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(第十九章 恋も事業も順風満帆)

次の日からエステサロンは多忙を極めた。スケジュール管理と経理を任されていた松村だったが、隣り合わせの二つのサロンの管理はたいへんだった。片方は川口が中心に、もう片方は小林が担当するはずだったが、まだ施術の資格を取得していなかったので、当分、恵にサロンを任せることにした。中野のサロンは閉めて、このサロンの責任者として招き入れた。隣は母親の美奈子が責任者だった。そちらは一日三人までしか取らない。一人あたり、たっぷり五時間使えるようにしてある。グランプリを取得したので、もちろん施術代も高く設定している。恵の方は、それに反して一人三時間を目安に予約できるようになっている。部屋は個室は先生が、やっとベッドの周辺を動けるレベルだが、その分、値段も安く設定している。恵の提案で、一部屋だけ広い部屋があった。友人や夫婦で一緒にエステが受けることができるので、おしゃべりもできるし、好評だった。小林は療法のサロンの責任者として、お得意様のフォローに回る。待合室をカフェにして、会員さまのコミュニティ作りに力を注いだ。言いたいことや相談が気軽にできるようにとの配慮だった。


東京サロンが浜松町から品川に変わった。東京オリンピックの工事で、駅周辺も通行禁止になったり、業務にさしさわりがあったからだ。次の東京サロンは駅から直結していて、広いワンフロアというのは前と同じだったが、賃貸料が月額四百万円も安くなったと言っていた。一体、日本全国にある会社の十か所のサロンの賃貸料は月額いくらになるのだろう?小林なんて、たった中目黒のマンションの二部屋借りているだけなのに、家賃だけで百万円するし、人件費やガス、電気代などなどの諸経費を計算すると毎日予約がいっぱいでも採算を合わせるのは至難の業なのに。施術代金の設定は難しい。川口美奈子の方は、賞も取ったので値段は隣の二倍にした。部屋も、豪華にしてある。ダイエットメニューが、ここの売りなので全身コースで六万円にした。なのに、お客は殺到していた。不思議なもので、値段を上げると、客層が良くなる。価値を持たせてブランディングする大切さを、初めて慎吾も体験した。「高くてむり」と言う人が、安くしたら来るかと思ったら、そんなことはなかった。必要な人は、値段関係なく来る。値段を上げると、施術者も、人数をこなさなくてもいいので、一人一人、心を込めて施術できるので、結果クチコミの評価は上がった。


