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001:事件発生

西暦2070年、NASAは“人間の細胞を水星に漂着させた”。西暦2万2070年には人類の細胞を持った知的生命体、“水星人”が誕生し、タイムマシーンを使って、過去の地球の殺人事件を無くす、バタフライエフェクトを試み、被害者を救っていた。今回の任務は、SDGsの薬品を製造する会社の社長“灰場 ビクティの救出”。被害者の灰場の遺体は、奇怪な現場となっており、任務を任された水星人の橘、クロエ、ノアはお互いをサポートしあい殺人事件の真相に迫る。


西暦2070年、NASAが“人類の細胞栽培ポット”を発射し、そのポッドが水星に着陸した。そして、水星と言う星で初めて“人類の細胞”がポットから発芽した。発芽した“人類の細胞”は、水星の環境に適応して生き物になる為、細胞が変形し続けた。細胞が知的生命体を成形するのに、2万年かかった。現在の西暦は、2万2070年。水星にいる知的生命体は地球人が根源であり、彼らの主な科学技術は“2070年までのNASAの技術”を基盤にしており、また“言語や概念”も受け繋いでいる。彼らは自分たちの事を“水星人”と呼び、“地球人”を信仰していた。彼ら“水星人”はバタフライエフェクトの概念を利用し、“過去の書き換え”を行っている。彼らの研究成果では、“宇宙は多次元で存在しているため、一部の過去の書き換えをしても、問題が無いケースが存在している”のが判明している。彼ら“水星人”は西暦2070年までの“地球の科学技術の伝聞”がより多くなるよう、わざと過去の地球を豊かにする書き換えをバタフライエフェクトの技術で行うのを文化にしていた。

*2025年7月14日 (地球 日本 世界線:α世界線 被害者『灰場 ビクティ』 )

2025年7月11日金曜日、我が社に新しい薬品が2つ出来あがった。その2つの薬品の名前は、“カルボα薬品”と“ナーラβ薬品”である。仮に、“カルボα薬品”を固形薬品A、“ナーラβ薬品”を液体薬品Bとすると、固形薬品Aと液体薬品Bは混ぜると、液体窒素のように非常に冷たい“冷却作用がある”がある。液体窒素と同じように“マイナス196℃”の気体を放出するのだ。この固形薬品“カルボα薬品”と液体薬品“ナーラβ薬品”は、2022年に、我が社の研究成果を凝縮して生み出した、新しい化学式を内蔵した薬品である。発見には生成AIを用いたが、実現には3年かかり、先週の水曜日にやっと実物を創造することが出来たのである。2022年、生成AIが普及した時から、将来の夢として、私はこの日を待ちわびていたし、周りの社員に“科学の発見の喜び”を知って欲しくて、毎日の朝礼の時間、口酸っぱくこの2つの薬品の実現が虚構ではないと論じてきた。正直、立場が逆であったなら、嫌気がさすのかもしれないが、私からすれば、たいして莫大な利益を得ている会社でもなく、株価が何かしらのきっかけで大幅に下がれば、運営がカツカツになり得る会社ではあったので、一発逆転のゴールドラッシュ的なイベントが自分に起きるのであれば、逃したくはないという欲望と怯えの狭間の葛藤故の行動であった。しかし、それも先週の金曜日に達成し、これからは2つの薬品の利権での商談を進め、地道に進めるのみだ。

「…あともう少し、あともう少しの辛抱だ。成功は掴むまで止めない事だ。」

(ガチャッ…)

独りで意気込みを呟いていると、社長室の出入り口が開いた音がした。扉を開けたのは、25~27歳くらいの男性で、首に“浅井 進”と書かれた名札を掛けている。灰色のスーツで手荷物バックを持っているところから察するに、我が社の若手の社員だろう。こんな若造が朝礼前に、わざわざ社長の元に来るなんて、どんな用事だろうか?もしかして、単独で企画案でも持ち込む熱意のエースなのだろうか?なんだか“起業しよう”と思い立った昔の自分を思い出す。懐かしい思い出に浸ろうとしたが、この時、他人のコソコソと話す耳障りが悪い音に気が付いた。この話し声の犯人は誰なのか周りを見渡そうとしたが、この社長室には、私と“浅井 進”の2人しかいない。目を凝らして、浅井進の口を見ると、ぶつぶつと聞こえるか聞こえないかくらいの音量で何か一人で呟いている。異常な事態で先が読めず、私はこの社長室から離れたかったが、目の前にいるコイツが道を塞いでいるではないか。どうしようか考えているうちに、先に動いたのは、相手の方だった。

「社長という身分を利用して、僕のフィアンセを強引に引き離そうするなんて…許せない!!人の心が無いのですか!?」

「…は?」

何故、私が他人の恋仲に入らねばならんのだ。私は、現在58歳である。それに、私は妻子持ちで仲は良好だ。そんな私が、どうして、今、目の前で激昂している浅井君のフィアンセに手を出す必要があるのだ。意味が分からないし、身に覚えがない。

「ち、ちょっと待ってくれ。私は何もしていない!!」

「言い逃れするのですか!?こっちだって、証拠を持って来ているのですよ!?」

喉が裂けそうなほど大声を出す彼は、自分のバックから写真の束をバァーッとぶん投げた。私の周りに大量の写真が散っている。散っている写真は空気の抵抗をうまく受けながら、ゆっくりと床に落ちていくように見えた。いや、これは場面が場面で、私が緊張しているから“一種の走馬灯”を体感しているのかもしれない。もしかすると、この場面の取り扱いによっては、私は命の危機に瀕するのかもしれない。落ち着くんだ、灰場ビクティ。お前なら、やれるさ。さあ、今、床に落ちた写真を1枚拾って、内容を確認して、浅井進という人物を宥めるんだ。大丈夫、お前ならできる。私は、一枚だけ写真を拾った。

「……こ、これは…?」

写真には、道路の“止まれの標識”が載っているだけである。嫌な予感がして、私は、周りの落ちている写真を1つずつ確認し始めた。ある写真は“熊注意の標識”、また違う写真は“飛び出し注意の標識”、ありとあらゆる標識が写真には納められている。これの何処が“不倫の証拠”なのだろうか。

「……!! あ、浅井君。君、もしかして一週間くらい寝不足で意識混濁しているのか?」

パワハラか、モラハラか、何か職場的な問題で、この浅井進という人物は脳がやられている状態なのかもしれない。そうなると、話は通じないと判断し、最悪の事態に備えて、拘束して病院に連れて行くケースも想定して動くのが適切なのではないか?しかし、警備員を呼ぶ余地などない。一回は、自分で彼を捕らえる必要がある。これは、私の憶測だが、彼はおそらく刃物か何か持っているはずだ。そうなると、こちらは“リーチが長い”護衛用の何かを持った方が良い。そこで、思い付く物は“ゴルフクラブ”だった。ゴルフクラブは今いる部屋の隅に置いてある。そして、私は決断した。部屋の隅のゴルフクラブを持ったら、ゴルフクラブで浅井進を威嚇して、その隙に社長室を出て、1階の警備室まで全速力で走ろう。そう意気込んだ時、浅井進は手元のバックから、大量のA4のコピー用紙を取り出した。次に、彼はボールペンを取り出し、走り書きで何か書き出した。そして、浅井進はぶつぶつとまた呟き始める。

「アインシュタイン方程式を否定せねば、あの方程式を否定せねば…」

正直、背中がぞわぞわしてしょうがなかったが、物音を立てれば彼の今の状態を変えてしまうかもしれない。私は、忍び足でゴルフクラブを持ちながら、社長室を出ようと急ぐ。そうして、出入り口の正面に立った時に、あるものが視界に入った。それは、2階の廊下の白い壁に、赤いスプレーで書いてあった。

「…これは、“アインシュタイン・マクスウェル方程式”……うッ!?」

壁に書かれた方程式を読んだ瞬間から、頭の鈍痛が止まらない。フラフラになりながらようやく立っている状態でいた。すると、後ろから浅井進の声がした。

「死ね…!!」

(ゴッ!!)

