002:橘の過去
橘の過去編
*西暦2万2070年 橘視点 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト諜報部
「橘か。バタフライエフェクトの任務ご苦労だった。…“コミ・テラー”の件だが、警察に連絡した。もしかすると、我が諜報部と連携して調査するかもしれない。橘はこの時を3年前から待っていたんだろう?」
「ええ、3年前にK本部長に配属願いを出した時から“コミ・テラーと直接対峙する”のを狙っていました。“コミ・テラーの構成員の尋問は、バタフライエフェクト諜報部の尋問室でしか行われない”という情報を警察官だった時期に噂で聞いていたので、それ狙いです。」
2人の間に重たい沈黙が少しだけ流れる。
「……息子の方はどうだ?このまま、橘がコミ・テラーと対峙していく上で“気の迷いを誘う要因”になってしまう可能性はないか?」
思わぬ話の切り口が出て、俺は少しためらったが、それではいけないと冷静さを取り戻す。
「半年前に、“公務員専用の幼稚園や学寮付きの小学校”が設立され、警察やSPなどの重要職の子供を守る設備が出来たそうで、息子の有はそこにお任せする予定です。」
「……それらの案は、ネクロ補佐官からの提案か?彼はえらく君を気にいっているからな。」
「……ネクロ補佐官には、良くしてもらっています。ネクロ補佐官は、コミ・テラーが水星人に使う“神経チップ”の問題をどうしても解決したくて、俺を諜報部に入るよう促したところがあるみたいです。その部分に関しては、過去の事もあって、俺も同意見でして……バタフライエフェクト諜報部は、“最新の水星の技術投入がされる場所”とも聞いたのですが、コミ・テラーの“神経チップの除去”の技術はどの段階まで進んでいるんですか?」
K本部長は右手を顎に当てて、記憶をたどりながら答えた。
「………あと、半年と言ったところだ。コールドスリープの保管庫の数を考えると、“重要人物と判断された者しか収容しない”といわれるのが順当だろうな。特に上は、“コミ・テラーの同朋”である“金星人の被験者の手術がしたい”とのことだ。」
……コミ・テラーの仲間であるのに“神経チップが施されている”?それを水星人は手術したい?つまり、どういう状況なんだろうか。俺は疑問をそのまま返した。
「……“神経チップを施された金星人”ですか?コミ・テラーの母星は“金星”ですよね?どうして、同じ生命体のはずの“金星人に神経チップを入れる”のですか?」
「おそらく金星での“仲たがい”だ。地球でもあったろう。“戦争を無くすために、全人類に脳内チップの義務化する案”が出た。地球では決行しなかったが、金星ではそれが“今”行われているらしい。」
「……そうなると、金星には“賛成と反対が生まれている”状態なのですか?じゃあ、もしかすると、コミ・テラーを敵視している金星人や金星の政府に反対する金星人も出ている?」
そう俺が質問すると、K本部長は少し気まずそうに説明する。
「ああ、そうだよ。橘の言うとおりだ。もしかすると、地球に逃げたり、水星に接触を取ってたりする金星人も出てくる可能性がある。」
「それらの金星人は“保護対象”なのですか?」
「……まだ、実際にそういう事例に出会ってないから、私の憶測なってしまうが、おそらく“保護対象になる”だろうと思っているよ。」
「……そうですか。」
俺は腹にしこりがあるような返事をした。
「不服か?まあ、君は金星人に恨みがあるからな。」
「………俺を担当替えしようとは思わないんですか?」
「まあ、私は君が意外と慎み深い一面を持っていると知っているし、短絡的な行動はしないと思っているからね。さあ、次の任務と言いたいが、まだコミ・テラーの動きもないし、君達にも休暇がいるだろう。3日間だ。3連休あげるよ。ゆっくり休んでくれ。」
「3日間って、ちょうど警察の鑑識が終わる日数じゃないですか。まあ、休みはありがたいので遠慮なく休ませてもらいます。」
俺はK本部長に礼をして、部屋から出て行く。休みは3日間、何をしようかと考えたところ、思い付くのはいつも同じだった。
「有はもう小学2年生か……元気にしているかな。」
*西暦2万2067年(3年前) カサキ警視総監 視点 場所:水星 警察署
部下の山口巡査は、私に対する敬礼を解き、私に尋ねた。
「いかがですか?警視総監。我が国の疑似体験によるVRの仮想現実訓練の効果は。」
話が脱線しやすい私は相変わらず、うんちくを垂れる。年齢のせいもあってか、どうもこれは治らない。
「水星は、土地は広大にあるが人口が希薄で建物や設備が乏しいのが現実だ。機械で精神に接続し、3Dでできた仮想空間、仮想敵、仮想ミッションをこなすことで、我々の各同士の戦術スキルが上がる。おかげで、水星の警官は地球で言う“自衛隊兼SP同等の力”を得ている。我々は、NASAには顔が上がらんよ。…まあ、欲を言えばキリがないが、水星の環境がもう少し手心があれば申し分ない。後悔してもしょうがない、我々は生きることで精一杯もがこう。」
山口巡査が話が脱線しないように注意を払いながら切り返す。
「では、本題に入りますが、今日のメニューの説明をします。」
「ああ、はじめてくれ。」
「1限目“官邸警護④”、2限目“街宣演説警護①”、3限目“大統領演説警護③”の3つになります。」
「ほう、今日はSP訓練のメニューか。……重要度が高いのは、3限目の“大統領演説警護”のコースだな。“大統領演説警護”に特化した警官のメンツはいかほどか?」
「№027654、№069742、№042136、№056124の4名は好成績を収めています。なかでも、№042136は年齢が若いのにも関わらず、全ての教科コースのランクイン5位以内を記録しています。」
「…№042136…その者の詳細を見せてくれ。」
私の前にあるモニターに№042136の若者の写真と詳細が表示された。彼は、白髪で瞳がオレンジ色、肌は褐色肌であった。
「№042136…“アデム・ペルティエ・橘”。25歳。性別、男性。配属は警官部。まだ、一度も警護の実績はありません。市民課の夜回りは23歳から24歳まで経験はあります。夜回りでの活躍は、民間の暴行事件の仲裁が4度ほどあるようです。身体の力はあるようで、仲裁に入ると一人で民間人を制圧できるくらいの腕っぷしがあるようです。おそらく、VRのSP警護の訓練を積めば、将来のSPへの配属も可能でしょう。」
「…VR訓練はまだ始まったばかりの訓練方法だ。上層部への宣伝もまだ十分ではない。…もし、彼“アダム・P・橘”をVR訓練の業績の宣伝に使えたら、我々幹部の信頼も厚くなると思うか?」
山口巡査は驚いたのか、目をまんまると見開き、少し深呼吸した後、私の質問への考えを答えた。
「!…わ、わたくしは警視総監の意見には賛成ですが、警察の幹部内には“現場主義の人間”が半数を占めているのが現実です。もし、失敗すれば、彼らが黙ってはいないでしょう。私としては、仮にそうなった場合を想定し動くべきかと…」
「…VR訓練の欠点か。君は知っているか?VR訓練の盲点を。」
「…いえ」
「それは“慢心”だ。被験者の慢心。“僕私は十分にVR訓練を受けたから絶対に大丈夫。失敗しないはずだ”とAI相手の規則的で合理的な戦略しか想定できない事だ。奇をてらった合理性に欠けた“未熟な発展途上の人間にしかできない動き”をVRは再現しない。あくまで“知的で合理性に特化した先鋭部隊の思考”の再現をするのだ。…反対派の現場主義は、テロ犯行者の服装・年齢・顔から読み取れるIQや性格性を警官が分析しどう行動するかを個別の事件で判断を変える事を知っているのだ。皮肉だが、科学で説明がつかないモノの再現はVRではできないのだよ。彼らはそれを良く知っている。しかし、彼らに係合しようとは思わんがね。人間、理性を放棄したら終わりだと信じているからだ。」
「“アダム・P・橘”なら、その欠点を補えるとお考えですか?」
「橘の各VR訓練の順位から察するに、彼は“人一倍柔軟性が高い”はずだ。VR訓練は全部で55コースある。彼はどれも上位5位以内にランクインしているが、この成績を達成したのが1年以内である。普通の人間なら、最低でも3年から5年はかかるはずだ。本人の意思のブレさえなければ、もう実力は十分あるはず。」
「VR訓練で“最年少の人間”が実績を挙げれば、VR訓練の経費が上がり世間の警察の評価も上がる…」
山口巡査は何を気にしながら喋っているようだった。私は山口巡査の考えていることを想像しながら話す。
「君は失敗した時の事を心配していたな…そうだな、VR訓練の事は後出しに宣伝することにしよう。実践の実績を作ってから、世間へアピールしようか。内部の人間が先走りしなければ大丈夫なはずだ。反対派には、注意を向けておけ。」
「…は!承りました!」
山口巡査が敬礼をすると、それと同時に部屋の出入り口の扉がスライドした。
(ウイーンッ)
「警視総監殿!」
「なんだね?」
「3限目“大統領演説警護③”が終わりました!被験者達に接触するには今が良い頃合いかと思います!」
「!…警視総監、もう準備していたのですか!?」
「決行するまでに一度誰かに相談しておきたくてね。君が相談相手で良かったよ。君は慎重であると聞いたんでね。良い相談が出来た。ありがとう。」
「!!警視総監…いえ、カサキ警視総監!わたくし、何と言っていいか。」
「いやいや、喜ぶのは早計だよ。私たちの相談に価値が出てくるのは、長期のVR訓練の実績が出来てからだ。今回は、まだ1回目だ。これから何度でも成功を収める必要がある。それまで、世間への宣伝は延期だ。統計技術者との話し合いで、妥当な成績回数を今後話しておく。…それでは、私は被験者たちに会いに行く。」
「いってらっしゃいませ!警視総監。」
私は渡り廊下に向かい歩き出した。
*場所:水星 警察署 2F 面接室
「ネクロ補佐官はどこだ。」
「後ろにいますよ、カサキ殿。」
「おっ気付かなかった。もっとオーラを纏いたまえ。補佐官なんだから。警視総監の秘書は結構身分が高いんだぞ。君。」
「存在感が薄いですか…やりたくてやっている訳ではないんですがね…」
「そう落ち込むな。」
「落ち込んではいないですよ。いつもの事なので。」
「なんだか掴み取りが難しいな、相変わらず君は。…ふう、雑談もここまでにして、本題に入ろうか。」
「カサキ殿には、今からVR訓練生に接触してもらいます。私が訓練生をそれぞれ呼びますので、そのメンツをカサキ殿には品定めしてもらいたいのです。カサキ殿の選別方法はお任せしますので。カサキ殿はこの廊下の右奥の部屋で待っていてください。ちなみに、部屋はもうセッティングしてありますので、机にそのまま待機してもらえばいいかと。」
「訓練生は一人ひとり来るんだな。分かった。」
「…では、私と他の者は訓練生を呼ぶ準備があるので、時が来るまで少しお待ちください……」
*橘視点 場所:水星 警察署 2F 待機室001
「№027654が面接を終了した。次、№042136。こちらへ来い。」
面接の待機室に配備された試験官が、俺に偉そうに命令する。何やら今回は、お偉いさんが面接をするらしい。そうと来るなら、俺は普段からの不満を試験官にぶちかます。
「…ああー、ナンバー呼びか。俺、数字で呼ばれるの嫌なんだよ。だって、数字が6桁もあるんだぞ?四六時中、耳済ましてないといけないし、最後まで聞くのに神経を使うんだ。分かる?俺の心境。年中、神経ピリピリさせるのが体にいいとも思えないんだよねー。」
