第四話 あなたと会えたから
拝啓
お母さん。
俺もこの世界でもう三年も経過しました。
身体の方も成長し、一人で歩いたり、他人と話したりすることができるようになりました。
あなたは今どうしてますか?
俺は最近こう思ってしまいます。
『俺がこの女の子の人生を奪ったのではないか』
そう思ってしまいます。
本来なら身体が生きる人生。
俺が勝手に奪い、そして身体が使うはずだった才能を俺が勝手に浪費しているのではないかと。
夜、鏡を見るたびに思うんです。
金色の髪も、整った顔立ちも、
笑えば周囲が緩むこの表情も、
全部、俺のものじゃない。
この子のものだ。
俺は、居候なのかもしれない。
もし、この子の魂がどこかにあるのなら。
俺を押しのけて、この身体を取り返したいと
怒っているのなら。
……それは、当然だ。
俺は一度死んだ。
だからといって、誰かの続きを奪っていい理由にはならない。
でも。
それでも、母さん。
俺は――消えたくない。
この世界で、初めて手に入れたんです。
力を。
可能性を。
そして、『特別』と呼ばれるものを――。
前世では、何者にもなれなかった。
誰かの記憶に強く残ることもなく、
何かを成し遂げることもなく、
静かに終わった。
それが怖かった。
また、あの「何者でもない」に戻るのが。
だから考えました。
もし奪ってしまったのだとしても。
この人生が本来この子のものだったとしても。
中途半端に後悔して、
力を使わず、流され、
また「何も成さずに終わる」方がよほど、この子に失礼じゃないかと。
俺は、この身体を使う。
この才能も使う。
逃げない。
奪ったのなら、最後まで背負う。
この子の人生ごと。
この家の運命ごと。
俺の罪ごと。
全部、俺のものにする。
母さん。
俺はきっと、優しい人間にはなれません。
でも、逃げない人間にはなります。
だからどうか。
どこかで笑っていてください。
あなたと会えたから、
俺はもう一度、生きることを選べたんです。
敬具 セラフィマ ヴァン ソルヴァティア
あぁ、くそ。
考えても全く意味がないのに考えてしまう。
書いても意味無いのに書いてしまう。
『俺』なのか、『私』なのか。
わからない。
でも、生きてやる。
背負ってやる。
そして、『普通とはさらばだ。』
―――
俺はゆっくり目を開ける。
今日も、この身体で生きる。
生の実感を受ける。
「セラフィマお嬢様、朝ですよ。起きてください!」
乳母さんもとい、メイド長のリリアの声がする。
朝なのに元気だな。
まぁ、俺も会社員時代はそうだったか。
「はい、起きておりますよ。どうぞ入ってきてください。」
俺は、自分で立ってドアを開ける。
メイド長は今日も元気に私の世話をしてくれる。
俺の服を脱がせ、体を拭き、そして洋服へ着替えさせる。
メイド長の手は、迷いがない。
慣れた動きで、俺の腕を持ち上げ、袖を通す。
その指先は温かい。
「少し冷えますね。昨夜は窓を開けておられましたか?」
「えぇ……少しだけ。」
本当は、月を見ていた。
鏡に映る自分から、目を逸らすために。
メイド長は何も聞かない。
ただ、そっと背中を拭う。
その仕草が、胸に刺さる。
――この人は、この身体を“私”として育ててきた。
俺ではない。
セラフィマを。
「フィーマ様は、最近よくお一人で考え込まれますね。」
手が止まる。
声は柔らかい。
けれど、逃げ場はない。
「三歳にしては少し賢すぎます。」
その言葉に、背筋が冷える。
気づいているのか?
それとも、ただの冗談か。
俺は笑う。
子供らしく。
完璧に。
「本を読むのが好きなだけです。」
沈黙。
次の瞬間。
「そうですか。」
それだけ。
否定も、追及もない。
だが、着替え終えたあと――
メイド長は俺の額に軽く触れた。
「どのようなお嬢様でも、私はお嬢様のお味方です。」
息が止まる。
“どのような”?
試されたのか。
それとも――。
分からない。
だが、その手は温かかった。
俺は、ゆっくりと頷く。
それでも今日も、この身体で生きる。
セラフィマとして――。