頭から生暖かいモノが流れているのに気づいた瞬間、視界がぼやけ、急に力が入らなくなり、私はその場で崩れ落ちた。

*西暦2万2070年 場所:水星 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト諜報部

真っ暗な司令部のホールに、男性2人と女性1人が横に並ぶ。左は、黒髪の長髪の女性で、身長が150㎝程の日本人のような風貌の女性だ。ただ、女性の服装はワインレッドのスーツだった。右は、赤毛の短髪の男性で、頭の脇を刈り上げに沿っている西洋風の男性だった。この男性は紺のスーツを着ている。体は鍛えている感じではなく、黒縁が太いメガネを着けている。この日本人風の女性と西洋風の男性では、おそらく補助のオペレーターは男性が担当するだろう。そして、中央にいるのは自分だ。司令官が喋るまでまだ時間があるので、自分の身なりでも説明しよう。俺は、白髪で瞳がオレンジ色、肌は小麦色に近い褐色肌で、服装は黒とオレンジの2色を使ったサイバーパンク風のジャージを着ている。しかし、驚け。両脇の2人はスーツを着ているが、ネームプレートは俺しか着けていない。俺のネームプレートには、“アデム・ペルティエ・橘”と表記してある。俺は水星人だが、今回は“日本での事件を取り扱う”という情報を独自に入手したので、予め名札を用意したのだ。ちなみに、名前は“アラビア語”と“フランス語”と“日本語”をごっちゃにした3か国が混ざった“ミックス”という設定である。日本では、“アダム・P・橘”と略すのが良いだろうと踏んでいる。いやはや、2025年の7月の日本は“外国人問題がネットで荒れている時代”だ。警察も民間人も、俺のスキンを見たらどんな反応をするのだろうか。相手から格下認定を受け、その後に、這い上がる瞬間はいつも爽快だろう。早くこのスキンでα世界線の地球に行きたいものだ。俺が悶々と妄想していると、左にいる黒髪の女性が呟いた。

「…これから、日本に潜入するのに外国人のスキンで変装する馬鹿の相手をしなきゃいけなの?」

俺の顔をにらみつける黒髪の女性、名前は何と言うのだろうか。よくチーム戦でプロジェクトを成功させるには“反対意見を言うものはチームに入れるな”というモノだが、俺達“バタフライエフェクト諜報部”では、微量な違いで未来が大幅に変わることも珍しくなく、むしろ“反論者は歓迎しなくてならない”ので、俺は俺の役割を理解し、大いに嫌われるよう振舞った。

「ワインレッドのスーツは、成人式やパーティーに着ていく服だ。アメリカや西洋では、仕事着にする女性はいるかもしれないが、2025年の日本ではまだ浸透していない。2025年の日本で仕事着に着るスーツの色を無難に選ぶと、ネイビー・グレー・ブラックあたりだ。目立っても、ベージュ・ブラウン。赤いスーツは芸能人やアイドルが着る。君は、芸能界にデビューしに行くつもりか?」

「……ッ!…ハイハイ、分かったわよ!変えればいいんでしょ!」

黒髪の長髪の女性は、首の横あたりを右の人差し指で触った。そうすると、触ったところが◇に光って数秒点滅し、女性のワインレッドのスーツが、ブラックのスーツに変化した。

「スキンを変えたわ。しかし、あれね。オシャレとは程遠いわね。」

「スーツのインナーを赤色にしたらどうだ?」

「そうね、インナーは赤にするわ。しかし、もう1色足したいわね。白いコートが欲しいかも。」

「…潜入は、2025年の“7月14日”だぞ。」

「………白いコートは諦めるわ…」

「…白いスカーフを首に巻いたらどうだ?」

「そう来るなら、柄付きの白いスカーフを巻いてみるわ!」

そう女性が呟くと、服装が変化した。ブラックのスーツはボタンを閉めず羽織る状態で、中が襟無しの赤色のブラウス、首元は白いガーゼ生地のスカーフで端が金色の蔓状の模様が施されている。モブの警察にしては、少し目立つが若気の至りの範疇だろうと放置する。まあ、若干、2025年のZ世代の子供達なら、ファッションでやりそうな範囲なので、むしろ放置で行くとリアリティが増すかもしれないと思った。

「第一印象が最悪だったけど、貴方いい人ね。貴方の呼び方は“橘”でいい?」

「ああ、“橘”と呼んでくれ。ただでさえ、見た目が目立つから名前くらいは日本に馴染もうとしたい。…君の名前を聞いてもいいか?」

「そういえば、名乗ってなかったわね。私は、“赤羽根 クロエ“よ。日本に潜入したら、警察の中に入って、情報を盗む役をやる予定になっている。よろしくね、橘。」

俺とクロエは握手をした。さっきまで不機嫌だったクロエは、もしかするとファッションが趣味なのかもしれない。今は、ウキウキである。彼女は感情を露わにしても後に引きずらないタイプなのだろう。案外、チョロいなと思っていると、俺の右側にいる赤毛の西洋風の男性がチラッとこちらを見た。そうだな、片方に自己紹介をしたのだから、こちらにもすべきだろう。

「おそらくだが、君が“補助オペレーター”なんだろう?名前は?」

「“ノア・シュバリエ”で良いよ。仮名だよ。“ノア”と呼んでくれ。」

「…もしかして、仮名は“スイス”を想定してか?」

「スイスは“中立国”だからね。気に入っているんだ。僕はなるべく公平でいたい。…橘は、トルコ式の名前を仮名にしているね。どういう意図なのかな?」

「俺は、トルコアイスが好きだからな。あのしつこい客用のパフォーマンスが特に良い。あのくらい熱心に仕事をしたいという意味を込めている。」

「…橘。表向きは飄々としているが、君は過去の潜入でそのスキンを使ったことがある。僕、調べたんだが、君は“あえて目立つことで警官達を無料で護衛に付かせることに成功した実績”があるらしいじゃないか。もしかして、君は…」

「いやいや、そりゃ誤解だ。ノア、君は思慮深いが考えすぎるところがある。俺が今回、この外国人ミックスのスキンを選んだのは、過去の栄光で“このスキンがお気に入りになった”からだ。深い意味はないぞ。」

俺が2025年の日本人を揶揄いたいがためにこのスキンにしたことは、初対面では内緒にしたい。信頼関係が崩れてしまう。クロエと違ってノアはおそらく慎重派だ。一度、軽蔑したら何年根に持つか分からない。こいつにはこう接する、あいつにはそう接するをやっているのは自覚がある。しかし、仕事に遊び心を持ちたいのが俺っていう存在だ。

「……ふーん、そうかなぁ。何かやりたい意思を感じたんだけどな。」

ノアには、俺のやりたいことがバレていないが、何かしらの疑惑を掛けられてしまった。やっぱり、補助オペレーターはこうでなくてはいけない。優秀な機敏が良さそうな補助が、今回は担当してくれるのを確信した。

(ブオン……)