「馴れ馴れしく接するんじゃない!それでも訓練生か!?」
「馴れ馴れしい…俺は科学的見識で話しているのも分からないのか?言い方が尖らないようにまーるくまーるく話しているんだ。それさえも分からないのか。石頭だねえ、警察らしいよ。実に。」
正直、昇進も面接の合格もどうでもよかった。
「貴様…せっかくの昇進の機会、ドブに落とすつもりか!?」
「おおー、コワイ。実力でも論理性でもなく、個人的感情で排除するんだ。俺は真っ当な意見を言ったつもりなんだがな。いくら駒と言えど、時間外の範囲に健康を害してまで、スピードを求めるのは集団の疲弊と駒の脱退を招くって話だ。内部の状況を理解しようともしないは感心しないな。」
自分の職場には真っ当性を持っていて欲しいという懇願しかなかった。
「き、貴様!!口を閉じろ!!さもないと…」
「やめろ。何を口げんかしている。」
「ネクロ補佐官!」
「試験官、ここは自衛隊の管轄じゃない。こん棒を仕舞いなさい。」
「…くっ!分かりました。」
「№027654…君か。名前は、“アデム・ペルティエ・橘”だろう?失礼したね。」
「補佐官…ってことは、アンタは警視総監の助手のポジションか。丁度いい、さっきまでのやり取り聞いていたか?」
「途中からだが、聞いていたよ。“ナンバー呼びは過敏症を高めるから止めろ”って話でいいかな?…随分、君は仲間思いなんだね。脱退者の事まで考えるなんて、普通は自分の事しか眼中にないというか、自分の事で精一杯な人間の方が多い環境なんだよ。此処は特にね。」
「補佐官。もう少し環境の改善について、警視総監に申し出てくれないか?」
ネクロ補佐官はしばらく熟考していた。なんとなく、俺もその様子に誘われてソワソワしそうである。
「……そうだなぁ。じゃあ、1つ賭けをしよう。簡単なやつだ。」
「…賭け?」
「僕も、警察の仕事で息が詰まっているからね。ちょっとした息抜きだ。ルールは簡単。これから始まる“警視総監の面接に合格するのに3分以内で達成する”事だ。お互いの掛け金は無しね。賭博は違法だから。君が勝ったら……そうだな、上層部に君の事を推してあげるよ。あと、環境改善の話も上にしてあげる。悪い話じゃないだろう?」
「…“3分以内に面接に合格”すればいいのか?分かったよ、乗ってやる。」
ネクロ補佐官と俺が話していると、何やら待機室が騒がしくなっているのに気が付いた。ガヤガヤガヤと待機室の出入り口付近が騒がしい。いったい、何があるのだろうか。
「試験官!アイツを止めてくれ!!暴れてるんだ!!」
1人の面接待ちの同僚がネクロ補佐官に助けを呼んだ。すると、待機室にいる全員の試験官達が廊下で暴れている奴を取り押さえて、待機室に連れ込む。
「どうして、オレが不合格なんだ!!ふざけんじゃねえ!!離せ!!離せよ!!」
どうやら、言動から面接の内容に何か不満があるらしいのは分かった。すると、ネクロ補佐官がニヤリと微笑していたのに、俺は気が付いた。
「カサキ警視総監は頓智が好きですからね。それを踏まえた上で、挑むんですよ。橘さん。」
“頓智が好き”…?どうやら、面接は一筋縄ではいかなそうだと感じた。俺は、面接室に向かった。
*橘視点 場所:水星 警察署 2F 面接室
(ガチャ…ッ)
「№042136。アデム・ペルティエ・橘です。橘と呼んでください。カサキ警視総監。」
すると、カサキ警視総監は席から立ち、俺に両手で握手を求めた。
「!…橘君。君はもしかして、ネクロ補佐官と話したか?私の事を“カサキ警視総監”と呼ぶのは彼しかいないのでな。…そうなると、“3分間の話”もしたかね?」
「はい。ネクロ補佐官に“3分以内に合格を貰え”と言われました。あと、ちょっと約束事もしました。」
「アハハ!橘君、正直だね。約束事はネクロ補佐官の趣味だよ。彼はああ見えてスリリングな体験をしたい質でな。そうか、じゃあ、私が時計で3分測ることにしようかね。」
「…もしかして、もう始まる感じですかね?」
長かった握手は終わり、座るように促され、2人共席に座る。
「そうだよ。君の後ろにも順番はまだいっぱいいるからね。では、問題だ。
『私、カサキ警視総監は昨日、射撃訓練をしたかどうかを今、君が調べるにはどうしたらいいか3分以内に述べよ。ただし…』」
……ただし?
「『…硝煙反応、発射残渣の化学検査は使わないものとする。』
では、計測まで3、2、1、0…スタート。」
……硝煙反応と発射残渣は拳銃を撃った際に火薬や爆発物に含まれる硝酸塩やその他の化学物質が手や袖に付着したものを化学反応で見えるようにしたり、顕微鏡で確認したりするものだ。…物理的に現場検証が出来ない場合、違うモノを理詰めで見るしかない……
「1分経過。」
カサキ警視総監が時間経過を読んだとき、俺は丁度、発想を切り替えた。
「カサキ警視総監、外部者を呼ぶことはルール違反ですか?」
「…いや、大丈夫だ。誰をご指名かね?」
欲時間をかけて正確に人名指定をしたい気持ちと格闘しながら、素早く答える。
「……ネクロ補佐官はカサキ警視総監の助手なんですよね?」
「ああ、助手だよ。いつも一緒に居る。私は公私混同のスケジュールで運用しているのでな。」
「じゃあ、ネクロ補佐官を呼んでください。」
「分かった。…そこの試験官のキミ、ネクロ補佐官を呼んでくれ。」
「はい!承知しました!!」
(合計2分経過)
「橘さん、僕に何か用があるらしいじゃないか。何だい?」
「…カサキ警視総監の昨日のスケジュール帳を見せてもらえませんか?ネットワークデバイスで警察に提出した“スケジュール予定表”が見れるんなら、そっちの方が“嘘が書けない”のでそちらの方がより好ましいですが…」
俺が申し訳なさそうに提案すると、ネクロ補佐官はカサキ警視総監に確認を取る。
「…いかがなさいます?カサキ警視総監。」
「ネクロ補佐官、紙の方のスケジュール帳を橘君にお渡ししなさい。そこまで本格的にしなくてもいいでしょう。でも、“もしものケースを想定”で、橘君には少し加点しましょうかね。」
「橘君、これどうぞ。スケジュール帳です。」
「ありがとうございます。…えーと」
スケジュール帳を眺める。会議などの公的な時間は1時間超えるが、その他の“私的な時間は1時間未満”なのを確認した。
「2分30秒経過。」
俺は自論の展開をカサキ警視総監とネクロ補佐官の前で披露することにする。
「わ!わかりました!答えは『カサキ警視総監は昨日、射撃訓練を“していない”』です。」
俺の答えを吟味するのに、カサキ警視総監はウームと呻りながら腕組を始めた。
「…理由…根拠を教えてくれ。」
俺は平静を装い、淡々と説明する。
「スケジュール帳を見る限り、会議や業務の“公的な時間”は1時間以上ですが、休憩時間などの“私的な時間”は30分から1時間以内のモノが全て。射撃訓練では、服装などの装備の準備、射撃場の電源や的の準備、整備士の人員などをそろえる必要がある。そうなると、始まりから終わりまで“1時間以上かかる”のが分かる。でも、“公的な時間”で“合同訓練”もないし、休憩時間は1時間未満である。そう、この紙のスケジュール帳の通りなら、“射撃訓練の暇がない”はずなんです。」
「現在…2分45秒。3分以内だ。理論に破綻は無い。」
「…しかも、橘さんのやり方だと、時間がかかる化学検査より早く憶測の設定が出来るはずです。」
「はああー、緊張したあぁー。」
俺が安堵の声をあげると、ネクロ補佐官は茶々を入れじめた。
「…でも、もし、カサキ警視総監が休憩時間に“孫と会って、花火をしたら”などと自分の論に揚げ足を取るそぶりはありません。これは、慢心ではないですか?」
「まあ、落ち着け。ネクロ補佐官。1時間じゃ、孫には会えんよ。まあ、でもバースデイケーキの小さな花火で皮膚か衣服に火薬の跡が残るなんてのはあり得るかもしれんが。」
俺はネクロ補佐官の揚げ足を気にしてカサキ警視総監に問う。
「…それで、面接結果はどうなるんです?」
「まあ、3分以内で論理破綻も無いので『合格』でいいだろう。」
「よっしゃあー!これでナンバー呼びとはオサラバだ。」
「…??ネクロ補佐官、何を約束したんだ?」
「いえ、全ての面接が終わってから説明させてもらいますので。今はお気になさらず。」
「橘君、面接は以上だ。ありがとう。面白かったよ。」
「いえ、こちらもご無礼失礼しました。」
「後日に改めて、こちらからは君を呼ぶことになるだろう。その時はよろしくお願いする。」
俺は面接室から出て、廊下を歩く。向かいから試験官が来るのが見える。そういえば、あの服装は、面接前にもめた試験官だ。
「なんだ、またやるのか?」
俺はボクシングポーズを構えたら、向こうは阿保らしいと呆れていた。そして、試験官は俺に告げる。
「№042136。…面会だ。」
「…面会。」
*橘視点 場所:水星 警察署 1F 面会室001
俺が面会室に着くと、茶髪のポニーテールの女性と小麦肌の白髪で短髪の男の子が面接玄関で待っていた。
「パパーー!!」
ポニーテールの女性は会釈をし、男の子の肩に手を置いて、優しく話しかける。
「有くん、お父さんもう少しで今日のお仕事終わるからもうちょっと我慢してね。」
すると、面接室で警備当番をしている警官がニコニコしながら喋りかけて来た。
「外にいるのもアレですし、いいんですよー。今日は暇なんで。ちょっと立て込んでいる時は有くんに我慢してもらわなきゃいけないけど、大丈夫な日は面接室で待っていても問題ないですよ。…なあ、橘。お前も有くんとアマネさんに会えてうれしいだろ?」
「林、お前…上司に怒られないか?それだけが気がかりだよ、俺は。」
すると、林は嬉々として俺に話す。
「何言ってんだ、橘。お前は俺達“警官の環境改善で上に立てつく救世主”だろ?今日も“ナンバー呼び廃止”を訴えたそうじゃないか。俺もナンバー呼び嫌だったんだよ。なんか厳格さはあるけど人情味が無いだろ。なんか『お前らには人権が無い。駒以上の価値が無い。』っていう裏のメッセージを勘ぐっちまうよな。おまけに、6桁で覚えづらいというか、聞きづらいというか、呼んだ響きの“差別化”がなってないよな。あれじゃ、現場じゃ“即時対応の実現の邪魔”だよな。」
「ああ、今日の訴えの元案は“アマネさんの気づき”からなんだ。俺は鈍くてというか、逆に耳がいいから、そのことには気づかなかったんだよ。」
「…!アマネさんの提案なんですか!へえー、すごいですね!」
ポニーテールの女性は照れくさそうにしながら答える。
「いやいや、大したことじゃないですよ。偶々、私が音の聞き分け能力が低いというか、境遇が一致しただけです。」
「橘は凄いなぁ…本人だけじゃなくて、パートナーも仕事に付き合ってくれるなんて。」
パ、パートナー……?おい、林。ちょっとそれはまずいぞと俺は林に耳打ちした。
「…林、ちょっと耳貸して。」
「うん?」
俺はボソボソ声で物凄く小さな声で林に説明した。
「(まだ、アマネさんはパートナーじゃないだ。告白は今夜する予定だけど、彼女どう返事するか分かんないだろ?)」
俺のボソボソ声に林もつられてボソボソと小声で対応する。
「(橘、お前鈍いぞ。大体、アマネさんて有くんの保育園の保育士で、わざわざ警察署に有くんを連れて来たり、しかも帰りもお前と有くんとお喋りしながら送迎したりするんだろ?それだけじゃない。何か橘が立て込んでいる時、橘の家で有くんの面倒見てくれたり、他にも色々、同じ時間を過ごしているじゃないか。もうこれ、彼女じゃないか。いや、もうお母さん的母性を感じるぞ、オレは。)」
