21恋の気配と、すれ違う二人
新入生歓迎祭の委員を決めた放課後。
いつも通り美羽と一緒に帰ろうと、声をかけた。
「美羽、一緒に帰ろ?」
「あ、ごめん。今日はちょっと用事があるから、先に帰ってて」
「そう? わかった」
美羽は、遅くなる両親の代わりに家の家事をしているから、基本的に寄り道はしない。
それなのに、今日は珍しく予定があるらしい。
「怜奈~、美羽~、帰ろー!」
その時、もう一人の親友・神崎環が教室の出入り口から顔を覗かせて声をかけてきた。
環はサバサバしていて、どこか凛とした古風な女の子。
生徒会庶務を務めていて、黒髪のロングポニーテールが印象的だ。
「あれ? 今日、生徒会の仕事はないの?」
「うん。明日今年の新入生歓迎祭の委員会があるでしょ?
その打ち合わせで、会長と副会長が先生たちと話してるから、今日は休みなのよ」
「そうなんだ。このクラスの委員は私だから、よろしくね」
そう言うと、環は嬉しそうに笑って私に抱きついてきた。
「ホント? やったね、よろしく怜奈!
それにしても、よくやる気になったわね~。正直、めんどくさいと思うわよ?」
環にそう言われて、少しだけ言葉に詰まる。
……まさか、“若松くんと二人で話す機会が欲しかったから”なんて言えるわけもない。
「あはは……ちょっとね~。あ、そういえば美羽は今日、用事があるみたい」
「え! そうなの? 久しぶりに一緒に帰れると思ったのに!」
「ごめーん、環。今日はちょっと用事があるの」
美羽が申し訳なさそうに言うと、環がニヤッと笑みを浮かべた。
「ん~、もしかして男?」
「ち、違うよ……お兄ちゃんと、帰りに寄りたいところがあるだけだから」
「あー例のお義兄さん? 最近あまり話を聞かないけど、仲良くしてるんだ」
美羽の家は、高校入学前にお義父さんが再婚して、義理のお兄さんができた。
最初の頃は抵抗があったみたいで、毎日のように不満を口にしていた。
だけど、それは次第に少なくなり、去年の秋ごろには、すっかりその話を聞かなくなっていた。
「うん……仲良くしてるよ……」
美羽は頬を赤らめ、幸せそうな笑みを浮かべる。
それは“家族”に向けるものというより、もっと親しい相手に向けるような表情に見えた。
「ねぇ、今度お義兄さんの話、聞かせてよ」
「機会があればね! じゃあ私行くね!」
そう言って、美羽は足早に教室を出ていった。
その背中を見送りながら、環が小声で呟く。
「……美羽の様子からして、あれはお義兄さんに惚れてるわね」
「え、お義兄さんに?」
「うん。美羽のあんな顔、今まで見たことある?
家族のことを思ってあの表情はしないわよ?」
「血は繋がってないとはいえ、家族だよ? まさか……」
「だからこそよ。小さい頃ならともかく、思春期の男女がいきなり“家族になりましょう”なんて言われて、すぐなれると思う?
そんな相手と屋根の下で暮らしてて、何もないほうが不思議でしょ!
あれ、絶対お義兄さんのこと好きだよ」
まさか、と思いつつも、環の言葉にも一理ある。
確かに、さっきの美羽の表情は“恋する乙女”そのものだった気がする。
「ああ~、義理の兄妹の禁断の愛……いいわ……」
「ちょ、環!?」
思わずぎょっとして振り向く。
環は頬を紅潮させ、うっとりとした表情を浮かべていた。
少なくとも、学校の教室でする顔ではない。
「た、環! 私たちも帰ろ!」
私は彼女の背中を押して、あわてて教室を出た。
普段は凛とした立ち居振る舞いが美しい環だけど、恋愛が絡むとどうもよろしくない。
完全に惚けて自分の世界に入ってしまった彼女をトイレに連れ込み、しばらく落ち着かせた。
気づけば、下校する頃には日が傾き始めていた。
「それにしても、びっくりだわ。怜奈は、最近お義兄さんとのこと聞いてた?」
ようやく現実に戻った環と並んで歩く。
「環と同じで、去年はよく聞いてたけど、最近は全然よ」
「そっか……あんなに不満を言ってた美羽がねぇ~。お義兄さん、どんな手を使ったのかしら」
「ねぇ、美羽から直接聞いたわけじゃないし、やっぱり考えすぎじゃない?」
「いや、間違いない! あたしの恋愛レーダーにビビッときたわ!」
……恋愛レーダーってなにそれ。初耳なんだけど。
どっちにしても、美羽から一度ちゃんと話を聞いたほうがいい。
できれば、そのお義兄さんにも会って、見極める必要がありそう。
まさかとは思うけど、美羽が悪い人に騙されていたら大変だ。
美羽は大切な親友。
悲しい思いは、してほしくない。
「ねぇ怜奈、ちょっとあたしたちも寄り道しない?」
そんなことを考えていると、環が唐突に言い出した。
「いいけど、どこに?」
環はスマホを操作して私に画面を見せる。
「ここ! 新しくできたカフェなんだけど、ここの“カップルセット”のホットケーキがすっごく美味しいんだって!」
名前からして、どう考えてもカップル専用のメニューじゃないかな?
それを私と環で頼むの?
「えぇ~? 女の子二人でそのお店行って、頼むの?
それにもうすぐ晩ごはんだよ?」
「大丈夫! うちのクラスの子たちも、女の子同士で頼んでるみたいだから。
いいじゃん、たまには。ちょっと悪いことするみたいで楽しそうでしょ?」
その様子に思わず笑ってしまう。
……まぁ、たまにはいいか。
「わかった。ちょっと行ってみようかな」
「やった! それじゃ行こっ!」
そうして、私たちはいつもの下校ルートを外れ、そのカフェへ向かった。
カフェの近くに着いたとき――
ちょうど店から、うちの制服を着た男女二人が出てくるのが見えた。
「ねぇ、あれって……美羽じゃない? それにあれは、怜奈たちと同じクラスの……」
環も同時に気づいたらしく、目を見開いていた。
遠目でも、女の子のほうが美羽だというのはすぐに分かった。
そして、隣にいた男の子の顔を見た瞬間、私は息をのむ。
「若松くん……?」
美羽はお義兄さんと一緒に寄り道するって行ってたよね?
なんで若松くんと一緒にいるの?
私の頭の中は混乱していた。
だけど、次の瞬間には全てが繋がった。




