35親友の恋を後押しした夜、私は失恋した
お兄ちゃんが「もう寝る」と言って先に自分の部屋へ行ったあと、リビングには怜奈と私だけが残った。
最近の怜奈の様子、そして今日いきなり「泊まる」と言い出した理由。それを確かるため私は、さっそく切り出そうとした。
「ねぇ」
「あのね」
まるで打ち合わせたみたいに声が重なり、怜奈が目を丸くする。たぶん私も同じ顔をしていたと思う。
ほんの少し間が空いてから、二人で吹き出すように笑ってしまった。
「美羽から話して」
こういう時、怜奈はいつも私に先を譲ってくれる。促されるまま、私は単刀直入に口を開いた。
「怜奈……若松く――ううん、お兄ちゃんのこと、好きでしょ?」
その瞬間、怜奈の目が大きく見開かれる。さっきよりも、さらに丸くなった気がした。
けれど、一度まぶたを閉じ、ゆっくり開いたときには、真剣な表情でまっすぐ私を見ていた。
「うん、若松くんのこと好きだよ」
迷いも飾りもない、まっすぐな言葉。
その響きだけで、怜奈の気持ちが本物だと分かった。
なんとなく察していた。でも、確証を得た瞬間、胸が針で刺されたみたいに痛む。
これで、お兄ちゃんと怜奈は両想い。どちらかが告白すれば恋人同士になれる。
……だけど、次の言葉でその痛みが一瞬吹き飛んだ。
「美羽も若松くんのこと好きだよね?」
「え?」
思いもよらない問いかけに、言葉が詰まる。
なんとか平静を装って返す。
「なんで、そう思ったの?」
「“違うよ”って言わないんだね。やっぱり好きなんだね」
怜奈の指摘にギクリとし、危うく顔を逸らしそうになる。
確証があるわけじゃない。怜奈は確かめようとしているだけと気づいた私は、わざと軽い調子で答えた。
「いやー違う違う。急に怜奈が変なこと言うからビックリしただけだよ」
「ホントに?」
「うん、ほんとほんと」
怜奈はじーっと私の顔を見つめていたけど、しばらくするとホッとしたように力を抜いた。
「よかったー。環がこの間“美羽、義理のお兄さんに恋してるかも”なんて言うから。
義理のお兄さんって、若松くんのことでしょ? 家だとすごく仲良さそうだったし、てっきり……」
「環が? ないない! 学校と違って家では仲いいけど、それは家族として“お兄ちゃん”だからだよ」
「そっか……」
「今日泊まるって言ったのは、その心配のせい?」
「うん……自分でもよく分からないんだけど、たぶんそう。
美羽が若松くんのこと好きで、その二人が夜、誰もいない家で二人きりって思ったら、どうしても抑えられなくて」
怜奈は困ったように眉を下げながら呟いた。その気持ちは痛いほど分かる。
自分が好きな相手が、他の女の子と夜に二人きり――そんなの、考えるだけで胸がざわつく。
「大丈夫だよ……それに、お兄ちゃんは怜奈のこと好きだから」
「えっ……! そ、そうなの?」
突然の私のカミングアウトに、怜奈は顔を真っ赤にして固まった。
だけど、その表情には期待がにじんでいるように見えた。
「うん。近くで見てたら丸わかりだよ。だから二人は両想い。好きなら、さっさと告白しないと!」
怜奈は耳どころか首まで真っ赤にして、あわてふためいた。
「ちょ、ちょっと待って……急にそんなこと言われても……」
私は言葉を紡ぐたび、胸が痛む。その痛みはじわじわと熱を帯び、胸の奥を焼くように広がっていく。
「でも、好きなんでしょ? 付き合いたいんでしょ?」
「……うん」
怜奈は伏し目がちで小さな声だけど、ハッキリと答えた。
私だって、お兄ちゃんが好きで、付き合いたい。
だから今まで、怜奈とお兄ちゃんが近づかないように、気づかれないように邪魔してきた。
怜奈がお兄ちゃんを好きにならないように、ずっと画策してきた。
だけど――怜奈がお兄ちゃんを好きになった“今”は違う。もう、私は失恋したのだ。
私がどれだけ邪魔しても、それでも怜奈を惹きつけたお兄ちゃんの恋を、今度はちゃんと後押ししてあげないと。
今までの“お詫び”として。
「新入生歓迎祭! ゴールデンウィーク明けたらすぐあるでしょ?
そこで二人で見て回って、後夜祭の時に告白しちゃいなよ!
絶対、雰囲気もシチュエーションもバッチリだから!」
怜奈はうつむいて黙っていたけど、やがて顔を上げて、決心した表情で呟いた。
「……うん、わかった。私、若松くんに好きって伝える」
燃えるような痛みは、今度はひんやりとした痛みに変わった。
それでも私は笑って見せる。
「その代わり、告白がうまくいったら、トップシークレットの情報提供料として、駅前の新しいケーキ屋さんの一番人気、よろしくね!」
「ふふ……わかった。背中押してくれてありがとう、美羽」
「うん、よろしく! 本気で喋ったら喉乾いちゃった」
怜奈の晴れやかな笑顔を見送りながら、私はリビングを離れてキッチンへ向かった。
あーあ。しばらくは、この胸の痛み、消えないんだろうな。
怜奈、お兄ちゃんのこと、よろしくね。
……二人とも、ちゃんと私のことも構ってよね。