「(それはそうだけど…子連れの独身を選ぶなんて、勇気要るだろ?今のご時世…)」
「(だああー、じれったい!なぜ、確信しないんだ!お前、恋愛ド下手野郎か!いつもの環境改善の勢いを思い出せ!あの勢いで告白しろ!俺が保証する!)」
男2人のやりとりに、アマネさんが入りたそうにする。
「急にコソコソ2人で何話しているんですか?私も混ぜてくださいよ?」
「い、いやー惚気話ですよー、俺も彼女と同棲しているんで。俺みたいになりたいって橘も言ってますわー。」
「おい!林!勝手に話を変えるんじゃない!!」
「こら!橘、そんなこと言うと上手く行かなくなるだろー!もっとこう“相手にどう見えるか”を考えて動け!特に、今日はそうすべきだろ!」
「ぐっ!」
「今日のパパ、いつもと違ってオモシロイね!有くんもそう思うでしょー?」
「うん!アマネせんせー、こーいうの“ひゃくめんそう”っていうの?」
「よく覚えているね、有くん。前にいっしょに本屋さん行った時に“百面相”っていう本のタイトル見たんですよ。そしたら、“この漢字、八百屋さんみたい”って話して、私、笑いのツボに入っちゃって。楽しかったなぁ。」
「今日のパパ、百面相!」
俺は有を持ち上げて抱っこした。。
「そうだぞ~有~パパは百面相だから、表情がコロコロ変わるぞ~そして、このまま有のまんまるほっぺにチューしちゃうからな~」
「パパのチュー長いからやだぁ~」
「じゃあ、今度から短いのにしよう。」
「そうだ!パパに渡すものあるの!」
有は保育園のキッズポシェットから、何やら“折り紙”でできたメダルを取り出した。
「パパには“がんばったでしょう”をぞうていします~」
有がそう言うと、橘の首にリボンの輪の部分を引っかけた。
「有ね!アマネせんせに教わりながら、作ったの~」
「有、器用だな!折り紙でメダルが作れるなんて、パパ初めて知ったぞ!真ん中の“がんばったでしょう”っていう文字はどこで覚えたんだ?有はもう、ひらがなが読めるのかな?賢いねぇ!」
すると、アマネさんのアホ毛が心なしかピョンピョン動いたような気がした。
「幼稚園でいつも、有くん絵本を読んでいるんですよ。始めの1年間は読み聞かせだったんですが、絵本のシリーズで“おにぎりくん”っていうキャラクターものがあって、そこから1人で読みたい!って言いだして。半年かけて私が保育園でひらがなを教えたんです!なかなかいないですよ、こんな行動力ある子!私感動しちゃった!」
「そうだったのかぁ、有。偉いなぁ~。ちゃんと書くことまで覚えているし。アマネさんも大変だったでしょ?」
「いやぁ、保育士は子供の成長を見るのが好きでやっているのでむしろ楽しんでいました。…!おしゃべりしてもう15分経っちゃったみたいですね。橘さん、時間大丈夫ですか?」
俺は右腕に着けている腕時計を確認した。確かに、15分ほど過ぎてしまっている。しかし、せっかく来てくれたのだから邪険には扱いたくはない。
「今日はもう訓練は終わったので、あとは着替えして退勤するだけです。…ちょうどいい区切りだし、今から更衣室に行ってタイムカード押して来ようかな。急いで準備しますので、待っていてください。」
俺はそうアマネさんに伝えると、そそくさと更衣室に向かった。
*橘視点 場所:水星 橘の自宅近所の公園
「パパー!見ててー」
そう大きな声で有が言うと、有は滑り台に座り、すぅーっと滑ってはまた階段を上り、同じことを繰り返す。有の様子も気になるが、今日はアマネさんに言いたいことがあったのを胸に秘めて、声に出さなくてはいけない。
「橘さん、神妙な面持ちでどうしたんですか?いつもは、有くんにデレデレでふにゃふにゃしたり微笑みが多いのに。」
え、そうだったのか、と我ながら恥ずかしい限りである。
「そ、そうだったんですね。恥ずかしいです…いや、昔の事を思い出してですね。ちょうど、有の母親がガンで亡くなって、有の面倒を見るのに四苦八苦してた時のことです。あの頃は、ベビーシッターを雇っていたんですが、有のためを思うと警察の仕事を辞めて、2人の時間を過ごした方が良いか悩んだ時期でした。でも、求人も相応しい額のものが無くて、現状維持にしてたんです。」
「……」
「そんな状態で、1カ月過ぎた頃、幼稚園でお遊戯会があって、有の保護者として見に行ったんです。有のクラス教室に入って10分ほどした時でした。なんだか、周囲の親御さんたちがコソコソ話を始めたんです。俺は、有の事しか気にしていなかったですが、徐々にみるみる有が泣き出しそうになって、そこから気づいたんです。“有は耳が良い”のを思い出して、周囲の話声を聞いてみたら、有の母親の“宮子”について喋っていたんです。まだ、お遊戯会の時間じゃなかったので急いで有に駆け寄りましたが、今のように俺に馴染んでなかったので、有は泣きじゃくってしまって。……そんな時、アマネさんが有に近づいて…」
今でも、俺は当時の事を鮮明覚えている。
「マ、ママ…ママぁー、ううぅ、ママが、ママが、どうして、ボク、ううぅぅー……」
「ゆ、有…そうだよな。寂しいよな。パパも有の気持ちわかるよ。」
有の背中をさすりながら宥めようと必死で、俺はとても無力さを感じた。
「ママにあいたい、ママ、ママに、ううぅぅー…」
「………有、今日はもう無理しないでお家帰ろうか。有は十分頑張ってる。なんなら…有が落ち着くまで保育園休んでてもいいんだぞ。」
「うぅー…ママ…ママ……」
すると、遠くの方からアマネ先生が駆け寄ってきた。
「!有くん…そうよね。まだ、3歳だもんね…」
「アマネせんせ…ボク、ボク…」
「大丈夫よ…有くん、少し先生とお話ししようか。」
「おはなし?…」
「先生もお母さん亡くなっているの…亡くなったのは先生が8歳の時だったわ。白血病っていう徐々に体が壊れる病気で、時間が過ぎるのとともに弱っていくお母さんを見ていて…有くんも似たような体験だったと思う。年齢は違うけど…有くんも色々我慢したりしてたんだと思うの。」
有は真剣にアマネ先生の話を聞く。
「……うんっ…ぐすっ」
「先生もお母さんが亡くなった時、“自分が悪い子だから自分のお母さんが亡くなった”と神様の天罰なんじゃないかとか、“お父さんを悲しませないように自分は元気に振るまわらなくちゃいけない”とか、色々感情がぐちゃぐちゃになって一人で抱え込んで、十何年も過ごしていたの…でも、本当につらい時こそ“自分の気持ちは蓋をしてはいけない”の。自分が壊れたり、自分の気持ちが分からなくなっちゃうって、大きくなって身をもって知ったの。有くんには、私と同じ目に遭って欲しくないの。」
「…アマネさん……」
「だから、“自分が辛い”とか、“自分の気持ちに蓋をしそう”とか、“周りに迷惑かけちゃいけない”とか思ったら、最初にアマネ先生に教えて!そして、一緒に考えよう!少しずつしか進めないかもしれないけど、有くんには周りに頼れる力をつけれるようになって欲しいの。それまで、アマネ先生が有くんの気持ちに寄り添うから…」
「…せんせ……」
有はアマネ先生に抱き着いた。子供ながらに何かを察ししたんだと俺は解釈した。
「有くんには、先生の特別な“御呪い”教えてあげる。それはね、“毎日お母さんに自分の頑張ったことを報告する手紙を書く“の。有くんは知ってる?人間は亡くなっても自分が心配している人間がいたら、幽霊になってその人のそばで見守っているらしいのよ。だから、目に見えなくても、”いつも一緒に居ると思う“と勇気が出てくるの。自分は”誰かと共に歩いている“のを忘れないでね…」
俺はあの時の事は絶対忘れないようにと思った。そして、他人は暖かいのを同時に知った。
「アマネさんが有に教えてくれた“御呪い”。あの日から有は一生懸命“手紙”を書き始めました。と言っても、まだ3歳の有は文字が書けないので、俺が有の指示でお手紙に文章を書く形式で書いたんです。始めは、俺は“有の言葉”に”宮子の面影“を追っていて…時々、有が”パパ大丈夫だよ“って言わせてしまって、”自分の至らなさ“を恥じていました。しかし、2週間過ぎた頃でした。有の御呪いの手紙を全部、目を通してみようと偶々思って、1日目からずっと読んでみたんです。そうしたら、有は、この子は毎日少しずつ前に、成長しているのが形になって分かって、そうしたら、ふと、手紙を書いている時の有は自分の身の回りのものに色んな感情を向けていたのを思い出して、ああ、宮子はこんな感じに有と向き合っていたんだと知りました。…それを感じた時、俺も手紙を書き始めたんです。自分への手紙を、自分と向き合うために、自分の心へ向けた手紙を書きました。」
「…どうでしたか、手紙を書いた効果は?」
「ええ、手紙には、有への思いが沢山、沢山記されていました。もちろん、亡くなった宮子の事への感情も自分の仕事の事も少しは書きましたが、圧倒的に、“有をちゃんと育てられるか”、“有とどう向き合うのかが相応しいのか”、この二つが俺の心を占めていたんです。…それが分かったら、俺は直ぐ行動に移しました。子育てに関する情報を搔き集めることにしたんです。そこで、本屋さんに行きました。そうしたら…」
「…そうしたら…?」
「アマネさんが本屋さんにいました。俺と顔があったら、凄い形相で寄ってきましたよね、あの時。」
「ああ!覚えてます!だって、有くんと一緒に居ないんですもん!」
「有のお昼寝の時間だったんで、1時間未満ならいいかなと…という話をしたら、“目を離したらダメです!”って怒られたんですよね。」
「覚えてます。それで、私が“橘さんが子育て自立できるまで指導します!”って勢いで言っちゃって。…あれからもう2年経っちゃったんですよね。」
俺とアマネさんが昔話をしていると、滑り台に夢中だった有がこちらへ来た。
「アマネせんせー!うふふっ」
「わっ!有くん、もしかして抱っこ?」
「うん!」
「…もし…もし、アマネさんがよろしければ、…これからも俺と有と3人で暮らしていけたら…なんて思ってまして…」
「…橘さん…」
「き、強制じゃないですよ!でも、今までの2年間で…それだけ、アマネさんには支えてもらって…俺の心の中でのアマネさんの存在が…それだけ大きくなっていて…恩を貰うだけ貰って、このまま何も返せないのはしたくないんです。」
「橘さん、そんな風に抱え込まなくてもいいんですよ…私だって、周りの人に助けてもらってばっかりだし、こうやって橘さんとお喋りしているだけで励まされてるんですから。」
「…アマネさん…」
「…そうですね、少し時間をください。考える時間を。私に。」
「…ええ、なんだか人生の選択を迫るような提案をしてしまって、申し訳ないです…では、ゆっくり考えてみてください。」
伝えることは伝えた。あとは、アマネさんが決める事だ。俺と有は、アマネさんと別れて、自宅のアパートに帰った。
*???????視点 場所:水星 ムーチンミン・シティ
女は焦っていた。誰にも顔を覚えられる余地なく、夜の街を歩き、路地裏にあるみすぼらしいバーに入るのをできるかどうか。女は必死だった。一度接触を持ったら、捨てられないようにしがみつかないと他の連中と同じように、使い捨てになるのを知っていたから。女は悟っていた。おそらく自分は真面な最後を迎えることはもう出来ないだろうと。ムーチンミン・シティ3丁目1-2-5の角を右に曲がり、野良猫共が塵を漁っている路地裏を抜け、すぐ左にあるバーに入る。すると、カウンターにいる男性のバーテンダーが女に声をかけた。