諜報部の本部長の机の上で音がした。ネオンパネルのような光で“Sound Only”という文字が浮かんでいる。さっきまでは、この光文字はなかったので、今、本部長が点けたのだろう。

「…待たせてしまない。こちら、本部長の“K”だ。今回の任務は、過去に起きた“既存の世界”…つまり、“α世界線”の書き換えを行って欲しい。我々は、書き換えが終わった“β世界線”に存在しているが、β世界線は生命線が細く、水星人の疫病が多様な世界だ。いつ、水星人が全滅しても不思議ではない。そこで、“バタフライエフェクト”でβ世界線の水星人の科学技術、数学のプロットを2025年のα世界線の“地球”に送り込んで、α世界線のNASAの技術を増やす。そうすると、2070年の“人類の細胞栽培ポット”に搭載されているAIの機能が高度化して、α世界線の水星人誕生のスタート地点がズレることで、α世界線がβ世界線に置き換わる。α世界線で対抗できなかった疫病がβ世界線では“スタート地点がズレたことで、科学技術のプロットが多い分、対応できる疫病の個数が増える”…そうして、我々は生きることができる人達を増やしてきた。…まあ、簡単に説明すると、“タイムマシーンで過去を書き換えることで、水星人の医療科学技術を増やして豊かになっている”というところだな。タイムマシーンで変えた世界線を“β世界線”と呼び、タイムマシーンで弄っていない過去を“α世界線”と呼んでいる。そして、書き換える技術の事を“バタフライエフェクト”と呼んでいるというわけだ。」

一呼吸、K本部長がいれると、クロエが手を上げて質問をし出した。

「今回の“救うべき被害者”はどんな方なのですか?」

「日本にいる50代後半の男性、名は“灰場 ビクティ”と言う。日本の企業の社長で、SDGsの加工商品に使うアシスト薬品の製造をAIでやろうと野心を抱いている人間だ。彼が2029年に発見する薬品の鑑定方法が、水星での医療技術に多く貢献する。だが、この鑑定方法は地球ではあまり応用されない。防衛やNASAで応用されることになる。」

「…“防衛やNASAでしか使われない“とは、どういうことなのですか?」

「原理は省くが、彼の判別方法は“人体の栄養の分子を選ぶメカニズム”を判明させてしまう。NaやK等の栄養素には“劣性”と“優性”があり、劣性の栄養素ばかり吸い上げる遺伝子は身体のパフォーマンスを大幅に下げることを証明してしまうのだ。つまり、“人類の優性理論を完全に証明してしまう”ことになる。それを知った世界は、MK計画を再開してしまうのだよ。栄養素のメカニズムと犯罪者の分布が関係性を持っている事が“政府が国民を管理し始める”と言う流れになる。」

「………もしかして、その後、」

「クロエ、これ以上は情が入る。僕たちは、水星人が救えればいいんだ。」

K本部長とクロエの間を遮ったのは、ノアだった。クロエの気持ちも分かるが、ノアの言う通り、地球人に深入りして命を落とした同僚がいるのも事実である。結局、文明が発達した知的生命体と言えども、偶発性やら奇跡性やら、自然界には敵わないという事なのだろう。水星人も地球人も、自然から“倫理性を優位にすること”はできないのだ。

「…救えなかった地球人の救済は、会議に回しておく。クロエ隊員、それでいいか?」

「…はい。余計な一言を言ってしまいすみません。」

「それでは、本題に戻ろう。橘隊員、クロエ隊員。君らはまず手始めに、α世界線に行って殺害現場の検証をして欲しい。ノア隊員は、β世界で2人の検証をサポートしてくれ。ノア隊員はインカムで彼らに助言や必要な道具を転送する補助をお願いしたい。殺害方法の手順が判明したら、一旦β世界線の水星に帰ってきてくれ。帰って来た時に、また、私から指示を出す。」

そうK本部長が説明すると、俺とクロエの周りが緑色に光り始めた。テレポーテーション機能がONになったのだろう。

「では、健闘を祈る。」

俺達の緑色の光は大きく変化していき、俺とクロエを包み込んだ。その直後、体が浮遊感に襲われ、衣服が風で靡く。そうして、俺とクロエはα世界線へと飛んだ。

*地球 日本 (場所:タスパ会社 日時:7月14日 9:45 世界線:α世界線)

意識が遠のいていたが少しずつ鮮明になると、体の感覚や記憶が体内に呼び戻され、地球の重力を足が感じる。感じる重力の抵抗の具合で、“そろそろか“とその場で目を開いたら、俺とクロエはビルの室内にいた。俺たちの後ろには、階段があり、左側の白い壁に“B1”という札が張り付けてあった。どうやら、今回の任務の被害者の会社のビルの地下1階にいるらしい。俺が状況を理解すると、今度は右奥の角から複数の人間の声がした。

「伊吹という刑事と一緒に、B1の廊下に喋っていたんだ。正しく言えば、聞き取りをされていたんです。…まあ、事件とは関係ないかもしれないが、一応行っとこうと思ってね。」

「取り調べ?伊吹、お前どうして独りでそんなことしているんだ?」

「そのことと今回の事件、関係ないんで!それで、“翡翠 一”さん、その後は?」

「大体15分頃喋っていたところで、伊吹刑事に“実験室で作業する時間になった”と僕が告げて、“B1の廊下で伊吹刑事には待っていてほしい“と言ったんだ。」

「覚えています。」

「そして、私がB1にある実験室に入ると、机の上に、段ボール型の変な機械が置いてあったんです。デジタルのタイムウォッチがついてある機械のような箱です。」

「デジタル表示のタイムウォッチ付きの機械ですか…」

「よくよく見ると、機械のタイムウォッチには“01:15”と表示になっていたんだ。ただならぬ予感がして焦った私は、伊吹刑事を呼びに行こうとしたら、機械からカチカチと音がしている。そこで、機械の表示を覗くと、さっき“01:15”だったのが、“01:11”になっている。残り時間の“01:10”でできることは、“研究者の避難しかない”と考えた私は、伊吹刑事に訳を話し、B1の残りの人間の避難に徹した。」

「…つまり、翡翠さんは、その機械の箱を“時限爆弾”らしきものと判断したんですね。」

「ええ、そう判断しました。…そして、階段から避難した後、B1へ行く階段のシャッターを閉めて、安否確認をした。安否確認には問題はなかったが、確認を終えた後、違和感を感じたんです。」

「…違和感?どんなものですか?」

「…“01:10”はすでに過ぎたはずなのに、無音なんですよ。音がしない。そこで、伊吹刑事にその違和感の旨を伝えた。伊吹刑事は“無防備の状態で戻るのは危ないから、応援を呼ぶ”と返事をした。その後、特殊装備をした警官の応援が来て、B1に突入した。そこから先はB1には私は行っていないので、何も証言できない。」

話の内容的に、容疑者の聞き取りか、第一発見者の聞き取りあたりだろう。俺とクロエは顔を見合わせ、今の階段付近の場所から、右奥の場所を目指し、歩き出した。右奥にたどり着くと、複数の刑事らしき者がいた。そこに、ポツンと1人だけ、科学服を着た角刈りの男性がいる。たぶん、この人が“翡翠 一”なのだろうと察した。

