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(第十三章 オリンピックのために変貌する東京にて)

東京は2020年の東京オリンピックで地価が急騰していた。特に品川あたりの賃貸料はうなぎ登り。羽田空港に近く、また新しい路線が出来るそうで、今まで住んでいた人も他の所に引っ越したり、物件が上がるのを見込んで投資目的で買う人もいるようだ。マラソンが見えるマンションの人気は高く、地方からそのために引っ越して家族や親戚を招いて観戦するのを楽しみにしている人もいる。(まさか、マラソンが北海道で行われることになるなんて考えもしなかった。その上、コロナウイルスの世界的な脅威で、1年延長になった挙句、無観客で行われることになるなんて、誰が想像しただろう。)想定外のことが起こるので、不動産も投資もバクチと同じだ。それはさておきオリンピックが決まった年から、東日本大震災のイメージを払拭し、未来に期待して国も東京都も一丸となって夢を膨らませていた。次々にマンションが建ち、東京駅周辺や渋谷駅あたりも工事ラッシュで、どこもかしこも人で混雑していた。外国人も多く、下町情緒も何もあったものじゃない。老舗のお店も外国人に占領され、駅前の立ち食いそばも外国人が並んで食べている。新宿あたりも朝まで眠らない町というのは変わらないが、終電後でも近くのホテルに泊まっている観光客らしい外国人で賑わっている。東京オリンピックまでに競技場も一新しなければならないのでコンペが行われたが、決まった業者やデザイナーにケチがついたり、不穏な影と邪魔をするような風評が流れ、皆がひとつになって頑張る空気が何度もそがれている。

古くなった首都高速や地下道の見直し、土木建築ブームで区画整理など町の風景が変わりつつあった。オリンピックまでは建設ラッシュで好景気だが、どこの国も終わった後は経済が衰退するとも言われ、不透明な時期だ。情報が沢山入って来るのでフェイクニュースに惑わされ、せっかくのスポーツ精神も茶番劇のように報道されたり、急な茶々が入り、せっかく時間と費用をかけて作られたものも不要な産物になったり。世界から訪れる観光客を招くために、膨大なお金を東京都民の税金で負担させられるとあっては、手放しで都民も喜べない。沢山の海外旅行者を見込んでホテルも一気に建っている。反面、地震や震災が日本のあちこちで起こり、防災意識も高くなっている。繁栄と破壊。古くなったものを一掃し、無機質なお洒落なビルがどんどん立ち並ぶ。東京は何百年も続く日本の中心地だ。全ての省庁が霞が関に集中していることも問題視され、文化庁が京都に、経済産業省が大阪にとか、地方分権にしようとする動きもある。東日本大震災で東京も様々な打撃を受けた。東京に本社を置いている会社が大阪に避難していたこともある。東京に大きな震災があれば、日本の機能が停止する。その危機感を痛感した国のトップが下した方法だが、日常が戻ってきたら、やはり会社も東京に戻ってしまった。危険を感じつつも、いつ起こるかわからない事故や災難に怯え、田舎に引きこもるわけにはいかないのだ。どれだけコンピューターが進んでも、デジタルの時代になっても、すぐ集まれる利便性には勝てない。人口の集中するところで経済は動く。仕事も夢も沢山あるのが東京だから。一度住むと、リタイアしなければ離れがたい町でもあるから、まだまだ地価は高いし、賃貸料も高い。

佐竹と数社の不動産会社を回り、物件を見せてもらったのは2月末の寒い時だった。「東京は毎日お祭りでもあるんかいな?人混みで、どこもかしこも混雑しすぎやなぁ」とウンザリしながら道玄坂を下っていた。「この近くに安くて美味しい台湾料理屋さんがあるので、ちょっと一杯やっていきませんか?」と言うと、「台湾料理って中華とちゃうんかいな?疲れたから今日はこの辺でおしまいにして飲みに行きたいと思っとったからちょうどええわ。連れてって」と一日一緒に動いたせいかお互い遠慮もなくなり、ざっくばらんに話ができるようになった。最初は仕事もできる堅い人かと思っていたが、小林の父親に認められ丁稚奉公から番頭さんになったという昔堅気の人だった。笑うと可愛いし、東京は初めてのようで緊張していたのだと言う。台湾料理も気に入ったようだ。本格的な腸詰めやビーフンに感動して追加オーダーしていたが、パクチーは苦手なようで顔が曇っていた。中華料理は神戸元町中華街が有名なので、よく食べているようだが台湾料理は行ったことがないらしい。大げさに驚いたり喜んだりするので、一緒に飲んでいて楽しい。よく食べるし、よく飲む。ビールから紹興酒に変わる頃には顔が真っ赤になっていた。