「いらっしゃいませ。何をご希望で。」
「ピスタチオと落花生。あと、檸檬スカッシュ。」
「…ご案内しますので、こちらまでどうぞ……」
バーの奥にある入り口を黒いカーテンで遮られた空間へと女は案内された。そこに座っていたのは、一人の白髪の老人だった。
「22:45……時間通りだな。“チュン”とは、君の事かい?」
女はサングラスを外し、対面の席に座る。
「…ええ、私が“チュン”よ。貴方が…ボスの“V404”?」
「いいや、俺はただの“伝言屋”だ。アンタはアンタで何か事情があって、ここに来たんだろうが、伝言屋は仕事内容しか聞かされないんでな。…ほれ、この紙袋の中にボスの“指示書”と“仕事道具”が入っている。あと……」
「…あと?」
「今回の仕事が終わったら、“身を隠せ”との命令だ。避難経路は俺が指示する。」
“身を隠せ”…今までボスの指示でこれを言われたのは1回しかない。あの時は、ターゲットの変更で場所を大きく変えた時だった。…その流れを考慮すると、私はそろそろこの地を去るのかもしれない…。
「…伝達は以上だ。分かったら、その袋持って出てってくれ。…次の人間が23:00に来る予定なんだ。悪いな、嬢ちゃん。」
女は老人から例の紙袋を渡されると、気づいた。この重さは、おそらくアレだ。“黒い鉄のアレ”だ。そうか、この町でまた誰かが死ぬのか。そうであるなら、あの2人以外であって欲しい。女は、淡い自己矛盾を抱きながら、帰路につく。
*橘視点 場所:水星 警察署 3F 大会議室003
いつも通り、更衣室でVR訓練用の衣服に着替えていたら、林に『お前、さっき放送で呼ばれていたぞ!』と言われて、…急いで指定場所まで来たが、誰もいないじゃないか。部屋の物色をしようと、中央まで歩いたところで、出入り口から話し声が聞こえてきた。俺の耳が悪くなってなければ、おそらく、声の数は2名だろう。
「……げっ、15分前に来たら一番乗りかもって思ってたのに。」
「しかも、橘か。」
来たばかりの2名は……名前は何だったろうか。VR訓練でしか遭遇しない面子なのは分かったが、普段、ナンバー呼びが横行しているので、顔しか分からない。なんだか、2人に絡みに行こうという気まで失せてしまった。一瞬の苛立ちさえも面倒臭い。いつもの俺の行動の結果、周りには俺の名が広がるが、俺自身は、林くらいしか名前を知らないし、呼びもしない。ナンバー呼びは、絆も感情も奪い去るのをしみじみ感じた。“こんな連帯感で良い仕事や警備が出来るのか”。俺はとても憤りを抱えた。
「……なあ、やっぱアイツ変わっているな。すごい形相だぜ。」
「…触らぬ神に祟りなし。俺達だけで喋ろうぜ。」
「さっきの話の続きだけど、俺とお前の共通点、例の警視総監の面接に“合格”したって、マジなのかなぁ?」
!……カサキ警視総監の面接の合格者……そうなると、何かの大きなプロジェクトか、それとも実際に警護任務でもするのだろうか?俺は、この2人の会話を聞いた方が得なると思い、耳を澄ましながら部屋を眺めている素振りをする。
「うーん、俺達2人だけの意見じゃ判断付かないよな。」
「あっ、入り口から何名か来そうな音がするぞ。そいつらの話でも聞きに行くか?」
「どういうメンツによるか次第だな。俺たちが近寄ったら相手も困惑するかもしれないし、このまま様子見だな。」
会話はここで途絶えてしまった、話が広がらず面白くないとつい思ってしまった。何か暇つぶしにいいものがないか、俺はその場で壇上を眺めていると、後ろから肩をトントンと叩かれた。
「私が気配を消すのが上手いのか、VR訓練をしても慢心があると本人の実力を発揮しないというのが本当なのか、実に不安な一瞬を今見てしまったぞ。橘君。」
後ろには、ニコニコと作り笑いをしているネクロ補佐官が立っていた。そして、こうネクロ補佐官は続けて話す。
「ああ、そうだ。“ナンバー呼び”の件だけど、あれはね。部下に感情移入して、優秀な上司クラスの人間が辞任するのを阻止するストッパー装置なんだよね。特に、部下や同僚が死んだ時、君だって責任や精神的苦痛を感じるだろう?そういう心理になるべく陥らないようにする為にあるんだってさ。まあ、“個人が軽んじられている体感”や“モチベが上がらない”なんてのも起きやすいけど、“ナンバー呼び”の代替案があるんなら試してみてもいいらしい。…橘君、納得できる?」
「…俺が大して仲良くもない同僚の名前も覚えられないのは、予定調和って事なんですね。そして、そいつが死にそうになっても俺自身が助けようと思えないので、そのまま死んでしまうのも何も感じないようにする。それって、実際、“効率が良い”のか分析か演算でもした方がいいんじゃないか?」
俺が皮肉交じりに揚げ足を軽くとると、ネクロ補佐官は動揺するわけでもなく淡々としていた。
「…ほう、君は実に“型にはまらない”ね。カサキ殿もそういう君の気質に期待はしているみたいだよ。カサキ殿は“科学主義”だから、橘君の意見に反発はしないと思うかな。」
「…演算の結果が今の現状を好んでいるのなら、俺は大人しくしている。そこまで馬鹿じゃない。」
俺とネクロ補佐官が話していると、会場には25人ほど集まってきた。
「あと、5分ほどでカサキ殿が来る予定だ。橘君も皆のいる所に行きなさい。君が列に並んだら、私は朝礼の掛け声をするとしよう。」
俺もネクロ補佐官も配置につくことにした。
*(カサキ警視総監の演説)
「これから、警視総監のご説明になる!皆、よく心して聞くのだ!敬礼!!」
「はっ!!」
壇上の左側のカーテンからカサキ警視総監が悠々と歩いて、マイクが立ててある教卓に着く。
「皆、敬礼を解いていいぞ。」
教卓の上に置いた右手の人差し指をトン…トン…とゆっくりリズムを刻む。
「補佐官、スクリーンを下ろしてくれ。」
カサキ警視総監の右側に、スクリーンが上から徐々に降り来る。そして、カサキ警視総監は続けて説明をする。
「皆は、今から映す“人物”を知っているだろうか?おそらく、誰でも知っていると私は思っている。だが、これはミッション説明なので人物説明も一緒に聞いてくれ。」
カサキ警視総監は、教卓の上に置いてある黒いリモコンを持ち、ボタンを押すそぶりをした。さっきまで、真っ白だったスクリーンに2人の人物の画像が映る。
「これから、選挙の時期に入る為、各政党の政治家の代表が街で演説をする。その中でも、過熱しているのは2つの党だ。この2つの党の代表を君たちに警護してもらいたい。」
また、カサキ警視総監はリモコンのボタンを押す。すると、先ほどの画像で“左側に並んでいた人物の画像”が単品でスクリーンに映った。
「まずは、1人目の守るべき対象者。名は“ルンベル・星城”。民間党の党首だ。」
もう一度、カサキ警視総監はリモコンを操作する。今度は“右側に並んでいた人物の画像”に変わる。
「2人目の守るべき対象。社有党の党首、“ウォンツ・P・島江”。」
おそらく、次はチーム分けか護衛の詳細かと俺は予想していたが、中々次の説明が始まらない。おかしいなとカサキ警視総監の方向を見てみると、何やら考え込んでいるようだ。何が彼をそうさせるのだろう。
「…“ルンベル・星城”氏には、特に変わった噂などはないが、問題は、後者の“ウォンツ・P・島江”氏の方だ。“ウォンツ・P・島江”氏は、会社を経営しているのは知っているか?この会社は3年前、急激に商品の生産が盛んになったのだが、この盛んになった原因が、違法に秘密裏に“金星”から資源を発掘して、商品の原材料の金属を賄っているという黒い噂がある。…つまりだ、この“ウォンツ・P・島江”氏は金星に敵視されている可能性が高いのだ。もしかすると、金星人から“牽制の一手”を今回の演説で取られる可能性がある。下手すると、金星のテロ組織“コミ・テラー”による暴力、最悪の場合、暗殺のルートも考慮しなければならない。…そこで、社有党の“ウォンツ・P・島江”氏の警護は、VR訓練の成績上位者で固める方針にする。また、“ウォンツ・P・島江”氏の警護のメンバーに抜粋された者達には、“コミ・テラー”専用の特殊な訓練を用意したので、今日からそれらをこなしてもらうことになる。」
カサキ警視総監の“警護に関しての概要”が終わると、ネクロ補佐官が壇上に上がり話し始めた。
「今から番号で呼ばれた方は社有党の“ウォンツ・P・島江”氏の警護担当になります。この会場を出て、左に行くと“W-404室”というVR訓練の部屋がありますので、番号を呼ばれたらすぐそちらへ向かって行ってください。少しの時間も無駄にしないように、すぐ行動を。では、番号を呼びます。…№042136」
…おお、一番目に呼ばれた。これは“期待されている”という証なのか。少し緊張してしまうが、期待には応えたいものだ。己の覚悟を実感したくて、両手の拳をやや強く握る。そうして俺は会場を出た。
*橘視点 場所:水星 自宅内
リビングのテーブルに様々な便箋を広げて、有がアレにしようか、コレにしようかと手に取り、おにぎりとタコさんウインナーの絵柄の水色の便箋を最終的に選んだ。
「パパー!今日も一緒にママにお手紙書こう!」
俺は2本の鉛筆を持ってきて、有に尋ねる。
「有は今日何を書くつもりなのかな?」
「んーとねぇ、保育園で今日読んだ“パンパカマーチとおにぎりくん”の話!ママに感想を教えてあげるの!」
「パンパカマーチ?おにぎりくんは知っているけど、パンパカマーチって何かな?」
有はしばらく考えて、ゆっくり纏めながら答える。
「パンパカマーチは、おにぎりくんが仲間を呼ぶ時、叫ぶ“合言葉”の事!おにぎりくんがピンチになった時『パンパカマーチ』って言うと、おにぎりくんの仲間が一斉に集まって、おにぎりくんを助けてくれる!逆に、仲間がピンチの時もおにぎりくんと同じように『パンパカマーチ』って言えば、おにぎりくんも駆けつけるんだよ!」
「なんだか、110番したら駆けつけるパパのお仕事みたいだなぁ。」
「ピンチって言っても、小さいことだよ!間違ってジュースこぼしちゃったとか、おかしのふくろをひっくりかえしちゃったとか、ナポリタンのケチャップが服についちゃったとか。」
「でも、どんな小さなことでも自分たちで何とかしようって、中々、大人でも出来ないよ。おにぎりくんもおにぎりくんの仲間も凄いんだよ。有はどう思った?」
「おにぎりくんみたいに大人数でなら心強いし、有も誰かと一緒に困った時はパパとか、お友達とか、アマネせんせとなら大丈夫な気がしてきた!」
「そうだね。一人で困ったままにしないで、他人に聞いたり、手伝ってもらうのも大事だ。今日もいい本を読んだね、有。」
「うん!」
「消しゴムは…あった。はい、有。パパも一緒にお手紙書くからな。」
有は興味半分で俺に質問する。
「パパは何を書くの?」
「…そうだなぁ、仕事の話はナシとして。有のお弁当の玉子焼きについて書こうかな。最近、上手くクルクル巻けるようになったんだよ。そのことにしようかなぁ。有はパパの玉子焼き好きか?」
「うん!ママの玉子焼きは甘い奴で好きだけど、パパのめんつゆ味の奴も好き!ごはんに合う!」
「じゃあ、パパも有も書くもの決まったし、今からお手紙の時間だ!」
有と俺は、リビングでお互いの便箋を広げる。
「パパ!えんぴつ!」
「んー、どうぞ。」
「えんぴつ、ありがとう!パパ!」
すると、有は便箋の裏に絵を描き始めた。何の絵を描いているか観察していると、形的に“おにぎりくん”のような気がする。
