(第二十二章 新たな命がピンチをチャンスに変える)
小林と慎吾がヨーロッパに旅立ったのは八月の中旬だった。もう代理母は臨月に入っていると連絡があったからだ。リンパエステに必要なものは、すでに船便で送ってある。向こうに着いて、三か月後くらいに、フランスの片田舎の友人宅に着くよう手配してある。イギリスでは、まず病院に近い、お庭のある一軒家を借りることにしている。シェアハウスなので、その土地の生活に必要な情報は同居人の日本人から色々教えてもらえそうだったので心強い。シングルマザーで子供を一人で育てていると聞いている。海外で子育てするには、ママ友の情報は助かる。どんな書類がいって、どんな助成があるのか何も知らない。ネットで随分調べたのだが、実際経験のあるママさんに聞いた方が確かなので、会うのが楽しみだ。慎吾は、海外旅行は新婚旅行以外は、一度アメリカに行っただけ。特にヨーロッパなんて、言葉もわからないし、どれだけ本を読んでも実感がない。『未知なる世界に旅立つには年齢が行きすぎてはいないか?』と不安しかない。ただ、小林という、経験のあるツアーコンが一緒なので、どうにかなるだろうとタカをくくっている。美しい彼女と一緒にいるだけで幸せいっぱい。何しろ、二人は新婚なのだから。慎吾も恵や小林にリンパエステの練習台にされていたので、随分若返った。どう見ても四十代だと言われるようになっていた。小林も見ようによれば、三十代後半に見える。こんな見かけなら、赤ちゃんを育てていても親子に見えるに違いない。日本に帰ると、エステでは有名人の小林の年齢は知れ渡っている。どれだけ若く見えても、赤ちゃんを連れていると何かと噂されることだろう。子供のためにも良くないと、ヨーロッパへの移住も考えている。そして、待望の我が子を胸に抱くことができたのは、十月一日のことだった。病院から電話があって、行くと可愛い男の子を手渡された。小さくて、目も開かず泣いていた。元気な男の子だった。ミルクをやると吸い付いてくる。一生懸命吸っている姿の可愛いこと。家に連れ帰り、同居人の女性と二歳の女の子が喜んで待ち受けてくれていた。そして、首が座って、移動が可能になってフランスに居を変えた。そこは独身時代に、お世話になった人々が沢山いた。懐かしい顔ぶれが、寝返りがやっとできるようになった息子を代わる代わる抱っこしてくれた。そして、小林の若々しさに驚嘆していた。小林は、時々、前の職場から仕事が回ってきていた。時間がある時には、リンパエステを周囲の人にしてあげたら、喜ばれて色々なものをお礼に頂く。果物やお肉や魚、パテやチーズなどなど。美味しい食べ物には、おかげで困らなくなった。農業国のフランスは、お野菜や果物がフレッシュで、チーズは沢山の種類があって楽しかった。お互いのサービスや作物を物々交換しているみたいだ。ここでなら自給自足の生活ができそうだった。みんな優しくて人柄がいい。そして、日本のことが大好きなのが嬉しい。近くには柔道の道場もあったし、日本食もあるし、お茶や日本のスイーツも食べられる。日本にいるより、日本人らしい生活をしているような気がする。慎吾は、忙しいが農村の生活が気に入って、毎日外であれこれ用事をしているせいか、肌の色も黒くなって、ますますワイルドに若返った。赤ちゃんから、命の息吹を感じ、父親だという実感はまだ無いが、責任感からか元気になったような気がする。
そんな時に、ニュースが飛び込んできた。
中国武漢でコロナウイルスが発見されて、死者が続出しているという。そして、あっという間に世界をパニックに陥れた。それでも、インフルエンザ程度だと軽んじていたら、ヨーロッパでも大流行。沢山の死人が出て、外出禁止になって、家から食料品を買いに行く以外は外に出られない。しかし、人口密度が低い片田舎に住んでいた小林たちには、知り合いにもコロナになった人はいないし、遠い世界の出来事のように感じていた。