「もっと高くてもいいのでは?」と、常連さんから言われることもあった。「セレブの人には、こんな金額だったら勧められない。安いと、レベルが低いっておそれるのよ」と言うのだ。そこで、川口のサロンの方は、ゆったりとしたスペースで、一日三人しか予約を取らないようにしたら、満員になって、キャンセル待ちまで出た。滅多にキャンセルなど無いのだが、たまに急なキャンセルがあって、連絡すると何を置いてでも出かけてくれるようになって、驚いた。少ない枠を取り合うのがいいのだとわかって、青山や銀座に店舗を増やすのを辞めた。恵の担当しているサロンの方は川口の三倍の人数がサービスできるようにしていた。その分、部屋は個室で狭いが、ベッドに横になっているので、お客には不自由さは無い。待合室はカフェラウンジのようにしてあって、有名店のスイーツが常備してあった。フルーツたっぷりのジュースや野菜入りのスムージー、美味しいプロテインジュースまで用意されていた。そこで、マダムたちが情報交換するようになって、いつの間にかお仲間ができたようで、一緒にゴルフやテニスや乗馬を楽しんでいるようだった。小林も急いで資格を取得するために東京サロンで美容学園の施術の勉強に励んでいた。一か月で、すべてのカリキュラムをマスターして、恵のサロンで施術者デビューを果たしたのは、九月のことだった。毎日、一人は必ず施術した。体験に勝るものはないと知っているから。何度も何度も繰り返しやっているうちに上手くなる。回数は肝心。色々な人の体を触ることも勉強になった。年代ごとに、お困りごとも違う。生理痛や不妊症に悩む若い主婦。更年期の様々な不和と精神的なストレスに悩む四十代。生理が止まってホルモンバランスがくずれて、急に太り出した五十代。老けと足腰の痛みと闘う六十歳から上の女性たち。ガン体質や高血圧やアレルギーなどなどに苦しむ人のなんと多いことか?美しさと若さを取り戻した女性たちは、あきらめていた人生をもう一度取り戻そうと立ち上がる。そうやって、何人もの女性たちの人生に触れ、小林にも生きがいのようなものが見つかったようだった。毎日が楽しくてしかたない。川口とも、その娘の恵とも仲が良かった。慎吾も含めて、家族のように毎日食を共にしていたら、たがいに話さなくても何を考えているのか、わかるようになってしまった。慎吾にとっても、自分に好感を持ってくれている美人に囲まれて生活していることも、自分のことをたよりにしてくれていることも嬉しくて夢のようだった。小林はエステの業界にも顔がきいた。優秀な施術の先生にも、たまに中目黒のサロンに着てもらってレクチャーしてもらう。施術の腕はあっても、経営的なセンスが無くて稼げない先生たちは、喜んで協力してくれた。そして、小林が施術の資格を取得すると、先生方に実際自分のエステを頼み、技術を盗んだ。先生方も気前よく色々と教えてくれる。たまに、小林に施術をしてもらって、細かい手の圧のかけ方や、手の動きなどを教えてくれた。そして、自分の経験を活かし、スタッフのみんなに資格を取得させた。優秀な人材の育成は、サロンの運営には欠かせない。絶対的に腕のいい施術者が必要だった。夜遅く、スタッフや先生たちが技を磨くために集まっていた。サロンで互いにやり合って技術を磨いていたのだった。忙しさにかまけてエステティシャンの自己ケアがおろそかになることが無いように、苦肉の策でもあった。もともと、太りやすい小林も川口も食べるのが好きだし、気を許すと体の線が崩れる。太いエステティシャンなんて、しゃれにならない。いつまでも、きれいでいなければならないのも仕事なのが、ありがたい。


施術者は、相手の邪気をもらうこともある。そんな時のために、マットには必ず入らなければならないと決めている。汗をかいてデトックスするだけではなく、マットには霊体とか生霊など、不可思議なものを浄化する効果があると開発者が言っていた。それを信じて、毎日マットで寝るようになって、確かに疲れや筋肉痛などはなくなった。自分が元気でなければ、施術なんてできない。おかげさまで、酵素で作られたエステのエッセンスを人一倍手から吸収しているせいか、どんどん元気になって病気知らずだった。何人もの協力者に恵まれ、信頼のできるメンバーが充実してきたら、皆もイキイキとエステの仕事を楽しんでいるのがわかる。仕事は人間関係が一番重要だから。チームワークで、たがいの得意なところを生かしてフォローし助け合う。そんな人間関係が小林の理想だった。ずっと一人きりで頑張ってきた。いつも孤独でつらかった。ずっと寂しかったし、甘えたかった。そんな夢が叶えられた。それだけで充分だった。高校時代から好きだった松村君ともつながり合った。誰にも言っていないが、入籍していた。この年で、結婚式もないだろうと小林は皆に言うのを嫌がった。それは、松村に好意を抱いている川口への遠慮もあったに違いない。小林にとっては、松村も川口もかけがえのない大切な人だったから。この関係をこわしたくはなかったのだろう。


