32エンカウント
新幹線での小旅行を終えた俺たちは、最寄り駅へ向かう電車に乗り換え、ホームへ降り立った。
夕方の風は思ったより冷たく、旅の余韻をゆっくりと溶かしていく。
だけど、その風を浴びているにも関わらず俺の身体は熱を帯びていた。
「楽しかったね、お兄ちゃん!」
「そうだな……」
「また一緒に行こうね!」
「ああ……」
美羽が何かを話しているが、いまいち頭には入ってこない。
新幹線に乗っている間、俺に寄りかかってうたた寝をする美羽の横顔を覗いたり、その体温を感じたことで、“気づき”が確証へと変わった。
――俺は美羽のことが、異性として好きだ――
特別なきっかけはこれといってないような、あるような……正直、分からない。
だけど同時に、複雑な気持ちが胸の奥で渦巻く。
その感情を自覚できたのは、柳瀬さんへの想いと似たものを感じたからだ。
比較すれば厳密には違う。
けれど、二人のことを考えたとき胸に生じる熱い塊のような違和感――不快ではないが、心地よさと同時に息苦しさを覚える。
紛れもなく、これは恋だ。
つまり俺は、今二人の女の子を好きになってしまっている。
しかも、そのうちの一人はよりにもよって義理の妹という、どうしようもない状況だ。
この感情と、どう折り合いをつけるべきなのか――。
「ねぇ! お兄ちゃん、聞いてる!」
ズイッと不満いっぱいの顔で美羽が覗き込んでくる。
少し幼い顔立ちではあるけど、長い睫と大きな瞳、それに似合ったすねていても愛らしい仕草――それを近い距離で見たせいで、心臓が大きく跳ね、目を合わせられずに顔を逸らした。
くそ、改めて見るとやっぱりかわいいなこいつ……。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「もう! 愛しの妹の話をちゃんと聞かないのはダメでーす!」
「そ、それでなんの話してたんだっけ」
美羽は口を尖らせながら息を吐き、腰に手を当てて呟いた。
「今日からしばらく家で二人っきりだから、晩ごはんどうする?って話だよ!」
「ああ〜そっか、今日から……はぁ!? 二人っきり!?」
「なに驚いてるの? 前からそう聞いてたじゃん?」
「いや、そうだけど、そうじゃなくて……」
俺の歯切れの悪い受け答えに、美羽は眉間にシワを寄せて首をかしげる。
あの時とはもう状況が違う。
美羽を好きだと自覚した今、そんな彼女と夜も一緒に家で二人きりで過ごす……?
いや、妹に対してなにもない。ないけど……でも“好きな女の子と夜を共に過ごす”なんて。
もちろんそんなこと、美羽に話せるわけがない。
どうしたものか……俺だけ弘毅の家に泊まるのも不自然だし、美羽を一人にするのも違う。
うん、これは詰みだ。
「ふ、二人っきり!? 夜、家で?」
思考を放棄しかけたそのとき、急に横から声が聞こえた。
声の方を向くと、目を見開いてワナワナと口を震わせている柳瀬さんが立っていた。
俺と同時に美羽も気づいて呟く。
「え、怜奈? なんでこんなとこに?」
「ちょっとこの辺りのお店に用があって来てたんだけど……そうじゃなくて、家で二人っきりってどういうこと!」
「えーと、お父さんたちが二人で旅行に行くから。今日から家には若松くんと私、二人だけになるの」
「それって、夜も二人っきりで過ごすってこと?」
「う、うん。そうだね」
なんとも言い難い柳瀬さんの迫力に、俺も美羽もたじろぎながら答える。
柳瀬さんはしばらくうつむいたあと、ぽつりと言った。
「私……泊まる……」
「え? 今なんて言ったの?」
聞き取れなかったが、確かに“泊まる”と言ったような……。恐る恐る聞き返す。
「若松くんと美羽の家に、今日から私、泊まる!」
今度ははっきりと言った。
柳瀬さんが俺たちの家に……なんで?
状況が飲み込めず戸惑う俺の横で、美羽は何かを悟ったかのような表情をしていた。
「いいよ! 怜奈もいると楽しそうだし、おいでよ!」
「なっ! お、おい勝手に決めるなよ」
「なら決まりだね! 支度をしたら後からお邪魔するね」
「今からだと遅くなるから、着替えとか貸すよ? 今日のところは最低限必要なものだけコンビニかどこかで買って、このまま行こう」
「ほんと? 助かるわ」
なぜか妙にノリノリな美羽。二人の間でとてつもなくスムーズに泊まりの打ち合わせが済んでしまい、俺の戸惑いは増すばかりだった。
そもそも、柳瀬さんこんな突拍子もないこと実行するような子だったのか……また彼女の意外な一面を知れたな。
待てよ……?
柳瀬さんが美羽と一緒なら、俺は弘毅の所に――。
「じゃ、じゃあ俺は弘毅の――」
「それじゃあ、帰ろう!」
言い終える前に、美羽が俺の腕にしがみついて遮った。
その様子を見た柳瀬さんも、反対の腕にしがみついてくる。
「今日からしばらく、よろしくお願いします」
両腕から伝わる女の子の柔らかさに、俺の頭は完全にショートした。
はじめて好きになった女の子。
思いがけない状況から好きになってしまった女の子。
そんな二人と、しばらく同じ屋根の下で過ごすことになるなんて――。
俺の始まったばかりのゴールデンウィークは、いったいどうなってしまうんだ。




