12五分の沈黙と、妹の勝利宣言(怜奈&美羽)
私はスマホを手に取っては、また机に置く――その繰り返しをしていた。
若松くんと映画を観て、スタバで話したあと、私たちはすぐに別れた。
本当は、もっと話していたかった。けれど、若松くんはそういう雰囲気じゃなくて。もし私だけが名残惜しがっているのだとしたら、無理に引き留めるのは違う気がした。
思い返すと、胸の奥がちくっと痛んだ。
それは一瞬のことだったけれど、気づけばその小さな痛みが、私の背中を押していた。
やっぱり、メッセージを送りたい!
そう思ってスマホに向かってまっすぐ手を伸ばす。
でも、自分から男の子にメッセージを送るのは初めてで、何を送ればいいのか分からない。
何度も文章を打っては消して、ようやく決めた。
――今日は楽しかったよ。ありがとう。
それだけ。
たった一文なのに、送信ボタンを押した瞬間、息を詰めるほど緊張した。
胸の中に、少し誇らしいような達成感が広がる。
返事を待つ。
でも、なかなか通知が来ない。時計を見ると、まだ一分しか経っていない。
もう一度見ても、三分。まるで時間が止まってしまったみたいだった。
「……遅いなぁ」
もったいぶられている気がして、ついスマホの画面をつつく。
そんな時、ようやくスマホが震えた。若松くんからの返信は、私がメッセージを送信してから五分。
ほんの数分なのに、まるで永遠に感じた。
――こっちこそ楽しかったよ。ありがとう。もっと語りたかった。またミステリーの話しよう!
メッセージのあとに添えられたのは、まるまるとした猫が親指を立ててキメ顔をしているスタンプ。
シンプルで、まっすぐで、どこか男の子らしい。
若松くんも、もっと話したかったんだと分かると、胸の奥がくすぐったかった。
なんだか、落ち着かなかったから、それを紛らわすためにベッドにうつ伏せに転がる。
そのときふと、思い出す。
美羽は、どうしてあんなにも若松くんに冷たいのだろう?
まるで、私と若松くんが話さないように間に入ってくるように見える。
気になって聞いてみたけど、「そんなことないよ、嫌ってもいないし」と、どこか歯切れの悪い答えだった。
中学からの親友だけど、あんな美羽は初めて見る。
彼女は普段、女の子とはよく話すけど、男の子には当たり障りなく、一定の距離を置くタイプ。
邪険にも、特別親しくもならない――それが美羽らしさだった。
なのに、若松くんに対してだけは明らかに違う。
理由は分からない。ただ、その違和感だけが心に残った。
「若松くん……あんなにいい人なのに」
自分でも驚くほど自然に、その言葉がこぼれた。
その瞬間、胸の奥にあったちくりとした痛みが、少しだけやわらぐ。
美羽も、ちゃんと話せば分かるはず。
二人が仲良くなってくれたらいいな。
今日の疲れもあって、私の意識はそのまま沈んでいった。
※※※
勝利! 勝利だよ!!
寝る前の時間、私はベッドの上でごろごろ転がりながら悶えていた。
だってお兄ちゃんが「ずっと側にいる」なんて、あんな凛々しい顔で言うんだもん!
あんなの、反則でしょっ!!
尾行がバレたときは本気で終わったと思った。
誤魔化すこともできなくて、しかもお兄ちゃんに「怜奈と関わるのが嫌なのか?」って問い詰められた瞬間、心臓が止まるかと思った。
途中までは完璧な作戦だったのに、ほんのちょっとのミスで崩壊して嫌われちゃうかもって、涙が出そうになった。
でも、そんな私にお兄ちゃんは、真っ直ぐで、優しくて、少し熱を帯びた声で言ってくれた。
その言葉が、身体全体に温かく広がっていった。
私を、一人の“女の子”として見てくれてる。
そう感じた瞬間、胸がいっぱいになって、息が苦しいくらいだった。
お兄ちゃんが怜奈のことを好きなのは、きっと変わらない。
でもね。
あの瞬間、確かに“距離”は縮まった。
それだけは、間違いない。
「ふふっ……これは、実質勝利だよね」
枕を抱きしめながら、ひとりでにやける。
だって今頃、お兄ちゃんの頭の中は、きっと怜奈より、私のことでいっぱいのはずだから!
これからもどんどんアピールしていく。
お兄ちゃんの「好き」という気持ちは、全部、私がもらうんだからっ!
デートの余韻を邪魔するための作戦は、想定以上の成果。
私はその勝利を祝うように、普段は我慢している夜のお菓子とジュースで小さな祝杯をあげた。
けれどこの時の私はまだ知らなかった。
この日、お兄ちゃんが“妹として大切にする”という宣言をしていたことを。
つまり私の恋は、前進どころか見事に後退していたという残念な事実に気づくのは、もう少し先の話。




