25話
(あっ!)
圭太はココクロ村に起きた変化に気が付いた。
寝静まっていたはずの建物のあちこちに、次々と灯がともり始めたのだ。理由は明白だった。崖から走り去ったあの護衛の男が、バレルの転落を村中に触れ回ったに違いない。
追い打ちをかけるように、空からは大粒の雨が激しく降り始めた。
(ヤバいぞ)
圭太は焦燥に駆られた。
(寝る場所がない……)
河原での野宿は覚悟していたが、この豪雨の中では不可能だ。
(いや、今はそれよりも逃げるのが先決だ!)
がむしゃらに走り始めた圭太は、三十分もしないうちに歩き出していた。その原因は、押さえている横っ腹にあった。
(腹が痛てぇ………)
食後すぐに運動した際の、あの痛みに似ていた。走るのはしばらく中止し、痛みが治まってからまた走り出そうと考え、歩き続けた。
それでも痛みは一向に引いてくれない。
(干し肉か!?)
村長から貰った干し肉が脳裏をよぎる。一つは飲み込み、もう一つはカビに気づいて吐き出した、あの肉だ。
(まさか最初のやつも腐っていたのか!?)
焦りながらも足を止めまいとするが、痛みは増す一方だった。大雨により地面には水が浮いていたが、それでもついに圭太は座り込んでしまった。
(なんだ、これ……っ!)
それはもはや、足を動かすことすら不可能な激痛へと変わっていた。もはや食後の腹痛などという生易しいものではない。
あまりの苦しさに膝をつき、その場に蹲る。
まるで無数の針で内臓を直接突き刺されているかのような鋭い痛みだった。圭太は腹を押さえ、体を丸めて必死に呼吸を繋ぐ。
(盲腸!?)
この世界に来て早々、盲腸になるなどという不運は信じたくなかった。
圭太の知識によれば、盲腸は腹を切って摘出する必要があるはずだ。しかし、この世界にそれほどの医療があるのかも分からない。
(最悪だ……最悪すぎる!)
圭太は気が付いた。そもそも誰かに助けを求めることすらできない状況なのだ。ここはまだ現場からそれほど離れていない。
追放されたはずの人間が、どうしてこんな所にいるのかと問い詰められるのは目に見えている。
(どうすれば、いいんだ……)
「天罰」という言葉が頭に浮かんだ。
(ふざけるな! あいつは俺を殺そうとしたんだぞ! なんで俺が罰を受けなきゃいけないんだよ!)
「っ!」
当初は他の人間から発見されないために声を出せないようにしていたはずが、今では苦しくて声を出せない、に変わっていた。
濃霧に包まれたように視界が白く染まっていく中で、「ぶぴょっ」という奇妙な音が聞こえた。
「………!」
腹部に違和感を覚えた。震える手で腹を探ると、温かく、ぬるりとした感触が指先に伝わる。
「……っ!!」
圭太は絶句した。
己の腹は無惨に裂け、そこから大量の鮮血とともに、暗赤色の腸が溢れ出していた。
(死んでたまるか……!)
狂気に駆られた圭太は、自分の内臓を泥と雨水にまみれた手で元の場所へ戻し始めた。
(戻れ、戻れ………)
内臓を掴むたびに、脳を突き抜ける痛みが押し寄せてくる。それでも圭太は手の動きを止めない。まるで腸を元の位置に戻せば、元通りになると信じ込んでいるようだった。
(もどれ、もどれよぉ………)
執念ともいえる圭太の意識とは裏腹に、手は思うように動いていなかった。視界はすでに真っ白でわずかに残った意識だけが動いてた。
やがて、雨の音すら聞こえなくなった耳に、あの声が響く。
「無能!」
それは大司教バレルだった。
「無能! やっぱりお前は無能だ!」
視界のすべてを埋め尽くしていた白い靄は、いつの間にかバレルの巨大な顔面を形作っていた。
(ふざけんな!)
「死ね! そのまま死ね! お前みたいな無能に生きる価値はない! 死ね、世のため人の為、是非ともそのまま無様に死んでくれ! はっはははっ! はははははっ!」
バレルは嗤う。邪悪な翁のような顔で、水溜まりに顔を沈めている圭太を見て嗤う。
(死んでたまるか………!)
圭太は、完全に意識を失った。
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