(第十七章 川口美奈子の転機)
小林由美子との出会いで、川口美奈子には、今まで果たせなかったグランプリを取って、施術者のトップに立てるのではないかという予感がしていた。久しぶりの大会への出場で、十年以上前の胸の高まりが蘇ってくる。予選の審査員の反応は、まずまずだった。きっと本選に残ることができるだろう。実際川口が見ても、小林の美しさは抜きでていたし、サイズも出ていてエステをする前と後の差も大きかった。半年前とは別人のようだと思った。自分も十二年前に、このエステの大会に出て、楽員特別賞をいただいた。サイズは八十センチには届かなかったけれど、見た目は驚くほど変わった。その当時は、まだ三十五センチという数字を出すだけでもたいへんだった。ここ数年は百センチ越も特別感はなくなったが。当時は、百四十二センチを叩き出し日本一になった。それなのに、この年は、二百三十六センチが出た。文句なしでトップになった。この数字は、これからも誰にも破ることなどできない必殺的な数字だと思われていた。そもそも、そんな数字を出すには、かなりのおでぶちゃんを探さなければならない。川口と同じで医者からダイエットしなければ四十歳まで生きられない」と言われたモデルが、この時日本一の数字を出した。ボディメイクコンテストは美を競うコンテストだが、サイズダウンの数字だけで争う部門があった。予選で上位十組が本選に出場できる。そこから本選まで数字を、できるだけ出す。予選ですでに百四十センチを出していたので、ほかのモデルは三位入賞を目指してギリギリまでチャレンジする。このトップの二百三十六センチで日本一に輝いたモデルは、今までどんなダイエットも失敗し続け、リバウンドでますます太ってしまったらしい。親たちからも、懇願されるほど、内臓脂肪や各種検査結果がひどくて、リンパエステが最後のとりでだと期待されていたらしい。しかし、本人が成功体験を持たず、最初の二か月は心理療法から始まった。先生との信頼関係がなければ、途中で辞めたり、数字が伸びなかったりする。本人がダイエットできると信じなければ、いくら先生が頑張ってもらちがあかない。週に一度や二度施術しても、毎日のケアをするのは本人なのだから。食事にだって気を使ってもらいたい。水を充分取ってもらえないとリンパは流れない。食べないとか毒のようなサプリで体重を落としても、健康で若々しい肌にはならない。バランスよく食べて、体を温め汗をしっかりかいてデトックス。皮脂腺からしか出せない化学物質や汗と息に分解されるセルライトが施術によって消えると体が軽くなる。皮膚も活性化し、若々しく蘇る。美しくなるだけではなく、抱えていた疾病までも、いつの間にか改善することも多い。美と健康、同時に手に入れることができる。体を壊す、ダイエット(死に近づく)のではない。そのうえ、時間も、あまりかからない。二か月から半年もあれば、見違えるほど変わる。何をしても痩せられなかった川口も、初めて痩せて美しくなることができた痩身方法だった。しかし、同窓会で、あの全生徒の憧れの的の小林由美子が、あんなに醜く太って見る影もなかったのには驚いた。まさに運命の瞬間だった。中学時代に醜く太っていた自分のことなんて覚えてもいないだろうと思っていたのに。松村君がつないでくれて、エステに興味を持ってもらえた。川口のサロンを訪れた小林はすぐに会員登録し、その日からダイエットの施術を受けた。冷え性だったので、手足は、いつも冷たかった。体温も低く、がんになったらひとたまりもない数値には驚くばかりだった。サイズも、充分大きかったので、百センチ越ができるのではないかと喜んでいた。途中までは順調に数字が出ていたのに、八十センチからは数センチしか落ちなくなった。もとより、忙しすぎて施術できる日も少なかった。それでも、どんなに遅くなっても、小林は決まった時間に現れ、自分ケアは毎日頑張っているのが皮膚感でわかった。あの全校生徒が憧れていた生徒会長だった小林の肉が薄くなることで蘇ってくる。「三月には東京で松村君に会うから。驚かせてやりたいのよ。間に合う?」と聞かれて、少し嫉妬を感じたが、それをおくびにも出さずに笑顔で「じゃあ、今日は少し温める時間を延長しましょうか?」とアドバイスする。松村君は、学生の頃から小林さんに憧れていた。それを本人は知らないのか?自分が松村君のことを好きだったことも小林は気づかないのだろうか?いくら細くなっても、小林の華やかさには遠く及ばない。しかも、昔のような若々しさとスリムなボディを手に入れたなら、川口なんて出る幕などないだろう。しかし、このたぷった皮膚を透明感のある若々しい張りのある姿に戻したかった。もう一度、あの美しい姿を見たかったのは川口本人だったのかもしれない。そんな苦悶の日々を乗り越えることができたのは、エステティシャン魂があったからだろう。プロとしての責任が、誠心誠意小林と向き合うことで一皮むけた気がした。日本一のエステティシャンになりたかった。エステをしている時が一番自分も癒されている。前世でも、きっと同じようなことをしていたと思う。手が体の節々を触るだけで、詰まりや悪い所がわかる。それが、ほどけて綺麗になると嬉しくなって、やめられない。相手の体が変わっていくのが楽しくて仕方ない。どんどん綺麗にスリムになってくれると、誇らしい気分になれた。その境地は、たかが男を取り合うなんてばからしいほどの充実感があった。いつの間にか松村君の恋が実ることを願うようになった。それは、ずっと独身でたぶんバージンのまま松村君を忘れられないでいた小林が気の毒で、応援したくなったからだ。誰のために綺麗になりたいのか?それは、きっと松村君のためだと思う。毎回、松村君話題のが出てくる。ただ、共通の知人だからという理由で話に出るのではないことくらい川口にもわかる。こんなに純粋で素直な麗人を愛さないわけがない。体に触れ、心を感じているうちに川口も小林のことを好きになっていた。「一緒に東京でサロン経営しましょうよ。資金なら私が用意するから。川口さんの、その技術が、いえ心のこもった施術が好きなのよ。一緒にするなら、あなたのような綺麗な心の人と組みたい。考えておいてくれる?」と小林は何度も口説いてくれた。自分の能力を認めてくれる、この人と一緒にエステができたら、どんなに幸せなことだろうと思った。一緒にコンテストのコスチュームを選びに行く。ポルシェに乗って、おしゃれなカフェやレストランにも連れて行ってもらった。「私、友人がいないの。川口さんが、初めて。一緒にショッピングしたり、食事に行って、とりとめない話をして笑い転げる。ずっと、夢だったの。ありがとう。」と小林は満面の笑顔で楽しそうに言ってくれた。フォーリーブスと言われて、醜く歪んだのは顔だけではなく心までだった自分に、誰もが憧れるマドンナの小林が付き合ってくれるだけでも奇跡なのに。一緒にいるだけで世間はみんな、やさしかった。会う人みんな、好意に満ちていた。施術して、癒され、豊かにしてもらったのは自分の方だと思った。女であれ、男であれ、信用できる人間と共に生きることができるなんて、一番の幸せだと思う。裏切りや、他人の陰口、試練とたった一人で耐えてきた。誰も信じられない寂しい自分が慟哭していた。自分を大切にしてくれる友と出会いたいと。「川口さん、本当にありがとう」と小林は涙を流してくれた。『お礼を言うのは自分の方なのに。』と言いたかったが、言葉の代わりに涙があふれてとまらなかった。『これからも、ずっと一緒にいてほしい。エステでたくさんの人を笑顔にしたい。そして、何より小林の恋が、実りますように』と心から願う。




