34ホラー映画なんて気にならない
二人から逃げるようにお風呂へ向かい、シャワーで身体を洗い流す。
だが──二人が浸かった湯船に入る勇気なんて、あるわけがない。
湯面に映る自分の顔が若干赤いのが分かり、思わず目をそらしてそのまま上がった。
リビングに戻ろうとしたちょうどそのとき──。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴り、注文していたピザが届いた。
俺はタオルを肩に掛けたまま受け取り、そのままリビングへ戻る。
「ピザだ!」
ピザ箱を見つけた美羽が、弾丸のような勢いで走ってくる。……元気だな、ほんと。
箱をテーブルに置くと、美羽の目が星みたいにきらきら輝いた。
ワンテンポ遅れて柳瀬さんも近づいてきて、同じように目を輝かせる。
「わ……私、ピザの宅配って初めて……」
「え、そうなの?」
「うん。外食自体あんまりしたことないから……なんか、新鮮」
まるで大好物のハンバーグを出された子供みたいな顔で見つめてくるから、思わず笑ってしまう。
すると柳瀬さんは頬をふくらませ、むすっとした顔で俺を見る。
「いま子供っぽいって思ったでしょ……」
「いや、そんなことは……ない、よ?」
本当はめちゃくちゃ思ってしまいましたなんて、口が裂けても言えない。
「怜奈って意外と子供っぽいよね〜普段は猫ぶってるだけで」
「美羽には言われたくない!」
「ちょ、それどういう意味!」
二人がわいわいとじゃれ合う。
その空気にほっとしていると、美羽が突然ぱっと顔を上げた。
「ねぇこれさ、アメリカみたいに映画観ながら食べようよ! 絶対楽しいって!」
「映画……確かにいいかもな」
「でしょ! じゃあホラー見よ! 最近配信されたやつで、ずっと観たかったの!」
美羽がリモコンを握り、テンションマックスで跳ねている。
だが柳瀬さんの方は明らかに固まっていた。
「え、ホラー……?」
「うん! 夏のお泊まり会といえばホラーでしょ!」
美羽の無邪気なキラキラした瞳。
その光に直撃した柳瀬さんは、びくっと肩を震わせながら、恐る恐るうなずいた。
「う……そ、そうだね……楽しそう……だし……」
さっきまでお風呂上がりでほんのり赤かった頬が、今ではうっすら青白い。
柳瀬さん、絶対ホラー苦手じゃん。
「柳瀬さん、ホラー無理なら、別のにしよ?」
美羽が嬉々としてソファに座り、操作を始めているのを横目に、小声で問いかける。
「ううん。美羽があんな楽しそうなのに、水させないよ。……それに、一人じゃないから、頑張る」
乾いた笑いが返ってきた。本当に大丈夫か……?
「ねえ、早くピザ持ってきて観よ!」
美羽が催促し、俺たちはピザを開けてソファへ座った。
本来なら、美羽が真ん中、柳瀬さんが右、俺が左……のはずだった。
だが──。
「若松くん、こっち座って?」
柳瀬さんが俺の腕を軽くつまみ、そのまま当然のように密着する距離へ引っ張る。
え、ちょ、近……!
美羽も反対側から「はい、お兄ちゃんこっちー」と笑顔でピザを渡しながら、自然と肩が触れる距離に座ってくる。
なんで両サイド詰めてくるんだ……?
さっきまでどうにか落ち着いていた心臓が、一気に戦闘態勢に戻った。
そして映画が始まる。
暗い森、濃い霧、不気味な足音──。
「ひっ……!」
柳瀬さんが反射的に俺の腕へしがみつく。
顔をうずめて震えてる……可愛いけど危険すぎる。
美羽は最初こそ興奮していたが──
「うわっ! いま後ろになんかいたよね!? やばいやばいって!」
開始10分で涙目。
二人ともガチで怖がってるじゃん……なんで提案した、美羽。
そして──。
画面が突然「バンッ!!」と鳴り響いた。
「きゃあっ!」
「ひゃあああっ!!」
左右から同時に俺の腕へ飛びつく二人。
柳瀬さんは腕に頬を押し付けて震え、
美羽は完全に背中ごと預けてきている。
いやいやいやいや……ちょ、無理……!!
ホラーより圧倒的に恐ろしい、この密着。
体温、髪の香り、指先の力……全部生々しく伝わる。
「わ、若松くん……むり……ほんとに……」
柳瀬さんが涙目で見上げてくる。
破壊力120%。
「お兄ちゃん、て……離したら死ぬ……」
美羽の手は震えて温かい。
もうほんとにやめてくれ……!
いや、怪物が迫ってくるのは画面内だけじゃない。
こっちは両隣から迫られてる。
こんな状況、生き延びられる男いるか?
映画どころじゃない。
俺にとってのホラーは、画面じゃなく左右にいた。
こうして、“美少女に両側から抱きつかれながらホラー映画鑑賞”という、
地獄でも天国でも説明できないカオスな時間がしばらく続いた。
その後なんとか生き残ることができた俺は、遠出の疲れもあり、二人に断りを入れて自分の部屋に行きそのままベッドへと意識を沈めることになった。




