37見回りという名の歓迎祭デート
あっという間に二週間がすぎ、新入生歓迎祭の日がやってきた。
美羽のお母さんのお墓参りをしたあの日から、美羽とは本当に“ふつうの家族”として接している。
あんなに過剰に触れてきたり近づいたりすることもなくなった。険悪でもない。ただ、普通の兄妹の距離感。
以前の俺が望んでいた家族の形がそこにある――そのはずなのに、どうしようもなく不安で、心がひどく心細かった。
「特に問題はなさそうだね」
ぼんやり考え事をしながら廊下を歩いていると、隣を歩く柳瀬さんが顔を覗き込んできた。
「若松くん、今日ずっと難しい顔してるよ? 何か悩みごと?」
「……いや、別に。ちょっと考え事してただけだよ」
本当は自分でも整理できていない美羽のことを話せるわけもなく、曖昧に返す。
柳瀬さんは一瞬だけ目を伏せ、それからふっと笑った。
「もしかして“委員だと歓迎祭楽しめないな〜”って思ってる?」
「まあ……そんなところかな」
的外れなはずなのに、その明るさに少し救われた気がした。
「……ね、せっかく二人で見回りなんだからさ。
今日は、その……楽しまない?」
「た、楽しむって……今見回り中だけど?」
「仕事はちゃんとするよ? でもせっかくだし、ただ委員の仕事してるだけなんてもったいないでしょ?」
彼女は何かを察しているようだった。
でも、無理に聞き出そうとしない。ただ沈みそうな気持ちをそっと軽くしてくれる。
その寄り添い方が、本当にすごいと思うし、やっぱり好きだと感じてしまう。
「ほら、あそこ見て。なんか盛り上がってるよ」
指差す先では、人が列になって必死に何かを狙っている。歓声が廊下まで響いていた。
「見回りって名目で覗いてみない? “治安チェック”ってことで」
「治安チェックって……完全に楽しむ気だよね?」
「ふふ、バレた?」
その無邪気な笑顔に、思わず苦笑がこぼれる。
気づけば、胸の重さがまた少し薄れていた。
「……まあ、トラブルさえなければ、少し見てもいいかも」
「やった! じゃあ行こっ」
彼女は小走りで先へ進み、俺も追いかける。
窓から差し込む春の光が、柳瀬さんの後ろ髪をやわらかく照らす。
妙に鮮やかな光景で、胸の奥に小さな波紋が広がった。
「ん? あれ見て若松くん!」
柳瀬さんが袖を引く。
指先の先には、ピンポン玉をカップに入れる簡易ゲーム。
「“ピンポンカップイン”だって。景品は……チョコ詰め合わせ!」
「しかもかなり大量だな……」
「こういうの地味に燃えるんだよね。若松くんもやろ!」
完全に遊ぶモードの柳瀬さんに、俺は苦笑しながら列に並んだ。
カップは距離によって難易度が変わる三段階方式らしい。
「ね、勝負しよ? どっちが先に入れられるか。負けたほうは……えっと……」
うつむいて少し考え――
「簡単なお願い事をひとつ聞く、ってのはどう?」
「お願い事?」
「うん。無理難題じゃなくて、軽いやつね?」
そう言うわりに、その表情には何かを決意したような真剣味があった。
「……わかった。その勝負乗った」
「よし! さすが若松くん!」
ぱっと明るくなる笑顔。
何を願われるんだろうと考えているうちに、俺たちの順番がきた。
俺はピンポン玉を握る。横で柳瀬さんが身を乗り出して応援する。
「が、頑張れ……いや頑張らないで?」
「いや、どっち?」
苦笑しながら投げた玉は――カップの縁に当たり、惜しくも外れた。
「く……惜しい」
「次、私ね」
柳瀬さんは玉を指先で弾ませ、軽く前傾になる。肩までの髪がさらりと揺れた。
その横顔が、驚くほど綺麗だった。
「えいっ」
放たれた玉は、迷いなくカップの中心へ吸い込まれた。
「……入った!」
「すご……投げた瞬間入るのがわかったよ」
「じゃあ、お願い事ひとつ、聞いてもらおうかな?」
「約束したしね。それで、どんなお願い?」
「うーん、それはまた後で! 今はせっかくだし、もう少し見て回ろ?」
無理に気持ちを探ろうとせず、ただ一緒に時間を楽しんでくれる。
救われているのは、間違いなく俺の方だった。
そうして歩き出した矢先、校内放送が響いた。
『え、えーと! 後夜祭ステージでトラブルが……っ! 実行委員の人、至急来てくださーい!』
柳瀬さんと同時に顔を見合わせる。
「さすがに行くしかないかな?」
「みたいだね、見回りはおしまいだね」
彼女は少しだけ残念そうに眉を下げ、それでも柔らかく笑った。
「早く済ませて、また“見回り”するか」
「……! うん、そうだね。早く片付けよう!」
俺のほうを嬉しそうに見上げ、柳瀬さんは頷く。
そしてふたりで、トラブル発生会場へ小走りに向かった。