「由美子お嬢様も一人っ子だから可哀想に、会社を守らなあかん。責任感が強いのは父親譲りやな」と言って目を細めて愛おしそうな顔をしていた。「佐竹さんは結婚しているんですか?」「いや、初恋の相手が忘れられんかったから仕事と結婚したようなものやな」と言って笑った。「松村さんは、お嬢様の初恋の相手だったというのは本当の話なんですか?」急に標準語でしゃべるので思わず笑って否定する。「高嶺の花ですよ。昔から」「確かに」と言ってしばらく沈黙があった。

「ちょっと気になっているんですが、佐竹さんは神戸が出身なんですか?」と聞いた。何となくイントネーションというか、関西弁でも神戸の方ではないのが気になったからだ。「いやいや、大阪のミナミの方ですわ。神戸のなんや格好つけたがるん苦手なんやけど。大阪商人の商魂たくましい所を前の社長さんに気に入ってもろて、片腕として抜擢されたもんやから頑張って、婚期を逸してしもうたわ」と酔いが進むほど、ベタな大阪弁が流暢になる。

渋谷はどこに行っても人でいっぱいだが、特にこの台湾料理は人気があり超満員だ。そんな店内を見渡し、佐竹は苦々しく言う。「何で、こんなうるさいゴミゴミした町に会社を作りたいんやろ?決めて来て欲しいと言われても、ようわからんし、お嬢さんの夢も何回聞いても理解できん。もうトシやからな」と言って紹興酒を一気飲みした。

「次は銀座で飲み直しましょうや」と言って立つので「いや、銀座では知っているお店がないんで、やめときましょう。変なお店に入ったらぼったくられるのがオチですから」と言って、2軒目は神泉にある小料理屋に連れて行った。道玄坂からは歩いてでも行ける。井之頭線で1駅の神泉は有名アーティストも住んでいるみたいで、芸能人がお忍びで行く隠れ家的なお店が多い。渋谷と違い、こじんまりした一軒家があったり、関西では見ない野菜を売っている八百屋があったりと味のあるところだ。

常連さんしか入りにくそうな、こじんまりしているお店の戸を開くと「いらっしゃいませ」という、明るい年配の女性の声がした。松村の顔を認めると「まぁ、お久しぶり。元気そう」と着物姿のママさんが目を細めて微笑した。「石川さんも先月でしたか息子さんといらして下さったのよ」と言うので仕事仲間の現状がわかって、しばらく昔の思い出話に花が咲いた。佐竹も楽しそうに話に入ってきて、和気あいあい、魚に舌つづみを打った。

関西にはない金目鯛や子持ちにしんなどなど。初めて食べる油ののった魚に大げさに喜ぶ姿は好感が持てた。仕事があるというのは嬉しい事だ。久しぶりの人に会っても「今、何してるの?」と聞かれて話すことがあるのが誇らしい。「元気そうにご活躍、良かったわ」とおかみさんが包み込むような笑みを湛え、珍しいセコガニを2代目で頑張っている蔵元の純米酒と共に出してくれた。

「東京でセコガニなんて珍しいね」と言うと「関西では冬にカニを食べるのが贅沢だと以前教えてくれたのを思い出して、市場で見つけて買ってきたんだけど、食べ方がわからなくて実は困っていたのよ」と言うので、外子を外し、器用に手で身と玉をさばいて「一口食べてみますか?」と勧めた。

「器用なもんですな」と佐竹が感心していた。「田舎が日本海の方でしたから、セコガニはおやつみたいなものでしたから」と言うと、おかみさんが「初めてだけど、卵美味しいわ」と目を細めて舌づつみを打っていた。小さなカニの足の身を歯で器用に取りながら、お酒を含むと日本海の潮騒の香りがした。

「まさか今日、信さんが来られるなんて何て偶然かしら」などと言われると、若い頃に戻った気がした。「信さんはモテてたから、いつも綺麗なお嬢さんを連れていらしたのに、ずっと独身でいるなんて、もったいないわね」とのリップサービスに佐竹が「隅におけませんな」とニヤニヤしている。

「でも、東京にもこんなええお店があるんやね」と上機嫌。いささか飲み過ぎたが、領収書があれば経費で落とせるからと全額払ってくれた。バブル全盛な時は、接待でよく使っていた店だ。こじんまりしていて、ゆっくり話したい時は使っていた。たまに芸能人も来ていたが、それで特別扱いするわけでもなく、客もどんなに有名なタレントでも騒ぐような人はいなかった。

急激に変化する東京の波に、この小さな店も地上げ屋の標的になり存続も危ぶまれていること。おかみさんも若く見えるが後期高齢者なので、いつまで続けていけるかどうかわからないということなどなど。積もる話に花が咲き、久しぶりに本当に楽しかった。小林が東京オフィスで働くようになったら、一番に連れて行きたいと思っていたお店だ。



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