31ドキドキは恐竜のせいだけじゃない
会計を済ませたあと、俺と美羽のあいだには、なんとも気まずい空気が漂っていた。
店を出てしばらくたつけど、二人とも無言のままだった。
ときどきそっと美羽のほうを盗み見ると、同じようにこちらを見ていた美羽と目が合い、お互いあわててそらす――その繰り返し。
嫌な感じはしない。むしろ、どこか心地いい。
だけど、どうしようもなく照れくさい。
「あ、あれ見てお兄ちゃん!」
美羽が突然声を弾ませ、ぱっと指をさす。
視線の先には、屋外の風が抜けるオープンモールの一角に、陽光が差し込む通路とは対照的な“薄暗いゾーン”があった。
アウトドアショップや雑貨屋が並ぶ賑やかなエリアなのに、そこだけが異世界への入口のように浮いて見える。
大型テナントの外側をくり抜いて作られたようなスペース。
黒く塗られたフレームのゲートが通路に張り出していて、
周囲の明るさとは裏腹に、ひんやりした空気を孕んでいた。
ゲート上部には、青白いLEDが浮き上がる。
《AR HUNTING FIELD LOST CREATURES》
「ね、絶対あれ面白いやつだよ!」
美羽の声は期待で満ちていた。
オープンモールの賑わいの中で、その黒いゲートはやけに異質なのだけど、だからこそ魅力的で、ワクワクさせられた。
美羽は目を輝かせたまま、俺の腕をぐいっと引っ張る。
「ほら見て、恐竜だって!」
スクリーンにはデモ映像が流れており、廃墟の通路を走るプレイヤーの前に、ラプトルや角竜が現れる。
その恐竜たちを、参加者はスマホを装着した銃型デバイスで撃ち、気絶させて、捕獲していくといった体験型アトラクションのようだ。
「こういうの、やったことないな……」
「それならせっかくだしやろうよ! はい参加〜!」
気づけば美羽は、受付カウンターの前に立ち、胸の前で両手をわくわくさせている。
「二名さま、ペアモードでよろしいですか?」
「はいっ! ペアでお願いします!」
スタッフさんからゴーグルと銃型デバイスを渡され、説明を受ける。
「ペアモードは、どちらかが体力ゼロでゲームオーバーです。お互いカバーしながら戦ってくださいね」
「お兄ちゃんは私が守るからね!」
「普通は兄が妹を守るもんじゃないのか……?」
「んふふー、両方だよ!」
本気かふざけてるか分からない笑みだけど、楽しそうなのは伝わる。
臨戦態勢の美羽に引っ張られるようにして会場に入り、ゴーグルを装着した瞬間、視界が一変した。
さっきまでの通路が、緑に侵食された廃墟の回廊に変わる。
天井の光は青白いライトに、足元には瓦礫の影までリアルに映し出されていた。
「あ、見える? お兄ちゃんの上になんか出てる!」
美羽が指さして笑う。
俺の視界には、美羽の名前と青いゲージが浮かんでいた。おそらく、青いゲージにはHP100と書かれていて、ゲームでよくあるHPバーだった。美羽の視界にも同じように俺の名前が浮かんでいるのだろう。
「この青いバーがHPバーで、数字が0になったらゲームオーバーになるんだろうな、すごいな……」
「ホントにゲームの世界に入ったみたいで、ワクワクするね!」
美羽は遠足前の小学生みたいに震えていた。
やがて、前方のホログラムが点滅し、カウントダウンが始まる。
3――2――1――START
重低音とともに床が揺れ、廃墟の影から鋭い爪と黄色い目をしたラプトルが飛び出した。
「うおっ! 来た!」
「左お兄ちゃん! 私は右!」
美羽は素早く銃を構え駆けだす。
その身軽な動きに、一瞬見惚れてしまう。
「無茶すんなよ!」
「HP100だし余裕ー!」
余裕じゃねぇよと思いながら、俺は慌てて援護射撃をする。
照準が弾け、命中するたび青い閃光が散る。
「ナイス! やるじゃんお兄ちゃん!」
「オタクなめんなよ! FPSで鍛えた腕前見せてやる!」
二人で集中砲火を浴びせると、ラプトルは崩れた。
「よっしゃー!」
「次前から三体くるよ!」
瓦礫の向こうで影が蠢く。
今度は中型の角竜が突進してきた。
「うわっ、でけぇ!」
「あれは私が行くよ! お兄ちゃんは後ろ!」
「OK、まかせろ!」
美羽は角竜の突進を横跳びでかわし、そのまま駆けながらトリガーを引いた。
光の弾道が横腹を撃ち抜く。
いや、凄いけどスカートでそんなに跳ぶなよ。一瞬、焦って別の意味で心臓が跳ねた。
気を取られるあいだに、俺の方へ二体のラプトルが迫る。
それを横にステップし躱すが――
「お兄ちゃん、HP半分!」
「マジか!?」
ゲージは“52”。
ギリギリで躱したと思たけど、ダメージを受けたらしい。
てか、難易度高くないか? このアトラクション。
次の瞬間、美羽が叫ぶ。
「待ってて! カバー行く!!」
角竜を撃ちながら横ステップで距離を詰め――
「はいっ!」
俺の前に飛び込んで射撃。
ラプトルの攻撃を肩で受け止めた形になった。
その一瞬。
美羽の背中が、やけに近くて、頼もしかった。
「何やってんだ! 美羽がゼロになっても終わりだぞ!」
「だって、お兄ちゃんのHPかなり減ってたもん!」
「いや、今のでお前HP20なってるぞ!」
「へへ……でも、守れたよ?」
スカートの裾を押さえながら微笑む顔が、ライトに照らされて眩しかった。
「ほら、あと一体!」
「よし、今度は俺が前!」
「じゃあ私援護!」
俺たちの息はぴったりだった。
背中合わせで左右を撃ち分け、恐竜を次々と倒す。
「こっち任せて!」
「そっちは頼んだ!」
声が重なり、動きが重なる。
何度も助け合い、自然と距離が近づいていく。
最後の巨大恐竜が咆哮し――
二人同時にトリガーを引く。
――MISSION COMPLETE――
金色の文字が視界いっぱいに広がった。
ヘッドセットを外すと、俺と美羽は息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……たのし……」
「ああ、楽しかったな。凄い息が切れてるけど大丈夫か?」
「うん……大丈夫。つい夢中になっちゃった」
美羽はスカートをつまみ、頬を赤くしながら息を整え、呟く。
「……お兄ちゃん、すごく頼りになって、かっこよかったよ」
「……美羽にかばわれてたけどな」
「お互い様。それにね……」
美羽は少しだけ背伸びして、俺の顔を覗き込む。
「息ぴったりで、通じ合ってる感じがして……嬉しかった」
赤く染まった頬。
照れなのか、ゲームで熱くなったせいなのか――分からない。
けれど、たまらなく可愛い。
その瞬間、俺の中で不確かだった想いが、輪郭を表すのを感じた。




