第十五話 ゴミ箱の再定義
俺の鎖が引かれた。
ガチャリ。
俺は舞台へと連れて行かれる。
扉が開いた瞬間、光が目に刺さった。
「さあ紳士淑女の皆様!」
司会の男の声が会場に響く。
「ここからが本日の目玉商品でございます!」
客席がざわめく。
酒を片手にした貴族。
値踏みする商人。
下卑た笑みを浮かべた男たち。
その中心に俺だ。
はっきり言って気持ちの良い物ではない。
ただただ、周りの観客が気持ち悪く感じる。
それだけだ。
司会が笑った。
「人族の少女!年齢およそ十二!」
客席がざわめいた。
「おやおや……」
「この顔……」
「貴族の子じゃないか?」
視線が、さらに鋭くなる。
司会は楽しそうに続ける。
「ですがただの少女ではございません!」
会場が静まる。
「魔力検査の結果――」
そこで言葉を切った。
「人族ではあり得ない魔力を秘めております!!!」
そうだとは思っていたが、実際に言われるのは初めてだ。
俺はやはり才能の塊らしい。
嬉しいような……
――いや、そんなわけないだろ。
会場が揺れた。
「スタートは――」
司会が声を張り上げる。
「五百ルクスから!」
その瞬間。
「七百!」
「八百!」
「千!」
値段が一気に跳ね上がる。
……人が。
まるで家畜のように。
俺は静かに息を吐いた。
まぁ、そうなるよな。納得だ。
だが――
俺の人生の価値が、今ここで決められている。
そう思うと、さすがに穏やかではいられなかった。
「二千ルクス!!!」
大きな声が会場内を響く。
デュフフという音が聞こえてきそうな、太った男が札を挙げた。
いかにも「ロリコン貴族です」と言わんばかりの顔だ。
え、ほんとに嫌なパターンだ。
絶対ろくでもない目に遭うやつだろ、これ。
「二千五百ルクスだ!!!」
イケメンが声を張り上げる。
まだこっちの方がマシだ。うん。
勝ってくれよ。頼む。
……あれ?
俺、いつから商品目線でいた?
普通におかしいからな。この状況。
リリアたちはなぜ助けてくれないの?まじで。
まぁ、最悪魔法でドカンという案もあるのだが、人が死にかねない。
俺のおてては綺麗なまま過ごしたいからなしだ。
「二千七百だ!」
ロリコン貴族が汚ねぇ笑みをこぼしながら張り上げる
「ええい!三千ルクス!!!!」
負けじとイケメンも声を張り上げる。
その時だった。
「七千ルクスです。フィーマ様」
会場がざわつく。
「……リリア!」
俺の顔がパァッと笑顔になるのを感じる。
安堵だ。
「七千ルクス!他には?」
司会が下卑た笑みを浮かべながら言う。
「い、一万ルクスだ……」
ロリコン貴族の方が札を挙げた。
一万ルクス。
それはこの国の国家予算と同等だ。
俺の価値としては申し分ないがオークションにかけられている身としては複雑だ。
「おっと!一万ルクスが出ました!過去最高額だ!」
司会が恍惚の表情を浮かべ、声を出す。
「三千万ルクス。」
リリアが札を挙げる。
会場が凍りつく。
「なに?」
「三千万だと…」
誰かが呟く。
そしてリリアが続けた。
「まぁ、払いませんけど。」
リリアは肩をすくめた。
「そもそも――」
ゆっくりと壇上を見上げる。
「フィーマ様に値段を付けること自体が、間違いですから」
その刹那、オークシャニストの首が宙を舞う。
遅れて血が吹き出す。
そして、血が地面へ落ちる。
――戦闘開始だ。
―――
「……は?」
誰かが呟いた。
「今……何が起きた?」
警備兵の一人が叫ぶ。
「ま、魔術だ!捕まえ――」
その言葉が終わる前に。
リリアが、視線を向けた。
それだけだった。
――シュッッ。
警備兵の槍が、真っ二つに落ちる。
遅れて。
兵士の鎧が、斜めに裂けた。
ガシャリ、と音を立てて崩れる。
