第十一話 ゴミ箱の覚悟
路地を歩き続けた。
曲がり角をいくつも抜け、気がつけばどこを歩いているのかも分からない。
一歩踏み締めるたびに、闇に触れていくような感覚だった。
俺はリリアを見た。
「フィーマ様、どうなさいましたか?」
リリアが俺の目線を感じとり、声を発した。
「正直言って私は、世の中を知ってるふりして知らなすぎていました。いや、王宮の中がこの国の全てだと思ってしまっていました。憎まれるべきことだと私は思います」
俺は感情に任せ続ける。
「私はまだ幼いです。しかし、王族です。やるべきことはたくさんあります。この街を変えたいです。みんなが幸せに、何もないと思えるようなそんな街に……」
本心だ。計算など全くしていない。
リリアは少しだけ目を伏せた。
「……フィーマ様」
その声はいつもと変わらず静かだった。
「その言葉を、この街の人々は何度も聞いてきました」
俺は思わず足を止めた。
リリアは続ける。
「貴族も、役人も、皆同じことを言うのです。
“この国を良くする”と」
風が吹く。
どこかで板戸が軋む音がした。
「ですが――」
リリアは顔を上げた。
「実際に変わったことは、ほとんどありません」
言葉は穏やかだった。
だが、重かった。
その時だった。
「はっ」
短い笑い声が聞こえた。
デズモンドだ。
男は壁に寄りかかりながら、こちらを見ている。
「王女様よ」
少しだけ目を細めた。
「いいこと言うじゃねぇか」
だが次の瞬間、その表情はすぐに消えた。
「でもな」
デズモンドはゆっくりと歩き出す。
「この街を変えるなんて言葉はよ」
路地の奥を顎で示した。
「命を懸ける覚悟がある奴しか言っちゃいけねぇ」
その言葉に、俺は黙った。
デズモンドの声から、さっきまでの軽さは消えていた。
命。
その言葉はあまりにも重かった。
だが。
それでも――。
「……あります」
自分でも驚くほど静かな声だった。
デズモンドが振り返る。
「覚悟があるなら」
俺は続けた。
「私は、この街から目を逸らしません」
しばらく沈黙が続いた。
やがてデズモンドは、小さく笑った。
「……そうかよ」
そして背を向ける。
「なら」
路地の奥へ歩きながら言った。
「もっと見ていけ」
振り返らないまま続ける。
「この街の現実を」
その声は、どこか試すようだった。
「王女様」
隣を歩くリリアは動じていない。俺だけが震えていた。
―――
俺たちは深淵へ、深淵へとさらに歩を進める。
さっきまでは若い男もかろうじていたが、歩を進めるにつれて老人、障害者などの働けない者ばかりになってきた。
……なるほど。
この場所は、王都の裏側。
言ってしまえば、この街――
いや、この国のゴミ箱だ。
「お前はこれを見てどう思う?」
「悲しいか?切ないか?それともどうも思わないか?」
「なぁ?王女様よぉ」
デズモンドはそう俺に問う。
「……分かりません」
俺は正直に答えた。
悲しい。
そう思う。
だが――
それ以上に、理解できない。
いや、理解できないとはなんなのだろうか?
自分は怠惰だ。鈍感だ。そして強欲だ。
俺が俺であった時から――そうだ。
だからこそ――
この光景を前にして、どう感情を抱けばいいのか分からない。
「そうかい」
デズモンドはその一言だけだった。
―――
「お腹減った。食べ物欲しい……」
どこからともなく声が聞こえてきた。
子供だ。
痩せ細った腕で、壊れた木箱を漁っている。
食べ物を探しているのだろう。
「……」
俺が足を止めると、デズモンドが小さく舌打ちした。
「見るな」
「助けても意味ねぇ」
そう言いながらも、デズモンドの目は路地の奥を睨んでいた。
次の瞬間。
路地の奥から、二人の男が現れた。
薄汚れた外套。
そして――
子供を見る目。
それは、
獲物を見る目だった。
「デズモンドさん。なぜ助けないのです!」
「助けてもしょうがねえ。競りに掛けられるまでは飯が食える。逆にここで助けたら飯が食えねぇ。いずれ死ぬ。だから攫われた方が生き永らえるんだよ……」
俺は理解した。
"俺"がここでは異端なのだと。
だが、無理だ。あんな小さな子供を放っておくだなんて。
どうせ、ロリコンのエロ貴族どもに金に変えられるだけだ。
自由などはないだろう。
俺はいつのまにか走り出してしまっていた。
「フィーマ様!!!」
リリアが叫ぶ。だが、俺は止まらない。
男たちが、ゆっくりとこちらを振り向いた。