しかし、中目黒のサロンメンバーとはラインで繋がっているので、日本の状況は手に取るようにわかる。二年先まで予約がいっぱいだったサロンにも暗雲が押し寄せていた。外出を控えるように叫ばれている中で、密なサロンで施術をしてもらうなど言語道断と言われそうだったからだ。日本人はどんな状況下でも従順だった。コロナに怯え、無料だとワクチンをマスコミに乗せられて、律儀に打ちに行く。皆に迷惑をかけないように、がまんする。飲み会も控え、会食もしない。マスクと消毒を忘れない。みんなで耐えるのは、戦時中から、当たり前だと思う人種のようだ。ステイホームと言われれば家族を追い出して家で仕事をする。PCR検査に並び、陽性ならホテルに隔離されて弁当を取りにエレベーターは満員。コロナの疑いのある人ほど密になっているのにも気づかない。飲食店は八時には閉まり、食事のできない人々はコンビニに集まり、公園で酒盛りをする。濃厚接触者は公的な移動手段もタクシーにも乗れないのに、検査しろと国は言うだけ。隔離された人々は、溢れて家に帰らされるが、交通手段が無いので徒歩で死にそうになる。都会の人をバイキンだと扱い、来るのを拒んで観光関連の事業は冷えて、その上、田舎の方もパンデミック。マスクのできない持病持ちに、大声で叱り、町でパトロールまでするオヤジたち。コロナに感染したら数えられ、ワクチンで倒れても数えない。そんなマンガみたいなやりとりをズームで聞いて、心を痛める。観光日本を目指して、オリンピックや大阪万博を手中に収めた、あの時の歓喜や喝采が思い出される。インバウンドに踊らされて、世界を夢見たアーティストや経営陣たちは、どうしているのだろう?世界の波に飲まれ、大国の実力行使に奪われる平和。『いつ何が起こるかなんて誰にもわからない』と小林は切なくなった。世界のニュースがライブでわかるようになって、震災や戦争や不幸な出来事が他人事ではなくなってしまった。いつも不安に怯え、こんなパラドックス的な現象に苦笑するしかない自分の、なんと無力なこと。テレビでは繰り返されるコロナや他国の戦争の話にウンザリして、ニュースは見ないことにした。知らなければ、マスコミに踊らされることはない。近所の誰もコロナにかかっていないし、残酷な戦いも起こってはいない。みんな笑顔で、挨拶して天気の話をする平和な日々が横たわっているだけ。何より、日々めまぐるしく変化し、成長する息子を世話しているだけで、楽しい。毎日が驚きの連続だった。はじめて寝返りをした日、ママと言えた日、笑った日、お座りができた日、記念日がどんどん増えて毎日笑いが絶えない。テレビなんか見ている暇もない。最初は気になった世界情勢も、あわただしい日常の中で色褪せてしまった。気がつけば、息子は一歳になっていた。男の子なのに、よくしゃべる。あちこち歩いて行きたいと、親の手を振り切って走ろうとして転ぶ。環境のせいか、英語も日本語もフランス語も理解しているようだった。辞典が好きで、虫や植物の写真を見ては、何語かわからない言葉を発している。パパと一緒に道場に行っては受け身の真似をしている。音楽が鳴ると、体をゆさゆさ動かして踊っている。何をしててもかわいい。うまくできたら『この子は天才かも?』と親バカぶりを披露する。そんな日常の中にある、小さな幸せは、どんなビジネスよりも芸術よりも感動を覚える。たとえ、明日、ミサイルが落ちて来て、すべてが破壊されたとしても、幸せだと思う。未来に不安を感じ、悪いニュースに怯え、悪徳非道な人間のことを聞いて他人を信じられなくなるくらいなら。何も知らずに、いま目の前にある大切な者を笑顔で見ていたい。
小林も慎吾も、コロナのせいで、まだ当分帰国できそうにないのを、むしろ喜んでいた。このまま、ここで親子三人誰からも干渉されることなく、生きてみたいと願っている。
好きな人に囲まれて、愛情深く育てたい子供がいて、どんな未来になるのか想像できないけれど。だから日々は新鮮で輝いている。




