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夜に灯を、魔法に祈りを  作者: 佐藤飴子
第一章 花に露を
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休日、増え続ける覚え書き

「キャロルがいない」

 誰だっけ。アリの一言でグレゴールはここ数日の記憶をめくって思い出そうとする。粉々のグライダー、晴れた小道、木苺の乗ったタルト__ううん、あまり知らない人の顔は思い出せない。しかし今は班で集まる日なので、おそらく班員なのは確かだろう。誰がいたっけ。


 アリが心配そうに窓から廊下に顔を出した。左右を見たあともう一度左を見るが、探している人はいなかったのか窓を閉めた。

「いない、迷っているのかもな。だってまだ一年生だろう?もしかしたら集合場所が見つけられないのかもしれない」

 心配だな、と続けながらアリは椅子に座った。確かに、この教室は一年生が普段使う教室群から少し離れている。薬学室や音楽室などわかりやすい特別教室ならわからなくもないが、なんの変哲も無いここでは三年生の自分でも少し怪しかった。迷う前にグリム先輩と合流できてよかった、そもそもなんでこんな端で集まるんだ。


「それはどうだろうね。あの子、この行事にあまり乗り気じゃないみたいだし。もし仮に迷子だとして、探しに行っても時間がかかるだけだよ。全く、せっかくの土曜日だというのに遅刻者が二人もいるなんて」

「まあまあグリム。キャロルはわからないとしても、もう片方は仕方がなかったんだからもう少し待とうぜ」

 腕を組み眉間に皺を寄せているグリム先輩を、アリは慣れた様子で宥める。そうか、二人は同い年で同じ寮だったな、と思ったが、同じ三年生で同じザラマンダー寮の人たちを誰も思い出せないのでそれはあまり関係ないのかもしれない。


「はあ、君は優しいね、アリ。僕はどうもあの子がまともに常識と協調性を持っているとは思えないね」

 この間見た萌黄色、ではなく暗い室内では鈍い緑色は明らかに苛立ちを含んでいる。

「そんなこと言ったってさ。まだ少ししか会ってないんだからわかんないだろう?それに、腹を立てたって今すぐ全員揃うわけじゃないんだからさ。にしても、ちょっとお腹空いてきたなあ」

 慣れているのかそれすらも軽く笑いながら受け流すアリの姿に、意外とグリム先輩は短気なのかもしれないとグレゴールは頭の中の覚え書きに付け加えた。ここ数日で随分と増えたな、今度ちゃんと頭の中から実物に書き写した方がいいかもしれない。頭の中で散らかった紙切れを一つ一つ見直す__まずい、時間が経っているものは字がぼやけているぞ。


「ねえアリ窓開けていい?ホコリとカビで臭うよう」

 ドロシーが先ほどの廊下とは逆の窓の鍵に手をかけながら聞いた。アリのいいよ、の声にすぐさま窓を全開にして大きく深呼吸をしている。確かに言われてみれば古物の匂いがするな。普段から使われていないのだろう、机に指を滑らせてみるとうっすらと線が浮かび上がった。

「グレゴール。何描くんだ?本か、それともタルト?」

「えっ、いや、ほこりが、すごいなってだけ」

 急にアリに話しかけられて背が一瞬で伸びる。少し埃のついた人差し指をそこから動かすこともできずに、グレゴールは途切れ途切れに答えた。

「ああ、確かに。ここは空き教室だもんな。掃除ぐらいしてもいいのに。せっかくだし何か描いちゃおうかな、グリムもやるか?」

「僕は結構」


「ねえどうしてまだ来ないの?アリもグリム先輩も何か知ってるんだろう?」

 窓の外からこちらに顔を向けたドロシーは、疑問を口にした。グリムは腕を組んだ姿勢を全く変えずに答える。

「さあね、僕はそこまで彼女に詳しいわけじゃないから。アリなら知っているだろう」

「別に全部知ってるわけじゃないぞ。でもまあ、多分寮生の規則違反じゃないかな。反省文を書き終えるまで見てないといけないらしいからさ。ここまで時間がかかるってことは、多分そう。ほら、噂をすれば」

 アリは机に描いた絵の人から指を離して言った。


 後方の教室の扉が開く音がした。グレゴールが振り向くと、黄色の長い髪を揺らした人が教室に入ってくる。

「すまない、遅れてしまった。受け取らなくてはいけない反省文があってね。もう揃っているかな」

 そう言って彼女は机の合間を縫ってこちらに来た。背筋が凛としている。コツとかあるのかな。気がつくと丸まってるらしい自分の背筋を伸ばしてみる。

「君がグレゴール・スキエンティアくん、だね」

 この人が__

「私はセーラ・アエテルニタス。ご存知だろうけどノーム寮寮長をしている。先日の集まりで顔を合わせることが出来ず、すまなかった」

 そう言ってセーラは軽く頭を下げた。それにつられるようにグレゴールも会釈をする。

「君のことは色々と聞いているよ。偶然とはいえ、同じ班になれて嬉しい。祝祭までの期間は短いが、同じ学び舎で過ごす者同士、共に行事を楽しもう」

 セーラは青い瞳を静かに細めた。グレゴールはどう答えたらいいのかわからず、はいともへえとも聞こえる声をこぼした。

 勝手に、校則にうるさい感じのお堅く冷たい先生を思い浮かべていたが、そうでも無いようだ。外の光で輪郭がはっきりと浮かび上がる中、広い部屋で粛々と規則を束ねている姿が目に浮ぶ。頭の中で新しい額を壁にかけた。

 今日は絵画といい覚え書きといい、なかなか散らかってしまったな。


 そんなことを考えていたら、場の話は少し進んでしまっていたらしい。セーラは世間話を続ける三人を優しく鎮めていた。

「これ以上時間を浪費してしまっては申し訳ないからね。さて、本題に入ってしまおうか」

 そう言ってセーラは、空いていた窓を閉めた。

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