「突入部隊の話によると、B1のシャッターを開けた時は、廊下と実験室は煙幕で満たされていて、視界が取れなかったらしいです。突入部隊はまず、実験室に向かいました。翡翠さんが見た機械が爆弾である可能性があったのが理由です。そして、実験室にあった“段ボール型の機械”ですが、あれは“00:00”になると、大量の煙幕を発生させる装置であり、爆弾ではなかったらしいです。機械の解体がある程度、完了したころ、煙幕は腰より少し下に落ちてきて、周りが見えるようになった時、突入部隊の後ろにいた一員が、“エレベーターの溝に粉々になった変死体を発見した”らしいです。遺体は、本社ビルの社長の“灰場 ビクティ”さんであり、ここの会社が新開発している固形薬品“カルボα薬品”と液体薬品“ナーラβ薬品”を浴びている状態で、なぜか遺体がビスケットを割ったかのような破片の数々に体が割れています。翡翠さんと僕が避難した時はB1には誰もいなかったはずですが、もしかすると、翡翠さんが単独で実験室に入った時、机などの見えない位置に社長の灰場さんがいたかもしれない可能性はあります。僕は実験室には入ってないので、そこまで確認は取れていません。」

挿絵(By みてみん)

塩顔の20代前半の若い刑事がそう証言する。事件発生時前に、独自で事件関係者に聞き取りをするなど怪しい動きをするらしい。この刑事の名は、“伊吹”と周りから呼ばれていた。一応、覚えておこう。すると、研究者の翡翠一が証言を再開し始めた。

「伊吹刑事、一つ教えたいことがあります。自社の発明商品である“固形薬品のカルボα薬品”と“液体薬品のナーラβ薬品”は混ぜると、液体窒素のように“急激な冷却作用が出てくる”んです。」

「冷却作用と言うと…“冷たい気体を大量に出すことで、物質を凍らす”という感じですか?」

「はい、その解釈で大体、合っています。灰場社長が破片のようになってしまったのは、もしかすると、“個体薬品のカルボα薬品と液体薬品のナーラβ薬品が化学反応を起こして、灰場社長の体を凍らせてしまった”のかもしれないです。そして、凍った後、何か“衝撃が発生したため”遺体が割れた可能性があるかもしれない。」

新たな情報を科学者の翡翠一がいうと、警察官の集団の間から一人の際どい恰好をした中年の男がドタドタと翡翠一に近づく。

「我の名は“エレガント 常元”!!翡翠一殿、今の情報の信憑性は確かか!?」

「え、ええ!“カルボα薬品”と“ナーラβ薬品”は、我が社の商品ですから、念入りに性質は調べてあります!」

科学者の翡翠は、この際どい中年男性の勢いに負けて、おろおろと答える。しかし、まったくこの中年男性の格好ときたら、黄金のスーツに黒いネクタイをし、金髪の長髪をしている。しかも顔が大きく四角い顔つきで、体つきも太い。右の5本指には、全て指輪がしてあり、ゴールドの厳ついデザインをしている。ちょい悪オジサンと言うか、意地汚い成金と言うか、なんともお近づきになりたくない対象だ。

「我は、財閥の息子!!このエレガント常元、今回の事件の真相が分かったぞ!!ガハハハッ!!」

周りの警官たちがざわざわし始めた。俺とクロエは、警官達の小言に耳を澄ませる。

「常元さんの推理って当たるんですか?先輩。」

「…今の状況じゃ、俺らの全員がコレといった検証が出来ていない状況だ。一応、聞いておこう。伊吹、常元を持ち上げて、ヤツの推理を吐かすんだ。」

「……ええ~、僕ですか…分かりました、やりますよ。」

伊吹と言う塩顔の20代前半の刑事が、エレガント常元の近くに行き、常元に耳打ちをした。そうすると、満面の笑みでエレガント常元は次のように説明し始めた。

「良いか、諸君。そのまま素直に考えたらいい。まず、最初に容疑者の翡翠一さんと伊吹刑事がB1の廊下で喋った時から、社長の灰場ビクティさんはB1の実験室に隠れていた。そして、翡翠 一さんが実験室に入った時、灰場ビクティさんは、箱型の機械の時限装置をONにした。この時限装置はおそらく、煙幕をB1に充満させる装置で、突入部隊の証言がその証拠だ。煙幕が発動して、翡翠一さんと伊吹刑事が避難するのにB1から出ていく。煙幕は、B1に充満して、視界が取れない状況になる。…ここまではいいか?」

「続きをどうぞ、お願いします。」

「そして、次に、社長の灰場ビクティさんは実験室にある“固形薬品のカルボα薬品”と“液体薬品のナーラβ薬品”を両手に持ち、煙幕が消える前にエレベーターに乗ろうと向かう。しかし、B1は煙幕で視界が取れない状況であり、また、エレベーターは最上階の社員室、つまり3階にとどまったまま、メンテナンス作業をしている。そのため、エレベーターは、B1には降りてこない。…そう、B1のエレベーターの場所には“大きな四角い凹み”がそこには存在する。落とし穴のような状態だ。視界が取れない状況で、灰場ビクティさんは、その事実を知らなかった。社長の灰場さんは、そういう経緯で、“B1のエレベーターの溝に転落した”のだ。」

「…なるほど、そういえば、社長さんは“固形薬品のカルボα薬品”と“液体薬品のナーラβ薬品”を持っているとさっき言いましたよね?…という事は、」

「そう!社長の灰場さんは、2つの薬品を持って、エレベーターの溝に落ちた!そして、転落している空中で2つの薬品を浴びたのだろう。その瞬時に、社長の灰場さんは体ごと凍ってしまい、固体となった体はエレベーターの溝の底に落ちたと同時に、砕けたのだ。そんなところだろう。…問題は次だ。」

伊吹刑事が首をかしげる。

「…問題?」

エレガント常元は、顎に手を当て、考える人のポーズをとる。

「…B1の実験室の机に“箱型の時限装置”を置いたのは、“誰か”という事だ。この置いた人間が誰かで、“社長は事故死”なのか、“他殺なのか”が決まる。さっき、推理した内容を振り返ると、社長自らが自演で煙幕をまき散らし、“固形薬品のカルボα薬品”と“液体薬品のナーラβ薬品”を運ぶのに気を取られ、誤ってエレベーターの溝に事故死したともとれる。しかし、この時限装置が“社長じゃない人間が置いたもの”なら、社長が何らかの理由で“固形薬品のカルボα薬品”と“液体薬品のナーラβ薬品”を避難させたくて、持ち出した可能性が高いのだ。つまり、後者の場合は、“社長の灰場ビクティさんは時限装置を爆弾だと誤解している”ケースだ。」

伊吹刑事と周りの警官達も情報を整理し始めた。

「先週の金曜日に、最後にB1の階を出たのは、誰か分かる履歴か何かありますか?」

科学者の翡翠一が答える。

「…私だ。私が最後にB1を出た。しかし、この時、“高坂 サイ子”さんと一緒に出た。彼女は同僚の研究者だ。」

伊吹が疑問を投げた。追求である。

「…え、つまり、高坂 サイ子さんが“7月11日金曜日に、実験室の机の上に何もなかった”と言ったら、この場合はどうすべきですかね?」

伊吹刑事が“先輩と呼んでいた顎髭の中年の刑事”に相談した。顎髭の刑事の名前は、まだ聞いていないので、俺は、この刑事の事を“顎鬚のおっさん”と呼ぶことにする。髭のおっさん刑事はぼりぼりと頭を掻いて答えた。

「翡翠さんが先週の金曜日に最後にB1から出た事実があっても、土日と2連休あったから、ここの会社自体、2連休だった可能性もある。そうなると、この会社に部外者が2連休のうちに侵入して、時限装置を設置したとしたら、という線も洗わなくてはいけなくなるぞ。」