「まず、お気に入りのシーンを絵で描いてから感想書いた方がママも分かりやすいと思う!」
「ほう、絵で説明か!考えたな!」
有の斬新なアイディアに感心していたら、固定電話が鳴った。
(プルルルルル)
リビングに隣接するキッチンの前で、固定電話の電話番号を確認すると、アマネさんの携帯電話の番号であった。
「こんばんは、アデム・ペルティエ・橘です。」
「こんばんは!有くんの保育園で働いている保育士のアマネです!」
「ああ、アマネさん!電話なんて珍しいですね。どうなされたんですか?」
「それがですね、今日から2週間ほど私的な用事で、有くんの付き添いなどが出来なくなってしまうんですよね。幼稚園での交流は出来るんですが、仕事外の時間が……実は、私の友達が失恋しちゃって、同棲も終わりらしくて。私としては、友達の引っ越しの準備を手伝ってあげたり、失恋のアフターケアもしてあげたくて、全部終わるのには、だいたい2週間くらいかなぁって見積もっているんですけど。」
「そうだったんですか…大変ですね。有に関しては、ベビーシッターさんに頼んだり、いろいろ工夫してれば大丈夫なので。というより、今までアマネさんが根気強く寄り添ってくれたのが奇跡というか、有り得ないくらい親切というか、今までが普通じゃなかったというか。いや、言葉って難しいですね。自分の語彙力が恥ずかしいです。…アマネさんはアマネさんのしたいことを守るというか、もう少し自由に過ごしてもらって自分の後悔ないように進んで欲しいとは普段から思っていたので、反対とかしませんよ。」
「でも、橘さん『2週間後、大きな仕事が待っている』って言ってましたよね。」
「ああ!アレですね…アレは…まあ、自分は“狙撃係”で肩に力が入っていたというか、初の警護の仕事で、意気込んじゃって。まあ、有やアマネさんに直接関係あるとか、そういう問題じゃないです。」
「狙撃…ですか。なんだか大変そうですね。」
「いえ!狙撃と言っても、犯人を確保するのに“動かなくなる”ようにするというか、致命傷は避ける方針でして。」
「……まあ、気負うようなことがなければいいですが。」
アマネさんは複雑そうな反応をしていたので、俺はまた繕う。
「特殊な状況にならなければ大丈夫ですよ!それよりも、アマネさんは明日に備えてください!友達の話、うまく事がおさまればいいですね。」
「…はい。ありがとうございます。では、また。」
「はい!また、会う日まで!」
俺は電話を切った。
*橘視点 警護当日 場所:水星
警察車両に乗って2時間経過したころ、俺達は目的地に着いた。場所は『メディカルスタジアム』。ミュージシャンのライブ会場として使われることもある会場だ。まさかとは思うが、社有党の“ウォンツ・P・島江”氏は、この会場が全部埋まる自信でもあるのだろうか。そんなことを考えて車を降りると、俺達“射撃組”は横に一列に並ぶ。列の前方から、ネクロ補佐官が来た。ネクロ補佐官が左腕につけてあるバンドの機械のスイッチを押すと、空中に“メディカルスタジムの地図”が表示された。ネクロ補佐官が説明をし始める。
「皆、VR訓練で散々練習したからこのスタジムの地図と自分の配置は耳にタコができるほど見覚えがあると思う。しかし、いつもと違って、今日は本番だ。プレッシャーに押しつぶされる必要もないが、塩梅のいい緊張感も持って取り組んで欲しい。そこで…」
真を少しおいて、ネクロ補佐官が続きを話す。
「一時的な“名前呼び”を今回のミッションで使うのを許可する。必ずしも、相手を名前で呼ぶ必要はない。好きなように“名前呼び”と“ナンバー呼び”を選んでみてくれ。最近の署内の調査で“名前呼び”はモチベを上げたり、親睦感から仕事の質が向上した結果が判明した。皆には、質のいい仕事を期待している故の“名前呼び”だ。一時の“特別感”を体感してみてくれ。」
俺の周りにいる狙撃組の同僚達が、俺の方をジロジロ見る。それもそうか、現場が変わった瞬間を見ているのだから。
「ふふ、皆誰を見ているのかな?…まあ、たまにはこんなこともあっても良いね。」
警備当日で緊張していた俺だが、思わぬ朗報でちょっと気が緩んだ。
「さあ、皆VR訓練の通りの配置に行ってください。後は、個別の判断に任せます。」
無事にネクロ補佐官の説明が終わった。俺の配置は、舞台の右側を射程範囲にする為に、会場の右端に位置する。また、犯人が退避する経路の事も考慮して、前方にも後方にも弾が当たるように会場の中央で割った位置の右側になる。早速、俺は配置の建物の屋上を目指した。
(ぴぴぴっ)
右耳のインカムが鳴る。送受信のボタンを押して、マイクに語り掛けた。
「橘だ。要件は?」
「こちら、清水。確認したいことがある。…テロの犯人が政党の党首を人質に取ったケースだが、この場合、犯人確保のため致命傷は避け、身動きが出来なくなるよう手足ともに2本ずつ打ち込む…でいいんだろう?」
「ああ、そうだ。もし、テロが大人数で行われたときは、弾数の節約を優先して、相手には致命傷のリスクを負ってもらう。」
「それも分かっているんだが…1つ気になったケースが思いついてしまってな。橘なら、どうするかと思って連絡した。」
「…どんなケースだ?」
清水は、少し緊張して身構えているのか、声が少し低めにゆっくり話した。
「テロリストが単独で俺達に撃たれて身動きが取れなくなった時……党首が興奮して持参している銃でテロリストを殺そうとしている状況だ。…この時、テロリストの身柄確保の為、興奮した党首を撃って動きを止めるべきなのか?それとも、テロリストを見捨てるべきなのか?」
つまりは、こうかと俺は端折って清水に確認する。
「……党首が大統領に昇格した時、もし党首を撃っていたら責任を押し付けられる可能性があるな。」
「…やっぱり、同じ結論になったな。橘ならどう考える。」
……難しい問題だと正直思ったが、俺なりの考えを清水に伝えた。
「俺は…家族に息子がいるから、強く出れないのが本音だな。仮に、今独身であったなら、大統領を撃つかもしれない。…独身のケースの俺と同じ選択を取れとは要求できないのが正直なところだ。」
「迷うな…今のうちに、ネクロ補佐官に聞くべきか。」
「早い方がいい。」
「分かった…話に乗ってくれて、ありがとう。切るぞ。」
清水も結構抜け目がないなと感心した。……しかし、本当にそのようなケースが起きてしまったら、と俺は時間つぶしに少し考えてみた。コミ・テラーの事件はまあまあの頻度で起きており、その事実から考慮するに、構成員の数も少なくはないだろう。そうなると、今回のミッションでわざわざ高いリスクを負ってまで、テロリストを生け捕りにする意味合いがない。
「……おそらく、撃ち殺すのが妥当なんだろうな。」
俺は小屋の屋上で、装備品が入っているガンケースを開け、スナイパーライフルの確認、弾薬箱の確認、順にマニュアル通りこなしていく。
*????????視点 社有党首“ウォンツ・P・島江”氏の演説の前日
女がこのバーに来るのは今回で3回目になる。3回も同じところに来るのはリスキーだと正直なところ思った。前回と同じく、バーテンダーに注文に扮した“合言葉”を言う。
「ピスタチオと落花生。あと、檸檬スカッシュ。」
すると、バーテンダーはいつもと違う対応をしてきた。
「…申し訳ございません、お客様。現在、ピスタチオは切らしておりまして、倉庫から取りに行かねばなりません。お詫びと言ってはなんですが、このバーの隣の建物にいるオーナーにこの紙きれを渡し、オーナーからピスタチオのお詫びを直接受けてもらえませんでしょうか。」
「…“紙切れ”?オーナー?」
バーテンダーは、『お詫びの品“年代物のウイスキー一杯”をお客様に』と書かれた“紙切れ”を私に渡した。
「いいですか、お客様。隣の“青い壁の建物”です。“黄色の建物”ではないですよ。“青い方”にオーナーがいるのでその紙をお渡しください。」
そう言われてしまったのでは、行くしかない。明日が本番でどうしても今日中に“最終確認”をしなければいけないのだから。私はバーを出て、隣の青い建物に入る。中には、オールバックの金髪の厳つい男性がテーブルに座っていた。テーブルには、1本のウイスキーらしき色をした瓶と透明なコップが用意してある。
「お前さん。とりあえず、座りなさい。」
言われた通りに私は座った。
「狩人がそんなに力んではうまく獲物を狩れないぞ。酒でも飲んでリラックスしろ。」
「…飲めないわ。明日、酒が残っていたらどうするの。私、お酒に弱くて体調がどうなるか予測がつかないわ。だから、遠慮しておく。」
「…ふーん、まあいい。お前さんの見返りはなんだ。他の奴らと同じように“金”か?」
私は考えるそぶりする。
「……私の父と母の本当の死因が知りたいの。」
オーナーは、動きが止まって、しばらく考えた後、ため息をつき、女に一言放った。
「…深入りはしねえ。ただでさえ、このヤクザの仕事の片棒を負っているのに、これ以上の荷物はごめんだ。…まあ、個人的恨みの延長ってところだな。時々、そういう事情の奴らのもいる。…そうなると、あれだな。お前さん、親族は居るか?甥っ子や姪っ子でもいい。」
急になぜ親族の話になるのだろうか。私は、不思議に思いながら答える。
「いいえ、私、西の“移民の生き残り”だから、親族は居ないわ。」
「…ほう、そうか。そうなのか。」
すると、青い建物のシャッターが動き始めた。
「?」
「はあ…俺も手慣れたもんだ。もう心が痛むなんて経験が今じゃ全然ないんだ。」
私は嫌な予感がして、椅子から立って逃げようとした。すると、体が身動きを取れないのに気づく。この状況でオーナー喋る。
「どうだ?立てないだろう?水星の技術は凄いよな。目に見えない周波数なのか磁石なのか、分かんねえけど、電気信号を弄れるらしい。その椅子は。俺はいつもこのやり方で何人も何十人も捕えてきた。」
オーナーは手をパンパン!と叩くと、奥の扉から、太くて長さが30㎝ある注射器を持ったヤブ医者と数名のチンピラがやって来た。
「このぶっとい注射器には小さい小さい神経チップが入っている。脊髄から注射器をさして、頚髄の神経から脳の神経を弄っちまうらしいよ。この神経チップは。神経チップはBluetooth接続で動くから、操縦者の思い通りの“操り人形”になっちまうらしい。いやあ、怖いねえ。水星の技術は。悪用されたらひとたまりもねえ。コミ・テラーがこの星で資金調達やら資源調達やらしているのは、この高度技術もほしいからなんだろうな。」
女は、逃げようともがこうと必死だったが体がビクともせず、ヤブ医者に注射を刺されてしっまた。
「…残念だな。お前さん、敵討ちがオジャンになっちまって。もうお前さんと会う事もないから、じゃあな。」
注射を指された女の意識はゆっくり遠のく。途中、幼少期の父と母の思い出が過ったが、徐々にその記憶は消えていき、何が何なのか、自分という存在は、怒りという感情さえも、もう脱力感しか感じられス、意識と感情が操られて無感情になっているのを感じた。
*社有党首“ウォンツ・P・島江”視点 演説当日 場所:水星 メディカルスタジアム
「おはようございます。ウォンツ・P・島江さん。先日、連絡させていただいた警察の“ネクロ”と言います。体調は大丈夫でしょうか?」
ネクロ補佐官がそう言うと、私は清々しく答える。
「話は秘書から聞いています。今回の演説は“会場が広く見通しが良い”ため、私の警護をSPだけでなく警察も合同でやるという事ですよね。……細かいことはあえて聞かない方が演説に集中できると秘書に言ったものでして。体調はそのおかげで、何ともありませんよ。」
