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(第十一章 ラブチャンスはビジネスチャンス?)

次の日、早速小林から電話をもらった。待ちきれず、朝食後にホテルへ行ってもいいかという問い合わせだった。もちろん、これという予定もないのでウェルカムだった。

1階のロビーでチェックアウトしてカフェでモーニングのバイキングに行った。朝食に2000円とは日常ではない贅沢だったが、ネットで予約したら付いていた。小林が来るまでに食事を終わらせようと、山盛りのサラダやベーコンや卵料理を載せ、和食で目に付いたものを大皿に取ってテーブルに運ぶ。ごはんもパンも味噌汁もコーヒーもごちゃまぜ。好きなものを好きなだけ食べる。体が大きいので何回もお替わりをした。食べ放題というと、つい食べ過ぎてしまう。何歳になっても強欲なことだと思う。

好きなものが目に付くとまた取って、飲み物を取りに行くのも忘れて食べる。味噌汁やだし巻き卵や鮭に納豆、肉じゃがやひじきにきんぴらごぼうなどなど、やっぱり和食がいい。何だか何年も、こんなちゃんとした朝食を摂っていなかったような気がする。一人暮らしは毎日できるだけシンプルに。できればゴミ出しも面倒くさいので、ファーストフードやカフェでモーニングを頼み、昼食用におにぎりやカップ麺、たまにお弁当などを買って帰る。朝も毎日10時くらいに食べるので、自然と昼食もずれ込む。夜、近くの定食屋か牛丼かラーメンを食べて飢えをしのぐ。ネットやテレビを見て過ごす毎日は、平穏だが何もない空白の時間。何かすることがあるということは何と幸せなことだろう。

もとより社交的な性格なので、毎日通うカフェや食事処でも顔見知りができるが、差し障りのない会話は泡のように形もなく消えて印象的なことは何もない。健康のことか老後や家族のことなどなど。たわいもない話でも、よく顔を合わせ声をかけられると親しみが湧く。だから、特別孤独というわけではないが、心の中にある焦燥感が自分をせき立てる。今なら五体満足、何でもできる。でも、あと5年後は? 一人ぼっちで何もしないで、こうしてコンビニで飢えをしのいで、ただ死ぬまで生きていくのか? まだ60歳というのは若い。友人たちを見ていると、何か新しいことをやろうとしているが、リスクが高くて、せっかくの退職金をはたいてまでやりたい仕事があるわけでもない。結婚していないので、誰かのためにとか、頑張る必要もない。ひとりぼっちで誰からも必要とされず、いつかは介護の世話になるしかないのだと思うと情けなくなる。今からでもお茶飲み友達でも作るべきかと思ったりする。男の一人暮らしというのは本当に孤独なものだ。

お腹がいっぱいになってコーヒーをお替わりして飲んでいると小林が声をかけてきた。「もう、朝食は済んだ?」「小林は?」と聞くと笑顔で「済ませて来たから、ちょっとドライブに行かない?」と笑いかけてきた。お腹いっぱいだったが、小林の後について駐車場に降りて行く。太っていて面影もないと思っていたけれど、声や仕草や目を大きく見開いてしゃべる様子に昔の小林が見え隠れする。

駐車場にはポルシェが止まっていた。「ベンツとか、もっと頑丈で乗り心地のいい車にしたら?と言われるのだけど、どうしてもこのフォルムが好きなのよね」と言った。「松村君運転する?」と言って鍵を渡してきた。「男を助手席に乗せて運転するのって嫌いなの。なんかビジュアル的に美しくないと思わない?」素直に鍵を受け取って座席を少し後ろに調節してアクセルを踏む。こんなに低い車体を運転するのは久しぶりだ。学生時代RX7に憧れ、友人の車を運転させてもらったことがある。

若い時は、スピードを出すために軽くしているボディも、地べたを這うような振動もカッコいいと思っていたが、この年になると居心地が悪い。やっぱり日本車の方が優れていると思う。しかも東京にいると車はいらない。駐車場代も高いし、道路も渋滞していて時間がかかってしまうからだ。しかし、神戸は逆に車がなければ不便で仕方ない。山と海が見える素敵な町だが、坂が多く自転車やバイクでの移動が難しいところが多い。大阪神戸間も阪急と阪神、JRと3本の電車が通っていて、東西の移動は便利なのだが、北上するとか南下するには車でないと行けない所が多い。芦屋の芦有道路の上や六甲山なども車がなければ行くことはできない。

