(第二十一章 リンパエステでトップを目指す)
リンパエステは食事制限は特別ない。あちこち詰まっているリンパを国際特許を十五も取っているエッセンスで溶かし、正常な状態に戻す。リンパが詰まって、命を失うことはないが、あちこちで老廃物やセルライトが詰まって、さまざまな疾病を引き起こしている。セルライトは脂肪なのでたまると固く冷たくなる。それを、マットで温めると脂肪は溶けて流しやすくなる。リンパの流れが正常になると、必然的に体の中からきれいになる。食事制限をしていないので、リバウンドの恐れもない。肌は若返り、健康と若さを取り戻すことができる。今まで何をしてもダイエットすることができない女性たちも、この成功体験後はさまざまなチャレンジに果敢に挑むようになる。若く細く美しくするだけではなく、自信を持つこと。自分を愛せるようになることと、たまにがんや疾病までも克服するなどの奇跡などなど。女性の数だけの感動ストーリーがあるコンテストだった。サイズだけではなく、審査員は肌の色、バランスや骨格、ボディラインを厳しくチェックする。他のダイエット商材を使っている人は見ると、すぐわかるらしい。成形などしたら、表情筋の動きが不自然なのでかわいそうになる。リンパエステは肌のきめ細やかさや透明感がぜんぜん違う。本選に行くことのできた面々は、誰も若々しく輝いている。
2019年は、小林が資格を取得して初めてコンテストに挑む。中目黒のサロンで、モデルの募集があった。世の中には、どこに行っても何をしても痩せられない女性がたくさんいる。小林の施術前と後の写真を見たら、誰でも施術を受けたくなることだろう。別段PRしてもいないのに、口コミで広がっているようだった。数十人のサイズダウン希望者の中から川口と小林で吟味して受賞できそうなモデルを選ぶ。ノミネートは、それぞれ六人。川口の娘の恵は三人のモデルをするのが精いっぱいだった。お昼は仕事をしているので、アフターファイブにしか施術できないからだった。それでも、同じようなキャリアウーマンたちが夜中でもエステを予約して帰っていた。「最後まで、やり切れる人は、その中で三分の一人だろうから」と川口が経験で言う。「だいたい三回くらいすると、時間の調整がつかないとか。費用面でとかでドロップアウトするから。そもそも予選に通過するのは今年は狭き門だからね」と言う。小林は昨年グランプリをモデルで受賞したので、今年は施術者でトップを目指したかった。「コンテストにチャレンジするたびに、大きくスキルアップするのがわかる。だから、毎年チャレンジすることにしているの」と川口が言う。なるほど、プロ根性はさすがだ。小林も自分が施術したモデルを、あの夢のような舞台に立たせてあげたいと思う。川口がそうしてくれたように。今年は娘の恵も小林も出る。施術者もモデルも期限がある方が目的を持って頑張ることができる。「さまざまな試練や、想像もつかないハプニングがある。それが楽しいのよ」と川口は言う。体験しなければ、わからないことばかり。どれだけ製品群が良くても、結果を出せる人と、それなりの人がいる限り、技術を磨けるこういう場には積極的にチャレンジしたいと思っている。小林のモデルは、18歳の秋山友子、45歳の藤岡かすみ、60歳の岩井清美の三人だった。
足だけ太くて悩んでいる18歳の秋山友子は芸能界を目指してダンスレッスンに励んでいた。顔はかわいいのに、下半身が残念な感じだった。お腹周りと太もものサイズダウンで競うコンテストなので何かしらの賞は取れるだろう。しかし、途中で所属事務所からクレームが出た。肖像権があって、彼女の写真を使わないようにと警告された。
ローズ部門の45歳の藤岡かすみは顔は美人なのに、体格はボリューミー。若い時のようなサイズにするだけで、100センチダウンすることは可能だと思われた。しかし、この肉との闘いは予想以上に苛酷なものだった。とにかく、片足だけでも太すぎて持ち上げるにも力がいった。甘いものが大好きで、どうしても間食のケーキやドーナツをやめられない。心理カウンセラーの技で意識改革を施す。マットで温め、クリームを多めに塗って、少しずつ、部分的に詰まりをほどいて、途中でやめないように応援する。しかし、徐々に体のラインが整ってきて、本人も実感できたら自発的に自己ケアをするようになって、成果が数字になって表れた。ドレス選びが楽しくなった。元々美人だったので、一緒に歩いているだけで皆が振り向いた。原宿あたりを歩いていたら雑誌やテレビの取材を受けた。舞台で受賞するにはオーラが必要。そういう意味では期待できる。