伊吹刑事と髭のおっさん刑事は、数秒の間考え、先に伊吹刑事が切り出した。

「まず、最初にすべきことは、“動機がある怪しい人物を身内から探していく”ことじゃないですか?」

「……まず、高坂サイ子を取り調べしよう。」

「分かりました。先輩。」

クロエが俺の顔をキラキラした顔つきで見ている。

「橘。私、高坂サイ子さんの取り調べに潜入してきていいかしら?」

「…水星にいた時は、俺に対して猪突猛進だったのに、地球に来たら何でしおらしくなってるんだ。クロエは、旺盛わんぱくな女性じゃなかったのか?」

「……橘って、どうしてそんなに鼻につく言い方しかできないの。そんなんだから、私が噛みつくんじゃない。反省しなさいよ。…それにしても、あの伊吹って言う刑事、従順そうで好みだわ。特に、あの塩顔。」

「なんだか、クロエって職場のお局ババアみたいな思想している…」

クロエが俺の一言の一撃を食らい、ブちぎれているのを眺めていると、左耳のインカムが鳴っているのに気づいた。そのうち、クロエも気づいたのか、大人しくなる。インカムの向こうの相手は、β世界線の水星にいるノアである。

『(カタカタカタ…)』

「何してるの、ノア。」

『タスパ社のビルの設計図案をハッキングしている。証拠を探すには、場所の図案は必要だろうと思って。』

「タスパ社は、地上が1階から3階と、地下のB1の全部で4階構成のビルみたい。さっき、この階にいる警官たちが話しているのを聞いたわ。部屋数もそんなに多くないし、階数も4つしかない。本当に地図が要るの?」

『いいかい、クロエ。人間というものは“隠したいものがある時、ほぼ本能で隠す場所が決まる”んだ。まあ、その人の空間把握能力とか認識能力の高低差で難易度が変わるけど、“隠す場所のベクトル”と言えば良いのかな。』

「……ベ、ベクトル?よく分かんない。」

『隠す場所のベクトルが線状になって、その犯人のIQの値で、ベクトルを輪切りにすると、“証拠品の隠し場所”になる。』

「……全然、分かんない。」

俺もベクトルの例え話の意味が分からなかったが、なんとなく数学的な視点をノアが持っているんじゃないかと思う事で流すことにした。

『橘とクロエの共通点に、君達が書いていたWebニュースの記事のコメントを全部拝見した。君達のコメントには、必ず“民衆の流れ”と“忘れされられた元の現象”について、触れているものが多かった。普通のユーザーは、学問や評論家の意見をオウム返しするのがベターだが、君達は“見たままを観察し、その観察の内容を書く”性質がある。この意見のアウトプットは、まさに“現場検証”と同じ思考の使い方だ。訓練さえすれば、僕独自のノウハウを組み合わせて“隠し場所のベクトルの探した方”を身に着けるのは不可能でないよ。』

「……ノアのノウハウに興味はないんだが。」

「…私だって、自力で事件を今まで追ってきたんだから、ノアの訓練なんてなくて大丈夫よ。」

『ぐッ…ノリが悪いなぁ、君達は。』

ノアが残念がっているが、俺は気にせず次の段取りの話をする。

「事件の核心となる証言の聞き込みは、クロエに任せればいい。俺とノアは、殺人現場以外の場所の調査をこそこそと目立たずやるのがいいかもな。」

『そうだね、二手に分かれよう。お、2人ともスマホを見てくれ。今、タスパ社の間取り図が届いているはずだよ。』

俺がスマホの画像一覧を開くと、そこにはB1から地上3階までの間取り図が全部で4枚データが入っていた。

『B1は警察が調査中だから、クロエしか入れないだろう。あとで、合流して聞き取りの分析を3人でしよう。分かったかな、クロエ。』

「分かったわ。B1は最後、みんなと話し合いね。じゃあ、行ってくるわね。」

クロエは警察のたまり場に突っ込んでいった。身長が150cmなのでうまく溶け込めると思うが、健闘を祈ろう。

『そうだな。残りは1階から3階だが、どこから調査するか。橘、決められるかい?』

「…うーん。今、エレベーターはメンテナンス中で“最上階の3階”で止まっている。現状、俺らは階段しか使えない。そうなると、近場から調査した方が楽そうだな。」

『じゃあ、橘、最初は、“1階”から調べる事にしよう。』

*橘視点 (場所:タスパ会社 1階 日時:7月14日 10:05 世界線:α世界線)

「……階段がかったりぃ、地味で薄暗いし、もっとこうネオン街みたいに飾り付けるとか、ないのか?」

『…そんな新宿歌舞伎町の飲み屋じゃないんだから、そんなイメージ持たれたら、タスパ社の信用が下がるだろう?橘は、派手好きだなぁ。』

そんな他愛無い話をしていると、目的地に着いた。

「着いたぞ。1階だ。」

『……すこし休憩するかい?』

「いや、大丈夫だ。こう見えても、俺は元警官なんでね。体力はあるんだよ。」

『ふーん、元警官なら現場検証も慣れたものなのかな。じゃあ、1階の説明をするね。1階は、4つの空き室がある階だ。…おそらく、人の出入りが最も少ない階だと予想が出来る。誰もこの階には用はないはずだから、この予測について橘は納得がいくかい?』

「そうだな、異論はない。この1階には、全部で4つの部屋があって、その4つが使われてないし、エレベーターも動いてない。階段で少し覗くか覗かいないかくらいじゃないか?」

『よし、次に行こう。今、“階段で見えるかどうか”の話をしたが、もし、犯人がこの階を使うとしたら、階段から死角の方が都合がいいはず。そして、もう一つの条件、遺体はB1のエレベーターの溝に嵌まっていたという。この2つの条件を考慮して、橘が怪しいと思うのは、間取り図のどのへんだと考えるかい?』

「…そこまで補助しなくてもいいぞ。俺はお子様じゃないんだからな。……なんとなく、2つ目の条件で“エレベーター”という言葉が出ているから、エレベーター周辺に何かあるかもしれない、とは思う。そして、1つ目の条件で“階段から見えない場所”となると、図案の右側が死角だから……」

『ふむふむ、良い線行っているね。』

「図案で言うと、“エレベーターの右側の壁”が怪しいと思う。元警官の勘だ。」

挿絵(By みてみん)

*1階の「壁の話」

「ノア、エレベーターの右側に着いたぞ。」

『…そうだね。橘、壁を見た感じ、気になるところはあるかい?』

「壁一面が真っ白だ……いや、壁紙が剥がれている箇所があるぞ。触ってみるか。」

『…届く場所かい?』

「ああ、丁度俺の胸元くらいの高さだ。心配ない。剥がすぞ。」

俺が壁紙をはがすと、“壁の穴“は“縦横15㎝くらいの四角の形”であった。

『橘、一回、壁紙の写真を撮って。僕も検証に参加したい。』

「写真をスマホで取るのは良いが、この写真を地球人に見せることは無いんだろう?」

『うん、あくまで僕ら水星人の間でのみ共有する。どっちにしろ、α世界線で起きたことは、無くなっちゃうからね。地球人に証明する必要はないよ。』

「ふーん、了解。ほら、剥がした後の壁穴の写真も撮ったぞ。」

ノアとやり取りをしていると、左から人の気配がした。

「坊主、一人で喋って何やっているんだ?…よく見たら、左耳にインカムしてるじゃないか。そういえば、クロエ嬢も左耳にインカムしていたな。」

気づくと俺の左側には、あの髭のおっさん刑事がいた。つい、ゲッとしてしまい、俺は勝負に出る。

「俺とクロエ嬢は知り合いで。俺の職業は“探偵”で今回クロエ嬢に雇われてタスパ社に来たんです。刑事さん、丁度、怪しい痕跡を見つけたんですよ。」

「クロエ嬢と知り合い…まあ、いいか…痕跡?どこにあるか教えてくれ。」

「この15㎝の正方形の穴です。エレベーターの内側まで貫通している。」

「ってことは、昔に“何か刺した跡”って事か?」

挿絵(By みてみん)