しかも、お金持ち程、不便な山の上に住みたがる。大学時代の恋人たちは、ヤナセで買った外車で山の中にあるお洒落なカフェでよくデートしていた。青春の思い出に懐かしさが込み上げて来る。

「どちらまで?」と聞くと、「須磨までドライブしようか?」小林が言った。学生時代、ドライブと言えば須磨か六甲山と相場は決まっていた。山下達郎をかけて須磨までドライブ。こんなスポーツカーで、憧れの小林を助手席に乗せて。青春が蘇ってきたような錯覚に陥る。 

あの海辺のカフェは、まだ健在だろうか?ウエザーリポートというアメリカンスタイルのお洒落なところだった。もう少し先、垂水にあった「増田屋」という寿司屋はまだあるのだろうか?昔、寿司というと贅沢で学生には敷居が高かったが、そこはリーズナブルでお腹いっぱい食べることができた。300円くらいで、贅沢なにぎり寿司のお土産も買えたので、実家にもよく買って帰っていた。青春の切ない想い出が詰まっていた。

小林のナビどおりに行くと、海の見えるカフェに着いた。ウエザーリポートは明石大橋が出来て無くなったそうだ。ちょっと寂しい気がした。

小高い場所にあるこのカフェは、窓から海がみえるのだと小林は言っていたが、店内に入ると潮の香がしてきた。顔見知りらしいマスターが、「いつもの席」と言っただけで一番奥にあるカウンター席に案内してくれた。テーブルは窓添いに10席しかなく、ほとんど埋まっていて、一番端にある3席しか空いていなかった。窓の外には一面の海が、眩しい程にキラキラ光っている。「学生時代よく行っていたお店は、無くなってしまったけど。海沿いに2号線を走っていると、あの青春の日々が帰って来た気がして、胸がキュンとするの。このカフェは最近見つけたの。」と小林は照れながら言った。「ここのランチも美味しいのよ。たまに一人でゆっくりしたい時、ここまで来て海を見ながら食事をすることがあるの。でも、若いカップルばかりなので、居心地は、あまり良くなくてね。」

確かに、60歳の人が好んで来る場所ではないようだ。ただ、カウンター席から見える海の美しさといったら。恋人同士なら、きっと夜まで眺めていられることだろう。

震災があって、三ノ宮も芦屋も、どことなく違う。行きつけのお店もなくなり馴染みの人もいない。なのに、この海辺のカフェから見る風景は昔のままだ。きっと小林は、あの20代の青春の頃から時間が止ったままなのかも知れない。一緒に、この眩しい海を眺めながら未来予想図に夢膨らませていた相手のことでも思い出しているのか?それが証拠に小林の瞳は夢見るような少女の目のように潤んでいた。声も甘く、優しく女らしい色気さえ感じられた。昔の恋心がキュンと痛んだ。

店内にかかっている音楽は馴染みがないものばかりだが、今の若者なら知っているメジャーな曲ばかりなのだろうと想像した。若いカップルばかりの店内で60代の二人は場違いのような気がして居心地が少し悪かったが、そのうち慣れた。自分たちが若返った気がした。

「松村君は仕事はしないの?」と小林は聞いてきた。「リタイアしたてだから、色々さがしているけれど、なかなか難しいよね」と言って苦笑した。

「私は2年前母を亡くして、いきなり父の遺した会社の代表取締に抜擢され、てんやわんやだったわ」「家業を継いだと皆が噂をしていたよ。大変だったね」「父が10年前他界して母に泣きつかれて帰国して、家業を手伝っていたから、そうでもなかったけれど、女では乗り切れないことも多くてね。父の弟が母の相談役として色々助けてくれていたのだけれど、その叔父も6年前に亡くなってしまって。会社をたたもうとしたら、母が往生際が悪くてね。父と築いた会社だけが生きがいだったみたいで。私も結婚しなかったし、孫も見せてあげられなかったから」と、寂しそうな目で遠くを見つめている。

