38灯る前の約束
体育館でのトラブルを対処したあと、見回りという名のデートを再開したはいいものの、その後もトラブルに遭遇しては対処、そしてまた見回り──そんな慌ただしい時間を過ごした。
それでも、柳瀬さんと取り組む委員の活動は不思議と苦じゃなかった。
むしろ、充実していた。
歓迎祭もいよいよ終わりが近づく。きちんとした片付けは明日行われるが、それに備えて、各催しでは簡単な片付けが始まっている。そんな中、俺たち委員会は最後のメインイベントの準備に取りかかっていた。
校舎の影が長く伸びる夕方。
中庭では、委員会のメンバーがせわしなく動き回っている。
花壇を囲むフェンスにコードを固定する人。
並木の根元にライトを仕込む人。
試験点灯用のスイッチボックスを運ぶ人。
歓迎祭のラストを飾る“中庭ライトアップ”。
夕暮れと同時に灯る光の道は、毎年“告白スポット”として人気らしい。
「若松くん、そっちのコード持っててー!」
「了解!」
受け取ったLEDライトの束を、歩道脇に沿って伸ばす。
柳瀬さんはその隣で、ライトの向きをひとつひとつ丁寧に整えていた。彼女の指先が触れるだけで、無機質な道具が、不思議と特別なものに見えてしまう。
「これ、並木のところまでつなげたら一旦テストだって。先輩が言ってたよ」
「了解。……にしても、毎年こんなに大掛かりだったんだな」
「うん。大変だけど、青春って感じがして……なんかいいよね」
最後の留め具を締めながら、柳瀬さんが微笑む。
委員の仕事は地味で人目につかないと聞いていたけど、嫌な気持ちはまったくない。こんなに充実して感じるのは、きっと柳瀬さんと一緒だからだ。
ライトの配置がほぼ終わった頃、先輩たちが点灯テストの準備を始めた。
委員が集まるまでの短い休憩時間。俺と柳瀬さんは、校舎と中庭の境目にある階段へ並んで腰を下ろす。
「……ねぇ、若松くん」
呼ばれて横を見ると、彼女は膝の上のメモを指先でくるくる回しながら、少しだけ俺に身を寄せてきた。
「昼間の勝負の約束……覚えてる?」
「もちろん。負けたら“ひとつ言うことを聞く”ってやつだろ?」
「うん。そのお願い、今ここで使いたいの」
周囲を見回し、仲間たちが別のエリアで作業しているのを確認すると、彼女は小さく深呼吸した。
「ライトアップの本番の点灯……
人混みの中じゃなくて、二人だけで、人気のないところから見たいの」
夕暮れの光の中で、柳瀬さんの瞳が静かに揺れていた。
からかいでも冗談でもない。強く求めるわけでも、弱々しいわけでもない。
けれど確かに、俺に向けられた気持ちだった。
歓迎祭の夜、この場所で二人きりでライトアップを見る──
それが何を意味するのか、考えるまでもない。
期待が胸の中で膨れ上がり、破裂しそうになる。
「……いいよ。そうしよう」
緊張で少しかすれた声で答えると、柳瀬さんは嬉しそうにはにかんだ。
「約束ね。時間になったら……今座ってるここに来てくれる?」
「わかった」
「じゃ、じゃあ。また後でね」
そう言うなり、彼女は照れ隠しのように足早に去っていった。
喜びが全身を駆け巡り、思わずガッツポーズをしそうになる──その瞬間、美羽の顔がよぎる。
胸の中でふくらんでいた甘い感情は、今度は胸を刺すような痛みに変わった。
……考えるな。今は蓋をしておけ。
俺はそう自分に言い聞かせた。
※※※
誰とも会いたくなくて、私はひとり屋上から校庭と中庭を見下ろしていた。
日が傾き始めた中庭では、委員の人たちがライトアップの準備をしている。
その端のほうで、お兄ちゃんと怜奈が階段に並んで座り、何か話していた。
やがて怜奈が立ち上がり、嬉しそうな顔でその場を離れていく。
――あれは、きっと。
ライトアップを一緒に見る約束ができたんだ。
胸がぎゅっと痛む。込み上げる涙を、必死に首を振ってこらえる。
決めた。
この想いにけじめをつけるためにも、近くで見届けよう。
二人が恋人になる瞬間を、この目と耳でちゃんと受け止めて……
きれいさっぱり失恋してやる。
まだ胸の奥は重い。気を抜けば泣いてしまいそうだった。
それでも、お兄ちゃんと親友の幸せを願う気持ちに嘘はない。