誰も動けない。
リリアが珍しく声を張り上げる。
「さて、かかってきて下さる方いらっしゃいませんか?」
誰も動かない。
当然だ。
リリアは思い出したように言う。
「ああ、そういえば言い忘れていましたね」
「私――帝級魔術師です」
リリアが一歩前に出た。
魔力が、会場に溢れる。
床が軋む。
俺は叫んだ。
「リリア!もういいです!やめてください!」
俺は人殺しはしたくない。
リリアにもして欲しくない。
止まさせるしかなかった。
「フィーマ様は甘いですね。まぁ、そこがいいところなんですけどね」
リリアは小さく息を吐いた。
「ですが――」
ゆっくりと会場を見渡す。
「フィーマ様の前で、剣を向けた罪くらいは払ってもらいますよ」
その瞬間。
空気が変わった。
見えない圧力が、会場全体にのしかかる。
貴族の一人が椅子から転げ落ちた。
「俺はなにもやってない!だ、だから殺さないください。お願いします。」
そいつは尿を垂れこぼしていた。
魔術師らしき男が膝をつく。
「ま、魔力が……重い……!」
誰も動けない。
いや、動こうとしても動けないのだ。
リリアは首を傾げた。
「おかしいですね」
「さっきまで威勢が良かったのに」
その時だった。
一人の警備兵が震える声で叫ぶ。
「ひっ……!」
「ば、化け物……!」
リリアの目が細くなる。
次の瞬間。
――パキン。
警備兵の槍が、音もなく折れた。
触れてすらいない。
ただ、魔力に耐えられなかっただけだ。
俺は思わず呟いた。
「……怖」
リリアがこちらを見る。
「怖いですか?」
「いや、ちょっとだけ」
正直だ。
だが、リリアは少しだけ笑った。
「安心してください」
「フィーマ様に向ける魔力は、こんなものではありませんから」
いやそれはそれで怖い。
ってあれ。なんで動けてるんだろう。
まぁ、いいか。
その時だった。
客席の奥で、誰かが叫んだ。
「に、逃げろ!!」
それをきっかけに、会場が崩壊した。
椅子が倒れる。
人が転ぶ。
貴族たちが出口に殺到する。
さっきまで人を値踏みしていた連中が、今度は自分の命を守るのに必死だった。
俺はそれを見ながら、ふと思った。
……ああ。
なるほど。
「ゴミ箱ってのは――」
俺は小さく呟く。
「こうやってひっくり返すもんなんだな」
それと同時に俺の視界もひっくり返った。
―――
俺は辺りを見渡した。
足元には、水が張っている。
だが不思議と、濡れない。
空は、どこまでも青かった。
雲一つない。
絵画のように美しい空だ。
あまりにも綺麗で
ーー現実感がなかった。
「気づきましたか?」
声がした。
振り向く。
そこに立っていたのは――
俺だった。
いや、違う。
"私"だった。
見た目は"私"より少し年上だ。
十八歳くらいだろうか。
顔立ちは、完全に同じ。
まるで未来の自分を見ているようだった。
「はじめまして」
少女は微笑んだ。
その笑顔は、どこまでも優しい。
見ているだけで、胸の奥の緊張がほどけていくような――そんな笑顔だった。
「申し遅れました」
少女は静かに一礼する。
「私の名前は、セラフィマ」
そして、ゆっくりと言った。
「貴方は私で――」
「私は貴方です」
その瞬間。
頭の奥で、ノイズが走った。
前世の記憶。
名前。
顔。
それを思い出そうとすると、
まるで壊れたラジオのような音が鳴る。
――ジジッ。
「……無理に思い出さなくて大丈夫ですよ」
セラフィマは、柔らかく笑った。
「そのうち思い出しますから」
その言い方は、まるで
――全部知っている人間のそれだった。
「ところでフィーマさん」
「……少し、やりすぎましたね」
「え?」
心の底からのえ?だった。
「リリアが怒っていますよ」