60歳の還暦の祝いに自分のために赤いドレスを買った岩井清美もポイントが高かった。彼女はアスリートだっただけあって根性が違う。自分でマットに毎日のように入り、汗をかいて施術に挑む。とても流しやすくて、6回もしないうちに80センチダウンした。より体を美しくするためにジム通いをして、引き締める努力家だった。他に三人の施術をしてノミネートしたのだが、予想通り本選には行けなかった。思ったほどサイズが出なかった。途中であきらめてしまったのも感じた。舞台に立つのが苦手な人もいた。ただ、サイズダウンの大会に出ると言うと施術が半額くらいになるのが魅力で、チャレンジしたという人もいた。目黒のエステサロンはますます人気が出て、小林は青山にもサロンを増やして自らスタッフを教えることができる資格まで取ろうかと考えていた。エステが面白くて、夢中になっていた。今年は、代官山のブライダル会場で本選が行われ、審査員を兼ねたお客は一人三万円のチケットを買って参加。フレンチのフルコースをいただきながらのコンテストだった。小林は白い施術着を着て舞台に立っていた。この年は、昨年と違い本選に出場できるのは、たった50名だった。その分、施術者のスピーチが求められていた。生徒会長していた小林だったので、それはそれは堂々たるものだった。
慎吾もフルコースディナーをいただきながら、小林に一票を投じた。小林のモデルは真っ白なドレスを身にまとい、短いスカートから伸びた長い脚はかもしかのように軽快にリズムを踏んで、宝塚歌劇のスターのように階段を降りてきた。まっすぐ観客を見まわしながら笑顔がキュートで、魅力的だった。プロのメイクや髪型に、女優のような艶やかさだった。小林のスピーチは感動的なものだった。そして、ローズ部門のグランプリを見事受賞した。しかも、ラベンダー部門は学園特別賞を受賞。一人で二つの賞を受けるという快挙を遂げたのだ。一緒にノミネートした川口親子は今回は賞をもらえなかったが、少ない出演者に選ばれただけでも価値があるので、モデル共々喜んでいた。川口親子は、二人とも、一人ずつモデルが最終選考まで残ることができたのだが、今回は施術者の語るスピーチが勝敗の決め手になったと言えるだろう。グランプリ受賞者の藤岡が出したサイズダウンの数字も100センチ越だったし、チャレンジの途中にがんが見つかり睾丸治療とエステのどちらを選ぼうかと悩んだ時があったことを、この時初めて暴露した。そして、家族の反対を押し切ってマットで毎日寝てがんを克服したのだと。玉川温泉と同じシーベルトの微量放射線の威力なのか?体を温めがん細胞が死滅したのか?それとも、小林の心理カウンセラーで悩みやストレスをプラス思考に変えたのか?そのすべてがシンクロナイズして、心も体も変化させて行った様子を丹々と語る小林の言葉は会場の涙を誘った。いいコンテストだった。昨年よりも本選に出場できたのは三分の一の人数だったが、一人一人の人生や悩みや個性が語られ、乗り越えた苦労話もおもしろかった。聞いているうちに、引き込まれ、たかがダイエットと軽んじられないヒューマンストーリーがあるのだと感動した。誰がグランプリを取ってもおかしくないくらいの内容だったが、小林のプレゼン能力が他よりも秀でていた。そして、受賞するに値する結果も出していた。モデルで受賞したのは昨年のことだったのに、この一念で小林も見た目だけでなく随分成長したのがわかる。この一念、手がけた施術者の数だけ、たくましく自信をつけたという感じだった。仕事も人生も充実しているのがわかる。毎年トップを取れるなんて偉業を遂げた人は、かつていなかっただろう。挫折を知らないと見えるが、裏で人の何倍もの努力をしていたことを慎吾は知っている。だから、人前で、男泣きしてしまった。川口親子もスタッフの皆も驚いて苦笑する者もいた。もらい泣きをする者もいた。日ごろの苦労をねぎらってくれる、こんな豪華なコンテストがあるから、日々エステの先生たちはプライドを持って頑張れるのだと思った。小林も昨年とは違い、さまざまな感慨にむせて、静かに感動している様子だった。
大会の後、慎吾も施術の資格を取った。小林も川口親子も資格を取ったら、さっそくしてもらいたいと言っている。男の人の大きな手の方がリンパを流せて、上手なのだと期待してのことだろう。リンパの会社の意向も、男性エステの市場を開拓したがっているのがわかる。『男がエステの資格を取って何になるだろう?男同士で施術する絵は想像できない。危ないジェンダーたちからのオーダーばかり入ったらどうしよう?』と不安もあったが、案外痛みや部分的な改善のためのエステのオーダーが多かった。裸で直接触れるので、全身のエステとなると躊躇してしまうらしい。このまま事業は拡大する一方だと、誰もが信じていた。12月に中国武漢でのコロナウイルスの報道がされ、翌年の2月日本に上陸しなければ、たいした話ではないと笑っていられただろう。