少しの沈黙があって、信吾が「天涯孤独なのは一緒だね。でも、引き継がなければならないものがあるというのも少し羨ましい気がするよ。僕も20年前に父が脳梗塞で倒れて、その看護していた母の方がガンで急死したかと思うと、すぐに父も亡くなってしまって。一人っ子だったから、家やお墓を守らなきゃと思って奮闘したけれど、会社は東京だし、ほら、独身だから家族がいるわけじゃない。子供もいないし、僕で松村家も終わる時がきたなと諦めて、家も処分してお墓も買わずに永代供養にしたらスッキリ。何も持たないと言うのは気楽だけど、生きる張り合いはないような気がするよ。よく頑張っているね。尊敬するよ」と言うと小林は悲し気な目をして僕を見た。何も言わず運ばれてきたコーヒーを飲みながら外を見つめ眩しそうに微笑した。「松村君は全然変わらない」と小林が言う。「そうかな。そんなに若く見える?」「そうね。輝夫よりはずっと若いかも」

「あー、確かに。久しぶりに会ったけど学生時代の面影が全然なかったのには驚いた」「いいお爺ちゃんになったって感じでしょ」と言って2人で哄笑した。そのおかげで、2人の間にあった見えない壁のようなものが吹き飛んだ。「ねぇ飲んでもいい?」「どうぞ。」「いつも、運転して一人で来ていたか飲めなかったの」「いいよ。好きなだけ飲むといい。今日は僕が運転手をして送ってあげるから」「松村君は?飲みたかったら別のお店に行ってもいいけど。」「ここで飲みたかったんだろ?僕は、小林オススメのランチにしとくよ」「えー。もうお腹空いたの?」「育ち盛りかな?体が大きいからね」そう言って小林にはカシスオレンジと生ハムを。そして、小林おすすめランチを一つ頼んで再会を祝し乾杯をする。「こうしていると学生時代からワープしてきたみたい」小林はよく飲んで笑った。

「松村君は何時の新幹線を取っているの?」「実は、まだどうしようかと迷っているところなんだ。」行きたい所があるわけでもないけれど、関西に来るのは久しぶりだし、大阪や京都なんかも行ってみようかと思っている。別段、東京に帰る急ぎの用があるわけでもないしね」と苦笑した。小林に比べ平凡過ぎる自分の境遇が少し恥ずかしいような気がしていたのだ。「そうなんだ。何だか羨ましいね」「なぜ?」「だって、自由だもの。私は、これでもコーディネーターとして海外で重宝されていたのよ。結構テレビ局からのオファーも多くて、有名人とも交友があったし、仕事も充実していて毎日楽しかったのに。親が亡くなったら呼びもどされて無理難題。母を棄てる勇気がなくて、これまでずるずる家業を継いで女社長と、もてはやされて。そりゃ30名位の中小企業だけど、社員の生活は守ってあげなきゃならないし。誰かに会社を譲って後を継いでほしいけれど誰も経営者の器ではないし、ましてやリスクを負わなければならない社長のなど誰もなりたがらない。母が生きている時は、まだ母のためにと頑張れたけれど、最近は何のために頑張っているのかわからなくなって。なのに仕事は毎日追いかけて来る。ここ数年、旅行も好きなこともできていない。もちろん一緒に行ってくれる友達もいない。ほら、海外が長かったせいで、日本に親友らしき人がいないのよ」と、カクテルをもう一杯頼んで、ほっと息を吐いた。

「自分が60歳になる時を想像したこともなかったけれど、もっとお爺さんでヨボヨボで病院か施設にいるかと思っていたのに、何も変わらない。高校生の頃から精神年齢は特に」と言って笑うと、小林もつられて爆笑した。「本当ね。私は随分オバチャンになったけど、松村君は全然変わらないね」と言って。「小林も全然変わらないよ。あの頃憧れていたマドンナのままだ。」

「嘘ばっかり。これだから、松村君は女性に人気があるのよね。でも、嘘でも嬉しい。日本の男性って、そんなリップサービスが下手なものだけど。それで、何人の女性を落として来たのかしら?」と意地悪そうな目をして、こちらを上目づかいで見る。

2杯目のワインを飲み干して、ほんのり頬がピンク色に染まっていた。「実は私お酒弱いの」と言って眠そうにまばたきをする。「家まで送るよ。芦屋だったっけ」そう言って立つと小林も席を立とうとして少しフラついた。「大丈夫?」と言って支えると、豊かなウエストの肉が気になった。ふくよかな体が、青春の思い出を汚した気がした。会わなかった年月と60歳という年齢が、現実味を浴びて感じられる。レシートを持って払おうとする手を遮って「経費で落とせるから」と言ってお金を払おうとする。「女性にお金をはらってもらうのは、やっぱり抵抗がある。ここは僕に払わせてよ」と言い、「上様で領収書下さい」とカードを切る。  

