27夕焼けの教室、ふたりの距離
放課後の教室。
柳瀬さんと二人で向き合って、皆の意見を纏めるている。
とはいっても放課後のホームルームの30分程度で、俺たちのクラスはコスプレ喫茶に決まり、今しているのは本当に皆の意見を纏めるだけの作業だった。
「若松くん、司会をするのって得意なの? すごく慣れている感じがしたけど」
一通り意見を纏め終わったタイミングで、柳瀬さんが口を開いた。
「いや、全然。今日みたいな司会ははじめてしたよ」
委員になったはいいけど、意見がまとまらなかったりしたとき、それを上手く纏めて司会を進行したり、逆に意見が出なかったときに、積極的な意見が出るように促したりするようなことをできる自信は正直ない。
そんな器用に場を回すなんてことは、自慢じゃないができない。
今日やったことは、お決まりのテンプレート的な進行をただ口にして、出た意見を前に書き出すだけの作業だった。
「そうなんだ、凄く落ち着いて見えてたし、スムーズにやることが決まったから、そう思っちゃった」
「全然だよ、うちのクラスの積極性と団結力に内心感謝だ」
「ふふっ、そうだね。みんなやる気凄いから、一年生たちも楽しんでくれるよ」
ふと、柳瀬さんは懐かしむような表情になり呟く。
「昼休みにも話したけど、去年は凄く楽しかったね。
若松くん、ステージでやっていた新入生紹介出てたよね?」
「えっ、あれ見てたの?」
「もちろん見てたよ。だって、すごく印象的だったもん」
「……印象的、って。悪い意味じゃないよね?」
「ふふ、どうだろう?」
柳瀬さんは口元に手を当て、楽しそうに笑う。
あの時のことを思い出すだけで、顔から火が出そうだ。
新入生紹介――それは、希望した生徒がステージに立ち、司会の質問に答えたり、特技を披露したりする恒例イベントだった。
俺はあのとき、高校デビューを目論んでいた。
内気な性格を変えようと、ノミの心臓にむち打ってエントリー用紙を提出したのだ。
結果は……うん、見事に大スベリ。
「俺の特技は――早口言葉です!」と宣言したまではよかった。
けれど緊張のあまり、「生麦生米生卵」を噛み倒し、会場の空気が一瞬にして凍りついた。
その沈黙が地獄のように長く感じた。
けれど、なぜかその瞬間、脳がショートしたみたいに吹っ切れた。
どうせもうこれ以上恥はかけない、と。
それで、開き直って最後はギャグっぽく「滑舌悪いのが特技です!」と叫んだら、意外にも笑いが起きた。
「そのあと、みんな爆笑してたよね。私も思わず笑っちゃった」
「そりゃそうだろ……恥ずかしさで死ぬかと思ったよ」
「でもね、あの時の若松くん、すごくきらきらしていたよ」
「え……どこが?」
「失敗しても笑ってみせるって、簡単にできることじゃないよ。
あの瞬間、会場の空気を一気に変えたの、ちゃんと覚えてる
それに、ビックリもしたよ」
「ビックリした?」
「うん、入試の合格発表の時、私が若松くんの番号の書かれた紙拾ったの覚えてる?
あの時の若松くんって、どちらかというと大人しい印象だったから、あの短い期間で人ってここまで変われるんだって」
……お、覚えていた!?
あの頃とずいぶん表面上の見た目や雰囲気は変わっているから、正直覚えていないかもと思ってたいたのに。
俺はあの頃の冴えない自分を覚えられていた恥ずかしさから、その場に顔を伏せてしまう。
無理だ、今は普段みたいに余裕を演じられない。
「若松くん? もしかして照れてるの?」
きっと耳まで赤くなっているのだろう。
照れていることを顔を伏せただけでは誤魔化せずに、柳瀬さんの笑いの混じった声が聞こえてくる。
「あ~流石に恥ずかしいわ。まさか覚えているなんて」
少しだけ顔を上げて、彼女の顔を見上げるようにして見つめる。
「ふふ、なんだか新鮮。若松くんいつも余裕そうな態度だから、そんな様子を見たらちゃんと私と同じ十六歳の男の子なんだって思えるな」
柔らかく微笑む柳瀬さんの顔を、俺は思わず見つめてしまった。
夕日が差し込む教室の窓から、オレンジ色の光が彼女の髪を透かす。
心のざわめきが、少しだけあたたかくなっていくのを感じた。
「若松くん普段はかっこいいのに、かわいいところもあるんだね」
「え? かっこいい?」
柳瀬さんが呟いた言葉に驚き、顔をあげる。
今、俺のことをかっこいいって言った? 柳瀬さんが?
俺が急に顔をあげたことに、目を丸くしていた柳瀬さんだけど、段々と顔を赤くしていきおろおろしだす。
「え、えっと、あ、あの今のはね? 見た目のことじゃなくてね? 普段の様子とか雰囲気とかのことで、もちろん見た目もかっこいいんだけど、じゃなくて!?」
自分が発した言葉を自覚して、それを取り繕ろうとして、さらに動揺してしまっているといった様子で訳が分からなくなっているようだった。
完全に顔を真っ赤にさせてしまっている。
かっこいいと連呼されて、一度収まったのに俺までまた顔が真っ赤になる。
「あのその、私帰るね!また明日!」
そう言うと、彼女は荷物をそそくさと纏めて、逃げるように教室を去っていった。
柳瀬さんが去った後、俺は上着を脱いで顔を扇ぐ。
まだ、そんなに気候は暑くなっていないのに、異常なほど身体中が暑くなって汗をかいてしまった。
好きな女の子からかっこいいと言われることが、こんなにも破壊力があるなんて思いもしなかった。




