけないと思い始めている。

「……橘君も、私の神経チップをどうにかしたい気持ちが分かったようだね……」

ネクロ補佐官も俺も事の重大さを肌で感じていた。そう、この金星人の扱いは命への侮辱であり、統治の放棄なのだ。そして、この根本の原因は、個人と国のすれ違いが肥大化して起きている。我々、水星人は金星にどのように接していけばいいのだろうか。どのように導けばいいのか。どのように相互理解を促したらいいのか。俺達は、未来へ繋ぐ架け橋にならなくてはいけない。


*橘視点 2025年7月14日 地球 日本 『タスパ会社』

俺とクロエはK本部長に“灰場ビクティと灰場ミユキの異変や後遺症がないかの確認をする”よう命令を受け、今、2人で清掃員用の服装で社内を掃除しているふりをしながら、タスパ社に潜入している。ノアの話だと、今日のAM10:00にビクティとミユキは此処で会うらしい。

「橘。手すりの溝、ちゃんと拭いている?なんかこっちから見ると、薄っすら白っぽいのよね。」

クロエが姑みたいな目線で俺の掃除の腕前を査定し始めた。俺は面倒くさそうに反論する。

「……ターゲットの安否が確認出来たら、俺達は水星に戻るだろ?すると、ほら。この時代の地球人は俺らの存在の記憶が消えちまうじゃないか。……馬鹿正直に、細かくきれいに掃除しようがしまいが、誰も分からないだろ。」

俺の負躾けな考え方に、クロエがムッとする。

「アンタ、そんな心構えじゃ仕事にもその姿勢が染み出てくるでしょ!普段の行いは、大事なのを理解しないさい!」

クロエは俺をポカポカポカポカと叩くと、階段の非常口から声が聞こえた。

「…………ミユキ姉さんはまだかなぁ。」

俺はこのぼんやりした声を聞き逃さなかった。おそらく、この声の主は、灰場ビクティだろう。

「……橘の言った通り、非常階段で待機してて正解だったわね。」

「クロエ、掃除用のモップを持って、声がする1Fまで俺と一緒に降りるぞ。いいな?」

「はーい、モップ2本かしこまりー。」

そそくさと俺とクロエは1Fに降りる準備をして、2人でモップを持ち1Fのホールを目指す。すると、ホールには、灰場ビクティがいた。彼は、腕につけたゴツイ時計を見ながら、棒立ちしている。俺は、怪しまれないようにクロエにコソコソ声で指示を出す。

「……クロエ、お前は俺と反対側からモップ掛けするんだ。俺もちゃんとやる。」

「分かったわ。ちゃんとビクティ達の様子の観察も忘れないでね。」

俺達はホールの端と端にそれぞれ立ち、モップ掛けを始める。数分後に、ホールの出入り口の外で黒い高級外車が止まった。車の後部座席の扉が開き、赤髪の黒のメッシュが入った長髪の60代の女性が降りた。そして、タスパ社の中に入って、灰場ビクティとその女性はハグを軽くした。

「久しぶりね、ビクティ。薬品の進捗はどうかしら?」

「ミユキ姉さん。久しぶりだね。……薬品の研究はまあまあかな。ちょっとミユキ姉さんに聞きたいことがあってね。その話は上の階でしようか。……それよりも、会社の人員の問題があって、マヨイ姉さんにも近々会おうと思っていてね……」

「あら、マヨイも車に乗っているわよ。……マヨイ!こっち来て!」

先ほどミユキが出てきたのとは反対側の後部座席の扉から、青髪の白いメッシュが入った長髪の60代の女性が慌てて降りて来た。

「あらら、マヨイったら、おっちょこちょいね。ヒールのせいで転ばないと良いけど。」

「……僕、マヨイ姉さんをエスコートしてくるよ。ケガさせたくないからさ。」

ビクティはマヨイのところに走って駆け寄り、手を取って二人でゆっくりとホールに入ってきた。

「……階段は足が不慣れだろうから、エレベーターを使おうか。ねえ、姉さん達。」

……エレベーター。俺達、バタフライエフェクト諜報部が世界の書き換えをやる前は、故障中だったが、現世界ではコミ・テラーの手がかかってないので、エレベーターも稼働中らしい。

「……じゃあ、まずは社長室に行こう。」

ビクティはエレベーターのボタンを押すと、エレベーターの扉は閉まった。俺とクロエは、エレベーターの前に集まり、無事にエレベーターが動くのを確認する。

「……………なんだか、3姉弟とも皆中良さそうだったわね。」

「クロエがやったミユキの夢の侵入ミッションの後遺症もなさそうだし……水星に帰っても大丈夫そうだな。帰るぞ、クロエ。」

俺達は、首に人差し指を着け、テレポーテーション機能をONにし、水星に帰った。


3話分で1巻分ですので、これから、先がまだ書いてない状態です。


※電撃小説大賞のデータはアカウントを消してあるので、今年の賞にこの長編は「応募にはなっていない」はず。アカウント自体消したら、大丈夫だよね?(微々たる不安

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