「穴から何かを落としたり、15㎝サイズの棒を刺しっぱなしにしたり、または、この穴からロープか何か紐状のものを垂らしてみる等、この辺ではないかな、刑事。」

「…“黒沢”だ。刑事でも、黒沢でも好きなように呼んでくれ。坊主、名は?」

「橘です。よろしくお願いします。」

「…そうなると、1階も捜査対象だな。坊主は…すまないが、外で待機してくれないか。2階は灰場社長の血痕が発見されてしまって、警察以外は入れない。また、エレベーターが止まっている3階は、タスパ社の社員が十数人いて、今聞き取りを大勢の警官でしている。人目を盗んで、調査なんてできやしない。…まあ、クロエ嬢とうまくやるんだな。」

*クロエ視点 場所:タスパ社 B1階

「伊吹刑事、時限煙幕装置が動く前の時、B1階のエレベーターは何もなかったのですか?」

「うん、しっかりは見てないけど、ザーッと見た感じ“何も見えなかった”かな。“死角に何か仕込む”ことは出来ても“こんな長方形型のコンクリート”はなかったね。」

私がコンクリートを観察すると、コンクリートの片方の先には、キラキラと固形の塊が少し付いていた。遺体の近くにコンクリートの棒はあったので、現場保全として動かせないので、この固形の塊は現在の時点では、憶測するしかない。私は、情報を覚えながら、伊吹刑事に質問する。

「伊吹刑事。先ほど、“2階に灰場社長の血痕が見つかった”と言っていましたが、どのような内容なんでしょう?」

「2階の社長室にある“ゴルフクラブ”から僅かな血痕が見つかった。そのゴルフクラブは見つからないように奥の方にしまってあったらしい。僕の予想だと、灰場社長の血だと思う。」

「つまり、誰かにゴルフクラブで殴られた、と。…問題は2つある?」

「試しに言ってみて、クロエちゃん。外れても責めはしないよ。」

“クロエちゃん”なんて可愛い響きと満足しつつ、冷静を取り繕って、私は答えた。

「1つ目は、誰が殴ったのか。2つ目はどこで殴ったのか?」

「そうだね、どこで殴ったのか。これも重要だ。そして、“どこで”という単語でまた違う事実も分かるよ。つまり、B1では“煙幕装置が発動して、タスパ会社のビルの社員が避難した”のなら、発動中は社員が階段で2階を通ることになる。2階の図案を見る限り、階段から見て“死角は社長室の内部“しかない状態になる。」

「なるほど。避難時に社長室内で殴ったとしたら、誰かしら犯人を見ているはずなんですね。…じゃあ、そうなると、“灰場社長が殴られたのは、避難の前になる”可能性が高い。」

「後の調査は、外でやろう。先輩が、B1の話を聞き取りしている。まあ、僕も3階の社員のアリバイは大体、把握しているけど。」

「3階の社員全員のアリバイですか?」

私が伊吹刑事に追求しようとしたら、階段から黒沢刑事がこっちに来た。

*ハンカチと新入荷薬品C

「よう、報告いいか?」

「はい、先輩お願いします!」

伊吹刑事は、黒沢刑事に頭が上がらないらしい。反発してもしょうがないので、私も合わせる。

「B1の実験室の床に“紺色のハンカチ”が落ちていた。あるシミをつけて乾いていたらしい。」

“シミが付いた時刻が分かれば、推理しやすくなる”と頭の中で呟く私。

「そのハンカチのシミの成分の名称は何ですか?」

「翡翠一に聞いたところ、先週の金曜日の朝、入荷したばっかり薬品で、タスパ社では初めて使う薬品らしい。名前は、新入荷薬品C。」

私は黒沢刑事に質問する。

「薬品Cを開封した時の時刻って分かりますか?」

「翡翠一が自社の会議で写真を使うために、薬品Cの実験の風景をデジカメで撮ったらしい。だから、大雑把な時刻は、その写真の時刻でOKなはずだ。」

「…2025/07/11/20:30…この撮影が終わった後、翡翠一と高坂サイ子が実験室をカギ閉めた。…そうなると、伊吹刑事。このハンカチが床に落ちている状態で、“上にシミがあった”のか、“下にシミがあった”のかで、話が変わるような気がするんですが、合っていますか?」

「クロエちゃんも慣れてきたね。その通り。先輩、それで、どのような状態で落ちていたんですか?そのハンカチは。」

「ハンカチの“下にシミ”があった。床に薬品Cがあって、ハンカチが覆いかぶさったんだと判断するしかない。…クロエ嬢。今回の事件の大枠が見えてきたと思うところで、俺から質問だ。“犯人を特定するのに、誰を今取り調べすれば、手っ取り早い”か。分かるか?」

「証拠から明らかに“嘘をついている人”が1名いますね。たぶん、その人かと思います。」

私がそう話すと、インカムからノアの声がした。

『クロエ、ちょっといいかな?橘が“事件の真相が分かったから、反論相手になってくれ”って言っているんだ。もちろん、場所は、β世界の水星だよ。』

折角、“伊吹刑事との連携で盛り上がってきたのに“と思いながら、しぶしぶ黒沢刑事に“お手洗いに行かせてくれ”と申し出て、私はその場を去った。

*西暦2万2070年 場所:水星 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト諜報部

俺はホワイトボードに図を書き終えると、クロエは不思議そうな眼をしてそれを眺める。しょうがない、クロエは俺の現場検証の活動を知っていない。俺は推理を始めた。

「エレガント常元の“B1の推理”には、おかしな点が一つある。それは、灰場社長の遺体の状態だ。エレガント常元の話だと、固形薬品カルボα薬品と液体薬品ナーラβ薬品を空中で浴びながら落ちて、冷却作用の気体が発生して、“瞬時に灰場社長の体が凍り”、凍った遺体が地面に着地した時に、粉々になったという内容だ。だけど、それはおかしい。液体窒素でも-196℃で、おそらく表面しか凍らないはずだ。それが、粉々に欠片が散っているという事は、“長い時間、固形薬品カルボα薬品と液体薬品ナーラβ薬品に触れていたという事になる”はずだ。そう、長い時間、灰場社長は全身が凍っている状態で意識がない、もしくは死んでいたんだ。そうなると、エレガント常元の“灰場社長のB1階にいた説は可能性が薄い”事になる。少なくとも、エレベーターの凹みに“落ちた時間は長くなくてはいけない”し、灰場社長ではない“第三者”が固体になった社長の身体に物理的衝撃を与えた行動があるはずだ。伊吹刑事の話だと、B1階の避難は時限煙幕装置が発動した後、“すぐ社員全員が避難した”らしい。さっき言った“第三者による遺体への物的衝撃は避難の後半で目撃者が少ない状況で起きた可能性が高い”。時限煙幕装置が発動する前、エレベーターに“異物があったら誰かが気が付くはず”だからだ。例えば、伊吹刑事や翡翠一などが見ているだろう。」

