11取られたくない、義妹の本音
「俺が家を出たあとからか?」
「な、なんのことかな?」
指先で遊びながら、俺と目を合わせずに答える美羽。
その反応を見て、疑念は確信へと変わり、思わずため息をつく。
「美羽……人を尾行するのは、あまり褒められた行動じゃないと思うけど」
「お兄ちゃんだって、成宮くんと映画行くなんて嘘ついてたじゃん!」
誤魔化すのはもう無駄だと悟ったのか、美羽は不満げに声を上げた。
「うっ……それは悪かったと思う。だけど、理由があるんだ」
「理由ってなに?」
嘘をついたのは確かに俺が悪い。
だけど、そもそもそうせざるを得なかったのは、美羽が学校で、俺と柳瀬さんが関わるのを――まるで邪魔しているように感じたからだ。
「美羽は、俺と柳瀬さんが関わるのが嫌なのか?」
この際だから、ハッキリさせようと問いかける。
「それは……」
さっきまでの勢いが嘘のように消え、図星を突かれたような表情になる。
「なんで、そんなに嫌なんだ?」
やっぱり、家ではいろんなストレスを我慢して過ごしているのに、俺が柳瀬さんと関わることで、学校でさえ自分の居場所がなくなるのを心配しているのか?
そんなことを考えていた俺に、返ってきた答えは意外なものだった。
「だって……お兄ちゃんが怜奈に取られちゃうかと思ったんだもん……」
予想外の言葉に、俺は息を飲む。
美羽は不安げに俺を見つめてきた。
その顔は、学校で見せる冷たい表情でも、家での明るい笑顔でもなく――切なげに、すがるような表情だった。
その瞬間、今までの出来事がすべて繋がった気がした。
美羽は、自分の父親が再婚するまで、ずっと父と娘の二人暮らしだった。
俺もそうだが、美羽も父親の仕事の関係で、寂しい思いをしてきたのだろう。
そして、去年父親の再婚によってできた新しい家族。
最初こそ戸惑いから拒絶するような反応を見せていたが、過ごすうちに――家族のぬくもりに飢えていた分、その関係を悪くないと感じ、少しずつ受け入れてくれるようになったのだと思う。
家での“バグった距離感”。
それは、いままでの寂しさの反動であり、兄となった俺への信頼の表れだったのかもしれない。
それなのに――
多くの時間を過ごしてきた俺が、親友の柳瀬さんと仲良くしているのが、嫌で、寂しくて、そして腹立たしかったのかもしれない。
それが、学校と家でのあまりにも違う態度へと繋がっていたのだろう。
そんな不安定で苦しい思いをさせていたのだとしたら、俺はなんてバカな兄なんだ。
美羽が俺のことを異性として好きなのでは――なんて、少しでも考えてしまうことのあった自分の浅はかさに、腹の底がじりじりと熱くなる。
俺はその熱を決意に変えて、美羽の肩にそっと手を置き、まっすぐ顔を見て言った。
ちゃんと“美羽の兄“として、向き合う。
「大丈夫だ、美羽。俺はどんなことがあっても、この先もずっとお前を大切にする。
不安に感じなくていい。お前を置いて離れたりしない!」
その言葉を聞いた瞬間、美羽は目を大きく見開いた。
瞳の奥が一瞬きらりと光ったように見え、やがてふっと笑顔がこぼれる。
「うん……約束だよ、お兄ちゃん。ずっと私のそばにいてね?」
「ああ、約束だ」
陰キャオタクにこんなくさい言葉は似合わない?
上等だ。たった一人の義妹を安心させられるなら、どんなにダサくても、くさい台詞くらい言ってやる。
「えへへ……嬉しい。安心した」
「そっか、よかった。だったら、もう学校であんな態度とるなよ?
秘密にしてるほうが周りが騒いだり変な勘違いをしなくてもいいけど、普通でいいんだからな?」
「うん! わかった! これから学校では普通のクラスメイトとして接するようにする!」
美羽は笑顔で答えた。
やれやれ……俺が美羽を不安にさせていたのが原因とはいえ、ようやくこれで学校では普通に接することができる――そう思うと、肩の力が抜けた。
美羽とも、柳瀬さんとも、学校で普通に関われるようになる。
これからの学校生活は、今までよりずっと充実したものになる――そう胸を躍らせていた休み明け。
――「私が怜奈と話すから、若松くんは向こう行ってて」――
学校でそう冷たく言われ、
家では涙目で「やっぱり無理だった~ごめん」と謝られることになるのだけど――
このときの俺は、まだ何も知らなかった。




