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花と散るならこの場所で〜王都に散った花は、再び咲く〜  作者: ヒトガタナリ
第三章 五歳・逃走編
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第二十六話 見えなかったのも気のせいだった

眠ったはずだった。


なのに、目が開く。いや、違う。

――俺は、目を開けていない。


見えているだけだ。


身体の感覚がない。

立っているのか、浮いているのかも分からない。


ただ、“私”が、そこにいるのが分かる。


「――――」

声は、聞こえない。


ぼう、と。炎が揺れる。

遅れて、音が来る。


ガンッ、と。重い衝撃。

視界の端で、防壁が崩れた。


人が、倒れる。誰かが叫んでいる。

何を言っているのかは、分からない。

ただ、“死んでいる”のだけは分かった。


「……は?」

理解が、追いつかない。


王宮だ。

見慣れているはずの場所が、形を失っていく。


崩れる。

燃える。

壊れる。

その中心に、“私”がいる。


立っている。

逃げる様子もない。


「――なんでだよ」

声が出ない。

届かない。


“私”は、振り返らない。

ただ、前を見ている。

――のに。


ほんの一瞬だけ、視線がズレた気がした。

まるで、こちらに気づいたみたいに。



"私"の見る先に、誰かがいる。


見えない。

分からない。

――でも。


“あれは、ダメだ”

理由は分からないのに、そう確信した。


次の瞬間。

何かが、貫いた。


「――――」

“私”の身体が、崩れる。


ゆっくりと、糸が切れたみたいに。

膝が落ちる。視界が、傾く。床に、朱が広がる。


「……っ、」

声にならない。


触れない。

動けない。


ただ、見ていることしかできない。

“私”が――死ぬ。


それだけが、やけに鮮明だった。



―――



「っ、は」

息が戻る。


身体が、重い。

視界が、暗い。


天井だ。


「……夢、か」

小さく呟く。

やけに、喉が乾いている。心臓が、少しだけ速い。


夢だ。

ただの夢だ。


意味なんて、あるはずがない。


「……そうだろ」

誰に言うでもなく、呟く。


それでも。


さっき見た光景だけが、やけに頭に残っていた。


炎の色。

崩れる音。

倒れる“私”。


「……気のせい、だ」

言い聞かせるように、呟く。


――そうでもしないと、考えてしまいそうだった。



―――



「フィーマ様、おはようございます。」

リリアの声が朝一番に耳に響く。

その声は優しく、新しい朝を象徴するようであった。

 

「リリア、おはよう」

少し遅れて、言葉が出る。

ほんの一瞬だけ、さっきの光景が重なった。

そして、辺りを見渡す。

相変わらずだが、豪華絢爛な王宮ではなく、カビているように見える木の部屋だ。


「フィーマ様、本日もスラムの見学兼憲兵からの逃走をしますよ」

リリアは明るく振る舞って見せている。


俺はそのままリリアに支度をしてもらい、宿を後にした。



―――



路地は、相変わらずだった。

湿った空気。淀んだ匂い。

人の気配はあるのに、生きている感じがしない。


歩く。


コッ、コッ、と、一定の足音。


頭の片隅に、さっきの夢が残っている。


炎。

崩れる壁。

倒れる“私”。


「……ただの夢だ」

小さく吐き捨てる。


夢だ。ただの夢だ。

意味なんて、あるはずがない。

――そのはずなのに。


視界の端に、動くものが映る。


細い腕。小さな影。


「……っ、や、やめ――」

かすれた声だった。

足は止まらない。見る理由もない。

関係ない。

俺には関係ない。


そう思いながら――ほんの一瞬だけ、視線がそっちに向く。


チンピラが一人、少年の腕を掴んでいる。

もう一人が周囲を見張っていた。


ここではよくある光景だ。


リリアもデズモンドも気が付いていないらしい。

だったら――

いや、助ける義理もないか。

そう思う。

思ったはずなのに――。


俺は、足元の空き瓶を軽く蹴った。

乾いた音だった。

この場所には、妙に似合わないくらいに。


「……っ?」

男たちの視線が、一瞬だけ逸れる。


その隙に、少年の腕が振りほどかれる。

小さな影が、弾かれたように駆け出した。


「おい、待て!」

怒鳴り声が飛ぶ。


だが、もう遅い。

人混みに紛れて、すぐに見えなくなる。


「……ちっ」

舌打ちが一つ。

それだけで、終わる。



「……おい、今の」

デズモンドの低い声が落ちる。


「何もしていません」

即答する。


「そうか」

それ以上は、誰も何も言わない。足音だけが、また続いた。コッ、コッ、コッ、と。



「……関係ないですよね」

小さく呟く。自分に言い聞かせるみたいに。

――そのはずなのに。


呼吸が、ほんの少しだけ楽になっていく。



―――



「フィーマ様、明日王宮に帰ると言うことで支度をしましょうか」

リリアが、俺に歩調を合わせながら提案する。


「え、特に支度するべきものはないのでは?」

俺は当然にそう言った。

だってそうだから。来た時と同じく、持つべきものだけを持って帰る。それだけ。

それ以上に何が必要だろうか?


「フィーマ様、お言葉ながら申し上げます!」

リリアの声にはなぜか覇気がこもっている。


「例えば」とリリアは続ける。


「フィーマ様は今外出届を出しているとはいえ何日も帰っていない言わば家出状態です!なので何かお土産などを買うべきかと」

外出届なんて制度があったのか、と一瞬だけ思う。


「……必要ですか?」

そう返すと、


「必要です!」

間髪入れずに返ってきた。

やけに強い口調だった。沈黙を貫いていたデズモンドも困惑していた。


生まれた時からずっと一緒だったメイドに、こんな一面があったなんて知らなかった。

思い返せば俺は、『他人にどう見られているか』を考えすぎて他人の性格や仕草をしっかりと見たことはなかった。


俺は、少しだけリリア達に視線を向ける。


リリアはまだ何か言っている。

デズモンドは、いつも通り前を歩いている。


――今までと、何も変わらないはずだ。


そう思って、視線を前に戻す。


それでも。


さっきよりもほんの少しだけ、周りが目に入ってきた。

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