先輩、後輩
つくづく、先輩には恵まれたなと思う。靴を買ってくれたし、怪我の手当もしてくれたし、おやつもご馳走してくれたし。自分が彼らの年齢になった時、あんな風な人になれるだろうか。うん、不安しかない。黄色と緑色と青色の三人の先輩を思い浮かべながら、グレゴールは風を感じていた。
では同級生はどうだろうか。同じ班のドロシーは色々と自身とは異なるが、なんだかんだ友人になれてよかったと思う。時々危ない目に遭わされそうになるが。ただその姿を見ていると愛嬌とは何かわかるような気がする。そんな彼女は今、隣で木の上に向かって語りかけていた、大声で。
そして後輩。同じ班のキャロルのことだが、彼女はなんというか、うーん。
「キャー!ロー!ル!!木から降りてきてってば!ボク達キミが来ないから困ってるの!!」
「いや」
「もー!!ちゃんとしないと困るのはキミも同じなんだからね!ほら、降りて!」
「ぜったいにいや」
うまく言えないが、木の上でくつろぐ彼女に何回か会ってわかったことがある。
どうやらおれは、後輩にかわいげとやらを無意識のうちに求めていたようだ。
「キャー!!ロー!!ルー!!」
「いやって言ってる。聞こえないの?」
そして、うちの後輩はかわいげが全く無いらしい。
そっぽを向くキャロルと地団駄をふむドロシーを見て、グレゴールは何回目かわからないため息をついた。
今日も今日とて穏やかな昼下がり。だんだんと暑くなってきたので木陰で昼寝でもしたくなるのは十二分にわかるぐらいにいい天気だ。だが、残念ながら本日は班活動の日。昼寝はお預け、のはずなんだが。緩やかな風が、青い葉と彼女の明るい赤紫の髪を撫でていった。どこ吹く風とはこのことか。
初夏に行われる『祝祭』のため、授業の合間を縫いながら生徒たちは班単位となって着々と準備を進めている。祝祭と言ってもそんな大層なことはしない。街の子どもたち相手に自作の人形劇をしたり小さな劇を行ったりするだけだ。するだけなのだが、これがなんとも大変である。普段は紙とペンと本にしか触れないような生活の人間が、布を絵の具を道具を手にかなりあくせくしている。
びっくりするほどうまくいかない。手で紙を真っ直ぐに切ることすら難しい。かといって魔法で全てなんとかできるほど魔法が得意というわけでもない。下手くそでもなんとかやっていくしかない事実に顔を覆うことしかできない。
普段から何かを作っているからかドロシーはそうでもないようだが、慣れないことに苦しんでいる人間はおれだけじゃない、はず、だ。きっと、うん。
だから、班に行きたくない気持ちもまあわかる。慣れないことをするって大変だもんな。
だがそうも言ってられない、なぜなら__
「キャロルが来ないとボクたちが怒られるの!グリム先輩に!!」
そう。怒られる。規範から外れると怒られるのが社会、らしい。
「二人が怒られる理由がわからない、行ってないのはわたしなのに。変な理屈。わたしあの人嫌い」
「キミが素直にグリム先輩の前に立たないからだよ!あの人ずっとぷりぷり怒ってて__ってちょっとキャロル!読書始めないで!!グレゴールもなんか言ってよ、ずっとボクしか喋ってないじゃないか!」
「え?あ、ああ」
肩を揺さぶられながらどう説得すればいいのかを考える、がうまくいく気がしない。同情を基本にしたらいい、のか?
「ええと、確かにめんどくさいし慣れないことするの嫌なのわかるけどさー。行けば終わるし怒られないしでいいと思うんだけどー……」
「…………」
無視された。
「キャロル!無視しないで!!」
「いやなものはいや」
おれのことは無視するのにドロシーには返事するのかよ。なんだそれ、これだからお子様は。
「……あー、じゃあアリが作ってくれたおやつもいらないんだなー。すごくおいしいのに。あーあ」
お、本を閉じた。ふん、お子様だな。
「どれぐらいもらえるの?」
「え、ど、どれぐらい、って……?」
「いっぱい?」
「そんなにもらえるわけないだろう。アリをなんだと思ってるんだ、使用人じゃないんだぞ」
あ。ドロシーの言葉でまた本の世界に戻ってしまった。
「もー!そんなにおやつが欲しいの?じゃあボクらの分もあげるから!!な、グレゴール!」
そう言いながらドロシーはおれの肩を叩いた。え、おれの分も?
ドロシーの目がこちらを見ている。顔に仕方ないだろって書いてある。何も成せないまま戻ってグリム先輩の小言を聞くか、キャロルに自分の分のおやつをあげるか。
ええー……ええ……
「くれるなら行く。くれないなら行かない」
二人分の視線を強く感じる。あれすごくおいしいのに……ああ……
ドロシーの顔に早くって書いてある。なんで勝手に巻き込むんだ、と言いたいがおやつの話を始めたのはおれか。そもそもキャロルが班活動にちゃんと行ってればグリム先輩は怒らないのに、いや先輩が怒らなければ済む話か……?
ドロシーに肩を揺さぶられる。
あーわかったよもう!おれの分もやればいいんだろ!!