「…ふむ、なるほど。あまりプレッシャーに強くない、という事ですか?」
いつも調子でネクロ補佐官が茶々を入れる。しかし、この茶々は私には少し不快であった。
「群集に嫌われたりパパラッチに追いかけられたりするのは数をもう熟しているので慣れっこですが、“特殊な警備”となると意識しちゃうじゃないですか。数の問題ですよ。」
「そうですか、うーむ、これを渡すのはプレッシャーですかね…」
そう言うとネクロ補佐官は黒いアタッシュケースを机の上に置き、鍵を開け、中に入っているモノを私の目の前に置く。私はぎょっとした。
「ぴ、ピストル……ですか…」
「ええ、“護身用”です。ウォンツ・P・島江さんが“自分の身が危ない”と思ったら、犯人を撃っても構いません。SPと警察の上部からの指示です。」
「殺しても構わないと…」
ネクロ補佐官は、私を説得する姿勢に入った。
「ウォンツ・P・島江さん、貴方にも家族がいるでしょう?奥さんやお子さん、お母様やお父様までご健在ですよね?……世の中に“危険な人物がいる”というのは、そういう自分にとっての大切なモノを破壊される確率を上げるのと同意義です。そして、彼らは犯罪者だ。貴方が戸惑う必要なんてこれっぽちもないんですよ。」
警察というのは、こういう世界線で生きているのを見せられ、生半可な気持ちでいるのは、まるで自分の命や子の命まで犠牲にする……そういう事なら私もそれに合わせていかなくてはいけない。
「……分かりました、受け取ることにします。」
ネクロ補佐官がニコリとほほ笑んだ。
「演説は予定通りにお願いしますよ。台本通りにお願いします。」
ネクロ補佐官は部屋から出て行く。拳銃を受け取ったものの、なんだかモヤモヤしている私はつい口走ってしまった。
「……テロリストか……本当に来るんだろうか……」
昔、猟銃で鹿を撃ったことがあるのを思い出す。おそらく、私の前に、テロリストが現れたら、あの狩りの時の感覚にスイッチが入るだろう。その場合、私は他人を殺すんだろう。
(トントン、トントン)
私が居る楽屋裏の部屋の扉がノックされた。私が入るように促すと、秘書が携帯電話を持って入ってきた。
「党首、弟様からお電話です。」
「弟……“ベンコウ”か。演説まで後10分ほどなのに。」
私は携帯を耳に当てて、返事する。
「ベンコウ、今忙しいんだぞ。早く要件を言え。」
「に、兄様。先ほど、数分前に“コミ・テラー”と名乗る人物から電話がありまして。その内容が『違法な採掘を辞めろ。そして、採掘を辞める宣言は今やろうとしている演説で行え。そうすれば、命だけは見逃してやる。』と。」
「!……演説の中で“宣言”をしろと……しかし、そんなことしたら支持率が下がって大統領に成れないのでは……」
「!そういえば、こうも続けて言っていた。『……もし、宣言が無かった場合、こちらから“取りに行く”ぞ。覚悟して震えて待て。』」
「……“取りに行く”……?……どういう意味だ……?」
ベンコウとの電話はまだ途中だったが、そわそわしている秘書が私に話しかけた。
「…“ウォンツ・P・島江”様。もう演説まで“5分前”です。もう会場へ行く準備しないと、間に合わなくなってしまいます。」
「…要件は分かった。切るぞ、ベンコウ。」
私は楽屋部屋を出て、演説会場に向かった。
*橘視点 演説開始 場所:メディカルスタジアム 会場の右端の小屋の屋上
「しかし、考えたものだな。」
俺が感心したのは、演説の舞台のセットである。客席から4mほどの高さに舞台ステージがあり、両脇にはSPがついている形で、ウォンツ・P・島江氏は演説する予定になっている。舞台ステージは高いところにあり、普通の水星人ならステージから上がれない高さだ。また、教壇の前は防弾アクリル樹脂でできた透明なガラス張りが立ててあり、教壇の後方は、ステージからの出入り口になっている。正直、ウォンツ・P・島江氏は命の危機はないのではと思ってしまう。現在、スタジアムの入り口から水星人の列が出来ている。
しかし、数分経った後に、その先頭にいる黒人男性が急に舞台ステージの席に向かって走り出した。その男性は手に筒状のモノを持っていて、筒のピンを外し、席に向かって投げる。筒の先から“煙幕”が発生した。煙幕がステージの席を徐々に覆い始める。それが乱闘の始まりの合図かと言わんばかり、入場の列から数名、舞台ステージに向かって走り出した。コミ・テラーの今回のテロは“数で勝負”という事なのだろう。こちらは、マニュアル通り“弾数の温存”で回す戦法を取る。つまり、頭や心臓以外の“第二の致命傷”の部位を撃つ処理である。
「……撃つしかないな。」
(ドン!ドドン!)
俺は腹に一発、両足に一発ずつ撃った。常人なら痛くて立てないだろう……しかし、標的にしたテロリストはよろけはするものの、そのまま直行を辞めないで走り続ける。このままでは、舞台ステージまで着いてしまう。1人では6mは登れないかもしれないが、2人掛り3人掛りでいけば、ステージの上に1人くらいは行ける可能性がある。すると、インカムが鳴った。
(ぴぴぴっ)
「ネクロだ。銃声が聞こえたぞ。」
「補佐官、テロリストを撃ってもビクともしないぞ!どうなっている!」
「…もしかすると、神経チップで脳が弄られているのかもしれない。緊急事態により、第一致命傷への狙撃の許可をする。決して、テロリストを舞台の上には上げるなよ。」
“第一致命傷”…心臓や脳への狙撃の許可が下りた。正直、他人の命を奪うのは気が引けるが、コミ・テラーの“神経チップ”は現在の水星の技術では“除去が出来ない”のが現実である。そして、“神経チップ”を移植された者は脳か心臓が破壊されるまで“操り人形”に一生なるしかない。Bluetooth接続のシステム障害で一時的に解放させる方法もあるが、その後は人体を冷却保存して“コールドスリープ”で保存するしかしない。保管庫も十分にある状況でもないので、余程“重要人物”でない限りはコールドスリープの許可が下りないのである。
「…撃つしかない。」
俺は神経をとがらせ、先ほど撃ったテロリストの頭をスコープの標準に合わせて、スナイパーライフルの引き金を引こうとすると、インカムの向こうで“女の声”がした。
「党首!!こちらへお逃げください!!」
俺はあることに気が付く。
「…ネクロ補佐官、その女に党首を近づけるな。」
「…なに?」
「党首の秘書にもSPにも“性別が女性”はいないはずだ。記憶には自信がある。」
*ネクロ補佐官視点 演説当日 場所:メディカルスタジアム 舞台ステージの上
「党首!!こちらへお逃げください!!」
出入り口の扉の向こう側で女性の大声が響く。しかし、橘に言われた通り“秘書もSPにも女性はいない”のなら、この大声の主は間違いなく部外者である。そして、舞台裏の警護をかいくぐってきたのなら、この女性は一般人ではないのは明らかだった。私はインカムをオペレーターに繋いだ。
「オペレーター、オペレーター、応答願う。」
(ぴぴぴっ)
「はい、補佐官。出入り口の監視カメラですが、電波障害で映像が見れません。しかし、廊下に仕掛けた盗聴器が拾った音声には、ドローンの羽ばたきのような音とロボットの歩行特有のリズム音が混ざった雑音が入っています。補佐官、熱伝導カメラは持っていますか。」
「ああ、持っている。扉越しにサーモグラフィ画像で人間の人数を確認する。ドローンとロボットの処理だが、スタジアム全土を“電子妨害”で覆う作戦で行く。ドローンとロボットは電磁波を封じてしまえばいい。」
オペレーターは私の指示を実行するのに、カサキ警視総監の許可を取る作業をする。
「警視総監!電子妨害の許可をお願いします!」
オペレーターにカサキ警視総監が応対する。
「補佐官、妨害は秒あればできる。」
3秒の間に、私は熱伝導カメラで扉の向こう側を見る。扉の向こうは、先頭に人間らしき影が1体、その背後には15体ほどのドローンと10体ほどの4つ足ロボットが見えた。何も考えず、扉を開けていたとしたらハチの巣だったかもしれないのを考えると、ちゃんと指示を待って動くウォンツ・P・島江氏の護衛であって良かったと手に汗を握る。
(…ガタン、ガタガタン)
3秒経ったのだろう。電子妨害でドローンとロボットが崩れ倒れる音がした。機械と機械がぶつかり合う音が止むまで、扉は開いてはいけない。すると、ドアの向こう側から、女の声が聞こえた。
「……あーぁ、護衛が台無しだ。しかし、Bluetoothの電子妨害は出来ないだろう?水星人の警護関係はBluetoothで無線通信するのが主流だからな。今回の神経チップが埋め込まれたテロリスト共の無効化はBluetoothを無効化するしかない。この女も我らコミ・テラーの“操り人形”だ。捕まえても意味が無いぞ。」
「……随分、長々と説明するものだな。焦っているのか?」
私はあえて少し煽ることにした。少しでも隙が出来ればの精神である。
「この女の運命などどうでもよい。私がしたいことは“ウォンツ・P・島江氏に約束の宣言をしてもらう事”だ。違法な採掘をして我が金星の資源を吸い尽くすのを止めろ。止めなければ、今回のような集団戦をお前の身近で何度も起こすぞ。今回は大統領選挙の演説という大舞台であったから、SPも警察も総動員でお前を守っているが、大統領解任後などのケアはほぼ自前でやるしかないのは、馬鹿でも分かるだろう。」
(ドドン!!…ガッシャ―ン!!)
何やらガラスが割れる音がした。この女は何を手に入れたのだろうか。
「いつまでも返事をしないつもりなら、この防災用の斧で扉を壊して、お前の頭を勝ち割らろうか?」
(ガツン!!ガツン!!)
扉に斧をたたきつける音が響く。なるほど、緊急時用の赤い斧が壁に設置してあったのを私は思い出した。きっとその赤い斧で扉をたたいているのだ。そんなことを考えていると、扉に1つの亀裂が出来、女はそこから覗き込んだ。……私はそこを見逃さなかった。腰に隠してあった“テーザー銃”を取り出す。この扉はアルミ製であり、電撃を流すテーザー銃の弾をぶっ刺したら、女もろとも感電するだろう。そこに賭けるしかない。
(ガガン!!)
テーザー銃の2つの矢がアルミの扉に刺さる。このまま、早く電流を流すべく、ボタンを私は押した。
「ぐああああああああああああ!!」
女は感電したようだった。しかし、これは一時的に扉に触らせない処置でしかない。
「ウォンツ・P・島江氏!!これ以上、事態を好転させるのは不可能だ!!」
ウォンツ・P・島江氏は、舞台の床に四つん這いになってプルプル震えている。私は続けて説得する。
「ウォンツ・P・島江氏、コミ・テラーに宣言するんです!!違法採掘の約束を!!このままでは、舞台によじ登るテロリストにやられて終わりになります!!この女に、早く宣言を!!」
ウォンツ・P・島江氏は、もうやってられんと言わんばかりに、投げやりに叫ぶ。
「わ!わかった!!もう金星には手を出さん!!だから!!命だけは!!命だけは勘弁してくれ!!」
ウォンツ・P・島江氏が震える唇で言うと、女の動きが変わったのを私は察知した。
「…ふっふふ、あははははは!!!我が金星はまた水星に勝ったのだ!!!さらば、水星人!!」
私は、異様な光景に身の毛がよだったが、冷静に対処すべく、熱伝導カメラで扉の向こうの女の状態を確認する。サーモグラフィで女の姿を確認すると、女は右手でピストルのような形の固形物をこめかみの部分に当てているではないか。
(ドヒュンッ!!)
