外出、新しい靴
先ほどまでの緊張感はどこへやら、空気は休日午後の穏やかなものにすっかり変わっていた。頭が痛くなる喧騒でもなく、全くの静寂でもなく。程よく人の気配がする街を三人は歩いていた。
学院に一番近い、ドクトリーナと呼ばれるこの街では月に三度、中央噴水周辺に露店が集まるのだ。普段見ることはないちょっと珍しい果物、知らない誰かが作った少し拙い手作りの布巾、そして、小さな傷がついてしまったために少々値引きされた丈夫な靴。グレゴールの今日のお目当てはこれである。
「グレゴール、いいの見つけたか?」
そう言ってアリが背後から覗き込んできた。視線はグレゴールが試し履きをしている新しい靴だ。派手すぎない色味のそれは大きすぎず小さすぎず、グレゴールの足先を優しくもしっかりと包んでいた。
「ああ、これにしようかと思っていたところ」
傷物とはいえ、許容範囲内だ。そもそも普段人の靴なんか凝視しないだろう。靴底も硬すぎず柔らかすぎずでかなり歩きやすい。これで爪先の痛みともおさらばだ。
靴を脱ぎ、つけられた値札を確認する。うん……少し足が出てしまうな?まあ、まあ……許容範囲内だ。
しばらく新しい本やおやつは買えないな、と覚悟しているグレゴールの横からセーラの手が静かに出てきた。手の上には硬貨が数枚置かれている。状況を飲み込めないでいるグレゴールにセーラは続ける。
「先ほどの男性からもらったものだよ、使うといい」
__なぜ?問題を解決するために働いたのはセーラとアリだろう?さらに訳がわからなくなっているところに、アリが補足するように続いた。
「あのおじさん、かなりしつこかったみたいだからな。迷惑料として受け取っちゃえ」
「私たちが声をかけようと思ったのはグレゴールが困っているみたいだったからね。良かったら受け取ってほしい」
確かにかなり困ったが、いいのだろうか。なんならおれが助けてもらった側なのだからおれが渡すべきなのでは?
手を伸ばしていいのか迷っていると、セーラはグレゴールの手を取り、硬貨を乗せた。
「君の年齢だときっとまたすぐに新しい靴が必要になるだろう。成長は痛みを伴うものだが、同時に喜ばしいものでもある。そのお祝いとして、私たちからのほんの気持ちだよ」
「そうそう!どうしても気になるなら、グレゴールも俺たちと同じように後輩を助けてやればいい。素敵な連鎖だろう?」
二人の顔を交互に見る、別にこちらを試しているわけではなさそうだ。先ほどまでの法令を遵守せんとする目と全く異なる眼差し。なんか、視線が少しくすぐったい。
”お祝い”__それならば、ここはありがたくもらうことにしよう。




