第十四話 ゴミ箱のオークション
……俺は目を覚ました。
天井は石造り。
冷たい床の感触が背中に残っている。
痛みは――ない。
「治癒魔術か……」
悔しいが、宮廷の治癒ほどではないにせよ、かなりの精度だ。
肋骨が折れていたはずだが、今はほとんど違和感がない。
……つまり。
商品として直されたわけだ。
なんともありがたい話である。
売り物が壊れていたら困るからな。
「セラフィマ……目が覚めたんだね」
横を見ると、サキがこちらを覗き込んでいた。
目が少し赤い。
「なんとかですけどね」
俺は体を起こす。
すると、手首でガチャリと音がした。
鉄の枷。
鎖付き。
……ああ、そうだった。
俺たちは今――
奴隷候補だ。
周囲を見渡す。
同じように鎖につながれた子供たち。
人族。
獣人。
そして、角の生えた魔族らしき少女。
種族バラバラ。
年齢もバラバラ。
だが共通していることがある。
全員、目が死んでいる。
……ああ。
ここはきっと、そういう場所だ。
その時だった。
ガチャリ。
重い扉が開いた。
「お、起きてるじゃねぇか」
見張りの男が入ってくる。
男は俺たちを見て笑った。
「ちょうどいい。時間だ」
そして鎖を乱暴に掴む。
「行くぞ」
男は楽しそうに言った。
「オークションの時間だ、商品ども」
―――
鎖を引かれ、俺たちは部屋の外へ出る。
カツン。
カツン。
廊下はとても静かだ。
足音と鎖のジャラジャラという音以外聞こえてこない。
「おい。商品ども舞台に上がっても泣いたりすんなよ」
男は前を向いたまま独り言のように呟く。
「泣いてっとより変態貴族が喜ぶからな…」
この男はなんなんだ?
俺たちを平然と「商品」と呼ぶくせに、妙な忠告もしてくる。
……理解不能だ。
―――
俺たちはとてつもなく長く感じる廊下を歩く。
「おい。お前ら止まれ。ここだ」
男が強くしかし、慈悲深く言い放つ。
「あぁ、あたしらももう本当に"商品"になっちゃうのかな?」
さっきまで無言だったサキが不安そうに俺に話しかけてきた。
不安で仕方ないのだろう。
だが、俺たちに選択肢はない。
売られるだけだ。
俺は平然を装った。
「ええ、そうでしょうね」
サキは唇を噛んだ。
……怖いのだろう。
当たり前だ。
ここにいる全員、この先の見通しは全く付いていないだろう。
扉の先で声が聞こえる。
「さあさあ紳士淑女の皆様!
今夜も良い商品が揃っております!」
「さて、最初はこの子!百ルクスから!」
「二百ルクス!」
「三百!!」
「七百出す!!!」
その時、会場が沸いた。
おおよそ大入札だったのだろう。
男たちの怒号。
歓声。
金貨のぶつかる音。
……オークションはもう始まっているらしい。
俺は扉を見上げた。
その向こうで――
人間が値段を付けられている。
次は、俺たちの番だ。
―――
「おい、商品。次だ」
サキは不安そうに歩いて行く。
サキは振り返って言う。
「……じゃあ、先に行くね」
「いってらっしゃい。いい人だといいですね」
俺はこう言うしかなかった。
サキは一度だけ振り返った。
そして、小さく笑った。
だが――
その背中は、ひどく小さく見えた。
―――
見張りの男がサキの鎖を引く。
「来い」
ガチャリ。
扉が開いた。
一瞬、眩しい光が廊下に流れ込む。
「次の商品だ!」
司会の男の声が会場に響いた。
「人族の少女!年齢およそ十二!健康状態良好!」
ざわり、と客席が揺れる。
酒を片手にした貴族たち。
脂ぎった商人。
好奇の目でこちらを見る男たち。
まるで家畜の品定めだ。
「スタートは三百ルクスから!!」
「四百!」
「いや、五百!!!」
値段はあっという間に上がる。
サキは壇上に立たされていた。
鎖に繋がれたまま、
逃げ場もなく、数十人の視線を浴びている。
それでも――
サキは泣かなかった。
唇を強く噛み、
ただ前を向いて立っている。
客席の一人が笑った。
「気の強そうな顔してるな」
「躾けがいがありそうだ!」
下卑た笑い声が広がる。
「七百!」
「七百五十!」
「なら、九百!」
司会が声を張り上げる。
「九百ルクス!他には!?」
一瞬の沈黙。
その時だった。
「千ルクス!!!」
会場がざわつく。
「千ルクスだ!他には!」
誰も手を上げない。
司会は木槌を持ち上げた。
「千ルクス――」
カンッ。
「落札!」
歓声が上がる。
鎖が引かれ、サキが舞台の奥へ連れていかれる。
その瞬間。
サキは、ほんの一瞬だけ振り返った。
そして――
小さく笑った。
……まるで、
「大丈夫」
と言うみたいに。
俺は拳を握りしめる。
爪が掌に食い込んだ。
――次は、俺だ。
―――
だが、俺の番ではなかった。
司会の男が大げさに両手を広げる。
「さあ紳士淑女の皆様!まだまだ商品はございます!」
客席から笑い声が上がる。
「次の商品はこちら!」
舞台の奥から、鎖を引かれた少年が連れてこられた。
獣人だ。
耳が垂れている。
まだ子供だろう。
十歳にも満たないかもしれない。
少年は震えていた。
「獣人の少年!力仕事に最適!従順で扱いやすい!」
司会が声を張り上げる。
「スタートは百ルクス!」
「百五十!」
「二百!」
値段はすぐに決まった。
「二百五十!」
カンッ。
「落札!」
あまりにも早い。
まるで野菜でも買うみたいな速度だった。
少年は泣きながら引きずられていく。
客席はもう次の話をしている。
誰も気にしていない。
……胸の奥が、嫌に冷える。
「次の商品!」
今度は、角の生えた少女だった。
さっき牢にいた魔族の少女だ。
足取りはふらついている。
司会が楽しそうに言う。
「珍しい!!魔族です!魔力もそれなりに確認済み!」
客席がざわつく。
「三百!」
「四百!」
「五百!」
値段が跳ね上がる。
さっきの獣人とは違う。
珍しい商品だからだ。
「七百!」
「八百!」
「千!」
客席から歓声が上がる。
司会が笑う。
「千ルクス!これ以上ございますか!?」
カンッ。
「落札!」
少女は何も言わなかった。
ただ、虚ろな目をしていた。
……人間は。
ここまで平然と、
人を売れるものなのか。
その時だった。
司会の男が、声を張り上げる。
「さて、紳士淑女の皆様!」
会場が静まる。
「ここからが本日の目玉でございます!」
客席の空気が変わった。
ざわめきが広がる。
「次の商品を連れてこい!」
俺の鎖が、強く引かれた。
――嫌な予感がする。