しかし、世界中がコロナによって大転換せざるをえなくなるなんて誰が、この時に想像しただろう?東京オリンピックは一念延期され、無観客で行われた。海外からの旅行者を期待して神戸の会社を番頭である佐竹たちに委任して、小林は会長職に退いていた。小林と慎吾が結婚していることは、中目黒のスタッフしか知らない。神戸の豪邸は売り出され、東京の事業に資金は投じられた。
小林は二部門で受賞した。一人の施術者が二度も受賞台に登るなんてことは珍しい。学園特別賞を受賞したのはラベンダー部門の岩井清美。自己ケアの勝利だったと言えよう。モデルの努力の結果だと小林も賞賛している。本人のモチベーションを上げるのも先生の仕事。モデル自身が、その気にならないと、ダイエットは成功しない。そして、グランプリをローズ部門で受賞したのは45歳の藤岡かすみ。ローズ部門は一番粒がそろっていた。その中で受賞できたのは、運が良かったとしか言えない。もちろん、スピーチの内容が受賞できたポイントだったと思う。昨年もそうだが、小林はビギナーズラックのようにグランプリを受賞しているが、本来は何度出ても受賞できないものだ。どれだけ努力をしても、審査員の票を獲得するには、さまざまな奇跡が働いて、やっと賞を獲得できるものなのだ。何年も、悔し涙に暮れている人も多い。だから、小林の快進撃は少なからず嫉妬を受けても仕方ない。あこがれと嫉妬。昨年好意的だった人が冷たくなっても、足を引っ張られることがあっても、それは目立った者の勲章みたいなものだと小林は意にも介していなかった。周囲の、川口たちの方が心を痛めてくれていた。グランプリと学園特別賞を、受賞して、小林には、もうコンテストに出るのは、これが最後だと思っていた。大きな花束二つも抱えた小林の目には涙がきらめいていた。このチャレンジにかけてきた時間と努力の日々が、小林には宝物だった。試行錯誤、モデルと共に、悩みながらここまで来れたのは川口や慎吾たちの協力の賜物だった。会場を見渡すと、全国から実力のある先生たちの顔が見えた。笑顔で拍手してくれていた。色々あったけれど、それもまた楽しい思い出になることだろう。小林は、このコンテストが終わったら、ヨーロッパに旅立つつもりだった。サロンの仲間たちには「海外で、このリンパエステを広げたいのよ」と言ってある。昔の仕事仲間が、サロン経営に興味を持っているので、サロンが軌道に乗るまでは、ヨーロッパが活動の中心になると告げてある。中目黒のサロンは川口親子に任せて、稼業はすでに会長職に退いているのでに任せておけば大丈夫だろう。小林と慎吾には、もっと大事な新たなチャレンジが待っていた。あと二か月ほどで、人工授精で子供が生まれる。今も順調に育っているらしい。もう航空券は取ってある。新丸子のマンションは、不動産会社に託してあって、借り手も決まった。そんなに荷物もないが、引っ越しの用意が待っている。子供が生まれて来ても大丈夫なようにすみかも探さなければならない。生まれて当分は赤ちゃんを動かせないだろうから、イギリスに住む予定だ。その後は、やはり独身時代に長年暮らしたフランスの田舎町で家族三人で過ごしたいと思っている。どんなタイミングで日本に帰国しようかと悩んではいるが。それはそれ。今は、初めての自分の子供と会えることだけが楽しみでわくわくしている。今まで仕事が一番大事だった。この年になっておかしいくらい、家庭のことしか頭にない。この手いっぱいの花束は、退職する時に渡される最後の祝福のプレゼントのように思えた。花束のひとつを川口に渡した。「いままでの、感謝の気持ち受け取って」と言うと、何事か気配を察して、いぶかしげな顔をしていた。それでも、「きれい、サロンに飾りましょう」と言うので、もうひとつの花束も恵に渡した。「あと数日で日本を離れるから、これは二人への私からの、お礼」と言って。懇親会のパーティも、モデルたちに理由を言って早々に切り上げて慎吾の待つマンションに帰った。忙しくなる。母親もいないし、子育て初めての二人には不安しかない。しかし、それ以上に期待もしている。たいへんだけど、きっと楽しい。苦労するだろうけど、その分、愛おしいに決まっている。慎吾と二人で、今日の受賞をワインで祝おう。オードブルは慎吾が用意してくれていると連絡があった。昨年のような、華やかな宴ではない。あの青春、真っ盛りのような晴れがましいパーティでバカ騒ぎしている心境ではなかった。新たな生命が生まれてくるのだから。何物にも替えられない。人生で一番大切な、ずっと待ち焦がれていた宝物と、もうすぐ会えるのだから。