「…そうよ、伊吹刑事が“死角になければ、確認は軽くしたらしい”わ。」

「ここからは、俺の予想になるが、この煙幕がB1階を満たしている時期=(イコール)社員の避難の前半から中盤は、“灰場社長の身体を凍らせている時期”=(イコール)粉々になっていない時間帯、だと推定する。そして、灰場社長の体が凍り切った時に、エレベーターの1階か2階のどちらかから“重くて固い何か”を投げて、灰場社長の氷切った遺体に当てたんだ。」

すると、ノアが俺に質問した。

『その重りって、遺体周辺に1つだけ見つかった“四角いコンクリートの塊”のことかい?』

「そう、そして、その四角のコンクリートは、1階にある“エレベーターの右側の四角い穴に型が似ている”。“縦横15cmの四角の穴“にね。そして、そのコンクリートの欠けている部分に違う成分の固形の結晶みたいな塊が微量だけど、付いている。俺の憶測だと、これは固形薬品カルボα薬品だと考えている。今まで述べてきた事実をそのまま考えると、ある光景が浮かぶ。」

『どんな光景なんだい?橘』

「1階のエレベーターの右側の四角の穴に、“半分は固形薬品カルボα薬品でもう半分はコンクリートの棒”を1階のエレベーターの穴に刺しっぱなしにして、固定している光景さ。もちろん、エレベーターの内側に、固形薬品カルボα薬品が来るように刺す。この光景が浮かべば、あとは素直に、犯人の行動が判明してくる。」

挿絵(By みてみん)

「………」

『情報が多いけど、纏められそう?橘』

「ああ、大丈夫だ。……まず、事件は、先週の7/11(金)から始まっている。」

「ち、ちょっといい?ノア、橘にB1階の“紺色のハンカチ”の話した?」

『いや、言ってないよ。クロエの活動を知っているのは、僕しかいないね。』

クロエは何か気づいたらしい。ノアは通信を通して“お手並み拝見”というところだろう。そして、俺は続けて推理する。

「先週の金曜日の夜。丁度、翡翠一と高坂サイ子がB1の実験室を出た時、高坂サイ子は実験室の“カギを閉める振り”をして、扉を施錠しなかった。犯人は2人に見つからないように、実験室の机に時限煙幕装置を設置した。その設置している時間に、高坂サイ子は実験室のカギを3階の社員室にしまう。2人が居なくなった後、犯人は3階にしまった鍵を取りに行き、B1の実験室の机の上に、時限煙幕装置を仕掛ける。そして、実験室のカギを金曜の夜に掛け、犯人は3階に鍵を戻す。“鍵をかける振りをした”。この高坂サイ子の行動は、予め犯人と話し合ってないと出来ない。そう、高坂サイ子は共犯者の一人なんだ。」

クロエがなんかモゴモゴしながら黙っていたが、俺は無視して続ける。

「…そして、今日の朝、つまり、伊吹刑事や翡翠一が出社する前の時間帯に、犯人は今日の朝に、1階のエレベーターの穴に、この俺が“ホワイトボードに描いた図案にしてある棒“を刺した。」

『さっき説明した、“半分は固形薬品カルボα薬品でもう半分はコンクリートの棒”のことだね。』

「そうだ。そして、その次に、犯人は2階の社長室に行ったんだ。まだ、この時点では、時限煙幕装置は発動していない。また、伊吹刑事と翡翠一がB1に来てないからな。そして、犯人は隙を見て社長を社長室の室内でゴルフのクラブで後頭部を殴って、灰場の社長の意識を飛ばした。もしくは、この時点で殺してしまったかもしれない。そして、B1に伊吹刑事と翡翠一の2人が来た時。この時間帯では、犯人はB1の実験室の時限煙幕装置が発動する時を灰場社長の遺体を背負いながら、2階のエレベーターの前で待つ。灰場社長を2階からB1に落とす良い時間帯を狙って。」

「…続けて、橘。」

この部分関しては、クロエはノータッチなので興味津々に聞いている。

「…ホワイトボードの図案の仕掛けだが、これは、上の階から“物が落ちると固形薬品カルボα薬品の部分が折れて、B1のエレベーターの凹みに落ちる”という使い方をする。灰場社長の遺体が粉々になっていたのは、俺の予想が正しければ、B1のエレベーターの凹みのところに、液体薬品ナーラβ薬品が入った容器が設置してあって、灰場社長の遺体と固形薬品カルボα薬品がその容器の中に落ちたんだ。つまり、犯人が2階で、B1の時限爆弾が発動するのを待ってから、灰場社長を2階から落とし、その後、犯人は2階から1階に移動する。遺体が凍ったころに、犯人は1階からコンクリートの残りの破片を落として、社長の遺体を粉々にした。そして、1階からコンクリートを証拠隠ぺいで投げた時間帯は、“B1の実験室の時限煙幕装置が発動した後”。つまり、B1に誰もいない時間帯だ。先ほど、言った通り、“-196℃で凍るのを待つと、避難が終わった後になる”という話を思い出してほしい。…灰場社長の遺体が避難の後半で粉々になった予測と、犯人が1階で“誰にも目撃されない形で社員たちと合流して外に出る”。この2つを満たすのは、避難の時に最後に出てくることだ。」

挿絵(By みてみん)

『つまり犯人は…?』

「犯人は、“避難時に最後に出てきた人物”になる…クロエ、避難で最後にビルから出てきた人物は、誰だ?」

「……“浅井 進”という、若手の男性社員よ。」

俺はある程度、説明が終わってホッとしていると、クロエは頬を膨らませ不満そうな顔をしていた。

「せっかく、実験室の“紺色のハンカチ”で犯人分かりそうだったのにぃ~~~~~~」

『そうだね、クロエ。推理する順番が先だったら、もしかすると、1階の現場検証をしなくても、犯人の推定が出来たかもしれなかったね。ドンマイ、クロエ。』

ノアの発言に引っかかる俺。すると、クロエがのらりくらりと一人二役で喋り始めた。

「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。2階の社長室にあった血痕が付いたゴルフクラブに俺の指紋がったとか、B1のエレベーターの凹みに落ちていたコンクリートに俺の形跡があるとか、“物的証拠”も何もなしで、ただ憶測で俺が犯人って無理筋だろ。違うか?」

「いや、あるわよ。まだ鑑定結果が出てきてないけど、おそらくアレじゃないかしら。」

その光景に俺はちょっと新鮮さを感じた。クロエは犯人役と刑事役をやっているのだ。

「?」

「そうです。アレです。元々、事件は先週の金曜日の夜に下準備は始まっている。」

「伊吹、手錠持って、あそこにいるあいつも確保する準備しとけ。」

「犯人が今回の事件の実行犯と証明するのは、簡単。今、季節は夏、皆汗だくで働いている季節。汗をかいて顔面をゴシゴシ拭ったハンカチに、剥離した表皮細胞が仮に付着していれば、その細胞から検出できる。あとは、科学捜査班の結果待ちよ。」

クロエの一人芝居がおわると、一言漏らした。

「はぁ~くやしい~、私も推理したかったわ~いいわよ、次よ、次~」

クロエがわかめのようにふにゃふにゃしていると、ノアが頭をかきかきしながら申し出た。

『クロエ、次の仕事はおそらく、僕から知らせる形になるだろう。補助オペレーターは、報告書を作るのも仕事だからね。僕が作った報告書をK本部長に渡したら、たぶん次の指令を僕に伝えると思うんだ。だから、橘とクロエはそれまでは休憩になると思う。』