車に乗ると小林が「ごちそうさま」と小声で言った。「ごめんな。男はカッコつけたがり屋なんだ」と言って領収書を小林に渡して「良かったら使って。決算月には役に立つかどうかわからんけど」と関西弁で久しぶりに言ってみた。「ありがとう」と言って手にもったままのサイフの中に領収書をしまった。経営者なら、交際費で落とすこともできるだろう。そんなに高い金額でもなかったが、さすがに経理も見ているだけあって経済観念は発達しているようだ。あの頃のお嬢様ではない。「何か話が、あったのでは?海を見ていたら、そんな話をする気が失せてしまったけど」と言うと、「本当に。お酒を飲んだら、ビジネスの話なんか野暮な気がして、ごめんなさいね」と小林は下を向いた。

三ノ宮まで帰ったところで「次の信号を右に曲がってくれる?」言われるままに車を走らせるとビルが立ち並んでいる広々としたところに出た。「ここが会社なの。」駐車場に入ると小林の顔がいきなりビジネスモードに変わった。受付の女の子も丁重に挨拶をする。ワンフロアの営業部に入ると部長を呼んで社長室に入る。カジュアルな格好をしていたので少々バツが悪い。社長室に入ると秘書らしき美女がコーヒーを入れてきた。ウエッジウッドのストロベリー柄のカップは小林らしい選択だ。

しばらくして佐竹部長がやってきて名刺を渡された。「来年、東京支社を出すことになって、佐竹部長が東京進出の責任者で今動いてもらっているのだけれど、東京は土地勘が無くて困っているの。物件も色々不動産会社が言ってくるけれど、周辺状況もつかめないし、松村君は東京長いから教えて頂きたいの」「そういうことなら友人にも不動産関係のプロがいるから聞いてあげるよ」「佐竹部長が来月東京出張するから案内してもらってもいいかしら?もちろん、お礼はちゃんとするから。」

「東京支社の取引先や、東京進出する目的、海外に行く頻度とかによって良い物件かどうかは決まるので、もう少し内容を教えてくれたら助かるよ。僕も何度か引っ越ししたけれど、東京は広いし、地下鉄や交通機関も複雑で新しい路線も色々出来ているけれど、地図で近いと思っていても行きづらい所もある。社員の通勤環境だって考慮に入れないと経費ばかりかかるようになるよ」と言うと、「3月には決めてあげないと皆の転勤や新入社員の募集要綱にも入れたいし。6月には進出したいから来月には物件周りをしたいわね」と小林が言うと、「承知しました。松村さんと情報交換して来月にでも物件の見学がてら、東京の関係会社を回って挨拶して参ります」そう言って部長はそそくさと現場に帰った。「優秀なんだけど愛想がなくて。とてもできる男なんだけど、女が社長というのは気に入らないみたい。私としては東京支社で、新規事業として昔の人脈を生かして新たなことにチャレンジしたいの。本社は父の頃からやってくれていた社員に任せて、いずれ新規事業がうまくいけば、この会社は譲ってあげてもいいと思っているの。私も子供がいるわけでもないし、同族会社でやっていく時代でもないでしょ」と小林は言う。「何がしたいの?」と問いかけると、「ここから脱出できれば何でもいいの。自分を取り戻したいのよ。松村君助けてくれない?」その真摯な目に見つめられたので、「僕の出来ることなら何でもするよ」と答えていた。

「来月佐竹部長と物件回りをしてもらって報告を受けたら一度東京に行くから」と約束を交わした。情報収集と物件周りのお礼のギャラや、それからの展開についての大まかなスケジュールを確認して会社を出たのは夜の7時を回っていた。

久しぶりにワクワクした。仕事があるというのは嬉しいことだ。しかも、誰かの助けになるなら、自分を頼ってくれるなら何でもしてあげたいと思った。堂々として見える社長としての顔と、はかなく消え入りそうな、けなげな女性の顔が見え隠れする。このギャップに戸惑い、本性を自分にだけ見せてくれる小林にほのかな恋心が芽生えたのを、まだこの時気付かなかった。



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