拳銃の発砲音のような音が響く。そして、女はドア越しにそのまま崩れ落ち、しばらくの間、物音がしなくなった。舞台ステージの外野のテロリストもさっきまではドタバタと動いていたが、その場で次々と倒れこんでいる。
「……終わったのか?」
ウォンツ・P・島江氏は泣きじゃくりながら私に尋ねたが、確信が無い。私はオペレーターに通信した。
「……チャフグレネードでBluetooth接続の解除を行う。許可をくれ。オペレーター。」
「…警視総監、いかがなさいますか。」
「一時的に許可する…」
私はチャフグレネードのピンを抜き、床に転がす。チャフが爆発するまで……5、4、3、2、1。私は、アルミ製の扉を勢いよく開く。すると、床には壊れたドローンとロボットに囲まれた“ある女の遺体”があった。
*橘視点。ミッション直後 場所:水星 メディカルスタジアム 会場の右端の小屋の屋上
(ぴぴぴっ)
インカムが鳴った。
「こちら、ネクロだ。橘、今少しだけ時間を貸してくれないか?」
「はい、橘だ。要件は?」
「……今から、君の携帯に、ある人物の画像を送る。その人物の名前と君との関係性を教えてくれないか?もし知らない人物なら、正直に言ってくれればいい。」
「了解した。」
俺の携帯に画像が表示される。その画像の人物は、普段馴染みのある見たことがある人物だった。………俺は、動揺して目の奥がゆらゆらとブレそうになったが、深呼吸をし、どうにか正気を取り戻して、声を震わせながら、ネクロ補佐官に応答する。
「……ア、アマネさん…です。……俺の息子の保育園の先生です……アマネさんが今回の事件に何か関係があるんですか……?」
嫌な気がしてしょうがなかったが、俺は震える声で、核心を狙いながらネクロ補佐官に質問する。すると、2人の間に長い長い沈黙が流れた。これは俺の脳がミッション直後でドーパミンが溢れていたせいで、走馬灯と同じ現象が起きていたからなのかもしれない。正直、この沈黙の時間が心臓を苦しめていた。ぐわんぐわんする感覚で待っていると、ネクロ補佐官がいつもらしくない反応をした。
「……橘君。君は警察という職業で幾度の心が揺れるような境地に立たされたと思う。……だが、忘れないで欲しい。君の周りには必ず味方が居る事。私たち、朋輩が居る事。」
この時点で俺は勘付いた。もう直で聞くしかない。今の俺には余裕が無かった。
「……アマネさんは……亡くなった……?」
俺を気遣ってか、ネクロ補佐官は静かにゆっくりと俺の質問に答える。
「ああ、……そうだ。…残念ながら、テロに加担していたようだ。神経チップが施されている形跡もあった。」
“神経チップが施されている”……これの意味するところは、狙撃中の自分が良く知っている事だった。………そう………もう、彼女は……帰ってこない………。
「橘君。君はしばらく休んだ方が良い……カサキ警視総監に私から事情を説明しとくよ。……あと、しばらくの間は、テロに関したニュースは見ない方が良い。」
思考が停止した状態でも、体だけは動かさないといけない………有の事もある。……感傷に浸っている場合じゃないんだ。有の事だけを考えて、有が中心の生活をして、有が幸せに過ごせるように一日一日を積み重ねていけば、そうすれば、そうすれば……………。
「おい、橘!おいっ!」
「!…清水。」
思い詰めている状態のせいで、清水の存在に気づかなかった。清水は続ける。
「早く片付けて、車両に乗らないと上司に怒られるぞ!ほらっ俺も手伝ってやるからさ。」
「…あ、ああ、…ありがとう、清水。」
俺と清水は手元のアタッシュケースを片づける作業に入る。そして、全部のケースを車両に乗せると、俺と同僚たちは車両に乗りいつもの警察署に向かった。
*橘視点 ミッション後 場所:水星 警察署前
警察署に着いて俺は車両から降りた。すると、林の声が遠くから聞こえた。
「橘!大丈夫か!?」
「……は、林。悪いな、気を使わせてしまって。」
「事情は大体ネクロ補佐官から聞いた。今、家宅捜索しているらしい。」
「……林。俺さ、どうしたらいいか分からないんだ。でも、有だけは、有だけは守らなきゃいけないっていう気持ちだけで正気を保っている。…これでいいんだよな。」
林は俺の言動を聞いて、顔の雰囲気が変わった。それだけ、俺は情けなく見えているのだろうか。
「橘、俺のところに暫く、有くんと一緒に泊まらないか?俺、実家だし、元々5人兄弟で部屋と布団も余ってんだよ。保育園も職場も近所も、お前と有くんにとって負担にしかならないだろう?おそらく、柵みたいなのが付きまとうはずだ。事が落ち着くまで、林家の実家に暮らせよ。生活費は安くするぜ?」
林の優しさになんだかホッとしたのか、俺は目頭が熱くなっているのを自覚した。
「お前はよくやってる。いつもの通りに一歩一歩積み重ねたらいいんだ。辛くなったら、俺を呼べよ?」
「…ああ、ごめんな。林。そして、ありがとう。」
「じゃあ、早く帰って有くんと荷造りするんだな。移動は今日からできるか?早い方が良いだろ?」
「…いや、今日は遠慮しとくよ。明日から、有と俺が林の実家に向かう事にしようと思う。急じゃ、親御さんにも迷惑だろう。」
俺の心臓がぐわんぐわんと胸を締め付けるのをどうにかしなくてはいけない。このままでは、林の前で泣いてしまう。今日だけは、誰にも弱みを見せたくなかった。
「…今日はそっとして欲しいんだ。今日だけ、今日だけで良い。」
「……分かったよ。明日は絶対来いよ!」
*橘視点 場所:水星 自宅内
「パパ、何でお荷物作っているの?」
俺は、林の家に向かうために、荷造りをしながら有に説明する。
「有とパパはしばらくパパのお友達の家にお泊りになるんだ。」
「お泊り会!」
「そう、お泊り会だ。」
「保育園は?」
「……保育園は、しばらくお休みだよ。」
「ふーん」
俺は、有に悟られないように装う。有には、アマネさんの話は避けなければいけない。
「有、そろそろ寝る時間だよ。おいで。」
「パパ、ご本読んで!おにぎりくんの絵本!」
おにぎりくんのイメージで、ふいにアマネさんがちらつく。なんだか眼がしらに力が加わりそうになり、つい、有の提案を拒否してしまった。
「き、今日は!いつもと違って、パパの読みたい本にしようか!」
「ええ~、……分かった、良いよ。パパの読みたい絵本何?」
「……えーっと、ねえ…」
心が誤魔化すのに必死だった。そんな状態で絵本を読んでいると、いつの間にか、有は寝てしまった。有が寝たことに俺は安堵する。俺は、有の為に動くことでしか時間を過ごせないのを自覚する。止まると、アマネさんの事を思い出してしまいそうで恐怖に似た感情を俺は覚えた。……ミッションをこなしたこともあってか、肉体的疲労で俺はすぐ寝てしまった。すると、夢にアマネ先生出てきた。
いつもの公園で有と俺とアマネさんで遊んでいる風景が見える。しかし、この見えている風景は第三者の視点であることから、違和感を覚え、途中から現実の事を思い出してしまった。
「………有、こっちに来なさい。」
俺は夢の中で、有をアマネさんから引き離した。
「どうしたんですか?橘さん、そんな深刻そうな顔をして。有くん泣いちゃうかもしれないですよ。」
アマネさんはいつもは友好的なのに、夢の中では、有を引き合いに出して俺に何かをさせようと企んでいるように思われた。
「アマネさん……貴女、どんな心境で俺達親子と接してきたんだ……何か訳があるのか……教えて欲しい……貴女は根っからの悪い人じゃないはずだ……」
どうしても、アマネさんを信じていたい気持ちが俺の中に溢れ、本心を思わず口で喋ってしまう。これは、夢特有の現象かもしれない。俺のそんな純粋な思いを聞いた目の前のアマネさんは、フッと小馬鹿にしたように呟く。
「“根っからの悪い人じゃない”?……何を根拠にそう思ったの?……橘さんは私の何を知っているの?……もしかすると、貴方の知らない所で誰かの恨みを買っているかもしれないのに……今日だって、仕事で何人か殺してきたじゃない……そんな人が平和に穏便に暮らせると思うの?」
アマネさんは残酷な俺の一面を直視しろと言わんばかりに、煽る。……しかし、現実のアマネさんには、隙があったのを俺は忘れてはいなかった。
「……もし本当に、アマネさんが俺や有を殺そうと思ったら、いつでもやれたはずだ……でも、そうしなかった……今のアマネさんは本音で喋ってない……いや、アンタはアマネさんの形をした“俺の影”だ。」
「……なぁんだ、つまらない男だな。せっかく、この姿で喋っているのに。論理的な結論では、“アマネは個人的な恨みは君ら親子にはない”のは事実だろう。でも、“なぜ彼女はコミ・テラーの属人”だった。君が気にしているのはここだろう。」
「…………」
アマネさんの形をしている残像は、的確に俺の心の核を貫く。
「本当は現実を受け入れられない精神状態でぎりぎりを持ちこたえたのは“息子の有のおかげ”だ。君は“有”に依存することで、精神を保っている。でも、君は頭が良い。ある事実が発覚してしまったら、有を手放す選択の決断をしなきゃいけないのを理解している。無意識にね。……君は酷い父親だ。警察という“人に恨まれる職種”で、悠々と子供を育てられると考えている。優秀であるという事は“狙われるという事”、今の君は受け入れられるかな。」
「……クソッ」
次第に、頭がほわほわして視界がぼやけていく。すると、遠くから子供の声がした。
(……有…?)
俺は現実に引き戻された。俺の腹の上には、有が座っていた。
「パァーパ、おーきてー。もう7時だよー。」
「…7時?」
「…今日、お泊り会なんでしょ?パパ、時間大丈夫?」
「!?」
急いで、林のところに行く準備をし出す俺。果たして、何時に林の家に行けるだろうか。
*カサキ警視総監視点 場所:水星 アマネ・フランクリン宅の家宅捜索
私は、ネクロ補佐官に通信をした。現在、彼は、例のテロ事件で家宅捜索中である。
(ぴぴぴっ)
「カサキだ。アマネ・フランクリンの部屋から何か見つかったか?」
「…実はですね。クマのぬいぐるみの中にICチップが入っているのが見つかりまして。今解析したところ、2つの事実が発覚しました。」
「2つの事実?」
「1つ目は、アマネ容疑者は実の父親と母親の死因を調べていたようです。アマネ容疑者が記述した日記によると、“何か意図的に殺害されたのではないか”という文章が見られました。2つ目は……コミ・テラーからの指示に対するアマネ容疑者の記述です。」
「指示に対する…記述とはなんだ。」
ネクロ補佐官は私が聞き逃さないようにゆっくりと記述を読み上げる。
「日記にはこう記されています…
“○○/○○/○○、あるシングルファザーとその息子への接近を任務に与えられた。おそらく毎度のことながら、最後はどちらかの暗殺か、両方の暗殺になってしまうのではないか?”