「ねえ、ウエディングドレス着て写真を撮らない?」と川口が提案してきた時も、サロンのみんなが小林と松村の結婚式を画策していることに気づかなかった。川口も一緒にウエディングドレスを試着して、スマートフォンで写真を撮り合った。白無垢に見とれていたら、「今度、着物も着たいよね」と言って、本格的に着て写真を撮影することになった。川口も結婚式は、やったことがなかったみたいで、二人は夢見心地で着物を選んだ。そして、クリスマス前の定休日に、写真を撮影に行ったのだが、そこには紋付袴姿の松村がいて、スタッフ一同が、ドレスアップして二人の結婚を祝ってくれた。隣にある割烹料理のお店で、披露宴が催された。「おめでとう」と皆から祝福されて、小林は泣いていた。戸籍は松村が小林の籍に入ったのだが、対外的には苗字を変えていない。結婚後の新婚旅行は、ヨーロッパだった。冬のヨーロッパ旅行はリーズナブルだったし、小林が長年住んでいた町に行ってみたいと慎吾も思っていたからだった。海外に行くと小林の語学力に舌を巻く。懐かしそうに、ムール貝や生カキを食す。はじめて、慎吾はかたつむりを食べた。ニンニクがきいて美味しかった。そして、イギリスで意外なことをたのんできた。「お願いがあるの。私たちの子どもが欲しいの。成功するかどうかは、わからないけれど、チャレンジしたいの」と言われても慎吾は難色を示した。「もう六十歳だよ。できるはずがないし、犬や猫を飼っても、最後まで面倒を見てやる自信がないんだよ。もらい子だって、自分の年を考えると、ちゅうちょするだろう?」と言うのも聞かずに「実は、私、若い時に卵子を冷凍保存しているのよ。絶対に結婚しないと言っていたので、親たちが将来のために、その当時は珍しい試みだったけど、親が安心するならと思って。それを思い出して、連絡してみたら、できるって」と不安そうに慎吾の顔色をうかがいながら言う。「そんなの、無茶だよ」と言うのを制して、「こんなに若々しく元気になったんだから、百まで元気だったら、子どもも四十歳よ。松村君の、ご両親が亡くなったのと同じ年じゃあない?もっと言えば、どんなに若くても、いつ死ぬか、わからないでしょ。ありもしない未来におびえて、夢をあきらめるなんて嫌。松村君が嫌なら、私が一人で育てるから、お願い」と真摯に頼まれると、もう断れなくなってしまった。今を生きる。やりたいことは、何がなんでもやるのが小林のすごい所だ。病院に行く。流ちょうな英語で、医師と話をしている。慎吾は別の部屋に入れられ、官能的な写真やビデオを見せられ、自そくするように言われた。全然、その気になれなくて、困惑していたら、部屋に小林が入ってきて、裸になって抱き合った。「ごめんね。わがままばかり言って。でも愛してる。あなたの子どもが欲しいの。こんな気持ち、はじめて。もっと早く再開できていたらよかったのに」と甘えて、やさしく愛撫されて、無事精子は採取できた。お金はずいぶんかかるようだったが、小林の卵子に慎吾の精子が入れられて、代理母の子宮に入れられるらしい。成功するかどうかは、後日連絡があるそうだった。小林がヨーロッパ旅行を強行したのは、これが目的だったのだと慎吾はおそれ入った。お金持ちの考えることは、一般市民の慎吾には想像もつかない。それでも、驚きながら、楽しんでいる自分が意外だった。『どんな子どもが生まれるのだろう?』と想像するだけで、ワクワクしている。『どうにかなる。今までだって、どうにかなった』と、いつもののうてんきな自分に笑えてきた。「何を笑ってるの?」と怪訝な顔をして小林が尋ねる。「いや、ぼくにそっくりな女の子だったら、かわいそうだと思って」と言うと小林も爆笑していた。「大丈夫。私に似た男の子に決まってるから」と自信ありげに言う。二人には、まだ見ぬ子どもとの幸せな家庭の映像しか思い浮かばなかった。帰りの飛行機の中で「松村君の、そんな所、好きよ」と小林は、小声で言って、ブランケットをかぶって寝息を立てていた。小林の寝つきの良さには、いつも感心する。さっきワインを二本も空けたのが効いたのだろう。お酒に弱いくせに、飲みたがる。そして、すぐに眠ってしまう。そんな無邪気な小林がかわいいと思った。未来は想像もしない方向へと、どんどん進んでいく。小林と再会して一ねんも経っていないというのに。帰国したら、もう年末。数日したら、新しい年になる。二千十八年は波乱万丈だったが、すばらしい年だった。慎吾が今まで生きてきた六十年間で、最も美しい、まるで黄昏時の空のような感動的な一ねんだったと思う。横で眠っている小林の手にそっと自分の手を乗せる。『ずっと、こうして手と手を握り合っていたい』と願いながら、感謝していた。



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