「だから、ノアは別室でインカムから話し合いに参加しているのね。録音で情報を逃さないようにする必要あるもの。」

「ノア、大体で良い。何時間くらいかかりそうだ?」

『うーん…1時間あればいいかなぁ、たぶん。』

「1時間か、休憩室でゆっくりコーヒー飲んでいるくらいか。クロエも来るか?休憩室。」

「うげー、橘の話って、皮肉交じりで胸糞悪そうなイメージ。お茶美味しく飲めるかしら…」

『じゃあ、僕は情報の纏めをやるから、じゃあね。また後で!』

一旦、3人は解散した。

*ノア視点 場所:水星 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト本部長室

「…アデム・ペルティエ・橘、赤羽根 クロエの2人の隊員の調査の結果、今回の灰場 ビクティ社長殺害事件の犯人は、共犯を含め2人なります。主犯が、浅井 進。共犯が、高坂 サイ子になります。K本部長、この犯人2人…どのような対処をしたらいいですか?」

「…α世界線の“灰場社長を殺す前”の浅井進と高坂サイ子を、ここβ世界線の水星に連行し、この2人の“記憶改ざんを施す”…そして、また、地球に戻してみて、誰かに危害を加えないようなら“それをβ世界線”と解釈しよう。記憶改ざんした2人がダメなようなら“世界はまだα世界線である”と解釈し、引き続き監視して処置しよう。」

K本部長はガスマスクにゴーグルをしているので、顔が見えない状態であった。僕は補助オペレーターに配属になって8年経つが、まだK本部長の顔は拝見したことが無い。体つき的に、男性である可能性が高いが、僕たちの使っている“バーチャル・スキン”で変装していれば、本体は隠せるので、もしかして誰もK本部長の素顔は見たことが無いのかもしれない…?

「…?どうした、ノア・シュバリエ隊員。まじまじと私の顔を見て?」

「いえ、どうしてガスマスクをしているのかと思ってしまい…」

「ああ、これは御呪いとして着けているのだ。地球では、ペスト医師というのが昔あっただろう。水星でも感染症は多い。黒死病と戦ったペスト医師のように、我々も何か“象徴的なすがる物が欲しい”かもしれないと思ってな。ペストマスクは香辛料や瘴気などと非科学的だが、気持ちから来る活気で病気が緩和することも現実的にはあり得る。どういうものを国民に普及させることで少しでも民の病気の苦しみを減らせるか、インスピレーションをこのガスマスクから得ようとして、こんな形になったのだ。へんてこな格好で済まんね。ノア・シュバリエ隊員。」

「いえ、こちらこそ失礼しました。本題に戻りますが、“記憶改ざん”と言うと、どのくらいのものを想定していますか?」

「罪が“人殺し”だからな。しかも、アリバイ・小細工も周到なものだ。罰は重くてもしょうがない。」

「……そうですね。となると、“刑罰556番“あたりでしょうか?」

「…私としては、二度手間は食いたくない故に、刑罰540~560番のフルコースでも良いとしたい。なんせ、β世界線では更生してもらわないと困るからな。」

「分かりました。橘とクロエには私から説明しておきます。」

*橘視点 場所:水星 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト休憩室

「何、俺とクロエに犯人2人の刑罰執行をして欲しいって、K本部長が言っていたのか。」

「刑罰は540~560番のフルコースだそうだよ。バタフライエフェクト諜報部も人員が足りないからね。」

「私、刑罰執行役やったことあるわ。ただ、犯人を専用の機械に寝かせてヘルメット被せて、ヘルメットのスイッチをオンするだけよ。まあ、ちょっと被検体が苦しそうにしているのがあれだけど、K‐1やボクシングみたいに明らかに痛そうな感じではないわ。」

「橘も元警官なら尋問はしたことあるだろうし、クロエは経験済み…じゃあ、大丈夫かな。問題は、浅井進と高坂サイ子の2人をどう捕まえるか、か。」

ノアが悩んでいると、クロエが率先して喋った。

「帰宅時間を狙えばいいんじゃないかしら。普通、帰る時“1人”でしょ?違う?」

「…僕も、どちらかというと“1人派”だけど。橘は?」

「俺は…バディー組んでいる奴とバーで飲む派。そして、飲み明かした際には、路上に倒れる。」

「飲兵衛かぁ…」

「わ、私はお酒飲めないから橘には付き合わないからね!じゃあ、早く“犯行前の浅井進と高坂サイ子”を拉致りに行くわよ!橘!」

「へーい」

*30分後*場所:水星 世界線:β世界線 場所:バタフライエフェクト記憶改ざん室

「ノア、連れて来たぞ。」

「は、早いね。しかし、どうやって…」

「“どうやって“て、麻酔でぷすりと。2人分ぷすりよ。」

「ま、まあ、深掘りしても有意義じゃないし流そう…」

「この寝ている犯人2人を機械のベッドに寝かせて、頭にヘルメット被せればいいの?」

「ああ、そうだけど、ヘルメットの着用はジェルが要るんだ。僕がやるよ。」

そう言うと、ノアはヘルメットの内側に専用のジェルをハケで塗り、寝ている浅井進と高坂サイ子の頭に被せた。そして、機械のメモリの調節をノアが弄り出す。

「…刑罰540~560番に、順番にセットして……うん、出来た。あとは、犯人たちが無意識に食いしばったりするケースがあるから、舌を噛まないようにマウズピースを入れて、よし。」

「刑罰が20個だと2時間くらいか?」

「に、2時間ずっと此処にいるの…憂鬱だわ…」

「だ、大丈夫だよ!僕ら3人もいるじゃないか!適当に世間話でもしてれば2時間くらい平気だよ!」

テンションが下がったクロエをノアが気張って元気づけようとする。それと同時に、記憶改ざん機のスイッチがオンにするノア。

(ぴくっ…ぴくぴくっ)

浅井進と高坂サイ子の瞼が痙攣している。すると、この2人の瞼がガバッと開き、瞳が赤色に光っている。どう見ても、人間の挙動ではないのは明らかだった。

「ノア!機械止めた方が良いんじゃないの!」

「ダメだ!!被験者の挙動がノアに危害を加える可能性がある!!」

「じゃあ!どうしろって言うのよ!?橘!」

「俺がこいつらを撃つ。アンドロイドの核の位置を知っているのは元警官の俺だけだ。クロエ!ノア!早く離れてくれ!」

俺は、自分の腰にしまっていた“レーザーガン”を取り出し、浅井進の中央の胸元に急いで撃った。浅井進はそこで動かなくなった。その後、高坂サイ子も同様に処理しようとしたところ、高坂サイ子からテープレコーダーような音声が流れた。しかし、構わず俺は高坂サイ子の胸元の核を撃つ。

(ガタァーーン!)

高坂サイ子のアンドロイドが台から落ちた。落ちたはずみで胸の核が外れ、コロコロと橘の足元に転がってきた。俺はそれを拾うと、その核にはある文字が書かれていた。

(次に死ぬのは、お前だ。コミ・テラーはお前を許さない。)

“コミ・テラー“。有名なテロリスト集団の通名だ。俺が警官を辞めたきっかけの事件もコミ・テラーが起こしたものだった。この文章の”お前“とは適当につけた者なのか、俺達、バタフライエフェクト諜報部の誰かを指すものなのか。俺は、浅井進と高坂サイ子のアンドロイドの核を完全に無効化して、K本部長に会いに行った。

次、橘の過去編です。推理は無しです。





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