“○○/○○/○○、今日、ターゲットの息子に接触した。離人症の症状が出ているのを発見する。原因は、おそらく”母親との死別“とケアが上手く行かない父親との相性の問題だろう。この子は、私以上の人生の壁にぶつかっているのを観測した。正直、自分の幼少期の事を思い出して、この子にはそうなって欲しくないと同情している。どうしたものか。”」
“人間はいつか死ぬ。この親子も私自身も、だったら幸せに死ねるように毎日過ごす事を目指そう。走馬灯が美しく感じられるように。”
“アマネ・フランクリン“
……主に、任務に対する葛藤のようです。」
「……そうか。報告有難い。切るぞ。」
(ぶつんっ)
通信が終わると、警視総監の部屋にマサヤ警視監がいて、私に話しかけた。
「カサキ警視総監。VR訓練の成績優秀者にコミ・テラーが目をつけて、テロリストを接触させた……なんて、世間に知れたら、どうなるか…」
「…………我々の情報は、警察署のセキュリティーはコミ・テラーに筒抜けであるというのが知れてしまうな。橘はきっかけでしかない。これから、我々の家族を守る仕組みを作り出さないと、同朋が警察を止める流れになる。」
「……橘にはどう説明しますか。」
「アマネの記述は上層部だけの共有にしよう。成績優秀者に辞めてもらったら困るからな。」
マサヤ警視監はこの件に関して賛成のようだった。そして、今後の組織の在り方を考えているようであった。
「…公務員専用の幼稚園が出来たから警察同朋も入ろうと誘導する……などの処置で、ポスターや呼びかけをする流れにすれば、いいですかね……」
「……ああ、大まかな誘導はそれでいい。さりげなく、気づかれないように誘導しよう。」
私は、他にやるべき処置を考えなくてはいけないと、全ての警視監38名に集まるよう命令を下した。
*橘視点 場所:水星 林家
「橘、今日は俺も妹も休みなんだ。それに親父もお袋もいる。」
「いいのか?ホントに長居しても…」
林の家の前で、俺は申し訳なく感じ、念のため、林の両親に言うようにと促すと、林はいいや大丈夫と聞かなかった。
「だって、おそらく、有くんの保育園は閉鎖に追い込まれるだろう?なんてたって、テロリストを雇っちまったんだ。今はガサ入れでもしてんじゃねえのか?どうやって個人番号の登録をすり抜けたのか、やり口の詳細とか、誰の紹介で入ったのかとか、まあ、色々調べるんだろう。そんな状態の保育園の近所に住んでたら、気が嫌になっちまうかもしれねえ。いいんだよ、逃げたって。保育園が閉鎖になったら、またアパートに戻ったらいい。」
遠くの方で畑仕事をしている人物がいた。その人物の呼ぶ声が聞こえた。声質から林の父親かもしれないと俺は思った。俺は深く会釈をした。
「ケンイチ、畑耕すのを手伝ってくれ。おや?」
「こんにちは、今日からお世話になる“アデム・ペルティエ・橘”と言います。こっちは、息子の“アデム・ペルティエ・有”です。」
「こんにちは!おじいちゃん!有と言います!」
有も俺に釣られて自己紹介をすると、林の親父さんはにんまりと満面の笑みで有を見る。
「あら~めんこい子だね~。ゆうくんって呼ぼうかね~。」
「みんな、ボクの事、有くんって呼ぶよ!」
林の親父さんは、おそらく子供が好きなのだろう。上機嫌のまま、有に対して優しく接する。
「ゆうくんはお芋ほりしたことあるかい?土や虫は平気かい?」
「ボク、ダンゴムシとかバッタ大好きだよ!あとねー、先週泥遊びもしたー!」
「そうかい、そうかい。大丈夫そうだね。お父さんの方は畑やったことあるかね?」
「あ、橘と呼んでください!畑は……小学生の時にサツマイモを掘ったのが最後ですかねぇ。」
「まあ、今日は芋の収穫だから、知識が居る作業はないよ。大丈夫さ。さっ、ケンイチも手伝いなさい!」
俺と有には優しく接していたが、林に対しては自分の子供だからか、やや少し荒っぽい口調になる。なんだかこのギャップに少し癒されてしまった自分がいた。
「なんか、同僚の前で、子ども扱いされると恥ずかしいなぁ……」
林がもじもじしているうちに、親父さんは俺達を畑に案内すると手招きをしながら、畑の方に歩いていく。俺達もそれに続いて畑の方に歩いて行った。
「まずは、この4人の男達でジャガイモ堀をしよう。ゆうくん、準備は良いかい?」
「うん!ぼくもがんばる!」
畑に案内されて、4人で芋ほりする。有は途中ぽつりぽつりとミミズに気を取られていたが、むしろ、その姿は親父さんと林を癒し、俺にも、ひと時の間の安堵の感情を湧き起こさせた。このまま、ずっと同じ感情であればいいのに、と心底思ってしまうほど俺は不安定になっているのを感じた。
「芋ほりが終わったから、ケンイチと有は家に先に待機しててくれ。……芋を倉庫に運ぶのは、橘くんとワシの2人でやる。……いいか?ケンイチ。」
親父さんが林にそう言うと、林は何かを察したようで、俺と親父さんを2人きりにした。林は有と遊びながら家で待っていると俺に言い、親父さんに軽い会釈をして、有と手を繋いで、林家に向かった。
2人で、ジャガイモが入ったプラスチック製のボックスを担いで、倉庫にしまう作業をして、15分ほど経った。親父さんと俺、何を話したらいいか分からずにいると、親父さんの方から話し始めた。
「20年前、わが国で紛争があったのは知っているか?ワシは当時、徴兵された。丁度、ケンイチが2歳の頃だった。2歳だから、ワシが前線に行くことをケンイチは理解できなかった。ケンイチはワシと顔を合わせると嬉しそうにし、ワシが出かけると嫁に甘えるような子だった。」
俺が子連れだったから、親父さんは昔話を始めた。話を始めたのだから、何か意図があるのかもしれないと俺は黙って聞く姿勢を取る。
「軍服を着てようがケンイチは変わらなかった。その時、思ったんだよ。『もし自分が亡くなっても、ケンイチが幸せに暮らせていたら、それでいいんだ。』と。紛争現場が本格化する前に、我が国の諜報部が首相暗殺を働きかけて、結果的にワシは前線に行かずに済んだ。軍服を着て、我が家に帰った時、ケンイチと嫁の顔を見たら無意識に涙がポロポロ出ちまった。ワシ自身がどうというより、ケンイチと嫁が空襲で亡くなって無くて良かったと心底思った。人生、自分より大事なモノが存在するのを自覚した。」
親父さんの昔話は続く。
「ケンイチが高校生になった時だった。『警官になりたい』と言い出した。ワシは反対した。20年前の苦境を乗り越えて生き延びた息子を危ない目に遭わせたくないと思ったからだった。警察官が皆死ぬと言わんが、犯人を射撃したり、被害者を庇ったり、体を張る仕事だ。ケンイチには『死』とは無縁の人生を歩んで欲しいと思った。しかし、ケンイチは言うんだ。『昔の親父みたいに他人の命を守る人間になりたい。俺が親父に守られたように、俺も親父と地元の人達も守りたいんだ。』と。正直、ワシとケンイチは親子だと思った。納得はいかなかったが、ケンイチの意思を尊重した。」
親父さんは作業していた手を止め、俺の顔をじっと見て語り続けた。
「お前さんの境遇の話はケンイチから聞いている。恋人の敵も取りたいだろう。でも、自分の息子も守りたい気持ちもある。2つの気持ちがぶつかり合っているはずだ。今は、恋人を失った悲しみを、息子への依存で誤魔化しているが……そのうち、落ち着けば、犯人への恨みが沸々と湧いてくるかもな。ワシだったそうなる。」
……正直、図星だと思った。おそらく、俺はアマネさんの事で金星人を恨み、追いかけたい気持ちが……犯人を苦しめたい本心が……有の子育てが終わったころ、出てくる未来が容易に見えた。親父さんは続ける。
「お前さんもケンイチと同じで『他人を大事に思う気持ちがある』からこそ、警察という職を選んだ。警察という身分だからこそ、『犯罪者を許せない』という気持ちもあるだろう。息子の安全と恋人の敵討ち……自分のやりたいことが正反対で迷っていると思うが、ワシとケンイチのように、どんなに大切にしていても、ソイツにも意思があって自分の思い通りに動くとは限らん。……敢えて、ワシが口出しするなら、……子供が意思を持つまでの成長をお前さんなりに保証してやってから、息子を自由にしてやるんだな。」
親父さんは不器用ながら、“俺の進む道の提案をしてくれた”のだ。そう、子供が自由に意思を決められるようになるまで、育てるのが親の役目であり、子供はその意思が生まれた時から自分で判断し生きて行くようになるのだ。……この親父さんの言葉で、俺はあることを決めるきっかけになった。
*西暦2万2070年 橘視点 場所:水星 有の小学校の学生寮
「橘さん。面会の事前に電話をしてから、保護者の皆さんには来るように言ってありますが……数十分前に電話して、『すぐ行きます!』って……ちょっと急すぎませんか?」
お前の常識はどうなっているんだと言わんばかりに、学生寮の大家さんが俺に文句ありげである。さすがに、同僚と同じように揚げ足を取った返事をすると、しっぺ返しを食らうのは、有であるのは明白だったので、いつも通りには返さず、飲み込む。
「…………まあ、最低限のマナーはなっているので、これ以上は咎めません。面会は……“有くん“でいいですね?今、呼んできます。待っててください。」
「すみません。お願いします。」
俺は大家さんに会釈するし、大家さんは有を呼びに行った。俺は、面会室の窓から有の小学校を眺める。
「……有も8歳か。……小学2年生。」
林の親父さんが3年前『子供の自由意志が芽生えるまでは親元で育てろ』という、あの助言を自分はちゃんと守っているのだろうか。そう不安に駆られる度に、有にこうして度々、有の本心を確認する作業をしている。幼稚園の頃は林家の人達の協力を得ながら、有と接して、有が小学生に上がったら、俺が事件のミッションが終わる度に有に会いに来ている。果たして、有はこれで良いのだろうか。何度も何度も、悩んで進んできた。そして、また、今日も有の状態の確認をする。
「……お父さん!」
俺が思いにふけっていると、有と大家さんが面接室の出入り口まで来ていた。
「有!会いに来たぞ。また、身長が伸びたなぁ。このこの。」
俺は有の頭を右手でわしゃわしゃとしつこく撫でる。会う頻度が限られているので、我が子の成長が早く感じるのは自覚があった。それと同時に、一般家庭の父親であったなら、と無意識に考えてしまう自分もいた。
「お父さん、今、難しい顔してる。また、僕がどうたら~かんたら~って、頭の中でやってるんでしょ?」
すると、有ははぁ~とため息をして、しょうがないなぁと俺を眺めて話し続けた。
「ケンイチおじさんが言ってたんだ。『有のお父さんはどうしても捕まえなくちゃいけない相手がいて、仕事に追われているんだ』って。その相手が、僕のお母さん替わりをしてくれた女の人を手に懸けたことも、ケンイチおじさんは話してくれたよ。……あと、『そんな立場で、有がちゃんとした大人になれるように、ちゃんと寂しくないように、お父さんは自分の周りの人たちに頼み込んで、有の面倒を見てくれていた』ってのも教えてもらったよ。」
……林はそんな踏み込んだことを有に話していたのか、と驚いたが、それ以上に冷静に話す有の方に驚いてしまった。いつから、そんなにも成長したのか。
「お父さんはね、他人に『意思の疎通の足りなさは己の滅びを呼び込む』と忠告しておきながら、自分の子育てでは、それを完全に忘れちゃうだって。ケンイチおじさんが口酸っぱく言ってたよ。僕もそう思う。……だから、お父さんは周りに頼ってでもいいから、僕に等身大のお父さんで接してくれれば、僕はちゃんとお父さんみたいな自立した大人になれると思うんだ。お父さんが自分の人生で学んだことをそのまま僕に伝えてくれれば、大丈夫だと思うって、ケンイチおじさんも思っていると思う。だから、僕から逃げようとしないで。子ども扱いしないで。」
母親との死別、アマネさんとの別れ、色々と多難な場面を有は経験してきたが、林家の人間の協力、俺や宮子、アマネさんとの接触の結果で、今の有があると思っている自分がいた。そう、この子は神に見放されてはいないんだと、俺はもう少し自信をもっていいんだと自分に言い聞かせた。それと同時に、この子が自分の元に生まれて来てくれて本当に良かったと神に感謝した。
*西暦2万2070年 場所:水星 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト諜報部
「3連休は満喫できたか?橘。」
K本部長が俺に尋ねる。
「ええ、有に会ってきました。公務員専用の小学校の学寮で、有は友達と楽しくやっているようです。ネクロ補佐官と同僚の林には感謝しています。」
「君は同僚に恵まれているというか、自分から取りに行っているというか…」
「“取りに行っている”…?」
「君は警察で“ナンバー呼び撤廃運動をしていた”んだろ?しかも1人で。…そんな奴に近づかれて平気な奴は温厚な奴くらいだからな。君は偶然だとか思っているかもしれないでけど、自分で選んでいるんだよ。君自身の気質だ。…おそらく、君の息子も血を継いでいる限り、君のような立ち回りを出来るかもな。君は息子が心配かもしれないが、私やネクロ、カサキ警視総監などの目もある。思いっきり暴れてこい、橘。」
「はい!」
テレポーテーション機能がONになったのだろう。俺の周りが緑色に光り始めた。緑色の光は大きく変化していき、俺を包み込んだ。体は浮遊感に襲われ、衣服が風で靡く。そうして、俺はα世界線へと飛んだ。
次、”灰場ビクティの再救出”編です。




